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五章 選ばれた花婿
78 踏み出す勇気
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親に捨てられたことを恨んで憎んだ。それでもひみこは彼らに会いたかった。
プレゼンコンテストの栄えあるゲストとして舞台に上がったのに『父ちゃん、母ちゃんごめんね』と叫び、台無しにしてしまった。
その後、芸能活動をロボットに任せているうちに、アレックスと婚約となった。
今日の結婚式で、ロボットを通じアレックスとの結婚を取りやめると宣言した。そのボイスメッセージをフィッシャーらが編集して公開したのが、半年ぶりに人々が耳にする、ひみこの肉声だった。
両親には、何度も傷つけられた。東京で見捨てられただけではない。札幌に移ってすぐアレックスが見せたビデオ、チャン局長が見せたビデオ。どちらも『結婚しない限り会わない』と親は拒絶した。
グエン・ホアが撮影したらしい中年男女がタブレットに映っている。
ひみこは無意識のうちに身構えた。どーせ、また傷つけられるだけだ。でもグエンさんは『勇気を出して』と言ってくれた……。
*************
タブレットの鈴木太郎が言った。
『グエンさん、あいつは、「マグロもステーキも食べ放題、くやしーだろ! でも、あんたらには分けてやんない!」って言ったんですか』
鈴木花子が頷いた。
『よかったねえ。いいもん食べさせてもらって』
『くやしーだろ、って言えるぐらい元気なら、心配ないなハハハ』
二親は涙を浮かべて笑っていた。
*************
ひみこはただただ戸惑う。彼女が知っている親とは違う。まるでこれでは……普通に娘を思っている親だ。
自分は親に嫌われてはいなかった? では、なぜあんなひどいことを言われて捨てられた? どうして会ってくれない? 結婚しない限り会わないと突っぱねる?
「タマ、チャン局長にメッセージを送るから準備して」
「にゃあ。ひみこ、しゃべるんだにゃ」
『鈴木ひみこです。今回はいろいろごめんなさい。結婚はダメになりましたが、やっぱり親に会いたいです』
ほどなくチャン・シュウイン局長からコンタクトが入った。
モニターで、丸顔の中年男が汗をかいている。
「いや~、ひみこさん、今回は大変だったねえ。お父さんお母さんとの面会は保護局でセッティングするから、もう少し待ってくれるかな?」
「え! えええ! 親、会うって言ってるんですか?」
「結婚騒ぎで気持ちが変わったみたいだよ。今すぐ会いたい、連れてきてくれって、大変なんだよ」
ひみこはますます訳が分からなくなった。結婚式の出席さえ拒んだ親が、どうしたのか?
「本当に力になれなくてごめんね。あいつが……いや、それはもういいか。そうそう、あんたのお父さんお母さんの面会記録、送るから見るんだよ」
「面会記録?」
「あたしが説明するより、映像で見た方が、あんたの親の気持ち、わかるからさ」
メッセージアプリ上で、チャン・シュウインの文字がピカピカ光っている。タマに開かせると、ビデオメッセージのリストが並んでいた。
ひみこは、アップルジュースを飲み干した。
両親がアレックスにモニター越しで面会している時の映像が再生された。
間違いない。彼女を絶望に落としたあの映像。親との決別を決意した映像だ。
*************
父親が訴えた。
「ダヤルさん! 頼みます! 俺たちにはどうにもできないが、どうか娘を頼みます」
母親も付け加える。
「難しい娘ですが、可愛がってください。できれば、いいお婿さんを見つけてください」
二人の親は、娘の保護を必死に願う。
『娘さんに会いますか?』
モニター越しのアレックスの声が響く。
「いいや! だめだ! うちらは二度とあの子には会わないんだ!」
*************
ひみこは、そこから先は知っていた。両親はかたくなまでに娘を拒絶していた。
次から次へと映像が切り替わる。
「すごいねえ、こんな偉そうに説教しちゃって」
「俺たちの娘じゃないみたいだな。大したもんだ」
「……わかりました。あの子が結婚したら会います。だから、いい人、紹介してやってください。できれば日本語が少しでも話せる、年頃の優しい男の子をお願いします」
「娘に会わせて下さい! 本気であんたと結婚したいと言ってるんですか! ひみこの口から直接聞かないと信じられない!」
『育ち盛りのお嬢さんを捨てたあなた方に資格があると思うのですか? 僕は、あなたがたへの恨み言を散々聞かされ、そのたびに慰めているんです』
モニター越しのアレックスの声は、いつになく厳しい。
「俺たちは親だぞ! 何で娘の結婚式に出られないんだ!」
『ひみこは、あなたがたに会いたくない、と言ってます』
「あいつ俺たちに『会いたい』って言ってたじゃないか! なんとかコンテストって奴で」
『あの時、面会を拒否したあなた方に、彼女は絶望したんです。一生、会うつもりはないそうですよ』
映像はここで終わっていた。
ひみこは確信した。自分は親に憎まれ疎まれ嫌われてはいない、ということを。
彼らは愚かで子育てを放棄したが、ずっと心配していた。
自分たちよりずっと美味しいものを食べる娘を妬まず、喜んでいた。
彼らはひみこの結婚相手として『日本語が少しでもできる年頃の優しい男の子』を望み、年取った金持ちとの結婚は望んでいなかった。
彼らは、アレックスとの結婚に不安をいだき、結婚式に参加しようとしていた。
両親が結婚式に出席しなかったのは彼らの意志ではなく、アレックスの企みだった。
「なんでアレックスは、ビデオをちゃんと見せてくれなかったの?」
ショッピングセンターの管理室で、ひみこは頭をクラクラさせた。五年近く一緒に暮らした保護者への不信感で。
フィッシャーの言葉を思い出す。
『あの人は、若い少女を育てて自分の物にするのが趣味なんですよ』
いつからアレックスは、自分を『そういう目』で見てたのだろう? ひみこは身震いが止まらず自身をぎゅっと抱きしめる。
札幌に移ったころ、アレックスが見せたビデオは編集されていた。『娘を頼みます』と訴えた部分をカットしてひみこに見せ、絶望に突き落としたのだ。
「や、やだ……まさか、だって、あの時、あたし、全然ガキだったのに……」
ひみこがアレックスと出会ったのは十三歳だった。
彼が「家族だから」と何かと抱きしめキスして髪を撫でてきたのは、どういうことなのか……考え始めたひみこに悪寒が走る。
「怖いよおお! じいさん、エロ過ぎ、キモイよおお!」
札幌での日々をひみこは振り返る。
アイドルなのに札幌から出られなかったのも、連絡手段がなかったのも、公式サイトのメッセージを見せてもらえなかったのも、中学に行けなかったのも、グエンさんやリー先生が離れていったのも、アレックスの意図が働いていたということなのか?
「あんなエロキモじいさん、アイーダさんにフラれればいーんだ!」
ひみこは、アレックスの頬にキスしなくて良かったと安堵した。そして一時でもアイーダと上手くいってほしい、なんて願った自分を後悔した。
プレゼンコンテストの栄えあるゲストとして舞台に上がったのに『父ちゃん、母ちゃんごめんね』と叫び、台無しにしてしまった。
その後、芸能活動をロボットに任せているうちに、アレックスと婚約となった。
今日の結婚式で、ロボットを通じアレックスとの結婚を取りやめると宣言した。そのボイスメッセージをフィッシャーらが編集して公開したのが、半年ぶりに人々が耳にする、ひみこの肉声だった。
両親には、何度も傷つけられた。東京で見捨てられただけではない。札幌に移ってすぐアレックスが見せたビデオ、チャン局長が見せたビデオ。どちらも『結婚しない限り会わない』と親は拒絶した。
グエン・ホアが撮影したらしい中年男女がタブレットに映っている。
ひみこは無意識のうちに身構えた。どーせ、また傷つけられるだけだ。でもグエンさんは『勇気を出して』と言ってくれた……。
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タブレットの鈴木太郎が言った。
『グエンさん、あいつは、「マグロもステーキも食べ放題、くやしーだろ! でも、あんたらには分けてやんない!」って言ったんですか』
鈴木花子が頷いた。
『よかったねえ。いいもん食べさせてもらって』
『くやしーだろ、って言えるぐらい元気なら、心配ないなハハハ』
二親は涙を浮かべて笑っていた。
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ひみこはただただ戸惑う。彼女が知っている親とは違う。まるでこれでは……普通に娘を思っている親だ。
自分は親に嫌われてはいなかった? では、なぜあんなひどいことを言われて捨てられた? どうして会ってくれない? 結婚しない限り会わないと突っぱねる?
「タマ、チャン局長にメッセージを送るから準備して」
「にゃあ。ひみこ、しゃべるんだにゃ」
『鈴木ひみこです。今回はいろいろごめんなさい。結婚はダメになりましたが、やっぱり親に会いたいです』
ほどなくチャン・シュウイン局長からコンタクトが入った。
モニターで、丸顔の中年男が汗をかいている。
「いや~、ひみこさん、今回は大変だったねえ。お父さんお母さんとの面会は保護局でセッティングするから、もう少し待ってくれるかな?」
「え! えええ! 親、会うって言ってるんですか?」
「結婚騒ぎで気持ちが変わったみたいだよ。今すぐ会いたい、連れてきてくれって、大変なんだよ」
ひみこはますます訳が分からなくなった。結婚式の出席さえ拒んだ親が、どうしたのか?
「本当に力になれなくてごめんね。あいつが……いや、それはもういいか。そうそう、あんたのお父さんお母さんの面会記録、送るから見るんだよ」
「面会記録?」
「あたしが説明するより、映像で見た方が、あんたの親の気持ち、わかるからさ」
メッセージアプリ上で、チャン・シュウインの文字がピカピカ光っている。タマに開かせると、ビデオメッセージのリストが並んでいた。
ひみこは、アップルジュースを飲み干した。
両親がアレックスにモニター越しで面会している時の映像が再生された。
間違いない。彼女を絶望に落としたあの映像。親との決別を決意した映像だ。
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父親が訴えた。
「ダヤルさん! 頼みます! 俺たちにはどうにもできないが、どうか娘を頼みます」
母親も付け加える。
「難しい娘ですが、可愛がってください。できれば、いいお婿さんを見つけてください」
二人の親は、娘の保護を必死に願う。
『娘さんに会いますか?』
モニター越しのアレックスの声が響く。
「いいや! だめだ! うちらは二度とあの子には会わないんだ!」
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ひみこは、そこから先は知っていた。両親はかたくなまでに娘を拒絶していた。
次から次へと映像が切り替わる。
「すごいねえ、こんな偉そうに説教しちゃって」
「俺たちの娘じゃないみたいだな。大したもんだ」
「……わかりました。あの子が結婚したら会います。だから、いい人、紹介してやってください。できれば日本語が少しでも話せる、年頃の優しい男の子をお願いします」
「娘に会わせて下さい! 本気であんたと結婚したいと言ってるんですか! ひみこの口から直接聞かないと信じられない!」
『育ち盛りのお嬢さんを捨てたあなた方に資格があると思うのですか? 僕は、あなたがたへの恨み言を散々聞かされ、そのたびに慰めているんです』
モニター越しのアレックスの声は、いつになく厳しい。
「俺たちは親だぞ! 何で娘の結婚式に出られないんだ!」
『ひみこは、あなたがたに会いたくない、と言ってます』
「あいつ俺たちに『会いたい』って言ってたじゃないか! なんとかコンテストって奴で」
『あの時、面会を拒否したあなた方に、彼女は絶望したんです。一生、会うつもりはないそうですよ』
映像はここで終わっていた。
ひみこは確信した。自分は親に憎まれ疎まれ嫌われてはいない、ということを。
彼らは愚かで子育てを放棄したが、ずっと心配していた。
自分たちよりずっと美味しいものを食べる娘を妬まず、喜んでいた。
彼らはひみこの結婚相手として『日本語が少しでもできる年頃の優しい男の子』を望み、年取った金持ちとの結婚は望んでいなかった。
彼らは、アレックスとの結婚に不安をいだき、結婚式に参加しようとしていた。
両親が結婚式に出席しなかったのは彼らの意志ではなく、アレックスの企みだった。
「なんでアレックスは、ビデオをちゃんと見せてくれなかったの?」
ショッピングセンターの管理室で、ひみこは頭をクラクラさせた。五年近く一緒に暮らした保護者への不信感で。
フィッシャーの言葉を思い出す。
『あの人は、若い少女を育てて自分の物にするのが趣味なんですよ』
いつからアレックスは、自分を『そういう目』で見てたのだろう? ひみこは身震いが止まらず自身をぎゅっと抱きしめる。
札幌に移ったころ、アレックスが見せたビデオは編集されていた。『娘を頼みます』と訴えた部分をカットしてひみこに見せ、絶望に突き落としたのだ。
「や、やだ……まさか、だって、あの時、あたし、全然ガキだったのに……」
ひみこがアレックスと出会ったのは十三歳だった。
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