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三章 国民のアイドル
46 大忙しのニューイヤー
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昨年と違って、ひみこのクリスマスとニューイヤーは慌ただしくなった。あちこちのカウントダウンイベントにゲストとして呼ばれる。
歌手でもないのに、ひみこも知らなかった日本語の歌を歌わされた。
中には、日本語族のひみこですら意味がわからない古い日本語の歌もあった。日本が憲法を改正する前に歌われていた国歌だとか。大昔の日本人ってすごい、こんなわけのわからない歌、みんな覚えてちゃんと歌えたんだ、と、ひみこは先祖に尊敬の念を抱く。
歌の出来は……彼女が日本語族でなかったら、クレームが来てもおかしくないレベルだった。それはひみこ自身がよくわかっている。ウシャスの力を使わなくても、周囲の微妙な反応でわかる。誰もが日本語族だから仕方ない、と思ってくれる。
ハタとひみこは気がつく。自分の欠点は、先祖を含めた全ての日本人の欠点だと認定されることに。なぜなら、ひみこ以外、日本語族はいないのだ。両親は病院に入院していることになっており表に出てこない。
……冗談じゃない! そんな過去の日本人のイメージにまで責任なんか持てない!
「あははは。気にしなくていいよ。歌なら、ロボット・パーラに任せればいい」
アレックスは笑うだけだった。それもひみこは面白くなかった。
ニューイヤーイベントをこなし、束の間の休みが取れた。アレックスは、生家のトロントに帰ると言う。
彼が「長距離輸送は環境破壊だ」と何度も言うため、ひみこはこれだけ売れっ子アイドルなのに、札幌からほとんど出たことがない。
大きなイベントは首都札幌で行われるので、アイドル活動にさほど支障はない。
地方や外国のイベントには、ロボット・パーラの直接通信モードを使って出席した。
ひみこの代理ロボットが出席することには変わらないが、独立したAIではなく、ひみこの動作や言葉をそのまま再現してくれる。オリジナルのひみこは、モニター越しに現地の様子を観察して対応した。
「ウシャスが使えれば、もっと楽なんですけどね」
遠隔地のイベントでは、スタッフに必ず言われる。ウシャスの力を使えれば、ひみこの脳は現地と同じ空間を認識し、ほぼその場にいるように振舞うことができるのだ。
二次元モニターの映像では、どうしても距離感がつかめず、相手と握手するのも難しい。ある程度AIに任せればそつなく対応してくれるが、ひみこも、そして現地スタッフも「本物」を求めたため、現地のひみこロボットは、どこかテンポがずれてしまう。
もちろん、本当に人や物にぶつかるといった危険性があれば、AIが優先して回避する。
が、それもこれも、普通のアイドルでは許されないヘマも、「ウシャスが使えない可哀相な日本語族」だから問題ないのだろう。
スーパーアイドルにも関わらず札幌から出られないひみこ。なのにアレックスは、ちょこちょこ北海道の外はもちろん、外国や宇宙ステーションに出かけるのだ。
当然ひみことしては面白くないが、今回の理由は納得できる。誰だって故郷には帰りたい。ましてや彼が誰よりも愛し尊敬する母がいるのだ。
恋人の女優と月でイチャイチャされるより、ずっとマシだ。
「ひみこ、君の十六歳のバースデーまでには帰ってくるから、いい子にしているんだよ」
「いいよ。あの……お母さんに会うんですか?」
「もちろん。そういえば、君はラニカに一度も会ったことないね」
「あ、フィッシャー先生の授業で映像を見せてもらっています」
世界に革命を起こしたとも言われる伝説の人、ラニカ・ダヤルの業績について、ひみこは散々レクチャーを受けた。
ただ、ひみこの見た映像は、今のラニカ・ダヤルではない。若い時の姿ばかりだ。
「いずれ、ラニカに会わせるから待ってて」
「いいです。気にしないでください。トロントでゆっくり過ごしてください」
ひみこは知っていた。アレックスの母は、この日本に来られないことを。
だからアレックスが長距離輸送を使って母のいる家に帰ることは、いいことに思えた。
息子を笑顔で迎えてくれる優しいお母さんなんだろう……自分の親と違う……。
いや、親のことは考えない!
あんなレベルの低い奴らのことなんか、考えるだけで時間の無駄だ。
アレックスはトロントへ旅立った。
「へへ……すげーだろ? 悔しいだろ? なあ、父ちゃん……母ちゃん……あんたたちが嫌いで見捨てた娘が偉くなって、ムカついてるよね? ね?」
夜のベッドルームには、スタッフもロボットもいない。ひみこが本当の一人になるのは久しぶりだ。
その解放感からか、彼女の口から人前では絶対に話さない日本語がこぼれる。
「だっせーの! あいつら、いっそ死んでくれればなあ……墓参りぐらいしてやってやるのに、そしたら、墓、思いっきり蹴っ飛ばしてやるんだ! きゃはははは」
次々と間違った言葉が、ひみこの可愛らしい唇から繰り出される。
彼女は、十六歳を目前にした新年、一人、両親を罵倒する。
「あははは。たのしーなー。ウケルよねえ。あたしがどんなにひどいこと喋ったってさ……だーれもわからないんだもん!」
日本語族のアイドルのおかげか、国内は「アリガト」「ドーイタシマシテ」といった日本語の挨拶をかわすブームで盛り上がっている。
ひみこは、ファンから、「アリガト」とよく言われるようになった。その挨拶は、ひみこの心を温め力づけてくれる。幸せになれる。日本語が一人ぼっちにならずにすむから。
ひみこが使っている翻訳アプリが市販された。アプリを頼りに彼女の言葉を理解する者が増えてきた。
でも、彼女の罵詈雑言に対し
「ふざけんじゃねーよ! このくそ生意気なガキが」
と、返す者はいない……両親を除いて。
動かない黒い腕時計を手に取った。タマが眠る時計……最初の失敗したプレゼンテーションを思い出す……あの助けてくれた高校生、拙い日本語だったけど、親以外の生きた人間から日本語を聞いたのは初めてだった。
彼なら、何というのかな? 真面目そうだから「ダメデス」って言うんだろうな……
少女は一人残されたベッドルームで膝を抱え、いつまでも笑っていた。ひとしずくの涙がキラリと光った。
歌手でもないのに、ひみこも知らなかった日本語の歌を歌わされた。
中には、日本語族のひみこですら意味がわからない古い日本語の歌もあった。日本が憲法を改正する前に歌われていた国歌だとか。大昔の日本人ってすごい、こんなわけのわからない歌、みんな覚えてちゃんと歌えたんだ、と、ひみこは先祖に尊敬の念を抱く。
歌の出来は……彼女が日本語族でなかったら、クレームが来てもおかしくないレベルだった。それはひみこ自身がよくわかっている。ウシャスの力を使わなくても、周囲の微妙な反応でわかる。誰もが日本語族だから仕方ない、と思ってくれる。
ハタとひみこは気がつく。自分の欠点は、先祖を含めた全ての日本人の欠点だと認定されることに。なぜなら、ひみこ以外、日本語族はいないのだ。両親は病院に入院していることになっており表に出てこない。
……冗談じゃない! そんな過去の日本人のイメージにまで責任なんか持てない!
「あははは。気にしなくていいよ。歌なら、ロボット・パーラに任せればいい」
アレックスは笑うだけだった。それもひみこは面白くなかった。
ニューイヤーイベントをこなし、束の間の休みが取れた。アレックスは、生家のトロントに帰ると言う。
彼が「長距離輸送は環境破壊だ」と何度も言うため、ひみこはこれだけ売れっ子アイドルなのに、札幌からほとんど出たことがない。
大きなイベントは首都札幌で行われるので、アイドル活動にさほど支障はない。
地方や外国のイベントには、ロボット・パーラの直接通信モードを使って出席した。
ひみこの代理ロボットが出席することには変わらないが、独立したAIではなく、ひみこの動作や言葉をそのまま再現してくれる。オリジナルのひみこは、モニター越しに現地の様子を観察して対応した。
「ウシャスが使えれば、もっと楽なんですけどね」
遠隔地のイベントでは、スタッフに必ず言われる。ウシャスの力を使えれば、ひみこの脳は現地と同じ空間を認識し、ほぼその場にいるように振舞うことができるのだ。
二次元モニターの映像では、どうしても距離感がつかめず、相手と握手するのも難しい。ある程度AIに任せればそつなく対応してくれるが、ひみこも、そして現地スタッフも「本物」を求めたため、現地のひみこロボットは、どこかテンポがずれてしまう。
もちろん、本当に人や物にぶつかるといった危険性があれば、AIが優先して回避する。
が、それもこれも、普通のアイドルでは許されないヘマも、「ウシャスが使えない可哀相な日本語族」だから問題ないのだろう。
スーパーアイドルにも関わらず札幌から出られないひみこ。なのにアレックスは、ちょこちょこ北海道の外はもちろん、外国や宇宙ステーションに出かけるのだ。
当然ひみことしては面白くないが、今回の理由は納得できる。誰だって故郷には帰りたい。ましてや彼が誰よりも愛し尊敬する母がいるのだ。
恋人の女優と月でイチャイチャされるより、ずっとマシだ。
「ひみこ、君の十六歳のバースデーまでには帰ってくるから、いい子にしているんだよ」
「いいよ。あの……お母さんに会うんですか?」
「もちろん。そういえば、君はラニカに一度も会ったことないね」
「あ、フィッシャー先生の授業で映像を見せてもらっています」
世界に革命を起こしたとも言われる伝説の人、ラニカ・ダヤルの業績について、ひみこは散々レクチャーを受けた。
ただ、ひみこの見た映像は、今のラニカ・ダヤルではない。若い時の姿ばかりだ。
「いずれ、ラニカに会わせるから待ってて」
「いいです。気にしないでください。トロントでゆっくり過ごしてください」
ひみこは知っていた。アレックスの母は、この日本に来られないことを。
だからアレックスが長距離輸送を使って母のいる家に帰ることは、いいことに思えた。
息子を笑顔で迎えてくれる優しいお母さんなんだろう……自分の親と違う……。
いや、親のことは考えない!
あんなレベルの低い奴らのことなんか、考えるだけで時間の無駄だ。
アレックスはトロントへ旅立った。
「へへ……すげーだろ? 悔しいだろ? なあ、父ちゃん……母ちゃん……あんたたちが嫌いで見捨てた娘が偉くなって、ムカついてるよね? ね?」
夜のベッドルームには、スタッフもロボットもいない。ひみこが本当の一人になるのは久しぶりだ。
その解放感からか、彼女の口から人前では絶対に話さない日本語がこぼれる。
「だっせーの! あいつら、いっそ死んでくれればなあ……墓参りぐらいしてやってやるのに、そしたら、墓、思いっきり蹴っ飛ばしてやるんだ! きゃはははは」
次々と間違った言葉が、ひみこの可愛らしい唇から繰り出される。
彼女は、十六歳を目前にした新年、一人、両親を罵倒する。
「あははは。たのしーなー。ウケルよねえ。あたしがどんなにひどいこと喋ったってさ……だーれもわからないんだもん!」
日本語族のアイドルのおかげか、国内は「アリガト」「ドーイタシマシテ」といった日本語の挨拶をかわすブームで盛り上がっている。
ひみこは、ファンから、「アリガト」とよく言われるようになった。その挨拶は、ひみこの心を温め力づけてくれる。幸せになれる。日本語が一人ぼっちにならずにすむから。
ひみこが使っている翻訳アプリが市販された。アプリを頼りに彼女の言葉を理解する者が増えてきた。
でも、彼女の罵詈雑言に対し
「ふざけんじゃねーよ! このくそ生意気なガキが」
と、返す者はいない……両親を除いて。
動かない黒い腕時計を手に取った。タマが眠る時計……最初の失敗したプレゼンテーションを思い出す……あの助けてくれた高校生、拙い日本語だったけど、親以外の生きた人間から日本語を聞いたのは初めてだった。
彼なら、何というのかな? 真面目そうだから「ダメデス」って言うんだろうな……
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