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一章 出会い
6 東京から札幌へ
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アレックスとひみこを乗せたエアカーがホバリングしている間、日本語族保護局は、アジア文化研究センター日本支部長を、鈴木ひみこの保護者と認定した。
今、車は札幌に向かって加速している。
「そんで、定期的に保護局へ鈴木ひみこの養育状況のレポートを送ってくれればいーってことです」
文化財保護局のチャン局長は、なんで自分が伝言係やらにゃいけない? と不満に思いつつ、保護局の決定を伝える。
「え、本当にいいのか? 僕で」
逮捕されないのは助かった。が、日本文化研究組織の長とはいえ、日本に来たばかりの外国人にそんなことを任せていいのだろうか? と、アレックスは、少女を勝手に連れ出したクセに、不安になった。
「ダヤルさんはこれまでも貧しい子供を育てた、と聞いてます」
チャンの微笑みに、アレックスも微笑を返す。
「育てたというより、子供らの可能性を広げただけだ」
アレックスに自分の血を引いた子供はいない。その代わりではないが、彼はしばしば恵まれない子供を引き取って養育してきた。彼自身もダヤル社もその事実を公にしていない。
が、彼の育てた子供たちが様々な業界で活躍していることは、チャンのような日本政府高官など一部の人間には知られていた。
チャンに煽てられ、いい気になったアレックスは、はたと気づく。
彼がひみこを連れ出したのは、彼女の両親の生死が不明で、そこに保護局が関わっているとみたからだ。
「鈴木夫妻は生きてるのか? 死んでいるのか?」
「今は言えません。鈴木ひみこへの影響が大きいので」
ダヤルのプリンスは眉をひそめた。つまり……亡くなっているのだろう。保護局が言葉を濁したのは、ひみこの精神的ショックを考えてのことかもしれない。
勝手に保護局を敵視して彼女を連れ出した自分は勇み足だったかもしれない……またアレックスが迷いだし、エアカーはホバリングして停止する。
「ダヤルさん、やめます? こっち戻ります?」
チャンは、モニター越しにアレックスの心を読み取ったかのように促す。
日本政府高官の言葉に促され、ダヤルのプリンスは心を決めた。
男は黒い眼の少女に尋ねる。
「ひみこ、東京に戻って一人で暮らすかい? 君のお父さんお母さんは……戻ってこないだろう」
二人の言葉をひみこの腕時計が通訳する。
「知ってるよ! あいつら戻らない! あたしだって戻りたくない!」
「では、僕と暮らすかい?」
男は、少女の顔をじっと覗き込む。
「あなたは誰?」
「もう一度言うよ。僕の名はアレックス・ダヤル。ラニカ・ダヤルの息子だ。ラニカのこと、君は知らないかな?」
偉大なる技術者にして実業家である母の名を告げたのに、少女は首を捻っている。
この地球上に自分の母の名を知らない人間がいるんだと思うと、アレックスはおかしくもありくすぐったくもあり、クスクス笑った。
「これから札幌の僕のホテルに行くよ」
「サッポロ!?」
ひみこは途端、顔を輝かせた。
「さすがに札幌は知っているか。日本の首都だからね」
「雪、あるよね? フワフワでキラキラなの」
「雪? 札幌で雪が見られるか、スタッフに聞いてみるよ」
アレックスの子供時代、生家トロントでは雪は珍しくなかった。が、この数年、アレックスはウィンターリゾート以外で雪を見たことがない。札幌とトロントの夏の暑さは、それほど変わらない。ひみこの望む雪が見られるのか疑問だ。できれば彼女を落胆させたくないが。
「タマから聞いたけど、三大がっかりスポットがあるんだよね」
アレックスには『三大がっかりスポット』の意味はわからなかったが、札幌に気の毒な少女を惹き付ける何かが雪の他にもあることに、安堵する。
「ホテルの部屋をグレードアップするよ。いくらベッドがキングサイズでも、君と一緒に寝るのは、神様が許さないからね」
笑いながらアレックスは、エアカーのモニターに顔を向けて瞬きを送る。画面にホテルのフロントが現れた。
「タマ! 本当にがっかりするか楽しみだなあ」
アレックスがホテルに手続きを済ませている間、ひみこは腕時計に向かって話しかけた。
少女には気がかりなことがあった。
いつもなら腕時計に住むタマが「がっかりスポットでのデートは危険にゃ」ぐらい返すのに、反応がない。あの家を出てから、いや謎の男二人が訪ねてから、タマが大人しいのだ。通訳はしてくれるが、いつもならツッコミを入れそうな場面で何も反応しない。
そんな不安も、時代劇みたいな東京の景色に心を奪われ忘れてしまう。
自分を見捨てた両親に対する怒りは忘れないが、アイツらがどっかで生きてようが死んでようが、どうでもいい。うん、どうでもいいんだ、と何度も言い聞かせる。
ひみこは、アレックス・ダヤルのことは、外国から来た偉い人、としかわからない。が、初めて会った自分と一緒に暮らしてくれると言う。親切で、優しくて、多分お金持ち。東京の家で絶対に戻らない親を待つより、ずっといい。一人ぼっちよりずっといい。タマがいないと話できないのは面倒だけど。
これから始まる新しい世界にタマと一緒に乗り切っていくんだと、ひみこは自分を奮い立たせた。
今、車は札幌に向かって加速している。
「そんで、定期的に保護局へ鈴木ひみこの養育状況のレポートを送ってくれればいーってことです」
文化財保護局のチャン局長は、なんで自分が伝言係やらにゃいけない? と不満に思いつつ、保護局の決定を伝える。
「え、本当にいいのか? 僕で」
逮捕されないのは助かった。が、日本文化研究組織の長とはいえ、日本に来たばかりの外国人にそんなことを任せていいのだろうか? と、アレックスは、少女を勝手に連れ出したクセに、不安になった。
「ダヤルさんはこれまでも貧しい子供を育てた、と聞いてます」
チャンの微笑みに、アレックスも微笑を返す。
「育てたというより、子供らの可能性を広げただけだ」
アレックスに自分の血を引いた子供はいない。その代わりではないが、彼はしばしば恵まれない子供を引き取って養育してきた。彼自身もダヤル社もその事実を公にしていない。
が、彼の育てた子供たちが様々な業界で活躍していることは、チャンのような日本政府高官など一部の人間には知られていた。
チャンに煽てられ、いい気になったアレックスは、はたと気づく。
彼がひみこを連れ出したのは、彼女の両親の生死が不明で、そこに保護局が関わっているとみたからだ。
「鈴木夫妻は生きてるのか? 死んでいるのか?」
「今は言えません。鈴木ひみこへの影響が大きいので」
ダヤルのプリンスは眉をひそめた。つまり……亡くなっているのだろう。保護局が言葉を濁したのは、ひみこの精神的ショックを考えてのことかもしれない。
勝手に保護局を敵視して彼女を連れ出した自分は勇み足だったかもしれない……またアレックスが迷いだし、エアカーはホバリングして停止する。
「ダヤルさん、やめます? こっち戻ります?」
チャンは、モニター越しにアレックスの心を読み取ったかのように促す。
日本政府高官の言葉に促され、ダヤルのプリンスは心を決めた。
男は黒い眼の少女に尋ねる。
「ひみこ、東京に戻って一人で暮らすかい? 君のお父さんお母さんは……戻ってこないだろう」
二人の言葉をひみこの腕時計が通訳する。
「知ってるよ! あいつら戻らない! あたしだって戻りたくない!」
「では、僕と暮らすかい?」
男は、少女の顔をじっと覗き込む。
「あなたは誰?」
「もう一度言うよ。僕の名はアレックス・ダヤル。ラニカ・ダヤルの息子だ。ラニカのこと、君は知らないかな?」
偉大なる技術者にして実業家である母の名を告げたのに、少女は首を捻っている。
この地球上に自分の母の名を知らない人間がいるんだと思うと、アレックスはおかしくもありくすぐったくもあり、クスクス笑った。
「これから札幌の僕のホテルに行くよ」
「サッポロ!?」
ひみこは途端、顔を輝かせた。
「さすがに札幌は知っているか。日本の首都だからね」
「雪、あるよね? フワフワでキラキラなの」
「雪? 札幌で雪が見られるか、スタッフに聞いてみるよ」
アレックスの子供時代、生家トロントでは雪は珍しくなかった。が、この数年、アレックスはウィンターリゾート以外で雪を見たことがない。札幌とトロントの夏の暑さは、それほど変わらない。ひみこの望む雪が見られるのか疑問だ。できれば彼女を落胆させたくないが。
「タマから聞いたけど、三大がっかりスポットがあるんだよね」
アレックスには『三大がっかりスポット』の意味はわからなかったが、札幌に気の毒な少女を惹き付ける何かが雪の他にもあることに、安堵する。
「ホテルの部屋をグレードアップするよ。いくらベッドがキングサイズでも、君と一緒に寝るのは、神様が許さないからね」
笑いながらアレックスは、エアカーのモニターに顔を向けて瞬きを送る。画面にホテルのフロントが現れた。
「タマ! 本当にがっかりするか楽しみだなあ」
アレックスがホテルに手続きを済ませている間、ひみこは腕時計に向かって話しかけた。
少女には気がかりなことがあった。
いつもなら腕時計に住むタマが「がっかりスポットでのデートは危険にゃ」ぐらい返すのに、反応がない。あの家を出てから、いや謎の男二人が訪ねてから、タマが大人しいのだ。通訳はしてくれるが、いつもならツッコミを入れそうな場面で何も反応しない。
そんな不安も、時代劇みたいな東京の景色に心を奪われ忘れてしまう。
自分を見捨てた両親に対する怒りは忘れないが、アイツらがどっかで生きてようが死んでようが、どうでもいい。うん、どうでもいいんだ、と何度も言い聞かせる。
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これから始まる新しい世界にタマと一緒に乗り切っていくんだと、ひみこは自分を奮い立たせた。
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