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後編 数千万年ぶりの転生

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 駅前の桜から、最後の一葉ひとはが落ちた。誰にも見とめられることもなく。
 いや。
 広場に飾られた大きなクリスマスツリーは、絶えず桜に心を傾けていた。


 君は、よくがんばった。
 夏の間、せっせと光を浴びて糖分を作り、枝に送り続けた。
 がんばりすぎたから糖分を作れなくなった。だから秋になると、枝につながっていた管をふさがれてしまった。

 悔しい? 悲しい?
 仕方ないんだ。この東の島には四季がある。冬は寒くて糖分が作れない。糖を作れない君にいつまでも青々とされては、幹がやせ細ってしまうからね。

 そんなのおかしい? なんで、自分たちだけがそんな目に遭わなければならない?
 お前はずっと冬になっても青いままじゃないかって?
 桜の葉っぱなんて惨めなだけ、ずっと青いもみの葉になりたかった?


 でもね、樅は樅で、君のことうらやましく思ってるかもしれないよ。
 桜は春になると可憐な花をたくさん咲かせ、人が集まる。
 夏は青々と茂り、秋には鮮やかな赤色を見せ、冬には木枯らしに吹かれ物悲しく葉を落とす。
 なんとドラマティックな生き方なんだろう。

 それに比べればもみの木など、一年中同じ姿だ。
 樅はずっと青いと思っているだろうけど、葉っぱそれぞれには寿命がある。
 君と比べれば長生きだけど、それでも一つ一つの葉は数年で枯れてしまう。
 しかも君たちのように、華々しく風に吹かれて一気に散るわけではない。
 いつのまにか茶色く枯れて、誰にも知られることなく落ちるんだ。


 なーんて、もみの葉っぱの気持ちを考えてみたけど、本当のことはわからない。
 だって私は、本物の樅の木ではない。
 人の手でつくられた、まがい物。だから、永遠に青いままなんだ。
 まがい物の私からすればね、季節によって姿を変える桜、寒い冬でも青々と茂る樅、どちらも羨ましいよ。

 君たちは、光を浴びて糖を作り自分の身体を支えているだけではない。落ち葉となった君の身体は、ミミズやダンゴムシが食べて、桜の木の栄養になるんだ。
 それに比べて私は、もう何も生み出すことはできない。
 人の手によって飾られ讃えられても、ひとときのこと。
 数日もすれば、私の身体は分解され暗闇に閉じ込められる。一年のうち、ほとんどは光を浴びることはない。
 それがどんなに辛いことか、君ならわかるよね? 陽の光が生きるすべだった君になら。

 私も、君と同じだ。かつては花を咲かせ葉を茂らせていたんだよ。


 数千万年前、大きな竜が大地をのっしのっしと歩いていた時代。
 今、地上を支配する人間たちは、影も形もなかった。小さなネズミが竜たちの影に隠れてコソコソ暮らしていたが、今から思うとあれが人の先祖だった。
 私はこの島からずーっと西にある温暖な大陸で、ごく普通の樹木として命を終えた。
 私の死骸は虫やもっと小さな生き物に少しずつ食べられ、ゆっくりと腐っていった。

 腐りつつあった私の身体は、大洪水によって海に流されてしまった。
 かつて私であったモノは、海の小さな小さな生き物の餌となった。
 私を食べた生き物もやがて死を迎え、海の底に沈んでいった。
 小さな生き物の死骸はどんどん深く沈み、地の底から熱にさらされる。
 長い長い時を経て、かつて花を咲かせていた私は、異臭を放つドロドロの黒い液になり下がってしまった。

 地の底でずっとドロドロの醜い姿になり眠っていた私は、突如、地上に引き戻された。
 世界はすっかり変わり、人という生き物が支配していた。
 私は人の手によって、ドロドロした黒い液から、もみの木に姿を似せた物に変えさせられた。彼らは私をクリスマスツリーと呼んだ。
 そうそう、黒い液体のことは『石油』と言うらしい。


 私は、西隣の大陸で生まれた桜の木だった。
 私が地の底で眠っている間、子どもたちは東へ吹く風によって運ばれ、この東の島にたどり着いた。
 何千万年もの時を経て目覚めた私が見たのは、君が、桜の葉が木枯らしに吹かれる姿だった。

 君は、かつての私とは大分、姿が変わってしまった。
 長い年月と人間の力が、私の子どもたちの姿を変えてしまった。花の色も形も咲く時期も違う。
 それでも君が私の子どもであることには変わらない。

 はじめ、私は人を恨んだよ。
 こんなまがい物に変わるぐらいなら、地の底に眠ったままの方がマシだった。
 だけどね。
 君がそこにいてくれたんだ。
 君を見つけてどれほど私が嬉しかったか、わかる?
 まさか何千万年も経って、こんな遠い東の果てで、私の子どもに会えるとは!


 私はクリスマスが大好きだ。
 一年のほとんどを暗闇で過ごすけど、君に、私の子どもに会える季節を思えば耐えられる。
 今は、私を作ってくれた人間たちに感謝しているよ。
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