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28 婚約破棄
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――婚約破棄?
僕のメアリはなにを言った?
「……な、なぜそんなことを?」
わからない。僕らは愛し合っているはずだ。父もようやく認めてくれたのに。
「もしかすると君に『魔王の手先』とひどいことを言ったからか? 君はやはり僕が許せないのか?」
婚約者は首を振る。僕はメアリに合わせて立ち上がった。
「いえ、殿下のお立場なら、『生まれ変わり』である私をそのように呼ぶのは、当然です」
「メアリ、僕は二度とそんなことは言わない。繰り返すが、君の前世は大切にすべきだ」
「こんな私に優しくしてくださって……ごめんなさい」
メアリの目に涙があふれてきた。
「でも殿下は国王になられる方。結婚がいつ認められるかわからない私ではなく、王位を継承できる御子を授かるため、曇りのない令嬢と結ばれるべきです」
「王位は、叔父上が継げばよい。僕は、メアリ以外の女と子供を作りたくない」
「ああ殿下……こんな私に……そんな言葉を……」
婚約者がブルネットの巻き毛を揺らしている。
「ですが殿下。恋の痛みは、時間と新たな出会いが忘れさせてくれます」
彼女は僕の背中を優しくさすった。まるで母が子供をあやすように……唐突に思い出す。前世で彼女は、四十代半ばまで生きたことを。
「君も前世で恋の痛みを覚えたのか? 君は独身で、恋人もいなかったと言っていなかったか?」
メアリはただ寂しげに微笑みを返すのみ。
僕はなに愚かなことを聞いている? 四十年以上生きていれば、男の一人や二人、好きになるのは当然だ。
「殿下はまだ、生涯を共にする女性と出会っていないだけです」
「違う! 絶対に違う!」
先ほど口づけした時より一層強く抱きしめる。が、メアリは僕の腕の中でもがき、また離れていく。
「……私、クマダ博士の言葉が忘れられないのです」
騒動の翌日、サイ・クマダ博士は警察に逮捕されたが、なぜここで彼が出てくる?
「あの日、博士は帰り際、私ともっと早く会えれば患者は死なずに済んだとおっしゃって……」
あの研究施設で、クマダ博士とメアリは手術の方式について、僕にはわからない会話を交わしていた。メアリの前世の世界では、医学が発達していたのだろう。
「私が勇気を出して、博士に前世の医学についてお知らせすれば、施設の患者たちが救われたのかと思うと……」
「博士の人体実験はメアリのせいじゃない! 手術で人が死んだとしても、メアリのせいではない!」
「いえ殿下。私は前世で、困っている人を見かけても手を差し伸べることをためらう卑怯者でした。なにも善行をなさず生を終えたのです。このままでは、現世でも同じことになります」
「断言する! 君の前世は絶対に卑怯者なんかじゃない!」
「ありがとうございます。ですが私が二度目の生を与えられたのは……史師エリオンはお認めにならないでしょうが、私に使命があるからに他なりません」
「君の成すべきことは、僕の傍にいることだ」
メアリは眉を寄せて首を振った。
「駄目です! 私は、殿下の即位の妨げにしかなりません」
「何十回でも繰り返すが、王は勇者セオドアの末裔なら誰でもなれる」
「いいえ、先日国王陛下は、国内に蔓延る移民差別へのご懸念を、お示しになりました。これは誰でも成せることではございません」
「……父上が名君なのは、間違いないよ」
「殿下も王太子の役目を見事果たされました。マイクとスピーカーを設置して録音する……私、この世界では初めてラジオを聞きました。みな殿下の発案と伺っています」
「君の前世では、当たり前のことなんだろう? 僕は依頼しただけで、実際に設置したのは企業の社員たちだ」
「社員の方が開発中の装置を惜しみなく設置されたのは、日頃から殿下がみなさまにお心配りをされていたからかと……殿下は間違いなく、陛下の跡を継ぐべきお方です」
僕は、名君と名高い祖父デイヴィッド二世にも、父にも到底叶わないと、自覚している。なのにメアリは、優しく僕を励ましてくれる。
「陛下は、転生者は悪魔つきではなく哀れな病人だと、おっしゃいました。どれほど私は救われたことでしょう」
「僕は、君が哀れな病人とも思っていないよ」
彼女は、首を傾げて微笑んだ。
「本当に殿下はお優しい方……でも優しさに甘えるのはもうやめます。私、ようやくこの世界で本当になすべきことを見つけました」
「何百回でも言おう。君の成すべきことは、僕の妻になることだ!」
「いえ、その役目に相応しい令嬢は、ほかにいらっしゃいます」
彼女はゆっくりと形のよい唇を動かした。
「決意が固まりました……私は、前世の記憶について公表します」
二人の間の空気が凍り付く。
婚約破棄を告げられた以上の衝撃が、僕を襲った。
「前世を公表? いくら陛下が偏見を失くせとおっしゃっても、長い歴史で染みついた観念はそう簡単に取り払われない。君は『悪魔つき』と呼ばれる。下手すれば命だって危うくなるぞ」
「それは怖いけれど……でも博士から『もっと早く知れば死人が減っていた』と言われて……私が沈黙している間に、誰かが命を落とすかもしれないと思うと……」
僕はメアリの肩を揺さぶった。
「君のせいで誰かが命を落とすなんて考えるな! 前世の知識で気になることがあったら、二人で時間をかけて実現しよう! 昨日亡くなった一人を憂うより、明日、救える二人のことを考えるんだ」
「ええ……そうですね……それも……いいえ!」
メアリは、僕の腕を振り切った。
「私が本当に助けたいのは、この国にいるかもしれない、もう一人の私です」
僕が間抜けな顔を浮かべると、メアリは微笑み言葉を続けた。
「転生者が悪魔つきと呼ばれるこの国では、まず転生者自身が、自分が魔王の手先になったと苦しみます。陛下が偏見を失くせとおっしゃっても、この苦しみは、当事者でなければわかりません」
「メアリ、君を魔王の手先などと呼んで、本当にすまなかった」
「殿下、私は気に留めておりませんので、もうあやまらないでください」
彼女に触れようと腕を伸ばしてみるが引っ込めた。なぜか、彼女が神聖な光に包まれているように見えたのだ。
「今、前世の記憶に苦しむ人がいたら、私は伝えたいのです。あなたはひとりではない、私もあなたと同じ転生者だ。あなたの苦しみはよくわかる、と」
僕の婚約者は微笑んだ。聖妃アタランテの像そのままに。
「転生者への偏見も、転生者の苦しみも、失くすのは簡単ではありません。でも、孤独ではない、と知るだけで、生きる希望になります」
誰かの希望となるために、自分の幸せを投げ捨てる……。
彼女の前世は、自虐するようなつまらない人物ではなく、ましてや魔王でもなく、アタランテそのものではないのか?
「……だから、僕と婚約破棄をすると?」
メアリは大きく頷いた。
「今すぐ私の前世を明かせば、殿下と両親にご迷惑をおかけします。まず両親のもとを離れ、殿下が他のご令嬢ととめでたく結ばれ愛らしい王子や姫君が誕生した暁に、明かすつもりです」
なにを言えばいい? 聖妃さながらの神々しさに溢れた女性と、ただの人間でしかない僕。
立ち尽くしていると、ノックの音が響く。
セバスチャンが「ディナーの準備が整いました」と告げた。
僕のメアリはなにを言った?
「……な、なぜそんなことを?」
わからない。僕らは愛し合っているはずだ。父もようやく認めてくれたのに。
「もしかすると君に『魔王の手先』とひどいことを言ったからか? 君はやはり僕が許せないのか?」
婚約者は首を振る。僕はメアリに合わせて立ち上がった。
「いえ、殿下のお立場なら、『生まれ変わり』である私をそのように呼ぶのは、当然です」
「メアリ、僕は二度とそんなことは言わない。繰り返すが、君の前世は大切にすべきだ」
「こんな私に優しくしてくださって……ごめんなさい」
メアリの目に涙があふれてきた。
「でも殿下は国王になられる方。結婚がいつ認められるかわからない私ではなく、王位を継承できる御子を授かるため、曇りのない令嬢と結ばれるべきです」
「王位は、叔父上が継げばよい。僕は、メアリ以外の女と子供を作りたくない」
「ああ殿下……こんな私に……そんな言葉を……」
婚約者がブルネットの巻き毛を揺らしている。
「ですが殿下。恋の痛みは、時間と新たな出会いが忘れさせてくれます」
彼女は僕の背中を優しくさすった。まるで母が子供をあやすように……唐突に思い出す。前世で彼女は、四十代半ばまで生きたことを。
「君も前世で恋の痛みを覚えたのか? 君は独身で、恋人もいなかったと言っていなかったか?」
メアリはただ寂しげに微笑みを返すのみ。
僕はなに愚かなことを聞いている? 四十年以上生きていれば、男の一人や二人、好きになるのは当然だ。
「殿下はまだ、生涯を共にする女性と出会っていないだけです」
「違う! 絶対に違う!」
先ほど口づけした時より一層強く抱きしめる。が、メアリは僕の腕の中でもがき、また離れていく。
「……私、クマダ博士の言葉が忘れられないのです」
騒動の翌日、サイ・クマダ博士は警察に逮捕されたが、なぜここで彼が出てくる?
「あの日、博士は帰り際、私ともっと早く会えれば患者は死なずに済んだとおっしゃって……」
あの研究施設で、クマダ博士とメアリは手術の方式について、僕にはわからない会話を交わしていた。メアリの前世の世界では、医学が発達していたのだろう。
「私が勇気を出して、博士に前世の医学についてお知らせすれば、施設の患者たちが救われたのかと思うと……」
「博士の人体実験はメアリのせいじゃない! 手術で人が死んだとしても、メアリのせいではない!」
「いえ殿下。私は前世で、困っている人を見かけても手を差し伸べることをためらう卑怯者でした。なにも善行をなさず生を終えたのです。このままでは、現世でも同じことになります」
「断言する! 君の前世は絶対に卑怯者なんかじゃない!」
「ありがとうございます。ですが私が二度目の生を与えられたのは……史師エリオンはお認めにならないでしょうが、私に使命があるからに他なりません」
「君の成すべきことは、僕の傍にいることだ」
メアリは眉を寄せて首を振った。
「駄目です! 私は、殿下の即位の妨げにしかなりません」
「何十回でも繰り返すが、王は勇者セオドアの末裔なら誰でもなれる」
「いいえ、先日国王陛下は、国内に蔓延る移民差別へのご懸念を、お示しになりました。これは誰でも成せることではございません」
「……父上が名君なのは、間違いないよ」
「殿下も王太子の役目を見事果たされました。マイクとスピーカーを設置して録音する……私、この世界では初めてラジオを聞きました。みな殿下の発案と伺っています」
「君の前世では、当たり前のことなんだろう? 僕は依頼しただけで、実際に設置したのは企業の社員たちだ」
「社員の方が開発中の装置を惜しみなく設置されたのは、日頃から殿下がみなさまにお心配りをされていたからかと……殿下は間違いなく、陛下の跡を継ぐべきお方です」
僕は、名君と名高い祖父デイヴィッド二世にも、父にも到底叶わないと、自覚している。なのにメアリは、優しく僕を励ましてくれる。
「陛下は、転生者は悪魔つきではなく哀れな病人だと、おっしゃいました。どれほど私は救われたことでしょう」
「僕は、君が哀れな病人とも思っていないよ」
彼女は、首を傾げて微笑んだ。
「本当に殿下はお優しい方……でも優しさに甘えるのはもうやめます。私、ようやくこの世界で本当になすべきことを見つけました」
「何百回でも言おう。君の成すべきことは、僕の妻になることだ!」
「いえ、その役目に相応しい令嬢は、ほかにいらっしゃいます」
彼女はゆっくりと形のよい唇を動かした。
「決意が固まりました……私は、前世の記憶について公表します」
二人の間の空気が凍り付く。
婚約破棄を告げられた以上の衝撃が、僕を襲った。
「前世を公表? いくら陛下が偏見を失くせとおっしゃっても、長い歴史で染みついた観念はそう簡単に取り払われない。君は『悪魔つき』と呼ばれる。下手すれば命だって危うくなるぞ」
「それは怖いけれど……でも博士から『もっと早く知れば死人が減っていた』と言われて……私が沈黙している間に、誰かが命を落とすかもしれないと思うと……」
僕はメアリの肩を揺さぶった。
「君のせいで誰かが命を落とすなんて考えるな! 前世の知識で気になることがあったら、二人で時間をかけて実現しよう! 昨日亡くなった一人を憂うより、明日、救える二人のことを考えるんだ」
「ええ……そうですね……それも……いいえ!」
メアリは、僕の腕を振り切った。
「私が本当に助けたいのは、この国にいるかもしれない、もう一人の私です」
僕が間抜けな顔を浮かべると、メアリは微笑み言葉を続けた。
「転生者が悪魔つきと呼ばれるこの国では、まず転生者自身が、自分が魔王の手先になったと苦しみます。陛下が偏見を失くせとおっしゃっても、この苦しみは、当事者でなければわかりません」
「メアリ、君を魔王の手先などと呼んで、本当にすまなかった」
「殿下、私は気に留めておりませんので、もうあやまらないでください」
彼女に触れようと腕を伸ばしてみるが引っ込めた。なぜか、彼女が神聖な光に包まれているように見えたのだ。
「今、前世の記憶に苦しむ人がいたら、私は伝えたいのです。あなたはひとりではない、私もあなたと同じ転生者だ。あなたの苦しみはよくわかる、と」
僕の婚約者は微笑んだ。聖妃アタランテの像そのままに。
「転生者への偏見も、転生者の苦しみも、失くすのは簡単ではありません。でも、孤独ではない、と知るだけで、生きる希望になります」
誰かの希望となるために、自分の幸せを投げ捨てる……。
彼女の前世は、自虐するようなつまらない人物ではなく、ましてや魔王でもなく、アタランテそのものではないのか?
「……だから、僕と婚約破棄をすると?」
メアリは大きく頷いた。
「今すぐ私の前世を明かせば、殿下と両親にご迷惑をおかけします。まず両親のもとを離れ、殿下が他のご令嬢ととめでたく結ばれ愛らしい王子や姫君が誕生した暁に、明かすつもりです」
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