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2 『生まれ変わり』と結婚できない理由

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 書斎を出た途端、廊下で立つメアリの両親ペンブルック伯夫妻と目が合った。

「ロバート殿下。娘が大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません」

 僕が詫びる前に、伯爵夫妻に泣かれてしまった。


 昼過ぎにペンブルック伯夫妻がメアリを連れて、僕との面会を求めて王宮へやってきた。
 一家そろってでわざわざ訪ねてくるとは、婚約者である僕が令嬢に失礼なことをしたのか? 不安になり、急いで駆けつけてみれば、伯爵から第一声「婚約を解消させて欲しい」と訴えられる。
 まずメアリと二人で話したい、と夫妻を待たせた結果、今に至る。
 王宮の客間でペンブルック伯夫妻と向かい合って座った。

「娘が前世だの『ニホン』だのおかしなことを口走り……まるで悪魔に取りつかれたようで」

「滅多なことを言うな、アンドリュー!」

 思わず僕は、がなり声を立てた。が、いくら僕が王太子とはいえ、ネールガンド創建時から王家に忠実だったカートレット家の当主を呼び捨てにするのは、非常識この上ない。

「失礼したペンブルック伯。が、悪魔つきなどと絶対に言ってはならない」

 祖父の時代まで『生まれ変わり』を口走る者は悪魔つきと断ぜられ監禁され、過酷な悪魔払いの儀式を受けさせられた。断食や水責めなど儀式というより拷問に近く、多くの者が命を落とした。
 現在、儀式は法律で禁じられているが、農村部では密かに行われているようだ。発覚すれば殺人事件として捜査され、新聞に取り上げられる。
 まだ多くの国民が『悪魔つき』への嫌悪感から抜け切れていない。このままではメアリと結婚するわけにはいかない。

「申し訳もありません、殿下。こうなってしまっては、王家に嫁ぐことはもちろん、普通の結婚も望めません」

 ペンブルック伯は、頭を上げた。

「娘は一生、我が家で静かに過ごさせます」


 伯爵夫妻とメアリは、待機していた蒸気自動車に乗り込んだ。僕は宮殿の裏庭で見送った。
 多くの国民が、貴族は今でも馬車で移動すると思っているらしいが、馬車を使うのは儀式の時だけだ。
 そう、メアリが喜んでいたあのイリス勲章授与式のように。

 儀式の日、僕は馬車で婚約者を迎えに行った。眼の色と同じ緑色のドレスに身を包んだ彼女は、聖妃像を思い起こさせる。いつも侍女たちより地味な昔風の服を着ているからか、僕は目を奪われた。他の婦人方が霞んでしまうのは、彼女の背の高さや豊かな胸が原因だろうが、それだけではなく……彼女の容姿を思い出している場合ではなかった。

 自分の書斎に戻ると、太子侍従長の老セバスチャンが「国王陛下がお呼びです」と出迎えた。そのまま僕は、父の書斎に向かった。
 部屋に入った途端、思い詰めた顔つきの両親と目が合った。

「困ったものだ。結婚式まで三か月か」

 父オリバー五世は立ったまま書斎の机からティーカップを手に取った。
 母キャロライン王妃はソファに沈み込み、俯いている。

「聞いたこともない国の『生まれ変わり』と口走るような令嬢では……カートレット家の末とはいえ、お前の妃とするわけにはいくまい」

「父上、ペンブルック伯令嬢は、妃に相応しい生まれで、容姿も優れています。カートレット一族は、我ら王家に忠実。彼女以上に妃に相応しい者は、このネールガンドにはおりません」

「お前は本当に令嬢を気に入っているからな。だからお前の希望通り、一日も早く結婚できるよう儀式を簡略化して進めたのだが」

 母が割り込んできた。

「だからといって、花嫁衣装を仕立てる時間がもったいない、私のお下がりを仕立て直そうなんて……メアリ嬢がいつも昔の服を着ているとはいっても、花嫁衣裳は別でしょうに」

「父上、母上、誤解です。今の時代、豪奢な式は国民の反感を買うから、簡素な式を求めたまでです。父上は常日頃、ラテーヌ国の二の舞になってはならぬ、とおっしゃっているではありませんか」

 ゴンドレシア大陸には七つの国がある。かつては我がネールガンドと同様、みな王国であった。
 が、僕の高祖父の時代、隣国ラテーヌの王は権力をほしいままにして重税を課し、多くの民が飢え死にした。しかも恐ろしいことに、自らが史師エリオンの生まれ変わりと名乗りだした。
 耐えかねた民はついに蜂起する。ラテーヌ王の一族は、三歳の王女も含めて惨たらしく殺され、死体が王都に晒された。
 歴史の流れというにはあまりに非情であるが、尊い史師エリオンを騙った報いというべきか。
 ラテーヌの革命を機に、現在、七つの国のうち四国が共和制に移行している。

 このネールガンドにも革命の機運が持ち上った。が、高祖父トーマス七世が渋々ながら権力を捨て、我が国が立憲君主制に移行したため、王家は生き延びたのだ。
 それゆえネールガンド王家は、質素倹約を旨としている。奢侈に溺れ、隣国のように一族皆殺しにされてはたまらない。


「ロバート、お前がメアリ嬢に無下な扱いをしたから、おかしくなってしまったのよ」

「ともあれ伯爵令嬢だろうが『生まれ変わり』は駄目だ。平民の子連れの方が遥かにましだ。いや今の時代、貴族令嬢より子持ち平民の妃の方が、好感度が上がるかもしれんな」

「冗談じゃない!」

 僕は書斎の机をガツンと叩く。高祖父トーマス七世が愛用した年代物の品だが、知るものか。

「なぜ、王家の好感度を上げるために、僕がそんな女と結婚しなければならないのです!」

「ロバート落ち着け。お前が自分で言ったではないか。国民の支持を得るため、メアリと婚約する、と」

「その通りです。実際、彼女の視察先での評判はよく、新聞が好意的に取り上げてくれますからね」

 僕は立ち尽くしたまま父とにらみ合う。
 ネールガンド国王オリバー五世。実権のない王とはいえ、ただの中年男ではない。僕は、膝を折って頭を下げたくなる衝動を、必死に堪える。

「大史司長は、『生まれ変わり』からはどのような浄化を施しても魔をはらえないと、言っていたが」

「悪魔祓いはおじい様の提言で、禁じられたではありませんか。今はそのような時代ではありません」

 長い沈黙の末、父は紅茶を一気に飲み干して告げた。

「時間がない。二か月待っても令嬢が変わらなければ、結婚は取りやめだ」

 なんとか父オリバー五世の譲歩を引き出せた。
 あと二か月。なにがなんでも、メアリに『前世』を忘れさせてみせる!
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