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噴水公園
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夕暮れ時のケルトの繁華街は、家路を急ぐ人や買い物をする人などで賑わっていた。
一流ブランドショップや様々な店が立ち並ぶエリアから少し離れたところに、木々が生い茂る噴水公園があって、市民の憩いの場になっている。
リコは噴水の淵に座り、何やら考え事をしていた。金曜日に訓練学校が終わり、ふらっとここに来たのだった。ここはリコのお気に入りの場所で、何かあると一人で考え事をしたりしていた。
ロキ教官の言っていたとおり、組織の人間には気を付けなければならないが、アルカディアの夜明けは父親の仇でもある。その時のために、準備をしなければならない。
リコは一見穏やかな青年だが、その心の奥底には、父親を殺された燃えるような復讐心を隠していた。
リコは大人を心から信用することができない。
父親のレオが倒れた時、母親の知り合いが何人か家に出入りして手伝いなどをしていた時があった。リコは大変に感謝していて、将来は人のためになる仕事をしようと決めたほどだった。
看護の甲斐もなく父親は亡くなってしまったが、悪いことはこれだけではなかった。
葬式が終わって家に戻ると金庫の中のお金がすべて無くなっていた。同時に母の知人と連絡がとれなくなった。
父親の死と、信頼していた大人からの裏切りは、17歳のリコの心に傷を残した。この世の不条理をまざまざと見せられ、強く生きることが必要だった。
それ以来リコの心は、大人を信用するのを無意識のうちにやめてしまったのだった。
噴水の淵に座りながら、父を失った時の忌まわしい記憶の断片が浮かび、日が沈んでいくのと同じく、心はゆっくりと闇を帯びていった。
その時、急にリコは後ろに何か気配を感じた。
振り向くと、大きな犬がじっとこちらを見ている。犬は耳をピンと立てて兵士のように姿勢よく座り、尻尾を振っている。ハーネスにロープが付いているので、どこかから逃げてきてしまったのだろうか。
「お前、どこから来たんだ。ご主人様はどこだい。」
リコが頭をなでると、犬はうれしそうに尻尾を振った。
「すみません!」
遠くのほうから、女性が息を切らせて走ってきた。
歳はリコとそう変わらないだろうか。ちょうど肩に届く髪は、瞳の色と同じ暗い茶色をしていた。色白で清楚な雰囲気を持つ彼女は、すれ違ったら誰もが振り返ってしまうような美人だった。
「すみません。急に犬が走り出してしまって。」
「大丈夫ですよ。かわいいワンちゃんですね。」
女性がリードを持っても、犬はリコの隣から離れようとしない。
「私以外の人に絶対になつかない犬なんですけど、あなたのことが好きみたいですね。」
笑うとハートマークのようになる唇と、上品な雰囲気に育ちの良さが感じられた。
「僕も昔犬を飼っていまして。犬は好きなんです。」
「そうなんですね。」
女性は少し辺りを見回している。
「どうかされましたか。」
「どこかこのあたりでお水を買える場所ご存じないですか。この子に飲ませたいんです。」
「良かったらこれをどうぞ。まだ開けてないので。」
リコは持っていたペットボトルを女性に手渡した。
「いえいえ、そんな。申し訳ないですよ。」
「いいんですよ。」
「ありがとうございます。カール、良かったね。」
カールは水を飲み終わると、嬉しそうにリコの手を舐めた。
「本当に信じられない。カールが初めて会う人に心を許すなんて。」
「美味しそうなにおいでもするんじゃないですかね。」
リコがそう言って、二人は笑った。
彼女の名前はナヨン。最近このあたりに引っ越してきたらしく、まだ土地勘があまりないらしい。毎週金曜日の夕方に噴水公園に散歩に来るらしく、また会いましょうと話して女性は帰っていった。
「さあ俺も帰るか。」
夕暮れのケルトの町を歩きながら、町明かりがやけにきれいに見える。
リコの心は、まるで忌まわしい過去の記憶ごとなかったかのように晴れやかになっていた。
一流ブランドショップや様々な店が立ち並ぶエリアから少し離れたところに、木々が生い茂る噴水公園があって、市民の憩いの場になっている。
リコは噴水の淵に座り、何やら考え事をしていた。金曜日に訓練学校が終わり、ふらっとここに来たのだった。ここはリコのお気に入りの場所で、何かあると一人で考え事をしたりしていた。
ロキ教官の言っていたとおり、組織の人間には気を付けなければならないが、アルカディアの夜明けは父親の仇でもある。その時のために、準備をしなければならない。
リコは一見穏やかな青年だが、その心の奥底には、父親を殺された燃えるような復讐心を隠していた。
リコは大人を心から信用することができない。
父親のレオが倒れた時、母親の知り合いが何人か家に出入りして手伝いなどをしていた時があった。リコは大変に感謝していて、将来は人のためになる仕事をしようと決めたほどだった。
看護の甲斐もなく父親は亡くなってしまったが、悪いことはこれだけではなかった。
葬式が終わって家に戻ると金庫の中のお金がすべて無くなっていた。同時に母の知人と連絡がとれなくなった。
父親の死と、信頼していた大人からの裏切りは、17歳のリコの心に傷を残した。この世の不条理をまざまざと見せられ、強く生きることが必要だった。
それ以来リコの心は、大人を信用するのを無意識のうちにやめてしまったのだった。
噴水の淵に座りながら、父を失った時の忌まわしい記憶の断片が浮かび、日が沈んでいくのと同じく、心はゆっくりと闇を帯びていった。
その時、急にリコは後ろに何か気配を感じた。
振り向くと、大きな犬がじっとこちらを見ている。犬は耳をピンと立てて兵士のように姿勢よく座り、尻尾を振っている。ハーネスにロープが付いているので、どこかから逃げてきてしまったのだろうか。
「お前、どこから来たんだ。ご主人様はどこだい。」
リコが頭をなでると、犬はうれしそうに尻尾を振った。
「すみません!」
遠くのほうから、女性が息を切らせて走ってきた。
歳はリコとそう変わらないだろうか。ちょうど肩に届く髪は、瞳の色と同じ暗い茶色をしていた。色白で清楚な雰囲気を持つ彼女は、すれ違ったら誰もが振り返ってしまうような美人だった。
「すみません。急に犬が走り出してしまって。」
「大丈夫ですよ。かわいいワンちゃんですね。」
女性がリードを持っても、犬はリコの隣から離れようとしない。
「私以外の人に絶対になつかない犬なんですけど、あなたのことが好きみたいですね。」
笑うとハートマークのようになる唇と、上品な雰囲気に育ちの良さが感じられた。
「僕も昔犬を飼っていまして。犬は好きなんです。」
「そうなんですね。」
女性は少し辺りを見回している。
「どうかされましたか。」
「どこかこのあたりでお水を買える場所ご存じないですか。この子に飲ませたいんです。」
「良かったらこれをどうぞ。まだ開けてないので。」
リコは持っていたペットボトルを女性に手渡した。
「いえいえ、そんな。申し訳ないですよ。」
「いいんですよ。」
「ありがとうございます。カール、良かったね。」
カールは水を飲み終わると、嬉しそうにリコの手を舐めた。
「本当に信じられない。カールが初めて会う人に心を許すなんて。」
「美味しそうなにおいでもするんじゃないですかね。」
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「さあ俺も帰るか。」
夕暮れのケルトの町を歩きながら、町明かりがやけにきれいに見える。
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