26 / 29
第27話 社交辞令
しおりを挟む
週末、僕は実家に帰ることになった。
姉夫婦も来るらしい。
スズちゃんからメールが来た。
お兄ちゃん、就職おめでとう
よかったね
ついこの前まで、世界が破滅しちゃいそうな悲壮感を漂わせていたのに
まるで世界を救ったヒーローの凱旋帰国だね
お土産、東京ばな奈よろしく
また東京ばな奈だ。
妹の奴、どれだけ東京ばな奈が好きなんだ。
ちなみに僕はバナナが嫌いだ。
世界が滅亡するのと同じくらいに、バナナが嫌いだ。
妹はそれを知っていて、自分の取り分が多くなる東京ばな奈を要求している。
本当のところ東京ばな奈は食べられる。
バナナ味であって、バナナそのものではないのだから。
でも、子供の頃、あれにはバナナが入っているものだと思ったし、そうではないということを知った頃には、妹に「お兄ちゃん、バナナが入っていると思っていたんだって、バカみたい」と笑われてしまった。
今更、どの顔をして東京ばな奈を食べていいのかわからない。
たとえ、世界が破滅しようとも、妹の前では絶対に食べない。
東京駅は相変わらず人でごった返している。
「交通費は出してあげるから、新幹線使って帰ってきなさい」
ありがたく新幹線ひかりに乗って、静岡に向かった。
お土産に東京ばな奈を実家用と姉夫婦ように二箱買った。
姉夫婦のお土産のほうは可愛いパンダの絵がついている。
静岡に帰るのは正月以来で、10月に帰るのは初めてのことだ。いつもなら、家族以外に、地元の仲間にも連絡を入れて、飲みに行ったりするが、この時期に連絡をとっても、地元にいない奴も多い。
お忍びというわけではなかったが、正直、そこまで気が回らなかったというのが本当のところだった。
しかしこういうときには、思わぬことが起きるものである。
会いたいと思っても会えないような人との波長と時間軸は、僕が普段ならやらない行動の結果として重なり合ってしまうことがあるのかもしれない。
一日分の着替えを入れたカバンを背負い、お土産袋を両手に提げた格好で、新幹線の改札口を出たところで、僕はその人と目があった。
中学三年から高校一年の間、付き合った彼女――望月日向(もちづきひなた)だ。
時間が止まる。
僕はすっかり忘却の彼方に消し去ってしまった苦い思い出を早送りのビデオテープのように脳内で再生し、息をのんだ。
「あっ、ひな……望月さん、こんにちは、久しぶり」
思わず"ひなた"と呼びかけて、名字で言い直した。
「お久しぶり。帰省? っていうか、望月さんって、なんか変、ひなたでいいよ」
ショートヘアだった髪型がロングに変わり、化粧もしている。
ビジネススーツが決まっている。そうか彼女は高校を卒業後、地元の短大に進学したと聞いている。つまり社会人として二年先輩ということになるのだろう。
「ああ、実は紆余曲折あって、ようやく就職が決まったんだ。その報告で、急遽帰省ってことなんだけど……」
「そうなんだ。結構苦労しているのね? それとも遊びすぎ? 東京デビューとか?」
こんな物腰で話をする子じゃなかった。
いや、ちがうのか。
むしろ付き合う前は、そうだったのかもしれない。
「なんだよ、東京デビューって。そんなんじゃないって。縁故で決まっていた先が急にダメだって話になってさ。慌てて就職活動して、つい二日前に決まったんだよ」
「そうなの。人生何があるかわからないわね」
その次に出てきそうな言葉を遮ろうと、僕は話題を変えた。
「日向は…・・・、今仕事中?」
「うん、東京から来るお客さんを出迎えで着ているんだけど……、ああ、私今、IT系っていうか、医療機器の販売会社に勤めているのね。本社が東京にあるんだけど、いろいろ問題があってさぁ。そのお客さんというのは、本社のお偉いさんね。今日も休日出勤でこれから会議なの」
僕はふと、胸騒ぎを感じた。
この偶然は、どこか、おかしい。
「ねぇ、日向の会社って、まさか――」
「えっ、なんで、誰かから聞いていたの?」
「いや、そうじゃないんだけど、ああ、そうか。こういう偶然もありなんだね」
「えっ? 何が?」
その会社の名前を聞くのは、これが三度目だ。
一度は親から
二度目は田代社長から
そしてかつての彼女であり望月日向が三度目ということになる。
「へぇ、すごい偶然ね。じゃあ、もしかしたら私たち、同じ会社の人間になっていたのかもしれないのね」
彼女はそれを嬉しそうでもなく、残念そうでもなく、ただ、不思議なこともあるという顔で僕を見ていた。
「あっ、お客さん、見えたわ。ゴメンなさい、また今度、何かがあったら」
「ああ、何かあったら」
それはいわゆる社交辞令だ。
でも、僕だけが知っている。
この社交辞令は、きっと社交辞令では終わらない。
僕は彼女の後姿を目に焼きつけ、そして彼女に話しかける50代くらいの、見るからに会社のお偉いさんという男性の顔を覚えた。
何かの運命に引き寄せられている。
天使と悪魔との七日間は、思えば、この会社との縁がなくなったことから始まっている。
これはいったいどういうことなのか。
会いたい。
アデールとデリアに会いたい。
釈然としない荷物を抱えて、僕はその場を後にした。
姉夫婦も来るらしい。
スズちゃんからメールが来た。
お兄ちゃん、就職おめでとう
よかったね
ついこの前まで、世界が破滅しちゃいそうな悲壮感を漂わせていたのに
まるで世界を救ったヒーローの凱旋帰国だね
お土産、東京ばな奈よろしく
また東京ばな奈だ。
妹の奴、どれだけ東京ばな奈が好きなんだ。
ちなみに僕はバナナが嫌いだ。
世界が滅亡するのと同じくらいに、バナナが嫌いだ。
妹はそれを知っていて、自分の取り分が多くなる東京ばな奈を要求している。
本当のところ東京ばな奈は食べられる。
バナナ味であって、バナナそのものではないのだから。
でも、子供の頃、あれにはバナナが入っているものだと思ったし、そうではないということを知った頃には、妹に「お兄ちゃん、バナナが入っていると思っていたんだって、バカみたい」と笑われてしまった。
今更、どの顔をして東京ばな奈を食べていいのかわからない。
たとえ、世界が破滅しようとも、妹の前では絶対に食べない。
東京駅は相変わらず人でごった返している。
「交通費は出してあげるから、新幹線使って帰ってきなさい」
ありがたく新幹線ひかりに乗って、静岡に向かった。
お土産に東京ばな奈を実家用と姉夫婦ように二箱買った。
姉夫婦のお土産のほうは可愛いパンダの絵がついている。
静岡に帰るのは正月以来で、10月に帰るのは初めてのことだ。いつもなら、家族以外に、地元の仲間にも連絡を入れて、飲みに行ったりするが、この時期に連絡をとっても、地元にいない奴も多い。
お忍びというわけではなかったが、正直、そこまで気が回らなかったというのが本当のところだった。
しかしこういうときには、思わぬことが起きるものである。
会いたいと思っても会えないような人との波長と時間軸は、僕が普段ならやらない行動の結果として重なり合ってしまうことがあるのかもしれない。
一日分の着替えを入れたカバンを背負い、お土産袋を両手に提げた格好で、新幹線の改札口を出たところで、僕はその人と目があった。
中学三年から高校一年の間、付き合った彼女――望月日向(もちづきひなた)だ。
時間が止まる。
僕はすっかり忘却の彼方に消し去ってしまった苦い思い出を早送りのビデオテープのように脳内で再生し、息をのんだ。
「あっ、ひな……望月さん、こんにちは、久しぶり」
思わず"ひなた"と呼びかけて、名字で言い直した。
「お久しぶり。帰省? っていうか、望月さんって、なんか変、ひなたでいいよ」
ショートヘアだった髪型がロングに変わり、化粧もしている。
ビジネススーツが決まっている。そうか彼女は高校を卒業後、地元の短大に進学したと聞いている。つまり社会人として二年先輩ということになるのだろう。
「ああ、実は紆余曲折あって、ようやく就職が決まったんだ。その報告で、急遽帰省ってことなんだけど……」
「そうなんだ。結構苦労しているのね? それとも遊びすぎ? 東京デビューとか?」
こんな物腰で話をする子じゃなかった。
いや、ちがうのか。
むしろ付き合う前は、そうだったのかもしれない。
「なんだよ、東京デビューって。そんなんじゃないって。縁故で決まっていた先が急にダメだって話になってさ。慌てて就職活動して、つい二日前に決まったんだよ」
「そうなの。人生何があるかわからないわね」
その次に出てきそうな言葉を遮ろうと、僕は話題を変えた。
「日向は…・・・、今仕事中?」
「うん、東京から来るお客さんを出迎えで着ているんだけど……、ああ、私今、IT系っていうか、医療機器の販売会社に勤めているのね。本社が東京にあるんだけど、いろいろ問題があってさぁ。そのお客さんというのは、本社のお偉いさんね。今日も休日出勤でこれから会議なの」
僕はふと、胸騒ぎを感じた。
この偶然は、どこか、おかしい。
「ねぇ、日向の会社って、まさか――」
「えっ、なんで、誰かから聞いていたの?」
「いや、そうじゃないんだけど、ああ、そうか。こういう偶然もありなんだね」
「えっ? 何が?」
その会社の名前を聞くのは、これが三度目だ。
一度は親から
二度目は田代社長から
そしてかつての彼女であり望月日向が三度目ということになる。
「へぇ、すごい偶然ね。じゃあ、もしかしたら私たち、同じ会社の人間になっていたのかもしれないのね」
彼女はそれを嬉しそうでもなく、残念そうでもなく、ただ、不思議なこともあるという顔で僕を見ていた。
「あっ、お客さん、見えたわ。ゴメンなさい、また今度、何かがあったら」
「ああ、何かあったら」
それはいわゆる社交辞令だ。
でも、僕だけが知っている。
この社交辞令は、きっと社交辞令では終わらない。
僕は彼女の後姿を目に焼きつけ、そして彼女に話しかける50代くらいの、見るからに会社のお偉いさんという男性の顔を覚えた。
何かの運命に引き寄せられている。
天使と悪魔との七日間は、思えば、この会社との縁がなくなったことから始まっている。
これはいったいどういうことなのか。
会いたい。
アデールとデリアに会いたい。
釈然としない荷物を抱えて、僕はその場を後にした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
キャラ文芸
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
青い祈り
速水静香
キャラ文芸
私は、真っ白な部屋で目覚めた。
自分が誰なのか、なぜここにいるのか、まるで何も思い出せない。
ただ、鏡に映る青い髪の少女――。
それが私だということだけは確かな事実だった。
SERTS season 1
道等棟エヴリカ
キャラ文芸
「自分以外全員雌」……そんな生態の上位存在である『王』と、その従者である『僕』が、長期バカンスで婚活しつつメシを食う!
食文化を通して人の営みを学び、その心の機微を知り、「人外でないもの」への理解を深めてふたりが辿り着く先とは。そして『かわいくてつよいおよめさん』は見つかるのか?
近未来を舞台としたのんびりグルメ旅ジャーナルがここに発刊。中国編。
⚠このシリーズはフィクションです。作中における地理や歴史観は、実在の国や地域、団体と一切関係はありません。
⚠一部グロテスクな表現や性的な表現があります。(R/RG15程度)
⚠環境依存文字の入った料理名はカタカナ表記にしています。ご了承ください。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる