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第10話 第二第、三の選択
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バイトをあがり、部屋に帰ると、僕はそうそうにベッドに入って寝てしまった。
「お休み、また明日」
「おやすみなさい、京次様」
翌朝、目が覚め、昨日と同じようにアデールがベッドの横で僕を元気に"おはよう"と挨拶をしたとき、僕の中の何かが切れた。
「あっ、あれぇ、きょ、京次様?」
僕は膝立ちのアデールをベッドとから起き上がった体勢のまま、思いっきり抱きしめた。いきなりのことでびっくりしていたアデールは、一瞬硬直したが、すっと力を抜いて僕に身を任せた。
頭も心も真っ白――いや、ちがうか。
むしろ暗いか、黒いか、いっそ、どす黒いか。
論理的な思考は何一つ働かず、僕はアデールをそのままベッドに押し倒した。なぜ今までそうしなかったのか、そうできなかったのか、わからない。
まるで何かかの呪縛から解かれたような、いや、この場合は"封印を解かれた"と言ったほうが適切なのか、僕は無理やりにアデールの唇を奪い、そのやわらかさに戦慄した。
このままではいけない
それを理性というのか、或いは偽善をなそうとする打算なのか、その一線を越えれば取り返しがつかない"死線"を僕は認識し、たじろぎ、そして狼狽えた――そして背中を刺すような冷たい視線。
アデールのものではない。彼女は強く目を瞑っている――その顔が愛しい。視線は横からだった。
デリアのあのまとわり着くようなねっとりとした視線に耐え切れなくなり、僕はテレビに視線を移した。
"嗚呼、僕は今すぐ、ケダモノになりたい"
デリアは恍惚の表情で僕を見つめていたい――アデールを犯そうとしている僕を、半開きになった口元から真っ赤な舌を覗かせ、冷やかな目で僕を挑発している。
僕の身体は情けなく反応し、硬直した。
息を激しくする僕の背中をアデールの小さな手が、優しく擦ってくれる――気が狂いそうになる。
そのとき、充電中のスマフォが不機嫌な音を鳴らす。
妹からだ。
「お兄ちゃん、おはよう、元気してる?」
「ああ、どうした。こんな朝っぱらから」
「別に、なんでもない」
「……」
「ちょっと声が聞きたかっただけ」
「スズちゃん、そういう会話は恋人同士の間だけで成立するのであって、普通は相手を怒らせるだけだと、何回言ったらわかるのかな」
「だってさぁ、模試の結果、あんまり良くなかったからさ」
「ふーん、それで?」
「お兄ちゃんの声を聞けばさぁ、内定を取消されたお兄ちゃんに比べたら、私の不幸なんて、取るに足らないことに思えるかなぁって、うん、お陰で前向きになれたよ、元気になれたよ。ありがとうね。お兄ちゃん」
「お前、人をなんだと――」
「ツーッ、ツーッ、ツーッ……」
文武両道の妹、鈴音は学業でもスポーツでもうまく言ったときは、姉貴や母に報告し、うまくいかなかったときは僕に報告をする。ちなみに父には母親経由で話が行くことになっている。
「京次様……」
アデールが心配そうに僕を下から眺めている。僕はアデールの上に乗りながら、妹と話をするような、そんな兄である。
「妹からだ、心配ない」
一番心配なのは、僕自身である。妹にまで心配をかけているというのに、兄は"心配ない"と言いながら、朝っぱらから何をしているのか。
僕はアデールをそっとベッドから起き上がらせ、そして一人で布団にもぐりこみ、食事もとらず、トイレにも起きず、バイトの時間まで眠り続けた。
僕はそれからアデールと一言も言葉を交わすことなく、バイトを終え次の選択のときを迎えようとしていた。もちろん次も天使だ。そう考えてはいたものの、僕の決心はすっかり鈍ってしまっていた。
3分前、アデールがか細い声で話しかけてきた。
「京次様。私、辛いです。京次様が、とてもストレスに感じていること、わかります。そしてそれが、何に起因するのかが、私には辛いです」
アデールは、とてもやさしいい子だ。
そして僕といえば、何処までも、何処までも人間的で、男性的で、若さが空回りをしていて、アデールの純無垢さに、僕はすっかり耐え切れなくなっていた。
「京次様、私はずっと京次様のそばにいたいと思っています。でも、京次様がそれをお望みではないのでしたら、どうぞ私にかまわず、お好きなようにしてくださいまし」
そこまで言われて、僕はようやく第三の選択をアデールにすることを決心した。
僕は僕が持っている理性と呼べるすべてと、愛しさと切なさと心強さを総動員してアデールと向かい合ったが、一度狂い始めた歯車は僕ごときの力ではどうすることもできなかった。
「ゴメンよ」
アデールの目は潤んでいて、その瞳に写る僕は、すっかりと淀んでしまっていた。僕はアデールの眩しさに、とうとう耐え切れず、つまりは、逃げるように、3日目でアデールの指名を外した。
「悪いのは僕なんだ、君じゃない、アデール」
そう、僕は決してデリアを指名したわけではない。僕はアデールを避け、結果として、仕方がなく、デリアを選んだのである。
ダイ4ノ センタク キゲン デス
「デリアを、悪魔を選択する」
不本意ながら、不実ながら、不始末ながら、僕は第四回目の選択で天使から悪魔に乗り換えた。
「お休み、また明日」
「おやすみなさい、京次様」
翌朝、目が覚め、昨日と同じようにアデールがベッドの横で僕を元気に"おはよう"と挨拶をしたとき、僕の中の何かが切れた。
「あっ、あれぇ、きょ、京次様?」
僕は膝立ちのアデールをベッドとから起き上がった体勢のまま、思いっきり抱きしめた。いきなりのことでびっくりしていたアデールは、一瞬硬直したが、すっと力を抜いて僕に身を任せた。
頭も心も真っ白――いや、ちがうか。
むしろ暗いか、黒いか、いっそ、どす黒いか。
論理的な思考は何一つ働かず、僕はアデールをそのままベッドに押し倒した。なぜ今までそうしなかったのか、そうできなかったのか、わからない。
まるで何かかの呪縛から解かれたような、いや、この場合は"封印を解かれた"と言ったほうが適切なのか、僕は無理やりにアデールの唇を奪い、そのやわらかさに戦慄した。
このままではいけない
それを理性というのか、或いは偽善をなそうとする打算なのか、その一線を越えれば取り返しがつかない"死線"を僕は認識し、たじろぎ、そして狼狽えた――そして背中を刺すような冷たい視線。
アデールのものではない。彼女は強く目を瞑っている――その顔が愛しい。視線は横からだった。
デリアのあのまとわり着くようなねっとりとした視線に耐え切れなくなり、僕はテレビに視線を移した。
"嗚呼、僕は今すぐ、ケダモノになりたい"
デリアは恍惚の表情で僕を見つめていたい――アデールを犯そうとしている僕を、半開きになった口元から真っ赤な舌を覗かせ、冷やかな目で僕を挑発している。
僕の身体は情けなく反応し、硬直した。
息を激しくする僕の背中をアデールの小さな手が、優しく擦ってくれる――気が狂いそうになる。
そのとき、充電中のスマフォが不機嫌な音を鳴らす。
妹からだ。
「お兄ちゃん、おはよう、元気してる?」
「ああ、どうした。こんな朝っぱらから」
「別に、なんでもない」
「……」
「ちょっと声が聞きたかっただけ」
「スズちゃん、そういう会話は恋人同士の間だけで成立するのであって、普通は相手を怒らせるだけだと、何回言ったらわかるのかな」
「だってさぁ、模試の結果、あんまり良くなかったからさ」
「ふーん、それで?」
「お兄ちゃんの声を聞けばさぁ、内定を取消されたお兄ちゃんに比べたら、私の不幸なんて、取るに足らないことに思えるかなぁって、うん、お陰で前向きになれたよ、元気になれたよ。ありがとうね。お兄ちゃん」
「お前、人をなんだと――」
「ツーッ、ツーッ、ツーッ……」
文武両道の妹、鈴音は学業でもスポーツでもうまく言ったときは、姉貴や母に報告し、うまくいかなかったときは僕に報告をする。ちなみに父には母親経由で話が行くことになっている。
「京次様……」
アデールが心配そうに僕を下から眺めている。僕はアデールの上に乗りながら、妹と話をするような、そんな兄である。
「妹からだ、心配ない」
一番心配なのは、僕自身である。妹にまで心配をかけているというのに、兄は"心配ない"と言いながら、朝っぱらから何をしているのか。
僕はアデールをそっとベッドから起き上がらせ、そして一人で布団にもぐりこみ、食事もとらず、トイレにも起きず、バイトの時間まで眠り続けた。
僕はそれからアデールと一言も言葉を交わすことなく、バイトを終え次の選択のときを迎えようとしていた。もちろん次も天使だ。そう考えてはいたものの、僕の決心はすっかり鈍ってしまっていた。
3分前、アデールがか細い声で話しかけてきた。
「京次様。私、辛いです。京次様が、とてもストレスに感じていること、わかります。そしてそれが、何に起因するのかが、私には辛いです」
アデールは、とてもやさしいい子だ。
そして僕といえば、何処までも、何処までも人間的で、男性的で、若さが空回りをしていて、アデールの純無垢さに、僕はすっかり耐え切れなくなっていた。
「京次様、私はずっと京次様のそばにいたいと思っています。でも、京次様がそれをお望みではないのでしたら、どうぞ私にかまわず、お好きなようにしてくださいまし」
そこまで言われて、僕はようやく第三の選択をアデールにすることを決心した。
僕は僕が持っている理性と呼べるすべてと、愛しさと切なさと心強さを総動員してアデールと向かい合ったが、一度狂い始めた歯車は僕ごときの力ではどうすることもできなかった。
「ゴメンよ」
アデールの目は潤んでいて、その瞳に写る僕は、すっかりと淀んでしまっていた。僕はアデールの眩しさに、とうとう耐え切れず、つまりは、逃げるように、3日目でアデールの指名を外した。
「悪いのは僕なんだ、君じゃない、アデール」
そう、僕は決してデリアを指名したわけではない。僕はアデールを避け、結果として、仕方がなく、デリアを選んだのである。
ダイ4ノ センタク キゲン デス
「デリアを、悪魔を選択する」
不本意ながら、不実ながら、不始末ながら、僕は第四回目の選択で天使から悪魔に乗り換えた。
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