フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏

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6.雨の日は、

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「西條さん」

 どれくらい、昇降口の前で立ち尽くしていたのかわからない。

 時間の流れも周りの音も聞こえなくなるくらい呆然と雨を見つめていた私の耳に、不意にひとつの声が届いた。

「西條さん、やっと見つけた」

 それが空耳ではないことを一呼吸置いて確認してから、ゆっくりと振り返る。

 そこには明るい茶色の髪を揺らして笑う佐尾くんの姿があって。その姿を認めただけで、条件反射みたいに涙が出そうになってしまった。

「保健室行ったらいないし、学校中すげぇ探したんだけど。はい、これ」

 笑顔で歩み寄ってきた佐尾くんが、私に向かってスクールバッグを差し出す。それは、教室に置きっ放しているはずの私のものに違いなかった。

「ど、うして……」
「どうしてって。雨降ってるから。傘、いれてくれるんでしょ?」

 当たり前みたいにそう言われて、応える代わりに深く頭を垂れた。

「西條さん?」
「ど、して……」
「ん?」

 小さな私の声にも、ちゃんと反応してくれる佐尾くん。

 佐尾くんのその優しさが、同情かもしれない。そう思うと、胸が詰まって苦しくなる。

「どうして、私なの?」
「西條さん?」

 質問の意味を図りかねてか、佐尾くんが少し戸惑い気味に私の名前を呼んだ。

「佐尾くんはどうして、私なんかの傘に入れてほしがるの? どうして、こんなふうに私に構うの?」

 これまで幾度となく、佐尾くんにぶつけてきた疑問。それが同情なのだとしたら、今この場で、佐尾くんの言葉で、その答えが欲しかった。

 佐尾くんが彼自身の言葉で同情だと言ってくれたなら、私はそれを受け入れる。私なんかに部相応な期待も、もうしない。

 だから、教えて欲しかった。

「どうして?」

 もう一度静かにそう尋ねたら、佐尾くんが小さなため息をついた。それが、私の心を重くする。

 佐尾くんに何を言われても泣かないように。そう決意して、俯いたままきつく目を閉じる。だけど。

「どうしてって、そんなの。西條さんに俺のことちゃんと見てほしいからだよ」

 耳に届いたのは、私が予想もしていなかった言葉だった。

 喉の奥で声になりきらない声を出すと、驚いて目を開く。

「西條さんてさ、2年になって同じクラスになってから、俺が教室とか廊下で挨拶しても全然顔あげてくれなかったでしょ? だから俺、ショコラのこと助けた雨の日まで、クラスメートとして認識されてないのか、嫌われてるんだろうなーって思ってたんだよね」
「そんなことない……」

 いつも明るくて、放っておいたって自然と周りに人が集まってくる佐尾くん。そんな彼のことを眩しく思ったり、自分との立場の違いを感じることはあったけど……。

 彼のことはずっと認識していたし、嫌いだと思ったことだって一度もない。

 否定の言葉とともに顔を上げると、佐尾くんが優しい目をして微笑みかけてきた。

「西條さん、普段は全然俺のことなんて見てくれないのに、傘を差し出すときだけは、俺が雨に濡れてないか確認するために顔あげるでしょ? その瞬間がすげー好き」

 佐尾くんの言葉を聞いて、驚いた心臓がドクンと飛び跳ねた。

「だから俺、雨の日も好きだよ」

 佐尾くんの言葉は別に告白でもなんでもないはずなのに、私の頬を火照らせる。

 佐尾くんの口から発せられる「好き」の意味を、都合よく脳内変換してしまいそうになる自分がひどく恥ずかしい。

「私は嫌い……」

 顔をうつむけてつぶやくと、視界の端で佐尾くんが複雑そうに表情を歪めたのがわかった。

「うん」

 それでも丁寧な相槌を返す佐尾くんに、言い訳するみたいに言い直す。

「雨は、嫌いなの」
「うん」

 佐尾くんを纏う空気が、心なしか和らぐのを感じる。そのまま次の言葉に耳を傾けてくれている佐尾くんに、私は恐る恐る過去の記憶を打ち明けた。

「額の傷、雨の日の事故が原因だったの」

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