フツリアイな相合傘

月ヶ瀬 杏

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3.雨上がりの放課後

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 私がバスケ部での佐尾くんの活躍を知っているのは、仲の良かった友達がいつもうれしそうに彼のことを話していたからだ。でも、佐尾くんはバスケ部のなかでも目立っていたし、これくらいの情報なら他の同級生だってみんな知っていたと思う。

「たぶん、知らない人のほうが少ないよ。佐尾くん、高校ではバスケやらないの?」

 今まで直接確かめたことはなかったけれど、雨の日も、今日も、帰宅部の私と同じ時間帯に下校しているところをみると、佐尾くんは高校では部活をやっていないんだろう。

 バスケはもう辞めちゃったのかな。運動神経が良さそうだから、他の運動部でも充分活躍できそうなのに。

「できれば続けたかったんだけどね、実は俺、中学のときの引退試合前に膝の故障してて。最後の試合に無理して出たら、ちょっと悪くなっちゃったんだ」

 佐尾くんが左膝を指さしながら、他人事みたいに明るく笑う。

「そ、なんだ……」

 中学時代の佐尾くんのことは友達伝いにいろいろと知っていたけれど、足のケガのことは一度も聞いたことがない。
中3のときの引退試合にだって、ケガのことを誰にも悟らせずに出場していたはずだ。

 佐尾くん目当てで毎回バスケ部の試合を見に行っていた私の友達が「引退試合でも佐尾くんの活躍がすごかった!」と、話していたくらいだから。

 だけど本当は、明るい笑顔の裏に誰にも言えない辛さを抱えていたのかもしれない。

 誰にだって人に触れられたくない傷があることは、私が一番よくわかっていたはずなのに。余計なことを言ってしまった……。

 自己嫌悪に陥ってうつむいていると、佐尾くんが横から私の顔を覗き込んできた。

「そんな顔しないでよ」
「でも私……」
「中学のときみたいに部活で本気のバスケをやるのが難しいけど、遊びで軽く動いたり、体育で走ったりするのは全然平気だよ」

 悲しい思いをしたのは絶対に佐尾くんのはずなのに。私を気遣って何でもないみたいに明るく声をかけてくれるから、胸が詰まって苦しくなる。

 佐尾くんの周りにいつも人が集まるのは、きっと彼の見た目の良さのせいじゃない。誰に対しても、公平に優しいからだ。こんな、私なんかに対しても。

 顔をあげると、佐尾くんがふわっと綺麗に笑いかけてくれる。

「高校では部活はしてないけど、ときどき元バスケ部メンバーで集まって、中学の体育館借りて軽く試合やったりとかはしてるよ。あと、たまにバスケ部に遊びに行って、後輩の練習みたりとか」
「へぇ」

 その流れで、佐尾くんは元バスケ部の同級生たちのことをいろいろ話してくれた。

 誰が今どうしてるだとか、誰が昔こんなことしてたとか。バスケ部の仲間の話をするときの佐尾くんは、とても楽しそうで生き生きとしていて。メンバーみんなの仲が良かったんだろうなということが想像できた。

 佐尾くんの話を聞いているうちに、私たちはいつの間にか家の近くまで帰ってきていた。

 このまま真っ直ぐ進めば佐尾くんの住むマンションが見えてくるけれど、私の家は、目前に見えてきた別れ道を左に曲がってしばらく歩いた場所にある。

 雨の日は傘をさして佐尾くんの家まで一緒行くけれど、今日は晴れているから、わざわざ彼のことを家まで送る必要もない。

 別れ道の手前で足を止めると、少し遅れて立ち止まった佐尾くんが、同時に話すのもやめた。

 佐尾くんの話はとても楽しかったから、もっと聞いていたいような気もするけれど……。ここでさよなら、かな。

「じゃぁ、また」

 手を振って別れようとしたら、佐尾くんが小さく首を横に振った。

「西條さんち、向こうだよね? 送ってく」
「え、でも……」

 そんなことをしたら、佐尾くんが遠回りになってしまう。
断ろうと口を開きかけたら、それに気付いた佐尾くんが私を制止した。

「ちょっと待って。今断ろうとしてるでしょ?」
「だって、佐尾くんが遠回りになるし」
「大丈夫だよ」
「でも……」

 反論の言葉を続けようとしたら、佐尾くんが私の唇にすっと人差し指を押しあててきた。少し熱い、彼の指先の温度にドキリとする。

 咄嗟に身を引こうとしたら、佐尾くんが私の目をジッと覗き込むように見てきたから、金縛りにでもあったような感覚に襲われて退けなくなった。

「俺がもうちょっと西條さんと歩きたい気分なの。今日は雨じゃないし、傘の心配もいらない。俺が西條さんのことを送ってくのに、何か不都合でもある?」
「……」

 黙り込んでいたら、佐尾くんが私に返事を催促するように首を横に傾げる。

「不都合、ある?」
「な、い……と思います」

 佐尾くんの聞き方は、まるで誘導尋問だ。ボソリと小さな声で答えると、佐尾くんが嬉しそうに笑う。

「じゃぁ、行こ。そこ、曲がる?」

 明るい声で笑いながら、佐尾くんが別れ道を指さす。方向を示す彼の人差し指が、つい一瞬前に私に触れたんだ。そう思うと、急に動悸がしてきた。

 妙な胸騒ぎを沈めたくて、手のひらを前髪の上から何度も強く撫でつける。だけど動悸は治まるどころか、ドクドクと激しくなるばかりだった。


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