僕の月、君の太陽

月ヶ瀬 杏

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エピローグ

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「いろいろ大変だったんですね」

 河原で遊ぶ朔と和央を優しい目で見守りながら、江麻先生がつぶやく。

「そう、なんですかね……」

 全てが落ち着いた今では、大変だったのかどうか自分でもよくわからない。
 朔が俺の腕で泣きじゃくっていると、戻らない朔を心配した加賀美がマンションの駐車場にやってきた。
 加賀美が見たのは、俺の腕の中で大泣きする朔。
 物分かりのいい朔の一面だけを見ていた加賀美は、その姿にひどく驚いたようだった。

 あとから聞いた話によると、加賀美が直接小学校に出向いた日、朔はすぐに加賀美家の養子になることを受け入れたらしい。
 俺から引き離すためにかなりの説得が必要だろうと構えていた加賀美は、朔があっさりと了承したことに逆に驚いたそうだ。
 朔があまりにも素直に加賀美家の養子になることを受け入れたので、加賀美は朔が俺との暮らしよりも不自由のない生活を望んでいるのだと思い込んだらしい。

 だけど、あまりに長い時間大泣きして俺から離れようとしない朔を見て、もう一度じっくり朔や俺と話をしようと考え直してくれた。
 朔の気持ちをよく確かめて、それから加賀美の母親の思いに少しでも寄り添えないか考えた。
 
 その結果、朔はやはり加賀美の家に引き取られることになった。
 戸籍の上で、だ。
 手続きを経て、朔は大原 朔から加賀美 朔になった。
 姓が変わった朔だが、加賀美の配慮で朔は引き続き俺のマンションで暮らしている。ときどき加賀美の家にも顔を出すと言う条件付きで。

 名前を漢字で書くと何か変だ、とか。呼ばれ慣れないとか、いろいろ言っていた朔だけど、おばあさんができたことは純粋に嬉しいらしい。
 加賀美の母親も、ようやく会えた孫を可愛がっているみたいだ。

 朔とこれから一緒に住むにあたって、俺たちは同じマンション内で少し広い部屋に引越しをした。
 朔の将来を考えると、自分の部屋があったほうがいいと加賀美が強く主張したからだ。
 それで、俺にも朔にもひとつずつ小さな自分の部屋ができた。

 家賃が高くなるから大学を卒業するまでは今までの部屋がよかったけど、今までの家賃からはみ出る分は出すからと加賀美に押し切られた。
 それでは申し訳ないから、社会人になったら家賃は俺が全部支払う。そんな約束で、マンションの同じフロアの2LDKの部屋を借り直した。

 最初は広くなった部屋で居心地が悪かったけど、自分の部屋があって、お互い適度なプライベートが保てるのも悪くない。
 そんな感じで新たにふたりで暮らし始めて、そろそろひと月が経つ。
 だいぶ生活が落ち着いてきて、朔が江麻先生に会いたいと言うから、ひさしぶりに連絡をとったら、マンションの近くの河原まで来てくれた。

 タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど江麻先生と約束した日に、和央を預かってくれと頼まれてしまい、俺たちは4人で河原にいる。
 俺の部屋が広くなったのをいいことに、前以上に和央の子守りを頼まれるようになったのだ。
 和央が来ると、朔も遊び相手がいて楽しそうだからまぁいいけど……

「何だか朔ちゃん、前よりよく笑うようになりましたね」

 河原で遊ぶ子どもたちを眺めていた江麻先生が、そっと目を細める。

「そうですか? 相変わらず愛想笑いがうまいですよ」

 苦笑いすると、江麻先生が俺を見て微笑んだ。

「お兄さん、よく見てますね。朔ちゃんのこと」

 江麻先生が微笑ましそうに俺を見るから、恥ずかしくなる。

「いや、別に……」

 俯くと、江麻先生がクスッと声をたてて笑った。

「これからも、朔ちゃんやカズくんの成長を見守れたら嬉しいです」

 何気なく言ったであろう江麻先生の言葉。それを勝手に深読みして、ひとりでドキリとする。

「ずっと一緒に見守ってもらえたら心強いです」
「お兄さん?」

 江麻先生が不思議そうにちょっと首を傾ける。
 その表情と仕草が可愛くて、ドキリと胸が高鳴った。

 江麻先生と一緒にいると、優しい気持ちになると同時にふわふわと心が浮ついて落ち着かなくもなる。
 心臓だって、ときどき変なふうにドクンとはねる。
 江麻先生の顔を直視していると、おかしなことを口走ってしまいそうだ。

 言ってしまったら、嫌がられるかもしれない。
 朔を通してのつながりも切れるかもしれない。

 でも。どうしても胸の高鳴りが止められないから、言ってしまおうか。

「あの、江麻先生。その『お兄さん』って呼び方やめませんか? 俺の名前、陽央はるひさです」
「え?」

 江麻先生が驚いたように目を瞬く。
 だけど、しばらくしてから彼女の頬が少しずつピンクに染まり始めた。

「わかりました。じゃぁ、お兄……えっと、陽央くんもやめてください。『先生』っていうの」

 頬を染めた彼女が、ふわりと笑う。

 新しい生活とともに、何かが始まる。そんな予感で胸がいっぱいになる。

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