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しおりを挟む大学の後期授業が始まって2日目に、俺はカフェテリアで偶然に奈未と顔を合わせた。
無視したり気づかなかったふりをしてすれ違うには近すぎる距離で目が合って、ふたり同時に立ち止まる。
そしてお互い気まずそうに、重なった視線を微妙に逸らした。
ここはとりあえず、俺が謝ったほうがいいよな。
どう声をかけようか迷っていると、奈未が先に口を開いた。
「夏休み、何してた?」
上目遣いに俺を見ながら、奈未が恐る恐るといった感じで話しかけてくる。
ちょっと不安げな奈未の声。
1ヶ月以上も何の連絡しなかったことを責められるのは確実だと思っていたから、彼女の第一声に拍子抜けした。
「え、夏休み?」
「そう、夏休み」
「ほとんどバイトで、それ以外はだいたい家で暇してたけど……」
「本当に?」
「うん、それがどうした?」
「別に。それならいいの」
うつむいた奈未が、そのまま口を閉ざしてしまう。
それでも俺の前を立ち去ることはできないようで、所在無さげにネイルの施された爪を弄っていた。
ケンカのとき、奈未は大抵俺が謝るまで徹底的に言葉で責めてくる。
だけど、こんなふうにしおらしくされるのは初めてで、どうすればいいのかわからなかった。
いずれにしても、まずは謝らないとだよな。
「奈未。この前……っていってももう1ヶ月以上も前だけど、約束すっぽかしてごめん。約束してた日に一緒に住んでる妹が熱出して、ちょっと大変でさ」
約束をすっぽかした日、俺は朔のことで気が動転してた。
だからといって、何の連絡もせずに約束を破っていいわけじゃない。あれは、完全に俺が悪い。
気まずさを感じながら謝罪と共に言い訳の言葉を付け加えると、奈未がうつむいたまま目線をあげた。
「そう、だったんだ……」
ちょっと潤んで見える奈未の瞳に、思わずドキリとした。
マツエクとマスカラで割り増しされている奈未の長い睫毛。綺麗に上を向いたそれが、彼女の目をより大きく見せている。
大きな目を潤ませた彼女の表情は、つい男心をくすぐられてしまうくらいに可愛かった。
「そうだったんだ、って。怒ってねぇの?」
潤んだ奈未の瞳に問いかけると、彼女が睫毛を震わせた。
「最初はすごいムカついてたし、怒ってたよ。だけど、もういいの」
「え?」
奈未が近寄ってきて、俺の手をつかむ。
「付き合ってるよね? あたしたち」
俺を見上げて不安そうにつぶやく、奈未の瞳が揺れる。
次の瞬間、繋がった手をぎゅっと強く握られた。
縋るように求められた手のひらから、身体中に熱が流れる。
「あぁ、付き合ってるよ」
1ヶ月以上連絡をとらなくても、ケンカしたままでも平気だった俺の彼女。
それなのに、潤んだ瞳で見つめられて手を握りしめられたら可愛くて。
このまま円満に仲直りできるならそれでいいや、とつい流されてしまう。
「奈未は夏休み、何してた? 海、行けなかったな」
奈未にそう訊ねながら、ふと朔たちと海に出かけたときのことが脳裏に蘇る。
浜辺のパラソルの下で見た、江麻先生の柔らかな笑顔。いきなりそれが浮かんで消えて、ドキッとした。
こんなときに、何だ。
奈未と仲直りするチャンスなのに。
脳裏に過る残像を振り払うように首を振って、奈未の頭に手を伸ばす。
綺麗に巻かれたミルクティ色の長い髪に触れて、ひさしぶりの奈未の感触を思い出すようにそっと撫でると、彼女が心地よさそうに目を閉じた。
それから髪を撫でる俺の腕をつかまえると、目を開けて恨めしげにジトっと見上げてくる。
「夏休みは、ハルヒサに会えなくて淋しかったよ。すごく、淋しかった」
奈未の言葉に、罪悪感で胸が痛んだ。
意外と可愛いこと言ってくれるじゃん。こんなことなら、もっと早く仲直りしときゃよかった。
「ごめん。夏休み遊べなかった分、これからいっぱい遊ぼうな」
「うん」
俺の言葉に、奈未が笑顔で頷いた。
「今日の午後、俺は授業なくて空いてるけど、奈未は?」
バイトもないし、デートすっぽかして夏休みをダメにしたお詫びに、メシでも奢ろうかな。
そう思っていると、奈未が何だか気まずそうに表情を歪めた。
「あたしは午後からも授業あるからダメだ。明日は?」
「明日は俺も午後から一コマ。それ終わったら空いてる」
「じゃぁ、明日一緒に帰ろう」
「あぁ、いいよ」
頷くと、奈未が嬉しそうに笑う。
「奈未ー!」
そのとき、俺の後ろで誰かが奈未を呼んだ。
それが男の声だったから、なんとなく振り返ってしまう。
奈未に手を振りながらへらへら笑って近付いてくるのは、明るめの茶髪に緩いパーマをかけた、どことなく軽そうに見える男だった。
奈未の友達は男女問わず俺もなんとなくは顔を知っている。
だけど、その男は見慣れないやつだった。
「誰?」
男のほうを顎でしゃくりながら訊ねると、奈未が戸惑ったように瞳を揺らす。
珍しくおどおどとした彼女の態度が少し変だと思った。
「友達?」
言葉を変えて訊ねると、奈未が焦ったように首を縦に振る。
「うん、そう。同じ学部なの。後期から始まった授業で一緒になることが多くて」
奈未は早口でそう言うと、近付いてくる男のことを気にしてそわそわと何度もそいつに視線を向けた。その態度も何だか変だなと思う。
奈未の顔をジッと見ていると、男がへらへらと笑いながら彼女の隣に立った。
「奈未、何してんの? 呼んでんのに無視すんなよ」
そう言いながら、男が馴れ馴れしく奈未の肩に手を載せる。
その様子を黙って見ていると、そこで初めて俺の存在に気づいたのか、男が顔をあげた。
「あ、誰かと喋ってたんだ? 誰?」
男が俺を見ながら奈未に訊ねる。
「彼氏だよ」
「あー、ハルヒサ?」
男は無遠慮に俺を指差すと、大きな声でバカみたいに人のことを呼び捨てにした。
なんだ、こいつ。それが初対面の相手に対する態度かよ。
無言で眉を顰めて、苛立ちの感情を顕にする。
けれど、男はへらへら笑いながら俺を見るばかりだった。
「俺、奈未と同じ学部の矢吹。よろしく」
「は?」
矢吹と名乗った男が、俺に手を突き出してくる。
どうやら握手を求められてるらしいけど。どうしてこんなやつと「よろしく」しないといけないんだ。
眉を顰めたまま目の前に突き出された手を睨んでいると、奈未が矢吹のことを俺の前から押し退けた。
「ごめん、ハルヒサ。次の講義の場所、ここから離れてるんだ。あたし達、そろそろ行くね。また夜に連絡するから」
奈未が早口でそう言って、矢吹の腕を引っ張る。
腕を引きずられるようにして歩く矢吹は、奈未に向かってへらへら笑いながら何か言うと、肩越しに俺を振り返った。
何故か目が合い、その瞬間矢吹がにやりと笑う。その笑みはやけに不敵で、なんだか気味が悪い。
同じ学部といえど、あんな知り合い作って奈未は大丈夫なんだろうか。
結構本気で、彼女が心配になった。
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