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彼女になりたいわたしの恋の話
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みなみ先輩が昌也先輩と寄り添って歩き出すと、それまでわたしの隣をゆっくりと歩いていた梁井先輩が急に速足になった。
無言で速度を上げた梁井先輩に合わせて、わたしの歩くペースも速くなる。梁井先輩の背中を追いかけて歩きながら、縦一列でみなみ先輩たちのそばを通り過ぎる。そのとき、「あっ」という、みなみ先輩の弾んだ声が聞こえてきた。
「アイちゃん、おはよう」
みなみ先輩に名前を呼ばれた梁井先輩の肩が僅かに揺れる。
「……、はよ」
「アイちゃん、相変わらず朝からテンション低いよねー」
ボソリと低い声で挨拶した梁井先輩のことを、みなみ先輩が笑ってからかう。
わたしは、みなみ先輩の明るい笑顔を横目に見ながら、幼なじみのくせに全然わかってないんだなって思った。
みなみ先輩に声をかけられて梁井先輩の肩が小さく揺れたのは、昌也先輩と一緒にいても自分の存在に気付いてくれたことが嬉しかったからだ。
みなみ先輩には低く聞こえたかもしれない声のトーンは、どう聞いたっていつもより数倍明るかったし、朝からみなみ先輩に話しかけてもらえた梁井先輩は、表情には出さないけど内心テンションマックスなはずだ。
わたしは梁井先輩が好きだから、彼の微細な心の変化にだって気付けてしまう。気付いて、複雑な気持ちになってしまう。そんなこと、梁井先輩は知りもしないんだろうけど。
「アイちゃんの彼女さんも、おはよう」
梁井先輩以上に何にもわかっていないみなみ先輩は、わたしにまで無邪気に愛想よく手を振ってくる。
みなみ先輩の栗色のロングヘアがふわりと揺れる。無言で会釈を返したわたしが、同じような栗色に染めた髪を長く伸ばしていることに、みなみ先輩は気付いてくれているだろうか。
にこにこ笑うみなみ先輩の隣で、昌也先輩がパチパチと目を瞬く。ついでに彼にも会釈をしていたら、「南、行こ」と梁井先輩に手首を引っ張られた。
素肌に触れる、温度の低い指先にドキリとする。
梁井先輩と付き合い始めてから、わたしたちはまだ一度もまともに手を繋ぎ合ったことがないし、恋人らしい触れ合いもしていない。
わたしからむやみに梁井先輩に触れることはないし、彼のほうもきっと、わたしに触れたいなんて思っていないだろう。一ヶ月前に告白を受け入れてくれた梁井先輩は、ほんとうはわたしなんかに興味も関心もないのだ。
だけど唯一、みなみ先輩の前でだけ、梁井先輩は見せつけるようにわたしの手首に触れる。
みなみ先輩に対してわたしが《彼女》だと思わせておくためのポーズにすぎないのだろうけれど。その瞬間だけは梁井先輩の本物の彼女になれたような気がして、ほんの少し体温が上がる。潰れそうなくらいに、胸が高鳴る。ずっと今が続けばいいと思う。
だけど……。思うようにはいかないのが現実だ。
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