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12.私的ヒロイズム
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その週、私たちのグループが振り分けられた掃除場所は、別棟へとつながる三階の渡り廊下だった。
掃除が終わって、村田さんと一緒にゴミ袋の口を閉じていると、野宮さんと持田さんが声をかけてくる。
「村田さん、そのままついでにゴミ捨てしといてよ。私たち、このあと用事があって急ぐから」
「え?」
渡り廊下の端に置いていたカバンを拾いあげた野宮さんたちは、私たちに背を向けて、あたりまえみたいに先に帰ろうとしている。
掃除中は箒を持って窓際でずっと喋っているだけだったくせに。気の優しい村田さんに面倒ごとを押し付けて逃げようとする野宮さんたちに、呆れてしまう。
「ふたりとも、昨日も一昨日もそう言って他の人に仕事押し付けて帰ったよね?」
つい、そう言って引き止めると、野宮さんと持田さんが振り向いて、面倒くさそうに眉を顰めた。
「押し付けたわけじゃないよ。私たちは用事があるから、代わりにやっといて、ってお願いしてるだけ」
「でも、いつも用事があるって言って先に帰っちゃうよね? ふたりとも、毎日そんなに忙しいの?」
「だって、バイトだし。仕方なくない?」
まさか私が自分たちの行動を咎めてくるとは思わなかったようで、野宮さんも持田さんも不服そうな顔をしている。
たしかに、この学校に編入してきてからの私は、無難な高校生活を送ることを第一優先に、余計な波風を立てないように極力おとなしくしてきた。
だけど最近は昔のように、クラスメートや周りの人たちが理不尽な扱いを受けていると、つい口を挟みたくなってしまう。
前の学校で起きたことを星野くんに話せて、気持ちがスッキリしたせいかもしれない。
結局、私の内には他人からしてみればウザい正義感が潜んでいるのだ。これはもう持って生まれたものだから、抑え込むことはできても完全に消すことはできない。
「野宮さんも持田さんも、これからバイトなんだ? でも、今はテスト期間前だよね? うちの学校ってバイト禁止ではないけど、テスト期間とテスト一週間前は学業に専念するっていうことを条件にバイトが認められてるんじゃなかったっけ?」
私の反論に、野宮さんと持田さんが黙り込む。
「校則ではテスト期間中やテスト前のバイトは認められてないはずだよね。もしどうしてもその期間中にバイトしなければいけない事情がある場合は、保護者の同意を得て学校に申請する必要があるって聞いたんだけど。ふたりとも、何か特別な事情があるんだ?」
少し意地悪く首を傾げたら、野宮さんと持田さんが気まずげに顔を見合わせた。
どうやら、私に言い返す言葉が見つからないらしい。ふたりして、不機嫌そうに眉を顰めて口をへの字に曲げている。
「もしバイトっていうのが早く帰りたいだけの口実なら、ゴミ捨てはみんなでジャンケンするべきなんじゃないかな?」
そう提案して、口を結んだゴミ袋を野宮さんたちの目の前にドンと置く。
本気でジャンケンするつもりで周りを見回したら、悔しげに唇を引き結ぶ彼女たちの後ろで、山辺くんがぽかんとした顔で私のことを見ていて。村田さんは嬉しそうに目を輝かせていて。その隣で星野くんが口元を押さえながら笑いを堪えていた。
「わかった。今日は私たちが持ってく。行こ、もっちー」
ゴミ袋を乱暴に持ち上げた野宮さんが、私からツンと顔をそらして歩いて行く。
あれ? ジャンケンにしなくてよかったのかな。
野宮さんのあとを慌てて追いかける持田さんの背中を見ていると、村田さんが嬉しそうに走り寄ってくる。
「なんか今、小学生の頃の友ちゃんが見えた!」
キラキラと目を輝かせる村田さんに困って星野くんに視線を向けると、目が合った瞬間に彼がぷっと吹き出す。
「私、何か間違った?」
困惑気味に訊ねたら、星野くんが笑いながら私の頭をクシャリと撫でた。
「全然。深谷っぽかったから、大丈夫」
頭に置かれた星野くんの手のひらにドキドキするけど。何が大丈夫なのかは、いまいちよくわからない。
「掃除終わったし、行こう。じゃあな、山辺」
私の頭をひとしきり撫でたあと、星野くんがポカンとしている山辺くんに声をかける。
「ん、あぁ。じゃぁな」
星野くんに声をかけられてハッと我返った山辺くんは、私を見て何度も瞬きしてから歩き去って行った。
山辺くんが微妙な反応を示していたのは、きっと私のせいだろう。今までおとなしかった私が、突然野宮さんたちのことを口でやり込めたから、ビビられたのかもしれない。
今後、山辺くんに変に警戒されたらどうしよう……。
少し心配していると、星野くんが私と村田さんに声をかけてきた。
「今日の放課後って、みんなで教室でテスト勉強するんだよな?」
「あぁ、うん」
一週間後に、二学期の中間テストがある。それに向けて、今日の放課後は星野くんや村田さんたちと一緒にテスト勉強することになっている。
前回のテストでは、数学と英語で私が教えてあげたところが出題されて、みんなテストの点数が良かったらしい。それで、今回もわからないところを教えてほしいと、村田さんと岸本さんに頼まれた。
ヤマが当たったのはたまたまだろうけど、誰かに頼ってもらえることは素直に嬉しい。
編入してきてから人との関わりを避けてきた私がそんなふうに思えるようになったのは、村田さんや岸本さん、それから星野くんのおかげだ。
隣に立っている星野くんをちらっと見上げると、村田さんが突然、何か思い出したように「あっ」と声をあげた。
「そういえば私、今日日直だ。日誌の提出と、あと他にも仕事頼まれてたの忘れてた」
「そうなんだ。手伝う?」
「大丈夫。先に戻って、職員室に日誌出してくるね。みんな来たら、先に勉強始めといて!」
村田さんがそう言って、慌てた様子で去って行く。
ふたりだけになった私と星野くんは、お互いに顔を見合わせて少し照れ笑いすると、ゆっくり歩いて教室に戻った。
掃除が終わって、村田さんと一緒にゴミ袋の口を閉じていると、野宮さんと持田さんが声をかけてくる。
「村田さん、そのままついでにゴミ捨てしといてよ。私たち、このあと用事があって急ぐから」
「え?」
渡り廊下の端に置いていたカバンを拾いあげた野宮さんたちは、私たちに背を向けて、あたりまえみたいに先に帰ろうとしている。
掃除中は箒を持って窓際でずっと喋っているだけだったくせに。気の優しい村田さんに面倒ごとを押し付けて逃げようとする野宮さんたちに、呆れてしまう。
「ふたりとも、昨日も一昨日もそう言って他の人に仕事押し付けて帰ったよね?」
つい、そう言って引き止めると、野宮さんと持田さんが振り向いて、面倒くさそうに眉を顰めた。
「押し付けたわけじゃないよ。私たちは用事があるから、代わりにやっといて、ってお願いしてるだけ」
「でも、いつも用事があるって言って先に帰っちゃうよね? ふたりとも、毎日そんなに忙しいの?」
「だって、バイトだし。仕方なくない?」
まさか私が自分たちの行動を咎めてくるとは思わなかったようで、野宮さんも持田さんも不服そうな顔をしている。
たしかに、この学校に編入してきてからの私は、無難な高校生活を送ることを第一優先に、余計な波風を立てないように極力おとなしくしてきた。
だけど最近は昔のように、クラスメートや周りの人たちが理不尽な扱いを受けていると、つい口を挟みたくなってしまう。
前の学校で起きたことを星野くんに話せて、気持ちがスッキリしたせいかもしれない。
結局、私の内には他人からしてみればウザい正義感が潜んでいるのだ。これはもう持って生まれたものだから、抑え込むことはできても完全に消すことはできない。
「野宮さんも持田さんも、これからバイトなんだ? でも、今はテスト期間前だよね? うちの学校ってバイト禁止ではないけど、テスト期間とテスト一週間前は学業に専念するっていうことを条件にバイトが認められてるんじゃなかったっけ?」
私の反論に、野宮さんと持田さんが黙り込む。
「校則ではテスト期間中やテスト前のバイトは認められてないはずだよね。もしどうしてもその期間中にバイトしなければいけない事情がある場合は、保護者の同意を得て学校に申請する必要があるって聞いたんだけど。ふたりとも、何か特別な事情があるんだ?」
少し意地悪く首を傾げたら、野宮さんと持田さんが気まずげに顔を見合わせた。
どうやら、私に言い返す言葉が見つからないらしい。ふたりして、不機嫌そうに眉を顰めて口をへの字に曲げている。
「もしバイトっていうのが早く帰りたいだけの口実なら、ゴミ捨てはみんなでジャンケンするべきなんじゃないかな?」
そう提案して、口を結んだゴミ袋を野宮さんたちの目の前にドンと置く。
本気でジャンケンするつもりで周りを見回したら、悔しげに唇を引き結ぶ彼女たちの後ろで、山辺くんがぽかんとした顔で私のことを見ていて。村田さんは嬉しそうに目を輝かせていて。その隣で星野くんが口元を押さえながら笑いを堪えていた。
「わかった。今日は私たちが持ってく。行こ、もっちー」
ゴミ袋を乱暴に持ち上げた野宮さんが、私からツンと顔をそらして歩いて行く。
あれ? ジャンケンにしなくてよかったのかな。
野宮さんのあとを慌てて追いかける持田さんの背中を見ていると、村田さんが嬉しそうに走り寄ってくる。
「なんか今、小学生の頃の友ちゃんが見えた!」
キラキラと目を輝かせる村田さんに困って星野くんに視線を向けると、目が合った瞬間に彼がぷっと吹き出す。
「私、何か間違った?」
困惑気味に訊ねたら、星野くんが笑いながら私の頭をクシャリと撫でた。
「全然。深谷っぽかったから、大丈夫」
頭に置かれた星野くんの手のひらにドキドキするけど。何が大丈夫なのかは、いまいちよくわからない。
「掃除終わったし、行こう。じゃあな、山辺」
私の頭をひとしきり撫でたあと、星野くんがポカンとしている山辺くんに声をかける。
「ん、あぁ。じゃぁな」
星野くんに声をかけられてハッと我返った山辺くんは、私を見て何度も瞬きしてから歩き去って行った。
山辺くんが微妙な反応を示していたのは、きっと私のせいだろう。今までおとなしかった私が、突然野宮さんたちのことを口でやり込めたから、ビビられたのかもしれない。
今後、山辺くんに変に警戒されたらどうしよう……。
少し心配していると、星野くんが私と村田さんに声をかけてきた。
「今日の放課後って、みんなで教室でテスト勉強するんだよな?」
「あぁ、うん」
一週間後に、二学期の中間テストがある。それに向けて、今日の放課後は星野くんや村田さんたちと一緒にテスト勉強することになっている。
前回のテストでは、数学と英語で私が教えてあげたところが出題されて、みんなテストの点数が良かったらしい。それで、今回もわからないところを教えてほしいと、村田さんと岸本さんに頼まれた。
ヤマが当たったのはたまたまだろうけど、誰かに頼ってもらえることは素直に嬉しい。
編入してきてから人との関わりを避けてきた私がそんなふうに思えるようになったのは、村田さんや岸本さん、それから星野くんのおかげだ。
隣に立っている星野くんをちらっと見上げると、村田さんが突然、何か思い出したように「あっ」と声をあげた。
「そういえば私、今日日直だ。日誌の提出と、あと他にも仕事頼まれてたの忘れてた」
「そうなんだ。手伝う?」
「大丈夫。先に戻って、職員室に日誌出してくるね。みんな来たら、先に勉強始めといて!」
村田さんがそう言って、慌てた様子で去って行く。
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