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9.初恋を消せないままに
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「友、お友達来られたわよ」
「こんにちは」
「お邪魔しまーす」
浮かない気持ちで部屋のベッドに座っていると、お母さんの声に混じって村田さんと岸本さんの明るい声が聞こえてきた。
「来てくれてどうもありがとう。友は部屋で休んでるから、どうぞ上がって」
村田さんたちを部屋へと誘導するお母さんの声は、ここ最近で一番嬉しそうだ。
昨日の夕方に村田さんと岸本さんの訪問を伝えてから、お母さんはずっと機嫌が良い。それに反して、私の気持ちは昨日の夜からずっとどこか沈んだままだ。
ナルから届いたラインの内容と、未だに返信できずにいる星野くんからのラインのメッセージに心が囚われたまま。暗い感情が、ずっと私に纏わりついている。
「友ちゃん、お邪魔しまーす」
階段を登ってくる軽快な足音が、部屋の前で止まる。
せっかく村田さんたちが来てくれたんだし、彼女たちの前では気持ちを切り替えなくては。
私は暗い感情を振り払うように頭を左右に動かすと、村田さんたちを迎え入れるために、頑張って頬の筋肉を引き上げた。
「ミタニン、足大丈夫? これ、差し入れ」
岸本さんがそう言って私に差し出したのは、地元で有名なケーキ屋さんのシュークリームだった。
「ありがとう。ここの店、美味しいよね」
渡されたケーキの箱を開けながらそう言うと、岸本さんが笑った。
「よかった。ミタニン、思ったより元気そう」
「え?」
顔を上げたら、岸本さんが村田さんと一度顔を見合わせてから私のことを見る。
「カナキから、ミタニンが怪我したって聞いて心配してたんだ。花火大会に誘ったのは私と智香なのに、勝手にはぐれちゃったから……。結果的にカナキとふたりにすることになっちゃって、困ったよね……」
揃って申し訳なさそうな表情を浮かべる村田さんと岸本さんに、なんだか私のほうが恐縮してしまう。
「全然。困ってなんかないよ。私が勝手に先走って、不注意で転んだだけだから。そもそも村田さんは槙野くんと付き合ってるんだし、岸本さんだって……」
明言していいものかどうか迷って言葉を濁すと、岸本さんの顔がじわじわと赤くなり始めた。
「友ちゃんにはバレてるみたいだよ? リョウくんは全然気付いてくれないのにね」
「やめて、智香。あんなバカの話」
村田さんが、岸本さんのことを指でちょんっと突っついて揶揄う。そうされてますます赤面する岸本さんの気持ちは、言葉にしなくても一目瞭然だった。
岸本さんは石塚くんのことが好きなんだ。
「昨日だってあいつ……」
照れ隠しみたいに石塚くんの憎まれ口を叩く岸本さんだったけど、そこにはちゃんと愛情がこもっているのがわかるから、なんだか微笑ましい。
思わずクスリと笑うと、顔を赤くした岸本さんにジトっと睨まれた。
「てか、私のことはどうでもいいんだってば。今日はミタニンのお見舞いで来たんだから。それに、ミタニンこそカナキとどうなのよ?」
「え、私?」
「そうだよ。あのあと、カナくんから連絡あった?」
岸本さんの言葉に便乗して、村田さんも前へと身を乗り出してくる。
「連絡、はあったけど……」
「そうなんだ? カナくんもお見舞い来るって?」
村田さんが目をキラキラと輝かせながら訊ねてくる。
村田さんが何を期待しているのかわからないけれど、昨日のラインのやりとりの内容から考えて、彼がお見舞いに来るなんてことはまずあり得ない。
苦笑いを浮かべながら首を横に振ると、村田さんが不服そうに唇を尖らせた。
「えー、なんで来ないの? カナくん」
「星野くんは怪我した時にその場に居合わせたから私を助けてくれただけで、お見舞いに来てもらうとかそういう関係性じゃないから」
「そんなことなら、カナくんも今日一緒に連れてきたらよかったな。部活休みだったし」
人の話を聞かずにぶつぶつと言っている村田さんを見ながら、私はまた苦笑いする。
「大丈夫だよ。星野くんだって、急にうちに連れて来られても困るだろうし」
「そんなことないよ。カナくんだって、絶対に友ちゃんのこと気になってるし」
昨日のナルからのラインがなければ、村田さんの言葉を鵜呑みにしてちょっとくらいは浮かれていたかもしれない。でも、私にはそれが村田さんの勘違いだとわかっている。
「星野くんが私を気にかけてくれてるなんて。そんなことあり得ないよ」
笑みを浮かべながら、なるべく軽い口調でそう言うと、村田さんが無言で私の目をじっと見てきた。
「友ちゃんの目、なんか全然笑ってない」
ぎゅっと眉根を寄せて、可愛いしかめっ面を浮かべる村田さん。そんな彼女に、私の心の中が全て見透かされているような気がした。
「友ちゃんがどう思ってるかはわからないけど。友ちゃんがいるときのカナくん、いつもと全然雰囲気違うよ」
「うん。私たちの中にミタニンがいると、カナキ、普段よりちょっとだけかっこつけてるよね」
岸本さんが、村田さんに頷きつつ、ニシシと笑う。
「今までカナくんが付き合った子といるときとも違うよね。友ちゃんと再会したときのカナくんの態度もずっと変だったし」
村田さんも星野くんの私への態度が他のクラスメートとは違うことに気付いてたんだ。それでも何も言わずにいてくれたのは、彼女の優しさだったのかな。
「やっぱりそうだよね。でも、仕方ないんだよ。いろいろあって、私は星野くんに嫌われてたから」
「そんなことないよ。カナくん、友ちゃんのケガのこと本当に心配してたし」
「それはただ、歩けないくらいのケガだったから気にしてくれてるだけだと思う。結構前に、星野くん本人から『深谷にはいい印象ない』って言われてるから」
ふっと自嘲気味に笑いながら、自分の言葉に悲しくなった。
「友ちゃん、泣いてる……?」
ぽつり、とそう零した村田さんが、困ったように瞳を揺らす。だけど私には、彼女の言う意味がよく理解できなかった。
「泣いてないよ」
だって、泣きそうな顔をしているのは私ではなくて村田さんだから。おかしなことを言う村田さんに笑いかけようとする。
頭の中では、緩やかに口角が持ち上がったような感覚があるのに、実際の私の表情筋は微動だにしていなかった。
おかしいな。思い通りの表情が作れない自分の頬に手で触れると、そこが何かで濡れていた。
「え?」
濡れた手のひらに茫然とする私を、村田さんと岸本さんが無言で見つめる。
「私……」
喉の奥が詰まって、言葉がうまく声にならない。
自分で自分がどうなってしまったのかわからなくて困惑していると、村田さんが今にも泣き出しそうにつぶやいた。
「友ちゃん、カナくんのこと好きなんだね」
村田さんの言葉に、左右両方の目から涙が落ちる。それが頬に流れていくのを、今度はちゃんと自覚していた。
村田さんの言うとおりだ。私は、小学校時代の初恋を消せないままに、また星野くんのことを好きになってしまった。
星野くんと向き合って会話をして、彼の笑顔や優しさに触れて、小学生のときに一方的に片想いしていたときとは違うときめきをたくさん知ってしまった。
だけど、私が前の学校を辞めることになった理由を知れば、星野くんはもう私に話しかけてくれなくなるかもしれない。私は今度こそ、本当に星野くんに嫌われてしまう。
そうなったら、また星野くんに恋をしてしまった私の気持ちは、どうやって消せばいいんだろう。
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