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榊 柚乃・3
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◇◇◇
生徒指導室に連れて行かれた蒼生くんは、なかなか戻ってこなかった。
スマホを触って待っているうちに、教室からは人がいなくなり、廊下から誰の声も聞こえなくなる。しんと静まり返った教室でたったひとり席に座っていると、誰もいない世界に隔絶されたような気がする。
蒼生くんは大丈夫だろうか。すぐ話をつけてくるとは言っていたけど、山崎先生相手に苦戦しているのかもしれない。
心配になってラインを開いてみるけど、蒼生くんからの連絡はまだきていない。
生徒指導室まで様子を見に行ってみようかな。
迷いながら腰を浮かせかけたとき、廊下からペタペタと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
蒼生くんが戻ってきた。
ほっとため息を吐くと、勢いよく立ち上がる。
机の横にかけていたカバンをつかんで教室を飛び出したとき、ちょうどドアのところで明るい茶色の髪をした男子生徒と鉢合わせた。
身長はわたしのプラス20センチくらい。見上げたときの感覚を確かめてから、彼の足元に視線を落とす。その上履きの踵は、ちゃんと踏んづけられている。
いつも見慣れている上履きよりは白さが目立ち、若干新しいような気もするけれど……。気のせいだろうか。
「待たせてごめん」
踵の踏まれた上履きを見つめて首を傾げていると、彼の声が落ちてくる。それがわたしの思考を遮った。
「大丈夫だよ。それよりも、山崎先生の誤解は解けた?」
顔をあげようとして、ふと、彼の左手首にある青いブレスレットに目が留まる。
「蒼生くん、それ見つかったんだね。もしかして、更衣室にひとりで探しに行ってたから遅かったの?」
蒼生くんに手首に戻ってきているブレスレットを指さしながら笑うと、彼が「え、あー、うん」と曖昧な返事をした。
「どこにあったの? ロッカーの中? 見つかってよかったね」
嬉しくなって声のトーンが上がるわたしとは裏腹に、「あー、うん」と頷く蒼生くんのテンションは低い。
ブレスレットを失くしたことを気にしていたから、見つかったことを喜んでいると思ったのに。蒼生くんはあまり嬉しくなさそうだ。
「どうしたの? もしかして、山崎先生の問題のほうはまだ未解決?」
心配になって訊ねると、蒼生くんが顔の中央部分、ちょうど鼻の辺りを右手の人差し指で擦った。
「それは解決したよ」
「そっか。それならよかった」
にこっと笑いかけると、蒼生くんが顔の中央部分に触れながら下を向く。
なんとなくだけど、蒼生くんから意図的に視線をそらされたような気がして胸が騒いだ。
ブレスレットが戻ってきて、山崎先生の誤解も解けた。物事が全部うまくいっているはずなのに、生徒指導室に呼ばれる前の蒼生くんと今の蒼生くんとではわたしに対して微妙な温度差があるような気がする。
「帰る? 今日は、どこかに寄っていく?」
いつもなら蒼生くんのほうからわたしにかけてくれる放課後の誘い文句。いつもと少し様子が違うように思える蒼生くんに、わたしのほうから誘いかけると、彼がゆるりと首を横に振った。
「ごめん。待たせといて悪いんだけど、話したいことがある」
言いにくそうに切り出してきた蒼生くんの声が、普段よりもわずかに高く、震えているような気がした。今から聞かされるのは、確実によくない話だ。
蒼生くんから妙な緊張感が伝わってきて、急にそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「なに……?」
緊張でうわずった声で訊き返すと、蒼生くんが「実はさ……」とつぶやいて口を閉ざす。
「ここに戻ってくる前に、別のクラスの女子に告られた」
しばらく間をためたあとに、蒼生くんの口から零れた言葉は衝撃的で。驚いたわたしの口からは「へ?」という間抜けな声しか出なかった。
別のクラスの女の子に告白された。そんな蒼生くんが、わたしに話したいことって……? そんなの、考えるまでもない。
これから何を告げられるのか、想像できることはたったひとつしかなくて。嫌な予感に、心臓がドクドクと暴れ始めた。
「その子に告られてちょっと考えたっていうか、心が動いたっていうか。おれのこと、ブレスレットでしか判別できない子とこのまま付き合っていくのってどうなのかな、って」
まばたきも忘れて目を見開くわたしに、蒼生くんが左手首のブレスレットを指し示す。
「どうなのかな、って……?」
なんとか言葉を返したけれど、掠れてうまく声が出ない。唇と喉の奥が渇いて、からからだ。
「聞かなくてもわからない?」
蒼生くんの声が、冷たく響く。
「わたしとは別れて、告白してきた子と付き合いたいってこと……?」
震える声で訊ねるわたしに、蒼生くんは何も言わない。何も言わないことが、わたしの質問への肯定なのだろう。
蒼生くんが生徒指導室に呼ばれていったのは、一時間くらい前。わたしの手を引いて帰ろうとしていた蒼生くんの気持ちがそんな短時間で変化するなんて……。にわかに信じられない。
告白してきた別のクラスの女の子は、いったいどんな子なのだろう。瞬間的にわたしへの気持ちが冷めるくらい、可愛くて魅力的な子だったのだろうか。
蒼生くんからの話が突然すぎて、頭の中が混乱して、全く理解が追い付かない。
『今は柚乃のこと好きって言ってくれてるかもしれないけど、目印がなくても自分のことを好きって言ってくれる別の子が現れたら、その子のことを好きになっちゃうかもよ?』
ふいに昼休みに陽菜に言われた言葉が蘇ってきて、心臓がバクバク鳴った。
生徒指導室に連れて行かれた蒼生くんは、なかなか戻ってこなかった。
スマホを触って待っているうちに、教室からは人がいなくなり、廊下から誰の声も聞こえなくなる。しんと静まり返った教室でたったひとり席に座っていると、誰もいない世界に隔絶されたような気がする。
蒼生くんは大丈夫だろうか。すぐ話をつけてくるとは言っていたけど、山崎先生相手に苦戦しているのかもしれない。
心配になってラインを開いてみるけど、蒼生くんからの連絡はまだきていない。
生徒指導室まで様子を見に行ってみようかな。
迷いながら腰を浮かせかけたとき、廊下からペタペタと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
蒼生くんが戻ってきた。
ほっとため息を吐くと、勢いよく立ち上がる。
机の横にかけていたカバンをつかんで教室を飛び出したとき、ちょうどドアのところで明るい茶色の髪をした男子生徒と鉢合わせた。
身長はわたしのプラス20センチくらい。見上げたときの感覚を確かめてから、彼の足元に視線を落とす。その上履きの踵は、ちゃんと踏んづけられている。
いつも見慣れている上履きよりは白さが目立ち、若干新しいような気もするけれど……。気のせいだろうか。
「待たせてごめん」
踵の踏まれた上履きを見つめて首を傾げていると、彼の声が落ちてくる。それがわたしの思考を遮った。
「大丈夫だよ。それよりも、山崎先生の誤解は解けた?」
顔をあげようとして、ふと、彼の左手首にある青いブレスレットに目が留まる。
「蒼生くん、それ見つかったんだね。もしかして、更衣室にひとりで探しに行ってたから遅かったの?」
蒼生くんに手首に戻ってきているブレスレットを指さしながら笑うと、彼が「え、あー、うん」と曖昧な返事をした。
「どこにあったの? ロッカーの中? 見つかってよかったね」
嬉しくなって声のトーンが上がるわたしとは裏腹に、「あー、うん」と頷く蒼生くんのテンションは低い。
ブレスレットを失くしたことを気にしていたから、見つかったことを喜んでいると思ったのに。蒼生くんはあまり嬉しくなさそうだ。
「どうしたの? もしかして、山崎先生の問題のほうはまだ未解決?」
心配になって訊ねると、蒼生くんが顔の中央部分、ちょうど鼻の辺りを右手の人差し指で擦った。
「それは解決したよ」
「そっか。それならよかった」
にこっと笑いかけると、蒼生くんが顔の中央部分に触れながら下を向く。
なんとなくだけど、蒼生くんから意図的に視線をそらされたような気がして胸が騒いだ。
ブレスレットが戻ってきて、山崎先生の誤解も解けた。物事が全部うまくいっているはずなのに、生徒指導室に呼ばれる前の蒼生くんと今の蒼生くんとではわたしに対して微妙な温度差があるような気がする。
「帰る? 今日は、どこかに寄っていく?」
いつもなら蒼生くんのほうからわたしにかけてくれる放課後の誘い文句。いつもと少し様子が違うように思える蒼生くんに、わたしのほうから誘いかけると、彼がゆるりと首を横に振った。
「ごめん。待たせといて悪いんだけど、話したいことがある」
言いにくそうに切り出してきた蒼生くんの声が、普段よりもわずかに高く、震えているような気がした。今から聞かされるのは、確実によくない話だ。
蒼生くんから妙な緊張感が伝わってきて、急にそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「なに……?」
緊張でうわずった声で訊き返すと、蒼生くんが「実はさ……」とつぶやいて口を閉ざす。
「ここに戻ってくる前に、別のクラスの女子に告られた」
しばらく間をためたあとに、蒼生くんの口から零れた言葉は衝撃的で。驚いたわたしの口からは「へ?」という間抜けな声しか出なかった。
別のクラスの女の子に告白された。そんな蒼生くんが、わたしに話したいことって……? そんなの、考えるまでもない。
これから何を告げられるのか、想像できることはたったひとつしかなくて。嫌な予感に、心臓がドクドクと暴れ始めた。
「その子に告られてちょっと考えたっていうか、心が動いたっていうか。おれのこと、ブレスレットでしか判別できない子とこのまま付き合っていくのってどうなのかな、って」
まばたきも忘れて目を見開くわたしに、蒼生くんが左手首のブレスレットを指し示す。
「どうなのかな、って……?」
なんとか言葉を返したけれど、掠れてうまく声が出ない。唇と喉の奥が渇いて、からからだ。
「聞かなくてもわからない?」
蒼生くんの声が、冷たく響く。
「わたしとは別れて、告白してきた子と付き合いたいってこと……?」
震える声で訊ねるわたしに、蒼生くんは何も言わない。何も言わないことが、わたしの質問への肯定なのだろう。
蒼生くんが生徒指導室に呼ばれていったのは、一時間くらい前。わたしの手を引いて帰ろうとしていた蒼生くんの気持ちがそんな短時間で変化するなんて……。にわかに信じられない。
告白してきた別のクラスの女の子は、いったいどんな子なのだろう。瞬間的にわたしへの気持ちが冷めるくらい、可愛くて魅力的な子だったのだろうか。
蒼生くんからの話が突然すぎて、頭の中が混乱して、全く理解が追い付かない。
『今は柚乃のこと好きって言ってくれてるかもしれないけど、目印がなくても自分のことを好きって言ってくれる別の子が現れたら、その子のことを好きになっちゃうかもよ?』
ふいに昼休みに陽菜に言われた言葉が蘇ってきて、心臓がバクバク鳴った。
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