君だけのアオイロ

月ヶ瀬 杏

文字の大きさ
上 下
21 / 30
榊 柚乃・2

しおりを挟む

 金色の星のピアスを買った経緯を思い出しながら、それをぼんやり眺めていると、「うーん……」と何か考えていた陽菜が顔をあげる。

「じゃあさ、もし時瀬くんが、全く柚乃の好みじゃない、イマイチな顔してたらどうするの?」

「だから、顔の区別がわからないわたしには好みもなにもないんだってば。そもそも、いいとか悪いとかの基準がないんだもん。蒼生くんは、陽菜から見てイマイチな顔なの?」

 どんな顔だったとしても、蒼生くんは蒼生くんだ。想像もできない彼の容姿で、わたしの気持ちがブレることはない。

 だけど、彼が客観的に見てどんな顔をしているのかは少しくらい気になる。参考までに聞きたいと思って首を傾げると、陽菜が机の上に置いた両手をぎゅっと握った。

「時瀬くんはイマイチっていうより……。ムカつくけど、どっちかって言うとかっこいいよ!」

 机をドンッと両拳で叩いた陽菜の声は、なぜかキレ気味だ。

 陽菜が不機嫌な理由はよくわからないけど、わたしと蒼生くんとの付き合いを反対している陽菜が、彼のことを「かっこいい」と評価してくれたことはちょっと嬉しい。

「そっか。蒼生くん、かっこいいんだ」

 わたしが部分的に捉えることのできる、蒼生くんのややつりあがった眉や目。凛々しく精悍に見える彼の顔の一部分パーツを思い浮かべると、ようやくいちごミルクのストローに口をつける。

 吸い上げたいちごミルクの甘さが舌の上を滑って全体に広がっていくのを感じながらニヤニヤしていると、陽菜が不機嫌そうに眉根を寄せた。


「時瀬くんがかっこいいと、嬉しいの?」

「蒼生くんがっていうよりは、付き合うの反対してるくせに、陽菜が蒼生くんを褒めてくれたことが嬉しいんだよ」

「褒めてないし。ただ、客観的な意見を述べただけだよ」

「そっか、そっか」

 いちごミルクを飲みながら、うんうんと頷いていると、陽菜のじとっとした視線を感じる。

「わたしがずっと気になってるのはさ、柚乃が時瀬くんを目印で判別してるってことだよ」

「どうしてそれが気になるの?」

 陽菜の言っている意味がよくわからない。ストローを咥えながら傾げると、陽菜がため息を吐いた。

「柚乃は、時瀬くんのどこが好きなの?」

「え……?」

 唐突な質問にびっくりして、口からぷっとストローが飛び出す。

「ちゃんと答えてよ。好きな人のどこが好き? って聞かれたら、見た目って答える人もいっぱいいると思う。だけど、柚乃はそうじゃないじゃん。だったら、時瀬くんのどこが好き?」

 真っ直ぐにわたしを見つめてくる陽菜の双眸。それを見れば、彼女がわたしを揶揄っているわけではなくて真面目に質問しているのだということがわかる。

「そうだな……。優しいところとか、わたしの事情を理解してくれてお揃いのブレスレットをくれたこととか、かな」

 少し照れながらわたしが真面目に答えたら、陽菜はあまり興味なさそうな声で「ふーん」と頷いた。

「でも、それだったらさ、時瀬くんじゃなくてもよくない?」

 いつになく冷たい陽菜の声に、ドキッとした。「え?」と口を開くわたしに、陽菜が畳みかけるように続ける。

「優しいところとか、ブレスレットをくれたところが好きって結構ざっくりしてない? それだけの条件なら、他の誰にでも当てはまるよ。もし、時瀬くんと同じ目印を付けた似たような背格好の別人が優しく話しかけてきたら、柚乃はその人のことを好きだって思うんじゃない?」

「陽菜は、わたしが蒼生くんのことを好きなのは勘違いだっていいたいの?」

「そうじゃなくて、わたしが言いたいのは、柚乃が好きなのは時瀬くん自身じゃなくて、青のブレスレットっていう目印をつけてくれる優しい男の子なんじゃないの? ってことだよ」

 今日の陽菜の言葉は、トゲトゲしていて意地悪だ。今まで、蒼生くんとのことをここまでキツく責めてくることはなかったのに。

 わたしの蒼生くんの気持ちを根底から否定するような陽菜の言葉に傷付いた。

「そんなことないよ!」

 机をバンッと両手で叩いて立ち上がると、さすがの陽菜も一瞬怯んで肩を窄める。

「そんなこと、ない……」

 さっきと違って、少しも勢いのない声でつぶやいてから、腰をおろす。

 咄嗟に陽菜の言葉を否定したけど、わたしが蒼生くんを見分けるために青いブレスレットに頼っていることは事実だ。

 そばに近付いてきた男の子の左手首に、自分が付けているのと色違いのブレスレットが付いているのを確認すると、ほっとして、胸がぎゅっとなる。でもそれは、目印のブレスレットに反応しているわけではじゃなくて、蒼生くんだからだ。

 目印をつけてくれれば誰だっていいわけじゃない。

「ごめん、柚乃。嫌なこと言って」

 下を向いて黙ったわたしに、陽菜が静かに謝ってくる。

「でもね、わたしはずっと気になってたんだよ。目印がないと時瀬くん好きな人のことを判別できないくせに、柚乃は時瀬くんの何が好きなんだろうって。時瀬くんだって、今は柚乃のこと好きって言ってくれてるかもしれないけど、目印がなくても自分のことを好きって言ってくれる別の子が現れたら、その子のことを好きになっちゃうかもよ?」

「わたしも……、わたしだって、目印がなくても蒼生くんのことが好きだよ。人混みの中から見分けろって言われたら難しいけど、そうじゃなくて一対一なら、ブレスレットがなくても蒼生くんを他の人とは間違えない」

「絶対に? 100%間違えないって自信ある?」

「…………」

 陽菜に意地悪く問いかけられて、答えに詰まる。

 蒼生くんのことを、他の誰かとは間違えない。間違えたくないっていう気持ちはある。

 だけど、蒼生くんと他人を絶対に間違えないという自信はない。目の前にいる男の子が蒼生くんだという99%の確証を100%の自信にしてくれるのが、彼の付けてくれている青いブレスレットなのだ。

「ほら、自信ないでしょ?」

 自分の正当性を主張するみたいな陽菜の声が、わたしを悲しくさせる。

「じゃあ、わたしは蒼生くんのことも、他の誰のことも好きになっちゃダメってこと?」

 泣きそうな声で訊ねたら、陽菜がひゅっと息を飲み込んだ。

「そうじゃなくて……。心配なだけだよ。わたし、柚乃のこと大事だもん」

 心配……? 大事……? そう思ってくれているなら、どうしてわたしの気持ちを否定するようなことばっかり言うの?

 中三の頃からいつも一緒にいたのに、わたしは陽菜がどんな顔をして、どんな気持ちで言葉を口にしているのかわからない。

 うつむいた陽菜の耳元で、金色の星が泣きそうに揺れる。それを見つめるわたしの視界が、ぼやけて、うっすらと滲んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

坂津眞矢子星花短編集

坂津眞矢子
青春
星花系統の、短編を集めたものです 集まるほどあるかは不明ですが、色々頑張ってみます。 本家の方もしっかり進めたいです()

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

僕たちのトワイライトエクスプレス24時間41分

結 励琉
青春
トワイライトエクスプレス廃止から9年。懐かしの世界に戻ってみませんか。 1月24日、僕は札幌駅の4番線ホームにいる。肩からかけたカバンには、6号車のシングルツインの切符が入っている。さあ、これから24時間41分の旅が始まる。 2022年鉄道開業150年交通新聞社鉄道文芸プロジェクト「鉄文(てつぶん)」文学賞応募作 (受賞作のみ出版権は交通新聞社に帰属しています。)

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

物語の始まりは…

江上蒼羽
青春
*** 自他共に認める学校一のイケてる男子、清原聖慈(17) 担任教師から与えられた課題をきっかけに、物語が動き始める。 男子高校生目線の青春物語として書きました。 所々不快に思われる表現があるかと思いますが、作品の中の表現につき、ご理解願いします。 R5.7月頃〜R6.2/19執筆 R6.2/19〜公開開始 ***

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
 交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※第7回ライト文芸大賞奨励賞受賞作品です。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

処理中です...