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榊 柚乃・2
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しおりを挟む金色の星のピアスを買った経緯を思い出しながら、それをぼんやり眺めていると、「うーん……」と何か考えていた陽菜が顔をあげる。
「じゃあさ、もし時瀬くんが、全く柚乃の好みじゃない、イマイチな顔してたらどうするの?」
「だから、顔の区別がわからないわたしには好みもなにもないんだってば。そもそも、いいとか悪いとかの基準がないんだもん。蒼生くんは、陽菜から見てイマイチな顔なの?」
どんな顔だったとしても、蒼生くんは蒼生くんだ。想像もできない彼の容姿で、わたしの気持ちがブレることはない。
だけど、彼が客観的に見てどんな顔をしているのかは少しくらい気になる。参考までに聞きたいと思って首を傾げると、陽菜が机の上に置いた両手をぎゅっと握った。
「時瀬くんはイマイチっていうより……。ムカつくけど、どっちかって言うとかっこいいよ!」
机をドンッと両拳で叩いた陽菜の声は、なぜかキレ気味だ。
陽菜が不機嫌な理由はよくわからないけど、わたしと蒼生くんとの付き合いを反対している陽菜が、彼のことを「かっこいい」と評価してくれたことはちょっと嬉しい。
「そっか。蒼生くん、かっこいいんだ」
わたしが部分的に捉えることのできる、蒼生くんのややつりあがった眉や目。凛々しく精悍に見える彼の顔の一部分を思い浮かべると、ようやくいちごミルクのストローに口をつける。
吸い上げたいちごミルクの甘さが舌の上を滑って全体に広がっていくのを感じながらニヤニヤしていると、陽菜が不機嫌そうに眉根を寄せた。
「時瀬くんがかっこいいと、嬉しいの?」
「蒼生くんがっていうよりは、付き合うの反対してるくせに、陽菜が蒼生くんを褒めてくれたことが嬉しいんだよ」
「褒めてないし。ただ、客観的な意見を述べただけだよ」
「そっか、そっか」
いちごミルクを飲みながら、うんうんと頷いていると、陽菜のじとっとした視線を感じる。
「わたしがずっと気になってるのはさ、柚乃が時瀬くんを目印で判別してるってことだよ」
「どうしてそれが気になるの?」
陽菜の言っている意味がよくわからない。ストローを咥えながら傾げると、陽菜がため息を吐いた。
「柚乃は、時瀬くんのどこが好きなの?」
「え……?」
唐突な質問にびっくりして、口からぷっとストローが飛び出す。
「ちゃんと答えてよ。好きな人のどこが好き? って聞かれたら、見た目って答える人もいっぱいいると思う。だけど、柚乃はそうじゃないじゃん。だったら、時瀬くんのどこが好き?」
真っ直ぐにわたしを見つめてくる陽菜の双眸。それを見れば、彼女がわたしを揶揄っているわけではなくて真面目に質問しているのだということがわかる。
「そうだな……。優しいところとか、わたしの事情を理解してくれてお揃いのブレスレットをくれたこととか、かな」
少し照れながらわたしが真面目に答えたら、陽菜はあまり興味なさそうな声で「ふーん」と頷いた。
「でも、それだったらさ、時瀬くんじゃなくてもよくない?」
いつになく冷たい陽菜の声に、ドキッとした。「え?」と口を開くわたしに、陽菜が畳みかけるように続ける。
「優しいところとか、ブレスレットをくれたところが好きって結構ざっくりしてない? それだけの条件なら、他の誰にでも当てはまるよ。もし、時瀬くんと同じ目印を付けた似たような背格好の別人が優しく話しかけてきたら、柚乃はその人のことを好きだって思うんじゃない?」
「陽菜は、わたしが蒼生くんのことを好きなのは勘違いだっていいたいの?」
「そうじゃなくて、わたしが言いたいのは、柚乃が好きなのは時瀬くん自身じゃなくて、青のブレスレットっていう目印をつけてくれる優しい男の子なんじゃないの? ってことだよ」
今日の陽菜の言葉は、トゲトゲしていて意地悪だ。今まで、蒼生くんとのことをここまでキツく責めてくることはなかったのに。
わたしの蒼生くんの気持ちを根底から否定するような陽菜の言葉に傷付いた。
「そんなことないよ!」
机をバンッと両手で叩いて立ち上がると、さすがの陽菜も一瞬怯んで肩を窄める。
「そんなこと、ない……」
さっきと違って、少しも勢いのない声でつぶやいてから、腰をおろす。
咄嗟に陽菜の言葉を否定したけど、わたしが蒼生くんを見分けるために青いブレスレットに頼っていることは事実だ。
そばに近付いてきた男の子の左手首に、自分が付けているのと色違いのブレスレットが付いているのを確認すると、ほっとして、胸がぎゅっとなる。でもそれは、目印のブレスレットに反応しているわけではじゃなくて、蒼生くんだからだ。
目印をつけてくれれば誰だっていいわけじゃない。
「ごめん、柚乃。嫌なこと言って」
下を向いて黙ったわたしに、陽菜が静かに謝ってくる。
「でもね、わたしはずっと気になってたんだよ。目印がないと時瀬くんのことを判別できないくせに、柚乃は時瀬くんの何が好きなんだろうって。時瀬くんだって、今は柚乃のこと好きって言ってくれてるかもしれないけど、目印がなくても自分のことを好きって言ってくれる別の子が現れたら、その子のことを好きになっちゃうかもよ?」
「わたしも……、わたしだって、目印がなくても蒼生くんのことが好きだよ。人混みの中から見分けろって言われたら難しいけど、そうじゃなくて一対一なら、ブレスレットがなくても蒼生くんを他の人とは間違えない」
「絶対に? 100%間違えないって自信ある?」
「…………」
陽菜に意地悪く問いかけられて、答えに詰まる。
蒼生くんのことを、他の誰かとは間違えない。間違えたくないっていう気持ちはある。
だけど、蒼生くんと他人を絶対に間違えないという自信はない。目の前にいる男の子が蒼生くんだという99%の確証を100%の自信にしてくれるのが、彼の付けてくれている青いブレスレットなのだ。
「ほら、自信ないでしょ?」
自分の正当性を主張するみたいな陽菜の声が、わたしを悲しくさせる。
「じゃあ、わたしは蒼生くんのことも、他の誰のことも好きになっちゃダメってこと?」
泣きそうな声で訊ねたら、陽菜がひゅっと息を飲み込んだ。
「そうじゃなくて……。心配なだけだよ。わたし、柚乃のこと大事だもん」
心配……? 大事……? そう思ってくれているなら、どうしてわたしの気持ちを否定するようなことばっかり言うの?
中三の頃からいつも一緒にいたのに、わたしは陽菜がどんな顔をして、どんな気持ちで言葉を口にしているのかわからない。
うつむいた陽菜の耳元で、金色の星が泣きそうに揺れる。それを見つめるわたしの視界が、ぼやけて、うっすらと滲んだ。
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