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榊 柚乃・1
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◇◇◇
駅前のマックでポテトと飲み物を頼んで二時間ほどおしゃべりしたあと、わたし達は席を立った。
「行こっか」
店を出ると、時瀬くんがわたしと並んで同じ方向に歩き始める。
わたしの家は高校まで徒歩通学だけの、時瀬くんは電車通学。マックの前で別れて駅に向かったほうがラクなのに、時瀬くんはいつも当たり前みたいに、わたしのことを家まで送ってくれる。
「わたしの家まで来て、また駅まで引き返すのって大変じゃない?」
背の高い時瀬くんを見上げて訊ねると、彼がわたしのほうを振り向く。
「おれがもうちょっと榊と一緒にいたいからいいんだよ」
すぐに少し拗ねたような声が落ちてきて。時瀬くんらしい応答に、胸がきゅっと狭まった。
うつむくと、時瀬くんが左手首につけた青色のブレスレットが目に映る。それを見つめて頬を緩ませていると、時瀬くんの左腕がわたしの右腕にぶつかるように軽く触れてきた。
ドキッと胸を揺らしたのもつかの間、さりげない動きで時瀬くんの左手がわたしの右手に重なる。
「繋いでいい?」
もう既に、わたしの右手のほとんどを包み込んでしまっているくせに。わざわざ事後報告してくる少し掠れた甘い声にドキドキして、わたしはバカみたいに何度も小さく頷いてしまう。
絡まる指やくっつき合う手のひらから、時瀬くんの熱が伝わってきて、頬や首筋がじわじわ熱くなる。
ほんの少し歩調が速くなった時瀬くんに手を引かれるようにして歩きながら、わたしの心臓は呼吸を忘れそうなくらいにドキドキと高鳴っていた。
ときどき金色に透ける時瀬くんの明るい髪を見つめながら、わたしが胸を高鳴らせているこの瞬間に、彼はどんな顔をしているんだろうと、ふと思う。
女の子と手を繋いで歩くくらい平気かな。それとも、わたしの何分の一かくらいは、このシチュエーションにドキドキしてくれているかな。
そうだったら嬉しいし、できれば彼がわたしを意識してくれている顔が見たいと思う。
それだけじゃなくて、最近のわたしは、時瀬くんがどんな顔で話しかけてくれているのか。拗ねたり、不貞腐れた声を出すときの彼が、どんな表情をしているのか。彼がどんなふうに笑いかけてくれているのか。
時瀬くんが見せるひとつひとつの表情を知りたいと思う瞬間がある。
時瀬くんと付き合う前までのわたしは、人がどんな顔をしていて、どんなふうに笑うかなんて気にかけたこともなかった。
どうせわからないんだって、初めから諦めていた。
それなのに、うまくとらえることのできない時瀬くんの表情を知りたくて胸が切なくなるのは、彼のことがたまらなく好きだからだ。
わたしのより一回りは大きい、指の長い時瀬くんの手。つい、その手をぎゅっと握りしめると、時瀬くんが明るい茶色の髪を揺らして振り向いた。
驚かせたのか、困らせたのか、時瀬くんの眉の端がほんの少し下がっている。
「あの、さ……。言おうかどうか迷ってたんだけど……」
なんだか重たげに響いてくる時瀬くんの声に、わたしは少し不安になった。
もしかして、急に手を握ったりしたから不快に思われたのかな……。
怯えたように一歩下がると、時瀬くんが「なんで離れんの?」と、わたしの手をグイッと引っ張る。
「ごめ……」
「違うって。おれの話し方のせいで何か不安に思ったなら、謝らなきゃいけないのは榊じゃなくて、おれだから」
わたしが口にしようとしたごめんの言葉を、時瀬くんがきっぱりとした声音で遮ってくる。
時瀬くんの表情はぼんやりとしているけれど、わたしに向けられた彼の眼差しの強さはよくわかった。
「で、なんで離れようとしたの?」
時瀬くんが、わたしの顔を覗き込むようにして訊ねてくる。
わたしが人の顔がうまく認識できないと知ってから、時瀬くんは、わたしの小さな反応も見逃さないように気にかけてくれる。
表情で気持ちが読み取れにくい分、言葉でちゃんと確認しようとしてくれる。時瀬くんの、そういう優しいところがすごく好きだ。
「急に手をぎゅってしたこと、嫌がられたんじゃないかと思って……」
一瞬不安になった気持ちをボソッと白状すると、「は? 何言ってんの?」と時瀬くんの呆れたような声が返ってきた。
「そんなの、嫌がるどころか、可愛いしかないじゃん」
続けて耳に届いた言葉にドクンと胸が騒いで、身体の熱が一気に上がる。
「あ、え、っと……」
時瀬くんの言葉には、ときどき爆弾級の破壊力が込められている。
反応に困って落とした視線を地面に彷徨わせていると、時瀬くんがぎゅっとわたしの手を握りしめてきた。
全身でドキンと鼓動を打って飛び上がると、時瀬くんがふっと息を吐くように笑う。
「ねえ。おれがさっき言おうと思ったこと、聞いてくれる?」
「うん……」
頬を火照らせて頷くと、時瀬くんを包む空気がふわっと揺れた。
「名前、柚乃って呼んでいい?」
そう言って首を傾げた時瀬くんの耳が、ほんの少し赤くなっているのがわかった。繋いだ手のひらから、絡めた指先から、震えと緊張が伝わってくる。
表情はわからなくても、些細な仕草から時瀬くんのドキドキする気持ちがはっきりと感じ取れて、わたしまでドキドキした。
声を出したら、心臓が口から飛び出してきそうで。コクコクと精一杯必死に頷くと、目の前で時瀬くんが笑う気配がする。
「おれのことも、蒼生でいいから」
「蒼生、くん……」
死ぬほどドキドキしながら名前を呼んだら、蒼生くんの唇が楕円の輪郭の中で綺麗な弧を描いた。
わたしの網膜が捉えるのは、薄くて形の良い、綺麗な唇だけ。それしかうまく捉えられないことを、ひどくもどかしく思う。
わたしが名前を呼んだとき、蒼生くんはどんなふうに笑ったんだろう。
想像ですら思い浮かべることのできない蒼生くんの笑顔は、きっと胸が切なくなるくらいに綺麗なはずだ。
駅前のマックでポテトと飲み物を頼んで二時間ほどおしゃべりしたあと、わたし達は席を立った。
「行こっか」
店を出ると、時瀬くんがわたしと並んで同じ方向に歩き始める。
わたしの家は高校まで徒歩通学だけの、時瀬くんは電車通学。マックの前で別れて駅に向かったほうがラクなのに、時瀬くんはいつも当たり前みたいに、わたしのことを家まで送ってくれる。
「わたしの家まで来て、また駅まで引き返すのって大変じゃない?」
背の高い時瀬くんを見上げて訊ねると、彼がわたしのほうを振り向く。
「おれがもうちょっと榊と一緒にいたいからいいんだよ」
すぐに少し拗ねたような声が落ちてきて。時瀬くんらしい応答に、胸がきゅっと狭まった。
うつむくと、時瀬くんが左手首につけた青色のブレスレットが目に映る。それを見つめて頬を緩ませていると、時瀬くんの左腕がわたしの右腕にぶつかるように軽く触れてきた。
ドキッと胸を揺らしたのもつかの間、さりげない動きで時瀬くんの左手がわたしの右手に重なる。
「繋いでいい?」
もう既に、わたしの右手のほとんどを包み込んでしまっているくせに。わざわざ事後報告してくる少し掠れた甘い声にドキドキして、わたしはバカみたいに何度も小さく頷いてしまう。
絡まる指やくっつき合う手のひらから、時瀬くんの熱が伝わってきて、頬や首筋がじわじわ熱くなる。
ほんの少し歩調が速くなった時瀬くんに手を引かれるようにして歩きながら、わたしの心臓は呼吸を忘れそうなくらいにドキドキと高鳴っていた。
ときどき金色に透ける時瀬くんの明るい髪を見つめながら、わたしが胸を高鳴らせているこの瞬間に、彼はどんな顔をしているんだろうと、ふと思う。
女の子と手を繋いで歩くくらい平気かな。それとも、わたしの何分の一かくらいは、このシチュエーションにドキドキしてくれているかな。
そうだったら嬉しいし、できれば彼がわたしを意識してくれている顔が見たいと思う。
それだけじゃなくて、最近のわたしは、時瀬くんがどんな顔で話しかけてくれているのか。拗ねたり、不貞腐れた声を出すときの彼が、どんな表情をしているのか。彼がどんなふうに笑いかけてくれているのか。
時瀬くんが見せるひとつひとつの表情を知りたいと思う瞬間がある。
時瀬くんと付き合う前までのわたしは、人がどんな顔をしていて、どんなふうに笑うかなんて気にかけたこともなかった。
どうせわからないんだって、初めから諦めていた。
それなのに、うまくとらえることのできない時瀬くんの表情を知りたくて胸が切なくなるのは、彼のことがたまらなく好きだからだ。
わたしのより一回りは大きい、指の長い時瀬くんの手。つい、その手をぎゅっと握りしめると、時瀬くんが明るい茶色の髪を揺らして振り向いた。
驚かせたのか、困らせたのか、時瀬くんの眉の端がほんの少し下がっている。
「あの、さ……。言おうかどうか迷ってたんだけど……」
なんだか重たげに響いてくる時瀬くんの声に、わたしは少し不安になった。
もしかして、急に手を握ったりしたから不快に思われたのかな……。
怯えたように一歩下がると、時瀬くんが「なんで離れんの?」と、わたしの手をグイッと引っ張る。
「ごめ……」
「違うって。おれの話し方のせいで何か不安に思ったなら、謝らなきゃいけないのは榊じゃなくて、おれだから」
わたしが口にしようとしたごめんの言葉を、時瀬くんがきっぱりとした声音で遮ってくる。
時瀬くんの表情はぼんやりとしているけれど、わたしに向けられた彼の眼差しの強さはよくわかった。
「で、なんで離れようとしたの?」
時瀬くんが、わたしの顔を覗き込むようにして訊ねてくる。
わたしが人の顔がうまく認識できないと知ってから、時瀬くんは、わたしの小さな反応も見逃さないように気にかけてくれる。
表情で気持ちが読み取れにくい分、言葉でちゃんと確認しようとしてくれる。時瀬くんの、そういう優しいところがすごく好きだ。
「急に手をぎゅってしたこと、嫌がられたんじゃないかと思って……」
一瞬不安になった気持ちをボソッと白状すると、「は? 何言ってんの?」と時瀬くんの呆れたような声が返ってきた。
「そんなの、嫌がるどころか、可愛いしかないじゃん」
続けて耳に届いた言葉にドクンと胸が騒いで、身体の熱が一気に上がる。
「あ、え、っと……」
時瀬くんの言葉には、ときどき爆弾級の破壊力が込められている。
反応に困って落とした視線を地面に彷徨わせていると、時瀬くんがぎゅっとわたしの手を握りしめてきた。
全身でドキンと鼓動を打って飛び上がると、時瀬くんがふっと息を吐くように笑う。
「ねえ。おれがさっき言おうと思ったこと、聞いてくれる?」
「うん……」
頬を火照らせて頷くと、時瀬くんを包む空気がふわっと揺れた。
「名前、柚乃って呼んでいい?」
そう言って首を傾げた時瀬くんの耳が、ほんの少し赤くなっているのがわかった。繋いだ手のひらから、絡めた指先から、震えと緊張が伝わってくる。
表情はわからなくても、些細な仕草から時瀬くんのドキドキする気持ちがはっきりと感じ取れて、わたしまでドキドキした。
声を出したら、心臓が口から飛び出してきそうで。コクコクと精一杯必死に頷くと、目の前で時瀬くんが笑う気配がする。
「おれのことも、蒼生でいいから」
「蒼生、くん……」
死ぬほどドキドキしながら名前を呼んだら、蒼生くんの唇が楕円の輪郭の中で綺麗な弧を描いた。
わたしの網膜が捉えるのは、薄くて形の良い、綺麗な唇だけ。それしかうまく捉えられないことを、ひどくもどかしく思う。
わたしが名前を呼んだとき、蒼生くんはどんなふうに笑ったんだろう。
想像ですら思い浮かべることのできない蒼生くんの笑顔は、きっと胸が切なくなるくらいに綺麗なはずだ。
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