君だけのアオイロ

月ヶ瀬 杏

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時瀬 蒼生・2

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◇◇◇

 その日の放課後。武下と西沢は、嫌がるおれを無理やり榊の元へと連行した。

 ホームルームが終わると同時に、柄が悪い男子たちに包囲された榊が、怯えた顔でシロクマのキーホルダーがついたカバンを抱きしめる。

「ごめんね、帰ろうとしてるところ引き止めて。榊さんて、今週の土曜日何か予定ある?」

「特にないですけど……。なんでですか?」

「予定ないならさ、俺らと一緒に遊びに行かない?」 

 武下に胡散臭い笑顔で誘いかけられた榊が、警戒するように一歩後ずさった。

 西沢が、「そんなビビんなくてもいいのに」と笑うと、榊はますます警戒して表情をこわばらせる。

 ビビんなくてもいいって言われたって、今まで喋ったこともない男からいきなり遊びに誘われたら、驚くに決まってる。それに、おれと同じで身長178センチほどある武下と西沢に並んで立たれたら威圧感も半端ない。

 ふたりに見下ろされている榊は、まるでオオカミに狙われた子羊のようだ。

「どうして、急にわたしに誘いかけてきたんですか。え、っと……」

 眉をハの字にした榊が、困ったように武下と西沢のことを交互に見る。その表情が、可哀想なくらいに不安げだ。

 榊の反応を見ていると、ものすごく居た堪れない気持ちになってくる。こんなふうに武下や西沢が悪ノリし始めたのは、おれのせいだから。


 おれが榊のことを好きだと思っている武下たちは、おせっかいにも彼女を交えたグループデートをセッティングしようと目論んでいるのだ。おれのため……というより、おれをからかって楽しむために。

「なあ、もうやめろ。榊、ガチで困ってるから」

 榊の困り顔を見ていられなくなって、武下と西沢の間を割って前に出る。

「なんだよー。蒼生のために誘ってやってんじゃん」

「うっさい、余計なこと言うな」

 低い声でそう言って武下を横目で睨んで牽制する。すると、いったん足元に視線を落としてから顔を上げた榊が「時瀬くん?」と語尾上がりに、確認するようにおれの名前を呼んだ。

 さっきからずっと武下や西沢の後ろに立っていたのに、榊はたった今おれの存在に気付いたらしい。驚いた顔で、パチパチとまばたきをしている。

 武下たちの後ろに遠慮がちに立っていたおれは、榊の視界にも入っていなかったのだろう。

 おれがどんなに気にかけたって、榊はおれに全く興味を持っていない。わかってはいるけど、やっぱり少しガッカリする。


「ごめんな、榊。こいつら、ノリでちょっとふざけてるだけだから。ほら、行くぞ」

 苦笑いで傷心を隠して、武下と西沢を榊から引き離す。

 おれに促されて西沢は案外あっさりと引いたけど、武下のほうはそうはいかなかった。


「俺たち、土曜日にグループで遊ぶからさ、榊さんもおいでよ」

「でも、グループで遊ぶなら、わたしじゃなくて他に仲良い子を誘ったほうが楽しいんじゃないかな」

「そんなことないって。榊さんが来てくれたら俺らも楽しいから」 

 榊がそれとなく誘いを断ろうとしているのに、武下は全然諦めようとしない。それどころか「な、蒼生」と、にやけ顔でおれに同意を求めてくるから、ほんとうに勘弁してほしかった。

 確かに、最近のおれは榊のことを気にしてよく見ている自覚はある。

 だけど、それが恋愛感情によるものだって確証はないのに。榊に誤解を受けるようなことを言われたら困る。

「武下、もうほんとにやめろって。榊も、気を遣わずにはっきり断っていいから」

「蒼生、本当に断られちゃっていいの?」

「いいって」

「蒼生ってば、強がっちゃって」

「は?」

 怪訝に眉を寄せると、武下がニヤリとして、内緒話でもするみたいに口の横に手のひらをくっつけた。


「実はね、榊さん。土曜日は、ただみんなで遊ぶってわけじゃなくて、俺も西沢もカノジョを連れてきてグループデートしようってことになってんの。なのに、蒼生だけカノジョいないから、このままだと余っちゃうんだよね。だからそれもあって、榊さんに付き合ってほしいなーって思ってるんだけど。どうかな?」

「どうって言われても……」

 武下は、どうしても榊を交えたグループデートをセッティングしたくて仕方ないらしい。

 じろっと睨んでみるけど、おれがムキになればなるほど武下は楽しそうだ。

「ね、榊さん。蒼生のために来てやって」

 武下がおれを横目にニヤッとしながら、榊に向かって顔の前で軽く手を合わす。

 もはや、誘い方が強引過ぎて呆れる。というか、ちょっと引く。それに、榊の前で、おれだけモテないみたいな言い方をされてるのも腹が立つ。西沢だって、ほんとうはカノジョなんかいないのに。

 ムスッとしていると、榊がおれの様子を窺うようにチラ見してきた。

「時瀬くんは、わたしでいいの?」

「え……?」

「時瀬くんには、仲良くて誘えそうな子、他にもいるんじゃ……」

 榊が、おれから視線を外して言葉を濁す。

 武下の誘いが強引で自分で断りきれないから、おれから断ってほしいってことだよな。榊の態度からそれを察する。

 おれだって、そうしてやるのが最善だって思うけど、榊の態度に少し複雑な気持ちになってしまうのはなぜだろう。


 一瞬言葉を発するのを躊躇うと、その隙を突いて、武下がしゃしゃり出てきた。

「他なんて、いないいない。蒼生、高校入ってからカノジョいたことないし。見かけほどモテないから」

 榊のことを知るまでは、カノジョの友達をおれに紹介しようとしていたくせに。見かけほどモテないとか、失礼だ。

 むっと唇を真横に結ぶおれの斜め後ろで西沢までがプハッと噴き出すから、不快感極まりない。

「悪かったな、モテなくて。そんなモテないやつに付き合わされたら榊が迷惑だろ」

 ヤケクソ気味にそう言って、武下の肩を引っ張る。

 いつまでもしつこくからかいやがって、覚えてろよ。

 ヘラヘラ笑う武下を睨みあげたとき、榊がボソリと何か言った。

「……ではないよ」

「ん? なに、榊さん」

「わたしは迷惑ではないよ」

 小さな声ではあったけど、榊がはっきりとそう言ったから、不覚にもドキッとした。

「え」と小さく口を動かすおれの横で、「そうなんだ」と武下が前のめりに身を乗り出す。


「てことは、土曜日、蒼生に付き合ってくれるの?」

「いや、でも……、わたしは迷惑じゃなくても、時瀬くんに迷惑がかかると思う」

 誘われたこと自体は迷惑じゃないと明言したくせに、いざ武下が約束を取りつけようとすると榊は渋って首を縦には振らない。矛盾してるだろと思いながら、おれは複雑な気持ちに胸を揺らしていた。

「榊さんが来て、蒼生が迷惑がることなんて絶対ないから。土曜日は、榊さんも参加ね。はい、決定~」

「え、でも……」

 榊は「参加する」とはひとことも言っていないのに、武下が強引に彼女を丸め込んでしまう。

「待ち合わせ場所とか時間とか、決まったら榊さんにも伝えるね」

 武下から、にっこりと圧のある笑顔を向けられた榊も、最後は反論できずに黙り込んでしまった。それを土曜日のグループデートの了承だとみなした武下が、楽し気に口角を引き上げておれの肩をポンポンと叩く。

「楽しみだなー。土曜日よろしくね、榊さん。んじゃ、蒼生、西沢、帰ろー」

 目的を果たせた武下は満足したらしく、あれだけしつこく迫っていた榊の前からあっさり引いた。笑顔でひらひら手を振る武下に、榊が少し呆気にとられている。


「蒼生ー、今日は武下にマックおごったほうがいいんじゃない」 

 武下の気まぐれというか、切り替えの早さに慣れている西沢は、楽しそうにケラケラ笑っていて。からかい口調でおれにそんなことを言いながら武下に着いて行く。

「はぁ? なんで」

 土曜日のグループデートの予定を勝手に決めて、榊のことだってほぼ無理やり巻き込んだくせに。奢らされる意味がわからない。

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