上 下
40 / 63
ゼロカウント

しおりを挟む
「蒼月、北口改札にいるって。中央改札は人多いみたいだから、映像撮るなら北改札がいいかなあ」

 駅が目の前に見えてくると、大晴がスマホを見ながらひとりごとみたいに話す。

「この時間、帰宅ラッシュだもんね」

 涼晴がほんの少し眉をひそめる。夏休みといえど、夕方の時間は、通勤の大人たちや大きな部活カバンを持った学生達で駅前は混雑する。

 メインの中央改札は電車が来る度に人の出入りが多くて、映画撮影ができるような雰囲気ではない。

 みんなで北口改札に回ると、そっちは中央改札に比べると人が少なかった。改札の近くで、制服姿の蒼月がスマホを見ながら待っている。

「蒼月、お待たせ~」

 大晴が手を振りながら声をかけると、蒼月が顔をあげる。大晴に向かって手を振りかえした蒼月が、その後ろにいるわたしの顔を見て目を見開く。

 撮影でわたしが来ることはわかっているはずなのに。

 蒼月に、この場で会う予定のなかった人に出会ったときのような反応をされて微妙に傷付いた。

 今さらこんなことを言ってもだけど、もしかしたら蒼月はわたしと恋人役を演じるのが嫌なのかもしれない。

 勝手に少し沈んだ気持ちになってうつむいていると、

「人通りが少ないタイミング見計らって、撮影始めようか」

 大晴が蒼月の肩をポンと叩いて、立ち位置の指示を出す。

「なるべく関係ない人が映り込まないように、改札から少し離れたこの辺で。陽咲はひとりで立ってる蒼月に駆け寄って行って声をかける。ここでは、それだけ撮れたらオッケーだから」
「わかった」

 このあとの公園でのデートシーンはたくさん会話があるけど、駅前で撮る待ち合わせのシーンにはほとんどセリフがない。

 立っている蒼月の名前を呼ぶだけ。『蒼月……!』って。

 会えるのが嬉しくてたまらないって気持ちで駆けていって、嬉しそうに。笑顔で。

『ごめんね、待った?』

 息を弾ませながら訊ねた陽咲に、蒼月は『大丈夫だよ』って優しく笑う。

 ただそれだけの、短いシーン。

 だけど、わたしにはすごく難しいシーンでもある。

 本心ではわたしと恋人役をすることを嫌がっているかもしれない蒼月に、自然な笑顔を見せられる自信がない。

「じゃあ、始めるよ~」

 不安なわたしの気持ちに気付いていない大晴は、スマホを横に構えると笑顔で撮影を開始しようとしている。

 大晴が、手を上に上げてカウントを始める。

 どうしよう。でも、考えても仕方がない……。

 わたしは深呼吸すると、ゼロカウントで、蒼月に向かって走り出した。

『蒼月……!』

 手を振って名前を呼ぶと、蒼月が顔をあげる。わたしを見る彼の目にはなんの感情もなくて。わたしは、少し怯んでしまう。

 これまでの蒼月は、大晴がカメラを回すと完璧にヒロインの恋人になりきっていた。だけど今日の蒼月は、映画の役に気持ちが入っていないみたい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

大好きだ!イケメンなのに彼女がいない弟が母親を抱く姿を目撃する私に起こる身の危険

白崎アイド
大衆娯楽
1差年下の弟はイケメンなのに、彼女ができたためしがない。 まさか、男にしか興味がないのかと思ったら、実の母親を抱く姿を見てしまった。 ショックと恐ろしさで私は逃げるようにして部屋に駆け込む。 すると、部屋に弟が入ってきて・・・

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...