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黒の帳 『一つ目の帳』

+ 天野視点『彼氏いたんだ…』

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「あはは、はは……ふふっ…」

1-Cの教室に乾いた笑いが響き、それを聞いた奴らが心配そうな顔をした。

鈴がくすくすと笑っているんだ。諦めたような、笑い声。

いつもはしゃんと背を伸ばして、俺達にはとうてい分からない問題を解いている鈴。しかし今は机に顔を突っ伏し、シャーペンをコロコロと転がしている。

「……はあ」

鈴が、何度目になるか分からないため息をつく。
その音を聞き、俺と教室に入った雑魚はとうとう耐えられなくなったらしい。ピアスをつけたソイツは、ゆっくりと鈴に近づいた。

「さ、さきちゃん」
「………ああ、遠藤君?お兄さんにありがとって言っといて。紅陵さんの彼氏があんなにかっこいいなんて思いませんでした、お似合いですね、って」
「そのことなんだけどさ、言いたいことがあって…」
「なに…」
「あれ、兄ちゃんの勘違いなんだよ」
「慰めはいらない」
「慰めなんかじゃないって、本当なんだよ」
「いい、もういいって」

白虎の弟であるピアスは、鈴をどうにか慰めようとしているらしい。いや、真実を伝えようとしているんだな。しかし一度思い込んだことは中々覆せないだろう。

鈴はぶっきらぼうにあしらい、またため息をついた。

その様子を見ていられなかったのか、片桐までピアスに加勢した。

「鈴、遠藤が言ってんのガチだぞ」
「龍牙まで…、もう止めて。…ふーんだ、もういいよ、いいよ」
「鈴……」

取り付く島がない、だったか。
幼馴染みさえ跳ね除ける今の鈴は、まさにその状態だ。

その様子を黙って見ていたら、段々と周りが騒がしくなってきた。鈴は自分のことで騒がれるのは、あまり好きじゃない。こうなると絶対教室を出て行く。今の鈴の状態じゃ何をするか分からない。そうなったら着いていこう。

「鈴ちゃん、俺なら幸せにしてあげられ」
「黙れお前ら、好き勝手言うな」
「そうだ!お前らそれでこの前も」
「片桐、大声出すな。鈴が嫌がる」

俺は騒がしい奴らをどうにか収めようと声をかけた。片桐も分かってくれるだろうと考えたのだが、どうやら違ったらしい。

片桐は俺をギロリと睨みつけ、悔しそうに歯ぎしりした。

「っ……な、なんだよそれ、鈴のこと分かってるみたいな…」
「幼馴染みだからって何でも分かるわけじゃないだろ」
「お前よりは分かってる!」
「分かったから大声は止せ」

片桐の大声を聞いた途端、ガタリと椅子の動く音がした。その方に目を向ければ、鈴が立ち上がって教室を出て行くところだった。
やっぱりな。
今から昼飯だってのに、アイツ、鞄置いていってんな。俺は鈴の鞄と自分の鞄を持ち、立ち上がった。

「…お前ら着いてくんなよ」

雑魚どもは当然目を逸らした。俺より雑魚だから、ビビってんだな。


だけど、片桐は違った。

寂しそうに、俺を見るだけだった。

「何だよ、その目」
「…………………」

俺が問いかけると、片桐は気まずそうに俯いてしまった。一体なんなんだ。

「…とにかく、着いてくんなよ」



俺はそう言い残し、鈴を追って教室を出ていった。


廊下を出ると、鈴の姿はすぐに見つかった。とぼとぼ歩くその小さな背中に、俺は言葉ではなく鞄をぶつけた。

「自分の鞄くらい自分で持て」
「天野君が勝手に持ってきたんでしょ」
「いいから持て」

鈴は、前の俺なら間違いなく手が出るようなことを言う。それは、俺を遠ざけたいからか、嫌な感情を抱えているのか、どちらだろうか。
どちらにしろ、いつもの鈴ではないんだ。
ならこの言葉を真に受ける必要は無い。

この様子じゃ、もう教室には戻らないだろう。なら、別の場所で昼食をとるはず。俺もそこで昼食をとろう。
ストーカーでは、ない、と思う。

無言で鈴の前を歩くと、鈴は大人しく俺の後ろを着いてきた。
…やっぱり鞄、持ってやっても良かったかな、なんて。



階段裏なら、他の生徒から見られないから絡まれないだろう。明らかにいじめられっ子の食べる場所だが、いい場所は取られているだろうから諦めよう。落ち込んでいる鈴を連れ回すわけにもいかない。

俺の隣にいる鈴は立ち尽くしていて、座る素振りを見せない。相当精神にきているのだろう。空腹も重なっているだろうから、尚更だ。だったらまずは飯を食うべきだ。
俺は、鈴の好みである卵が入っている、たまごサンドを袋から出し、何となく頭の上に乗せた。最近金欠だから、そろそろ飯が危うい。…バイトでもするか?

「やるよ。卵好きなんだろ?それ食って落ち着け」
「食べ物なんかで、騙されないから」
「何に騙されんだよ。意味分かんねぇこと言ってないで食え」

鈴はそっけない口ぶりだが、俺の渡したたまごサンドをしっかり手に持っている。騙されない、とか言っておきながら、ちゃっかり食べるのか。

俺はやれやれとため息をつき、鈴より先に座った。しかし鈴はまだ突っ立っている。座ることを促すために床を叩くと、鈴が漸く動いた。
しかし、電子音が鳴り始め、鈴は足を止めてしまった。携帯の着信音だろうか。

「あっ」
「電話か?」
「うん」

鈴は携帯を取り出したが、操作する素振りを見せない。俺に遠慮しているのだろうか。

「出てもいいぞ、どうした?」

俺の言葉は聞こえているはずなのに、鈴は動かない。鈴の様子を不審に思った俺は、鈴の携帯を覗き込んだ。

そのパネルには、『紅陵さん』とあった。


鈴の知り合いで、紅陵という名字なんて、アイツしかいないだろう。

紅陵、零王。

鈴を見ていた冷たい目を思い出し、俺は何だか嫌な予感がした。
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