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黒の帳 『一つ目の帳』
+ 天野視点『暴走族総長の訪問』
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授業が終わり、適当な会話を交わしながら俺たち二人は廊下を歩いていた。
どうにか会話に混ざろうとしているらしく、雑魚どもが周りをウロチョロしている。俺が睨みを利かせているからか、話しかけたそうにジロジロと見てくるだけで、近寄ってはこない。隣にいる鈴は、全くそのことに気づいていないらしい。
…いい加減、周りを睨むのも疲れてきた。さっさと教室に行ってしまおう。
そう思った俺は、少しばかり早足で歩こうとした。
だが、それを鈴に止められた。
何だよ、お前が絡まれるだろうから早く行きたいってのに。
「龍牙は?」
鈴はきょとんと首を傾げ、そう聞いてきた。
正直、聞かれるまで片桐のことをすっかり忘れていた。
「何か知らねぇけど、他の奴らと一緒に出てったぞ」
「何かあったのかな」
「さあな、気にしても仕方ないだろ。つーかメシどうする。裏番は帰ったっぽいし、教室で食うか?」
俺としては他の奴らを鈴に寄せ付けたくない。
裏番も片桐もそうだ。片桐は恋敵のような存在であるし、裏番は論外だ。
だが、鈴は俺の提案に首を振った。
「ううん、龍牙を探すよ。あの性格だから、また誰かの喧嘩買ってるかもしれない。勝てる人だったらいいけど、もし渡来さんとか規格外の人との喧嘩だったら…」
心底心配そうに語るその様子は、友人としての姿にしか見えない。片桐は俺からしたら恋敵だが、鈴からすれば俺も片桐もダチなんだよな。
「…分かった。俺もダチだからな、着いてってやる」
「ありがと!とりあえず教室戻って着替えよっか」
弾むような声色に、少し複雑な気持ちになった。
教室に戻って着替えていると、何やら校庭の方の窓でざわめきが聞こえた。雑魚共が外を覗いてわあわあと騒いでいるらしい。
一体校庭に何があるんだろうか。
「何かな、あれ」
「俺が見てくる」
俺が窓際まで行くと、当然のように周りの奴らが退いた。いくら雑魚共でも、力の差はきちんと分かっているらしい。
外を見つめると、校門の方に人影が見えた。勿論他にも人はいたが、校門の方に真っ先に目がいった。
何故なら、高校には相応しくない真っ赤なバイクが見えたからだ。
あの自己主張の強すぎるゴツいバイクは、見覚えがある。型や細かな造形は違うが、よく似た物を俺は知っている。
そして、最凶の赤豹がいるこの中央柳の校門の真ん前で、堂々とバイクを停められそうな男も。
ここらで幅を利かせている、暴走族の龍虎。その総長の白虎…遠藤誠司のバイクだ。きっと、あれは新しいバイクだろう。因みに、副総長は俺の大っ嫌いな渡来賢吾がその座についている。黒龍なんていう、だっせぇ二つ名もつけて。
遠藤誠司は、池柳高校の三年生だ。池柳高校とは、俺たちのいる中央柳高校に負けず劣らずの不良校である。白虎は暴走族の総長だけでなく、池柳の頭も張っている。
要するに、相当の実力者というわけだ。
だが、俺が知っているのはそれくらいだ。
渡来のように乱暴者かどうかは、俺は知らない。安全かどうか、裏番のように話が通じる奴かは分からない。俺が知っているのは、廃工場に時折停められていたバイクの見た目くらいだ。
ここから見えるのは、真っ赤なバイクに乗った、白虎であろう白ランの男。
それと、見覚えのある奴ら。
「どうしたの?」
それは、後ろから心配そうに問いかけてくる奴の、知り合い、で。
「やばい、片桐が…」
「龍牙…?」
見覚えのある奴らは、四人。
そのうちの三人はさっき見かけたクソ雑魚三人組だからどうでもいいが、もう一人は片桐だ。何でアイツあんなとこにいやがる。
「えっ、龍牙がどうしたの、ちょっと、う"ぇッ」
俺はすぐさま鈴を連れ、外へ向かった。鈴を連れていくのは危険かもしれないが、こういう時に一人にしてしまうのはもっと危険だ。
校庭を走り、近づくにつれ、白虎らしき男の容貌が見えてきた。
ギシギシ傷んでいそうな白髪に、ルーズリーフのようにじゃらじゃらとついたピアスの数々。しかし、すっと通った鼻筋に整った口元、力のある目元は、一言で言ってしまうならイケメンだ。
渡来は、白虎は頭はおかしいが顔は良い、みたいなこを言っていたし、池柳高校の制服は白ランだし、あのバイクからしてもう確定だ。
アイツは、白虎だ。
だが、俺がそう確信した途端、その確信が揺らぐ出来事が起こった。
「あかりちゃ~~~~~~~ん!!!!!デートのお迎えに来たよ~~~~~!!!!」
白虎が、突然意味の分からないことを大声で叫んだ。文言からして女を誘いに来たのは分かるが、ここは男子校だぞ。まさか女教師にでも恋をしているのだろうか。
「新しいバイクだよ~~~~~~!!ほら見て!!かっこいいよ~~~~!!!お願いだからニケツしてーーーーーッッ!!!!」
なるほど、造形が少し違うと感じたのは、新しいバイクだったからか。それにしてもニケツなんて犯罪だろ。いや、不良やってる時点でもう関係ないか。
近づいていくと、漸く奴の視界に入ったらしく、奴は訝しげな視線を俺たちに向けた。
「ん、何君たち。俺今あかりちゃん呼んでんだけど」
じろりとこちらを見る目は、俺たちを羽虫のように鬱陶しく思っているように見える。しかし、ここで怖気付いてはならない。そんなことをしたら、ここまで来た意味が無い。
「白虎だろ、お前」
「おっ!俺のこと知ってんだね。俺は池柳高校三年、遠藤誠司!ここに居る忠君のお兄さんなわけよっ」
だが、俺の警戒心を吹き飛ばすように、白虎は明るい笑みを浮かべた。イケメン特有の太陽のような光を飛ばしながら、クソ雑魚三人組の一人…ピアスの頭をぽすんと撫でた。
マジか、クソ雑魚が白虎の弟だとは思わなかった。そもそも白虎に弟なんていたのか。
驚いた感情のままに忠と呼ばれたクソ雑魚を見ると、ギロリと睨みつけられた。
それにしても白虎は俺の予想とは違っていた。
渡来なんかと組んで暴走族をやっているのだから、もっと倫理観の無い乱暴者かと思っていた。そんな奴が片桐と一緒にいるのを見て冷や汗を垂らしたが、杞憂に終わったらしい。
「な、何だ、そいつの兄貴かよ……、焦って損した」
「待て天野、コイツは別人、赤の他人だ。さきちゃんさきちゃん、信じちゃダメだからな?」
「実の兄に向かってこの態度よ、酷くない?」
「うるせぇ、大声で全校生徒の前でラブコールする恥ずかしい奴なんか、兄ちゃんじゃねぇ」
どうやら遠藤兄弟は仲が良いわけではないらしい。確かに、こんな奴が兄貴だったらぶっ飛ばしたくなる。血縁だと知られるのは相当の恥だろう。
「恋は盲目だよ、忠も恋したら?」
「恋はしてるけど盲目まではいかねぇだろ」
「えっ、忠恋してんの!?お兄ちゃんに教えて!?」
「っあ"ーーーめんどくせぇーーー」
話の通じない兄と苦労する弟の会話をのんびり眺めていると、視界の端で片桐が鈴に抱きつくのが見えた。
少し、意外だった。つり目でキツい表情ばかりだった片桐が、眉を下げたふにゃふにゃの顔で鈴に甘えている。抱きつかれた鈴は心底嬉しそうだ。
男子高校生二人が抱き合ってニコニコしているなんてどうかと思うが、片桐はロン毛ということもあって中性的だ。そこまで暑苦しくないし、二人が幼馴染みであることを知っている俺にとっては、少し微笑ましいものに見えてしまう。幼馴染みなんていないから、少しだけ、少しだけ、羨ましいかもしれない。
「いよーしっ、もう一回呼んであかりちゃんを召喚するぞ…!」
「やめろ、あのラブコールは勘弁してくれ」
「こうでもしないとあかりちゃん出てきてくれないんだもん!」
「気色悪ぃな!!!クソ、昔の兄ちゃんが恋しいぜ、こんな腑抜けになっちまって…」
白虎だからと身構えてきたのに、ほのぼのとした兄弟の会話を聞かされるとは思わなかった。片桐も見つけたし、もうこれ帰っていいな。
そろそろ帰ろうかと鈴を見たが、鈴は白虎にある質問をした。
「あの、遠藤君のお兄さん」
「何?」
「あかりちゃんって誰ですか?」
それは俺も気になる。一体誰なのだろうと耳を済ませたが、その瞬間、俺は言葉を言葉として捉えられなかった。
「紅陵零王」
あかりちゃんが、紅陵零王。
いや、いやいやいや、待て。
俺は、まず自分の耳を疑った。
「………え?」
「紅陵零王」
そして、次に白虎の頭を疑った。
あかりちゃんが、裏番?赤豹?
「………」
「紅陵れ」
「わ、分かってます、ちょっと待ってください」
鈴も相当混乱しているらしく、裏番の名を復唱し続ける白虎にストップをかけた。
今まであかりと呼んでいた人物が裏番となると、色々仰天なことが浮かび上がってくる。
新調したバイクを裏番に見せに来た上に、一緒に乗ってデートに行こうと誘っている。裏番が目当てというのは、校門のど真ん前に堂々とバイクを止める理由としてしっくりくる。
…待て、デート?
白虎の勘違い、一方的なアピールであればいいが、万が一コイツらが付き合っているとしたらまたややこしいことになる。
裏番はこの高校の奴を侍らせ、鈴を弄び、その上で本命の白虎と付き合っている、なんてことになってしまう。
鈴もデートという単語を聞き逃さなかったらしく、その疑問を口にした。
「こ、紅陵さん、と、付き合ってるんですか……?」
鈴の声は、震えていた。ああそうだ、こいつは裏番が好きなんだ。
…あれ、もしかして。
裏番の企みは、これなのだろうか。
散々両思いを装って舞い上がらせて、実は彼氏がいたという最悪の展開。
これは、裏番が思い描いた通りの展開なのではないだろうか。
「まあね。だから今日もデートのお誘いにきたんだよ。それにしても…あかりちゃんが呼んでくれたのに、そのあかりちゃんが出てこないってどういうことなの」
「じょ、冗談じゃ、ないです、よ、ね?」
白虎が冗談ではないということを語り、いくつも話を続けていくが、時間が経つにつれどんどん鈴が俯いていく。恐らく、白虎の語ることに心当たりがあるのだろう。
この姿は、見ていられない。
「俺の彼ピなんだから他の子口説くの止めて欲しいよね。俺ばっか必死っていうのかなあ、ショック~」
「す、鈴、鈴……」
片桐も俺と同じ思いらしく、不安そうに鈴を見ている。
鈴は突然顔を上げると、恐ろしく抑揚のない声で喋りだした。
「他に、何か言ってました?」
「あーうん、ああいう面食いは大ッ嫌いだ、ってね。遊ぶにしてもちょっと重いし面倒かなって言ってたや。そんでさ、あかりちゃんの機嫌が激ヤバMAX…ん?どうしたの、顔色悪くない?」
「………いえ、大丈夫です。紅陵さんのこと、迎えに行ってあげてくださいね」
鈴は、口角を上げ、諦めたように笑った。いや、感情の処理がしきれていないのかもしれない。鈴はそれだけ言うと、踵を返して校舎に向かっていった。
俺は、どうするべきだろうか。
周りを見渡すと、白虎を除くこの場の四人は、俺と同じような顔をしていた。
「…さきちゃん、ありゃあ完全に勘違いしてるよな」
「聞いた感じ、裏番と遠藤のお兄さんって…一方通行な感じするしね。多分、裏番は遠藤のお兄さんのこと全く気にしてな」
「あ"?」
「なんでもないです」
雑魚三人衆の一人、ピンクが言ったのは恐らく正論だ。だが白虎の一睨みですぐさま撤回した。コイツ、やっぱり総長の器だな。今の数秒の動作だけで、渡来をはるかに超える威圧感を覚えたから、この直感は正しい。
「…………片桐、チャンスだ」
「え?何でだ?」
「鈴を慰めれば、慰めた奴に…!」
「鈴はそんな単純じゃないぞ」
「えっ」
「多分、優しい友達で終わると思う」
「…ホントか?」
「うん」
「そうか…」
そして、その傍らでは何も生み出さない無駄な会話を、雑魚と片桐が交わしている。
あーあ、コイツら頼ってもどうにもなんねぇな。
俺は俺なりの方法で鈴を励まそう。
鈴の姿が見えなくなる前に、俺は足を踏み出した。
どうにか会話に混ざろうとしているらしく、雑魚どもが周りをウロチョロしている。俺が睨みを利かせているからか、話しかけたそうにジロジロと見てくるだけで、近寄ってはこない。隣にいる鈴は、全くそのことに気づいていないらしい。
…いい加減、周りを睨むのも疲れてきた。さっさと教室に行ってしまおう。
そう思った俺は、少しばかり早足で歩こうとした。
だが、それを鈴に止められた。
何だよ、お前が絡まれるだろうから早く行きたいってのに。
「龍牙は?」
鈴はきょとんと首を傾げ、そう聞いてきた。
正直、聞かれるまで片桐のことをすっかり忘れていた。
「何か知らねぇけど、他の奴らと一緒に出てったぞ」
「何かあったのかな」
「さあな、気にしても仕方ないだろ。つーかメシどうする。裏番は帰ったっぽいし、教室で食うか?」
俺としては他の奴らを鈴に寄せ付けたくない。
裏番も片桐もそうだ。片桐は恋敵のような存在であるし、裏番は論外だ。
だが、鈴は俺の提案に首を振った。
「ううん、龍牙を探すよ。あの性格だから、また誰かの喧嘩買ってるかもしれない。勝てる人だったらいいけど、もし渡来さんとか規格外の人との喧嘩だったら…」
心底心配そうに語るその様子は、友人としての姿にしか見えない。片桐は俺からしたら恋敵だが、鈴からすれば俺も片桐もダチなんだよな。
「…分かった。俺もダチだからな、着いてってやる」
「ありがと!とりあえず教室戻って着替えよっか」
弾むような声色に、少し複雑な気持ちになった。
教室に戻って着替えていると、何やら校庭の方の窓でざわめきが聞こえた。雑魚共が外を覗いてわあわあと騒いでいるらしい。
一体校庭に何があるんだろうか。
「何かな、あれ」
「俺が見てくる」
俺が窓際まで行くと、当然のように周りの奴らが退いた。いくら雑魚共でも、力の差はきちんと分かっているらしい。
外を見つめると、校門の方に人影が見えた。勿論他にも人はいたが、校門の方に真っ先に目がいった。
何故なら、高校には相応しくない真っ赤なバイクが見えたからだ。
あの自己主張の強すぎるゴツいバイクは、見覚えがある。型や細かな造形は違うが、よく似た物を俺は知っている。
そして、最凶の赤豹がいるこの中央柳の校門の真ん前で、堂々とバイクを停められそうな男も。
ここらで幅を利かせている、暴走族の龍虎。その総長の白虎…遠藤誠司のバイクだ。きっと、あれは新しいバイクだろう。因みに、副総長は俺の大っ嫌いな渡来賢吾がその座についている。黒龍なんていう、だっせぇ二つ名もつけて。
遠藤誠司は、池柳高校の三年生だ。池柳高校とは、俺たちのいる中央柳高校に負けず劣らずの不良校である。白虎は暴走族の総長だけでなく、池柳の頭も張っている。
要するに、相当の実力者というわけだ。
だが、俺が知っているのはそれくらいだ。
渡来のように乱暴者かどうかは、俺は知らない。安全かどうか、裏番のように話が通じる奴かは分からない。俺が知っているのは、廃工場に時折停められていたバイクの見た目くらいだ。
ここから見えるのは、真っ赤なバイクに乗った、白虎であろう白ランの男。
それと、見覚えのある奴ら。
「どうしたの?」
それは、後ろから心配そうに問いかけてくる奴の、知り合い、で。
「やばい、片桐が…」
「龍牙…?」
見覚えのある奴らは、四人。
そのうちの三人はさっき見かけたクソ雑魚三人組だからどうでもいいが、もう一人は片桐だ。何でアイツあんなとこにいやがる。
「えっ、龍牙がどうしたの、ちょっと、う"ぇッ」
俺はすぐさま鈴を連れ、外へ向かった。鈴を連れていくのは危険かもしれないが、こういう時に一人にしてしまうのはもっと危険だ。
校庭を走り、近づくにつれ、白虎らしき男の容貌が見えてきた。
ギシギシ傷んでいそうな白髪に、ルーズリーフのようにじゃらじゃらとついたピアスの数々。しかし、すっと通った鼻筋に整った口元、力のある目元は、一言で言ってしまうならイケメンだ。
渡来は、白虎は頭はおかしいが顔は良い、みたいなこを言っていたし、池柳高校の制服は白ランだし、あのバイクからしてもう確定だ。
アイツは、白虎だ。
だが、俺がそう確信した途端、その確信が揺らぐ出来事が起こった。
「あかりちゃ~~~~~~~ん!!!!!デートのお迎えに来たよ~~~~~!!!!」
白虎が、突然意味の分からないことを大声で叫んだ。文言からして女を誘いに来たのは分かるが、ここは男子校だぞ。まさか女教師にでも恋をしているのだろうか。
「新しいバイクだよ~~~~~~!!ほら見て!!かっこいいよ~~~~!!!お願いだからニケツしてーーーーーッッ!!!!」
なるほど、造形が少し違うと感じたのは、新しいバイクだったからか。それにしてもニケツなんて犯罪だろ。いや、不良やってる時点でもう関係ないか。
近づいていくと、漸く奴の視界に入ったらしく、奴は訝しげな視線を俺たちに向けた。
「ん、何君たち。俺今あかりちゃん呼んでんだけど」
じろりとこちらを見る目は、俺たちを羽虫のように鬱陶しく思っているように見える。しかし、ここで怖気付いてはならない。そんなことをしたら、ここまで来た意味が無い。
「白虎だろ、お前」
「おっ!俺のこと知ってんだね。俺は池柳高校三年、遠藤誠司!ここに居る忠君のお兄さんなわけよっ」
だが、俺の警戒心を吹き飛ばすように、白虎は明るい笑みを浮かべた。イケメン特有の太陽のような光を飛ばしながら、クソ雑魚三人組の一人…ピアスの頭をぽすんと撫でた。
マジか、クソ雑魚が白虎の弟だとは思わなかった。そもそも白虎に弟なんていたのか。
驚いた感情のままに忠と呼ばれたクソ雑魚を見ると、ギロリと睨みつけられた。
それにしても白虎は俺の予想とは違っていた。
渡来なんかと組んで暴走族をやっているのだから、もっと倫理観の無い乱暴者かと思っていた。そんな奴が片桐と一緒にいるのを見て冷や汗を垂らしたが、杞憂に終わったらしい。
「な、何だ、そいつの兄貴かよ……、焦って損した」
「待て天野、コイツは別人、赤の他人だ。さきちゃんさきちゃん、信じちゃダメだからな?」
「実の兄に向かってこの態度よ、酷くない?」
「うるせぇ、大声で全校生徒の前でラブコールする恥ずかしい奴なんか、兄ちゃんじゃねぇ」
どうやら遠藤兄弟は仲が良いわけではないらしい。確かに、こんな奴が兄貴だったらぶっ飛ばしたくなる。血縁だと知られるのは相当の恥だろう。
「恋は盲目だよ、忠も恋したら?」
「恋はしてるけど盲目まではいかねぇだろ」
「えっ、忠恋してんの!?お兄ちゃんに教えて!?」
「っあ"ーーーめんどくせぇーーー」
話の通じない兄と苦労する弟の会話をのんびり眺めていると、視界の端で片桐が鈴に抱きつくのが見えた。
少し、意外だった。つり目でキツい表情ばかりだった片桐が、眉を下げたふにゃふにゃの顔で鈴に甘えている。抱きつかれた鈴は心底嬉しそうだ。
男子高校生二人が抱き合ってニコニコしているなんてどうかと思うが、片桐はロン毛ということもあって中性的だ。そこまで暑苦しくないし、二人が幼馴染みであることを知っている俺にとっては、少し微笑ましいものに見えてしまう。幼馴染みなんていないから、少しだけ、少しだけ、羨ましいかもしれない。
「いよーしっ、もう一回呼んであかりちゃんを召喚するぞ…!」
「やめろ、あのラブコールは勘弁してくれ」
「こうでもしないとあかりちゃん出てきてくれないんだもん!」
「気色悪ぃな!!!クソ、昔の兄ちゃんが恋しいぜ、こんな腑抜けになっちまって…」
白虎だからと身構えてきたのに、ほのぼのとした兄弟の会話を聞かされるとは思わなかった。片桐も見つけたし、もうこれ帰っていいな。
そろそろ帰ろうかと鈴を見たが、鈴は白虎にある質問をした。
「あの、遠藤君のお兄さん」
「何?」
「あかりちゃんって誰ですか?」
それは俺も気になる。一体誰なのだろうと耳を済ませたが、その瞬間、俺は言葉を言葉として捉えられなかった。
「紅陵零王」
あかりちゃんが、紅陵零王。
いや、いやいやいや、待て。
俺は、まず自分の耳を疑った。
「………え?」
「紅陵零王」
そして、次に白虎の頭を疑った。
あかりちゃんが、裏番?赤豹?
「………」
「紅陵れ」
「わ、分かってます、ちょっと待ってください」
鈴も相当混乱しているらしく、裏番の名を復唱し続ける白虎にストップをかけた。
今まであかりと呼んでいた人物が裏番となると、色々仰天なことが浮かび上がってくる。
新調したバイクを裏番に見せに来た上に、一緒に乗ってデートに行こうと誘っている。裏番が目当てというのは、校門のど真ん前に堂々とバイクを止める理由としてしっくりくる。
…待て、デート?
白虎の勘違い、一方的なアピールであればいいが、万が一コイツらが付き合っているとしたらまたややこしいことになる。
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鈴もデートという単語を聞き逃さなかったらしく、その疑問を口にした。
「こ、紅陵さん、と、付き合ってるんですか……?」
鈴の声は、震えていた。ああそうだ、こいつは裏番が好きなんだ。
…あれ、もしかして。
裏番の企みは、これなのだろうか。
散々両思いを装って舞い上がらせて、実は彼氏がいたという最悪の展開。
これは、裏番が思い描いた通りの展開なのではないだろうか。
「まあね。だから今日もデートのお誘いにきたんだよ。それにしても…あかりちゃんが呼んでくれたのに、そのあかりちゃんが出てこないってどういうことなの」
「じょ、冗談じゃ、ないです、よ、ね?」
白虎が冗談ではないということを語り、いくつも話を続けていくが、時間が経つにつれどんどん鈴が俯いていく。恐らく、白虎の語ることに心当たりがあるのだろう。
この姿は、見ていられない。
「俺の彼ピなんだから他の子口説くの止めて欲しいよね。俺ばっか必死っていうのかなあ、ショック~」
「す、鈴、鈴……」
片桐も俺と同じ思いらしく、不安そうに鈴を見ている。
鈴は突然顔を上げると、恐ろしく抑揚のない声で喋りだした。
「他に、何か言ってました?」
「あーうん、ああいう面食いは大ッ嫌いだ、ってね。遊ぶにしてもちょっと重いし面倒かなって言ってたや。そんでさ、あかりちゃんの機嫌が激ヤバMAX…ん?どうしたの、顔色悪くない?」
「………いえ、大丈夫です。紅陵さんのこと、迎えに行ってあげてくださいね」
鈴は、口角を上げ、諦めたように笑った。いや、感情の処理がしきれていないのかもしれない。鈴はそれだけ言うと、踵を返して校舎に向かっていった。
俺は、どうするべきだろうか。
周りを見渡すと、白虎を除くこの場の四人は、俺と同じような顔をしていた。
「…さきちゃん、ありゃあ完全に勘違いしてるよな」
「聞いた感じ、裏番と遠藤のお兄さんって…一方通行な感じするしね。多分、裏番は遠藤のお兄さんのこと全く気にしてな」
「あ"?」
「なんでもないです」
雑魚三人衆の一人、ピンクが言ったのは恐らく正論だ。だが白虎の一睨みですぐさま撤回した。コイツ、やっぱり総長の器だな。今の数秒の動作だけで、渡来をはるかに超える威圧感を覚えたから、この直感は正しい。
「…………片桐、チャンスだ」
「え?何でだ?」
「鈴を慰めれば、慰めた奴に…!」
「鈴はそんな単純じゃないぞ」
「えっ」
「多分、優しい友達で終わると思う」
「…ホントか?」
「うん」
「そうか…」
そして、その傍らでは何も生み出さない無駄な会話を、雑魚と片桐が交わしている。
あーあ、コイツら頼ってもどうにもなんねぇな。
俺は俺なりの方法で鈴を励まそう。
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