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黒の帳 『一つ目の帳』

+ 天野視点『争奪戦』

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学校に着き、いつものように教室へ入る。
俺もすっかりいい子ちゃんの仲間入りだな。

この不良校に安全な場所は無いが、この教室は中々落ち着ける。俺より強い奴はいないし、変な奴だって居ねぇ。

「おっはよー鈴ちゃん」
「よぉ紫川」
「今日も可愛いねっ☆」

…居た、変な奴居た。

昨日のゴミ共だ。口々に鈴に話しかけると、瞬く間に走り去っていった。何がしてぇんだ。

鈴が不安そうにしているのが分かる。コイツらも栗田と同じく懸念材料だ。栗田に加えてコイツらも鈴の視界に入らないようにしたいな。

決めた。アイツらやるか。

「うっげー、アイツら今日も居んのか」
「よし、一週間くらい不登校にしてやるか。俺と片桐なら余裕だ」
「そこまでしなくていいよ」

…鈴が見てないところでやるべきだな。
コイツは優しすぎる。

「…お、おは、おはようございます」
「如月先生、おはようございます」

鈴と先公はそのまま話し始めた。なーんかいろんな単語が聞こえるな。体育、林間学校…、不良校のくせにそれっぽいイベントあるのかよ。

何となく先公を観察していたら、あるものを発見して気分が悪くなった。先公の首、キスマ付いてんじゃん。教育者としてどうなんだよ。この不良校で常識を語っても仕方ないが、それにしてもキスマはないだろ。自慢か?
鈴も気づいたらしく、指摘された先公は気まずそうに去っていった。だったら最初から隠しとけよ。

先公が立ち去り、鈴はカバンを探り始めた。暫くして鈴が手にしたのは、林間学習と書かれた冊子だった。

「…なあなあ鈴、今から何するんだ?」
「林間学習って聞こえたぞ」
「ああ、五月に二泊三日の林間学習があるんだって。それのグループ決めとか部屋決めを、今からやろうと思って」

そう言うと、鈴は教室を見渡した。

今の教室はかなり騒がしい。鈴一人が声を張ったって、聞こえるのは近くにいる俺たちだけだろう。

…仕方ないな。俺が手伝ってやるか。


「なあ鈴、俺がやってやらねぇこともねぇぞ?」
「鈴もうあっちにいるぞ」
「えっ」

片桐にそう言われ、俺は鈴がいた方を見た。鈴は既に、とことことクソ雑魚のところへ歩いていた。

「…いや、俺…そんな信用ねぇか?」
「当たり前だ。ぽっと出だろ」
「お前も頼られてないだろ」
「うっ…」

生産性の無い会話をだらだらと続けていたら、ピアスを付けた奴が教室にいる奴らに呼びかけた。いや、不良が言うこと聞くか?だが、俺の予想に反して、クラスの奴らは大人しくゾロゾロと集まってきた。

…気のせいかもしれないが、何人かが鈴をチラチラと見ている気がする。
昨日の変な三人組もそうだが、鈴の周りは変な奴が多いな。また絡まれたら助けてやろう。

「…今日の体育は四限目にあるんだって。それと、これが本題なんだけど、五月の下旬に林間学習があって、それで、そのグループとか部屋決めを」
「はいはいはいはいはーい!」

鈴が話している最中に、大声が聞こえた。大声を出したのは、昨日鈴に絡んだゴミ三人衆の一人だ。
全員の視線を集めたのを確認すると、ソイツは再び大声で主張した。

「俺鈴ちゃんと一緒がいい!」
「東うるせぇ!!」
「だったら俺だって紫川と一緒がいいんだが!?」
「お前ら二人ばっかずりぃぞ!!特に天野!」

突然名指しを受け、俺は全員に注目された。

「お前そんなに仲良くなりやがって、鈴ちゃんのこと狙ってんなら俺が許さん!!」

何だ、嫉妬か?
男の嫉妬が一番醜いってなんかに書いてあったぞ?

ダッセェ奴だな。
こんな奴ら、気にすることもない。

「俺らが静かだからって調子乗んなバーカ!!」

は?

「今俺の事馬鹿っつったの誰だコラァ!!!」

罵倒は別だ。この俺を馬鹿だなんて呼ぶ馬鹿はぶっ飛ばしてやる。俺は馬鹿じゃねぇ。
反射的に俺が叫ぶと、俺を馬鹿と言った男が怒鳴り返してきた。

「あ"ぁ!?文句あんのか!!」
「大体なあ、男一人にぴーぴーうるせぇんだよ、ダッセェ嫉妬か、あ"!?」
「だったらお前もしょーもねぇ独占止めろ!?力に物言わせて好きな子囲ってんじゃねぇよ!!」
「はァ!!??好きじゃねェし!!!!!!」

…ヤベェ。

啖呵を切る時は勢いが大事だ。詰まったり噛んだりしたらダサさの極み。ほぼ反射で言葉を返すからか、思いつく限りのことがぽんぽんと口から出る。

だが、今のはマズかった。

今のはまるで、好きな子をからかわれた童貞のようなキレ方だ。

相手がきょとんとし、俺も言葉に詰まる。

だがそこで助け舟が出た。

「お前らうるせえーーーーっ!!!鈴がビビってんだろうが!?鈴の話全部聞いてから喧嘩しろよ!」

片桐がそう叫び、喧騒は波が引くように鎮まった。クラスの奴らが口々に鈴に謝るが、俺は悪くないから謝らないぞ。

…後でクラスの奴らに何か言われるだろうな。聞いてきたら殴って黙らせるか。いや、それだと図星に見えるか。うーん…、考えておかないとな。


その後鈴は、何故か陰キャメガネ共を呼び寄せ、話を再開した。奴ら、鈴をチラチラと見てやがる。後でアイツらもシメとくか。

鈴が口を開いた瞬間、またしても邪魔が入った。鈴はそういう体質なのだろうか。

「はい!決める前に一個」
「何?龍牙」

だが、邪魔をしたのは片桐だ。幼馴染みだからか、鈴は母親のようににっこり笑って、片桐を促した。何か姉弟みたいだな。

「鈴のメンバーは俺と天野を絶対入れるぞ」
「は!?」
「んなクソみてぇな独裁許さん!!」
「鈴は絶対そっちの方がいいだろ、な?」

…何で俺を入れてくれたんだ?
信用されているのか。

片桐のことを敵視しているが、その気遣いには何だかムズムズする。何だ、フェアにいこうって話か?

「うん、私もそっちの方が」
「なあ紫川、同じ奴らと居ちゃあ行事の意味が無ぇんじゃねぇの?」
「そうそう、もっと色々な奴と仲良くならなくちゃダメだろ」

そう言われ、鈴は考え出した。
いやいやいや、考える必要無いだろ。コイツらの顔見てみろ?にやにや笑って、自分が選ばれないかって顔してんぞ?


片桐は呆れた様子で鈴に声をかけた。
俺も何か言ってやらないと。

「鈴、騙されんな。コイツら頭ん中ピンク色だぞ。脳が下半身に直結してる」
「俺らが抜けたとこに収まろうとしてるだけだからな?よく考えろよ」

俺たちの言葉を聞き、鈴は少し拗ねてしまった。まさか本当に友達になれるとでも思っていたのだろうか。馬鹿で呑気だなあとは思うけれど、口を尖らせて喋る鈴は、ちょっと可愛い。…小動物的な意味で。

「やっぱり私、龍牙と天野君と一緒のグループがいい」
「そうしろ」
「さんせーい」
「「「えーーーー」」」

クラスの奴らの不満げな声は、誰にも聞き入れられない。

その後は何の支障もなくメンバー決めが進んでいった。部屋決めで若干騒ぎになったが、特に喧嘩はせずそれも決まった。
俺、片桐、鈴、よく知らないメガネ、この四人だ。昼飯の班は五人で、俺と片桐と鈴、その他二人に決まった。

…林間学習か。
二段ベッドってあるかな。ま…枕投げとかしてみるか?風呂ってどうなるんだろう。昼はカレーだろうか。肉いっぱいだといいな。

…リンさんにも会えるかな。


………ちょっとだけ、ほんの少しだけ、楽しみだ。
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