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黒の帳 『一つ目の帳』
+ 天野視点『誰かの代わり』
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「おはよう!天野君、龍牙」
「はよ」
「おっはー」
習慣になってしまいそうな呑気な挨拶。
不良がいい子ちゃんぶってるみたいで恥ずかしいが、返さないと鈴が可哀想だ。
つーか時間通りに起きるのもダルい。遅刻してもいいだろ。でも、まあ、鈴は時間通りに行くし、きっとリンさんだって時間通りに行く。だったら俺も着いていかなきゃな。
…も、もしリンさんと仲良くなれた時、朝起きられなきゃ困るしな!
今日は栗田が居ない。片桐は連絡がつかないと心配していたが、鈴にはどう説明するつもりだろうか。絶対鈴は聞いてくるぞ。
「ねえ、クリミツは?」
ほらやっぱり。寂しがり屋のコイツが気にしないわけがない。
「アイツ?ダルいから学校サボるって」
おい、息するように嘘ついてんじゃねぇぞ。
ジト目で片桐を睨んだが、片桐は俺の視線をガン無視して、俯く鈴の背を叩いた。
「気にすんな。会いたくない時ってあるからさ」
…なるほどな。自分だけいいカッコする気か。
どうにか妨害するために、横入りして話しかけた。
「片桐の言う通りだ。鈴が無理する必要は無ぇ」
「……甘やかさないで」
「「甘やかしてない」」
俺たちの声が揃ったのが面白いのか、鈴は笑った。ダチを気にする鈴は優しいし、寂しそうにするのはその証拠だ。…でも、笑ってて欲しいんだよなあ。
「おっはよークロちゃんっ♡」
俺の体ががっちんと凍った。
今の、声、嘘だろ?
「あっ!紅陵さん、おはようございます」
嘘じゃなかった。
つーか今、裏番の足音なんてしなかったぞ、忍者かコイツ。ステルススキル高すぎるだろ。
突然現れた裏番は鈴の肩を抱き、にこにこと笑っている。
コイツ…鈴のことどう思ってるんだ。片桐の話じゃ、鈴のことを騙して酷い目に遭わそうと企んでいるらしいが、この余裕綽々の笑みからは何も読み取れない。
裏番が着いてくることになり、呑気で緩やかな登校が、一気に張り詰めたものになった。
「クロちゃん」
「はい?」
「今日こそ、一緒に昼飯食べようぜ。出来れば俺が教室まで迎えに行きたいんだけど…」
こんなバケモン来たら教室が大騒ぎ…いや、凍る。例えるなら氷河期だ、あの…なんか、昔の、マンモスが凍るやつ。とにかく、クラスの奴らに恨みは無いし、こんな爆弾を放り込むわけにはいかない。
あと、昼飯も許さん。
「ダメだ」
「ぜってー許しませんから」
「ほら、これだろ?だーかーら」
裏番は腰を折り、鈴にギリギリまで顔を近づけて、何か囁いた。
鈴は首まで真っ赤にして暴れ出す。裏番の力に鈴が適うわけがなく、がっちり掴まれて逃げられない。
「こ、紅陵さんっ、はなして、はなしてっ……!」
「あっはー、照れた?惚れてくれたかな」
上ずった声、抵抗すると言っても嫌がっているようには見えないその動き、極めつけは、りんごのように赤い顔。
流石に、分かる。
鈴は、裏番に惚れてやがる。
だけど、だけど、俺は見てしまった。
俺が見えたのだから、きっと、隣の片桐も見ている。
無表情で鈴に囁く、裏番を。
感情が乗っているのは声だけだ。裏番は、鈴に何も感じていない。
目は俺たちを見据えている。小馬鹿にしたような目、嘲るように浮かぶ笑み、見れば見るほどムカつくツラ。
俺らに、喧嘩売ってやがる。
片桐の言う通り、裏番は鈴を弄んでいる。言ったことされたこと全部素直に受け止めて、色々な表情を見せる鈴を使って、遊んでるんだ。
「止めろ」
俺の額に汗が滲んでくる。だが、俺がどう制止しようと、傍から見れば片思いの男が両思いの間柄に首を突っ込んでいるようにしか思われない。
コイツを、鈴に近づけてはならない。
「俺、クロちゃんに結構惚れてっからね。全力でアピってくから」
裏番が薄暗い緑の目で、俺を見てくる。その冷たさが恐ろしいが、これから先を考えると、こんなモノでビビっていては仕方がない。
隣の片桐も、きっぱりと声を出した。
「紅陵先輩、いい加減にしてください」
だが片桐はそれに加え、裏番に近づいた。手を伸ばすと、裏番の制服を引っ張り出す。
嘘だろ、勇気ありすぎだろ。
だが片桐の力では裏番は動かせない。…もう俺も怖気付いているわけにはいかない。俺も一緒になって引っ張ると、裏番は目を細めて鈴を腕に抱き込んだ。
「やーだー、俺のクロちゃん取らないで」
「取ってんのはそっちでしょーが!」
「離れろ変態野郎…!!」
俺たちを嘲笑っていた裏番だが、急に真顔になった。遠くを見据えると、舌打ちをして鈴から離れる。咄嗟に裏番が見ていた方を見やると、人影が見えた。遠目で顔は分からないが、スーツで七三の男だ。すぐさま曲がり角に隠れたようだが、俺にはバッチリ見えた。
「……ねえ、クロちゃん」
「はい」
「お家の人、厳しいねえ」
お家の人?
意味深な言葉、今の行動、コイツは何が言いたいんだ。お家って誰ん家だよ。
だが鈴は分かったらしく、裏番の言葉に応えた。
「でも、心配してもらっている証拠ですよ。私は嫌じゃないです。門限が七時なのはちょっと厳しいですけど…」
「えっ、お前まだ門限七時なの!?」
…?
あれ、鈴って一人暮らしじゃなかったか?
あのデカいマンションに訳ありで住んでるはずだ。
でも今のは、まるで保護者とか家族がいるみたいな話しぶりだ。
「鈴って一人暮らしじゃねぇの?」
「ううん。…えっとね、雅弘さん…あー、えっと、雅弘さんに引き取ってもらったの」
鈴は、何かを言いかけて止めた。今何を言おうとしたんだろう。
つーか、鈴、あんまり家族のこと話したくなさそうだな…?
そこまで考えたところで、俺は嫌な予感がした。
そもそも、だ。
何で家族…引き取った保護者が居んのに、一人暮らしなんだ。まさかとは思うが、家に入れてもらえないんじゃないか?鈴はその引き取った奴らと仲良く出来てんのか?コイツが親代わりの人間に反発するなんて考えられない。
だとしたら、考えられるのは…、
頭に過る、虐待の文字。
俺が考えていたことは顔に出ていたらしい。鈴の不審がる表情を見て、それに気づいた。
…言わなきゃな。
上手く聞けるかは分かんねぇけど、もし、もし何か起こっているのなら…。
「いじめられたり、虐待とか…、ほら、ドラマでそういうのよく見るし…」
「ううん、雅弘さんは優しいよ、大丈夫」
そう言う鈴は、何ともないように見える。
でも、本当は押し殺しているかもしれない。
片桐がぺしぺしと俺の背を叩いて馬鹿にしてくる。お前、三年居なかったんだから俺と似たような状況だろ、鈴のこと分かってないだろうが。栗田との仲にも気づいてないんだろ?
「お前~、ドラマの見すぎだって。そんなのあるわけないだろ?」
「いや、結構あるよ?引き取られた子が施設に泣きながら帰ってきたことあるし…まあ、その子、里親の人に連れ戻されちゃって、その後……ごめん、こんな話嫌だよね」
鈴は少し俯き、話を止めてしまった。俺たちがじっと見つめたのがいけなかっただろうか。
「んーん、そんなことないぜ!」
「気にすんな。鈴の育ってきたところは、俺だって知りたい」
「その後、どうなったんだ?」
「…里親の人が、委託解除…引き取って育てるのは止めますって届けを出したんです。だから、その子は今も施設に居ると思います。もう大人をすっかり嫌ってしまったんですよ。今は中学二年生なんですけど、今年の一月なんか、
『鈴ちゃん、君との結婚のことなんだけど、結婚式を挙げるとしたら、どの国がいい?僕的にはスウェーデンかイギリスあたりがいいんだけど…』
なーんて聞かれちゃって」
…………は?
うーん?
鈴と結婚?
チビなら分かる。チビは世間をよく知らないからな。だけど、中二だぞ?
…本気で言ってないか?
同性婚が許されてるっぽい外国を出すあたり、ガチな感じがする。
……鈴が好き、なんだろうな。
なのに、鈴はそれに気づいていない。
片桐も裏番もそう考えたらしく、苦い顔で鈴を見ている。
「可愛いですよね!あの子、大人は苦手なままですけど、私や、同年代の子、年下の子ともすっかり仲良くなれてて、私も嬉しい限り…ん?」
「…鈴、それって、そいつだけか?その~、結婚とか言ってんのは」
「ううん、皆言ってる。三十人くらいなんだけど、幼稚園の子も小学生の子も、みーんな私と結婚するって」
「す、鈴は、それ…何とも思ってないのか?」
「そんなことないよ!とっても嬉しくて、私、皆とこんなに仲良くなれてるんだって思えるんだ」
そう語る鈴は、心の底から嬉しそうだ。それは別にいいんだよ。つーか片桐の聞き方めっちゃ下手だな。
…問題はそのちびっ子や中坊だ。
鈴はそいつらの求婚を仲の良い証として見ているみたいだが、もし違ったらどうするんだ。
ある程度分別がついてる中坊ならいいが、ピュアなちびっ子共の初恋を振っちまうようなことになったら?
俺が言えたことじゃないが、ちょっと無責任じゃないだろうか。
女ったらしの東雲先輩だって、そこら辺は弁えてる。
嬉しいのは分かるが、手放しで喜ぶのはどうなんだろう。…チビの時、近所の姉ちゃんに振られた俺としては、そう思ってしまう。今でも覚えてるんだからな、傷は深いぞ…。
「いや、クロちゃん、そういうことじゃない。…本気で言ってんじゃないか?その子たち…」
「小さな女の子が、お父さんと結婚するって言ってるみたいなものじゃないです?」
「そうだといいんだがなあ…」
「大丈夫です。私、ちゃんと、結婚は複雑なことだから、きちんと知ってから言いなさいって言いましたよ」
「すっかり母親じゃねぇか」
「……そっか」
ああなんだ、放置してるわけじゃないのか。
きちんと注意して、しかも知識をつけることを促しているんだ。
「鈴ってやっぱ優しいんだな」
「止めてよ天野君、そんなのじゃないよ」
俺は心からそう思った。嘘偽りない言葉を口にしたのだが、鈴は素直に受け取らなかったらしい。なんだよ、褒め言葉くらい受け取ってくれないのか。
「皆、私以外にそういう人を知らないだけ。私はそこに付け込んでるだけなんだ。鈴ちゃん大好きって寄ってきてくれるのが嬉しくて、そうしてるだけだから。見返りを求めてるみたいなものだよ。優しいどころか、正反対。私は…自分が幸せになりたいだけ」
…は?
いや、人間全員そんなもんだろ。
楽しいから一緒にいる、自分が優しくしたいからする、それ以外何があるんだ?
確かに、鈴の優しいところは気に入っている。でも、そんな神様みてぇな、そういう慈悲的なのは求めてない。人間らしい優しさっつーのか、まあ、うん。上手く言えないが、あれだ、人間っぽいし、寧ろ、そっちの方が良い。
とにかく、鈴の認識が問題だ。
人間なんて自己中なのが当たり前なのに、それを鈴は自分だけが犯した罪のように語っている。
…ネガティブすぎないか?
「どうしたの?」
「何でもない…」
「何かなあ」
「…やっぱお前根暗だわ」
自分のことを卑下して、すぐ暗くなって、自分の長所に気づかない。そんな馬鹿にはお似合いの言葉だな。
「えっ、何で?」
「自分で考えな」
…でも、仕方ないのかもな。
親に捨てられて、施設で育って。
鈴を最優先してくれる人間は、一体何人だっただろうか、いや、そもそもいただろうか。
そんな環境で育ったら、卑屈になるのも仕方ない。
自己…なんたら感、あー、あれだ、なんか、自己評価みたいなやつ。うん、自己評価が低いのも仕方ない。
…何だか鈴を引き取った奴が気になってきた。ソイツの育て方にも問題あんじゃねぇの?
後で片桐に聞いてみるか。
「はよ」
「おっはー」
習慣になってしまいそうな呑気な挨拶。
不良がいい子ちゃんぶってるみたいで恥ずかしいが、返さないと鈴が可哀想だ。
つーか時間通りに起きるのもダルい。遅刻してもいいだろ。でも、まあ、鈴は時間通りに行くし、きっとリンさんだって時間通りに行く。だったら俺も着いていかなきゃな。
…も、もしリンさんと仲良くなれた時、朝起きられなきゃ困るしな!
今日は栗田が居ない。片桐は連絡がつかないと心配していたが、鈴にはどう説明するつもりだろうか。絶対鈴は聞いてくるぞ。
「ねえ、クリミツは?」
ほらやっぱり。寂しがり屋のコイツが気にしないわけがない。
「アイツ?ダルいから学校サボるって」
おい、息するように嘘ついてんじゃねぇぞ。
ジト目で片桐を睨んだが、片桐は俺の視線をガン無視して、俯く鈴の背を叩いた。
「気にすんな。会いたくない時ってあるからさ」
…なるほどな。自分だけいいカッコする気か。
どうにか妨害するために、横入りして話しかけた。
「片桐の言う通りだ。鈴が無理する必要は無ぇ」
「……甘やかさないで」
「「甘やかしてない」」
俺たちの声が揃ったのが面白いのか、鈴は笑った。ダチを気にする鈴は優しいし、寂しそうにするのはその証拠だ。…でも、笑ってて欲しいんだよなあ。
「おっはよークロちゃんっ♡」
俺の体ががっちんと凍った。
今の、声、嘘だろ?
「あっ!紅陵さん、おはようございます」
嘘じゃなかった。
つーか今、裏番の足音なんてしなかったぞ、忍者かコイツ。ステルススキル高すぎるだろ。
突然現れた裏番は鈴の肩を抱き、にこにこと笑っている。
コイツ…鈴のことどう思ってるんだ。片桐の話じゃ、鈴のことを騙して酷い目に遭わそうと企んでいるらしいが、この余裕綽々の笑みからは何も読み取れない。
裏番が着いてくることになり、呑気で緩やかな登校が、一気に張り詰めたものになった。
「クロちゃん」
「はい?」
「今日こそ、一緒に昼飯食べようぜ。出来れば俺が教室まで迎えに行きたいんだけど…」
こんなバケモン来たら教室が大騒ぎ…いや、凍る。例えるなら氷河期だ、あの…なんか、昔の、マンモスが凍るやつ。とにかく、クラスの奴らに恨みは無いし、こんな爆弾を放り込むわけにはいかない。
あと、昼飯も許さん。
「ダメだ」
「ぜってー許しませんから」
「ほら、これだろ?だーかーら」
裏番は腰を折り、鈴にギリギリまで顔を近づけて、何か囁いた。
鈴は首まで真っ赤にして暴れ出す。裏番の力に鈴が適うわけがなく、がっちり掴まれて逃げられない。
「こ、紅陵さんっ、はなして、はなしてっ……!」
「あっはー、照れた?惚れてくれたかな」
上ずった声、抵抗すると言っても嫌がっているようには見えないその動き、極めつけは、りんごのように赤い顔。
流石に、分かる。
鈴は、裏番に惚れてやがる。
だけど、だけど、俺は見てしまった。
俺が見えたのだから、きっと、隣の片桐も見ている。
無表情で鈴に囁く、裏番を。
感情が乗っているのは声だけだ。裏番は、鈴に何も感じていない。
目は俺たちを見据えている。小馬鹿にしたような目、嘲るように浮かぶ笑み、見れば見るほどムカつくツラ。
俺らに、喧嘩売ってやがる。
片桐の言う通り、裏番は鈴を弄んでいる。言ったことされたこと全部素直に受け止めて、色々な表情を見せる鈴を使って、遊んでるんだ。
「止めろ」
俺の額に汗が滲んでくる。だが、俺がどう制止しようと、傍から見れば片思いの男が両思いの間柄に首を突っ込んでいるようにしか思われない。
コイツを、鈴に近づけてはならない。
「俺、クロちゃんに結構惚れてっからね。全力でアピってくから」
裏番が薄暗い緑の目で、俺を見てくる。その冷たさが恐ろしいが、これから先を考えると、こんなモノでビビっていては仕方がない。
隣の片桐も、きっぱりと声を出した。
「紅陵先輩、いい加減にしてください」
だが片桐はそれに加え、裏番に近づいた。手を伸ばすと、裏番の制服を引っ張り出す。
嘘だろ、勇気ありすぎだろ。
だが片桐の力では裏番は動かせない。…もう俺も怖気付いているわけにはいかない。俺も一緒になって引っ張ると、裏番は目を細めて鈴を腕に抱き込んだ。
「やーだー、俺のクロちゃん取らないで」
「取ってんのはそっちでしょーが!」
「離れろ変態野郎…!!」
俺たちを嘲笑っていた裏番だが、急に真顔になった。遠くを見据えると、舌打ちをして鈴から離れる。咄嗟に裏番が見ていた方を見やると、人影が見えた。遠目で顔は分からないが、スーツで七三の男だ。すぐさま曲がり角に隠れたようだが、俺にはバッチリ見えた。
「……ねえ、クロちゃん」
「はい」
「お家の人、厳しいねえ」
お家の人?
意味深な言葉、今の行動、コイツは何が言いたいんだ。お家って誰ん家だよ。
だが鈴は分かったらしく、裏番の言葉に応えた。
「でも、心配してもらっている証拠ですよ。私は嫌じゃないです。門限が七時なのはちょっと厳しいですけど…」
「えっ、お前まだ門限七時なの!?」
…?
あれ、鈴って一人暮らしじゃなかったか?
あのデカいマンションに訳ありで住んでるはずだ。
でも今のは、まるで保護者とか家族がいるみたいな話しぶりだ。
「鈴って一人暮らしじゃねぇの?」
「ううん。…えっとね、雅弘さん…あー、えっと、雅弘さんに引き取ってもらったの」
鈴は、何かを言いかけて止めた。今何を言おうとしたんだろう。
つーか、鈴、あんまり家族のこと話したくなさそうだな…?
そこまで考えたところで、俺は嫌な予感がした。
そもそも、だ。
何で家族…引き取った保護者が居んのに、一人暮らしなんだ。まさかとは思うが、家に入れてもらえないんじゃないか?鈴はその引き取った奴らと仲良く出来てんのか?コイツが親代わりの人間に反発するなんて考えられない。
だとしたら、考えられるのは…、
頭に過る、虐待の文字。
俺が考えていたことは顔に出ていたらしい。鈴の不審がる表情を見て、それに気づいた。
…言わなきゃな。
上手く聞けるかは分かんねぇけど、もし、もし何か起こっているのなら…。
「いじめられたり、虐待とか…、ほら、ドラマでそういうのよく見るし…」
「ううん、雅弘さんは優しいよ、大丈夫」
そう言う鈴は、何ともないように見える。
でも、本当は押し殺しているかもしれない。
片桐がぺしぺしと俺の背を叩いて馬鹿にしてくる。お前、三年居なかったんだから俺と似たような状況だろ、鈴のこと分かってないだろうが。栗田との仲にも気づいてないんだろ?
「お前~、ドラマの見すぎだって。そんなのあるわけないだろ?」
「いや、結構あるよ?引き取られた子が施設に泣きながら帰ってきたことあるし…まあ、その子、里親の人に連れ戻されちゃって、その後……ごめん、こんな話嫌だよね」
鈴は少し俯き、話を止めてしまった。俺たちがじっと見つめたのがいけなかっただろうか。
「んーん、そんなことないぜ!」
「気にすんな。鈴の育ってきたところは、俺だって知りたい」
「その後、どうなったんだ?」
「…里親の人が、委託解除…引き取って育てるのは止めますって届けを出したんです。だから、その子は今も施設に居ると思います。もう大人をすっかり嫌ってしまったんですよ。今は中学二年生なんですけど、今年の一月なんか、
『鈴ちゃん、君との結婚のことなんだけど、結婚式を挙げるとしたら、どの国がいい?僕的にはスウェーデンかイギリスあたりがいいんだけど…』
なーんて聞かれちゃって」
…………は?
うーん?
鈴と結婚?
チビなら分かる。チビは世間をよく知らないからな。だけど、中二だぞ?
…本気で言ってないか?
同性婚が許されてるっぽい外国を出すあたり、ガチな感じがする。
……鈴が好き、なんだろうな。
なのに、鈴はそれに気づいていない。
片桐も裏番もそう考えたらしく、苦い顔で鈴を見ている。
「可愛いですよね!あの子、大人は苦手なままですけど、私や、同年代の子、年下の子ともすっかり仲良くなれてて、私も嬉しい限り…ん?」
「…鈴、それって、そいつだけか?その~、結婚とか言ってんのは」
「ううん、皆言ってる。三十人くらいなんだけど、幼稚園の子も小学生の子も、みーんな私と結婚するって」
「す、鈴は、それ…何とも思ってないのか?」
「そんなことないよ!とっても嬉しくて、私、皆とこんなに仲良くなれてるんだって思えるんだ」
そう語る鈴は、心の底から嬉しそうだ。それは別にいいんだよ。つーか片桐の聞き方めっちゃ下手だな。
…問題はそのちびっ子や中坊だ。
鈴はそいつらの求婚を仲の良い証として見ているみたいだが、もし違ったらどうするんだ。
ある程度分別がついてる中坊ならいいが、ピュアなちびっ子共の初恋を振っちまうようなことになったら?
俺が言えたことじゃないが、ちょっと無責任じゃないだろうか。
女ったらしの東雲先輩だって、そこら辺は弁えてる。
嬉しいのは分かるが、手放しで喜ぶのはどうなんだろう。…チビの時、近所の姉ちゃんに振られた俺としては、そう思ってしまう。今でも覚えてるんだからな、傷は深いぞ…。
「いや、クロちゃん、そういうことじゃない。…本気で言ってんじゃないか?その子たち…」
「小さな女の子が、お父さんと結婚するって言ってるみたいなものじゃないです?」
「そうだといいんだがなあ…」
「大丈夫です。私、ちゃんと、結婚は複雑なことだから、きちんと知ってから言いなさいって言いましたよ」
「すっかり母親じゃねぇか」
「……そっか」
ああなんだ、放置してるわけじゃないのか。
きちんと注意して、しかも知識をつけることを促しているんだ。
「鈴ってやっぱ優しいんだな」
「止めてよ天野君、そんなのじゃないよ」
俺は心からそう思った。嘘偽りない言葉を口にしたのだが、鈴は素直に受け取らなかったらしい。なんだよ、褒め言葉くらい受け取ってくれないのか。
「皆、私以外にそういう人を知らないだけ。私はそこに付け込んでるだけなんだ。鈴ちゃん大好きって寄ってきてくれるのが嬉しくて、そうしてるだけだから。見返りを求めてるみたいなものだよ。優しいどころか、正反対。私は…自分が幸せになりたいだけ」
…は?
いや、人間全員そんなもんだろ。
楽しいから一緒にいる、自分が優しくしたいからする、それ以外何があるんだ?
確かに、鈴の優しいところは気に入っている。でも、そんな神様みてぇな、そういう慈悲的なのは求めてない。人間らしい優しさっつーのか、まあ、うん。上手く言えないが、あれだ、人間っぽいし、寧ろ、そっちの方が良い。
とにかく、鈴の認識が問題だ。
人間なんて自己中なのが当たり前なのに、それを鈴は自分だけが犯した罪のように語っている。
…ネガティブすぎないか?
「どうしたの?」
「何でもない…」
「何かなあ」
「…やっぱお前根暗だわ」
自分のことを卑下して、すぐ暗くなって、自分の長所に気づかない。そんな馬鹿にはお似合いの言葉だな。
「えっ、何で?」
「自分で考えな」
…でも、仕方ないのかもな。
親に捨てられて、施設で育って。
鈴を最優先してくれる人間は、一体何人だっただろうか、いや、そもそもいただろうか。
そんな環境で育ったら、卑屈になるのも仕方ない。
自己…なんたら感、あー、あれだ、なんか、自己評価みたいなやつ。うん、自己評価が低いのも仕方ない。
…何だか鈴を引き取った奴が気になってきた。ソイツの育て方にも問題あんじゃねぇの?
後で片桐に聞いてみるか。
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