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黒の帳 『一つ目の帳』

+ 天野視点『苦手な三人組』

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俺は鈴の隣に居ることが気まずくなり、自分の教室に戻ることにした。そのはずだったが、俺は屋上への階段を上っていた。

なぜなら、紫川くんが居ないと大騒ぎする担任と、俺にひたすら鈴の安否を確認してくるアホ共にうんざりしたからだ。クソ、面倒だな。
担任は昼休憩の時に会ったんだろ?クラスメイトは…相手が裏番じゃ心配するのも当然か。鈴をさきちゃんと呼ぶ馬鹿が一番うるさかったな。


屋上へ足を踏み入れた時、少しだけ、驚いてしまった。

片桐が笑みを浮かべ、鈴が、優しく手を伸ばしていたからだ。

その光景を目にした途端、お前らまだそこに居たのか、とか、メシは食い終わってんのか、とかより、もっと強い何かが自分の胸の中に何かが渦巻いた。何かなんて、分かりきっている。

嫉妬だ。

滑稽なことに、俺は、たかが会って一週間の奴に恋愛感情に近しいものを抱いた上、そいつと十年以上の付き合いがある幼馴染みを妬んでいるというわけだ。


二人の間に、恋人特有の甘さが無いのはすぐに分かったが、俺は無性に邪魔したくなった。
二人に声をかけ、教室に向かった方がいいという趣旨の言葉を伝えると、あまり乗り気ではない片桐を連れて、鈴が歩き出した。

「…邪魔しやがって」

俺の脇を通り過ぎる時、片桐が小声で恨みがましく俺に囁いた。

今の言葉は何なんだ。
片桐を見たが、奴は俺を睨みつけるだけだった。
何だよ、俺には分からない言葉を残して勝ったつもりか?

ムカついた俺は、片桐に小声で言い返した。

「いくらでも邪魔しまくってやるよ」
「ご勝手にどーぞ」

片桐はすぐさまそう言い返すと、つんと顎を上げて顔をそらした。話を切り上げるつもりか?益々ムカつく。

俺たち二人の空気が険悪になったまま、教室についた。

教室では、俺が出て行ったときと変わらず、担任がごちゃごちゃと喚いていた。俺は片桐への苛立ちを、片桐は俺への苛立ちを、それぞれ担任にぶつけた。すると、何故か俺だけ鈴に怒られた。
何だよ、お前の後ろで片桐が担任を睨んでること、気付いてないのか?

俺たちが席につくと、担任が意気揚々と教材を開き始める。俺にはどうせ分からない。それは目の前でトランプを広げる片桐も同じらしい。真面目に授業を受ける鈴を横目に、俺たち二人はババ抜きを始めた。

最初は乗り気ではなかったが、思っていたよりは幾分か面白い。ゲームがどんどん進んでいき、俺たち二人のカードは三枚となった。俺がババを持っている。どちらにしようかと片桐が悩んでいる間、俺は暇だった。

何気なく鈴の方を見ると、いつの間にか知らない奴が立っていて見えなかった。鈴に用事でもあんのか?そう思って鈴の方を覗き込もうとした、その時だった。

「…止めて、止めてってば……」

か細く弱弱しい鈴の声が聞こえた。嫌がらせをされているんだろうか。止めてやらなきゃな、とゲームを放りだして立ち上がった俺は、信じられないものを見た。

俺が知らない間に、鈴の周りには三人の男が集まっていた。問題は、そいつらの行動だ。

鳥肌が立つような醜悪な笑み…性欲たっぷりの笑みを浮かべ、その汚い手を鈴の体に伸ばしていた。鈴は震えながら抵抗している。三人目の腕が鈴に伸びた時、鈴は俺の方を向いた。
泣きそうなのを必死に堪えるように引き結ばれた口元。前髪で顔は見えないが、恐怖に震えていると分かるその姿。

俺は、それを目にした瞬間、いつの間にか無意識に振り上げていた腕を、目の前の下衆に思いっきり振り下ろした。

感情のままに、一人も逃さずにボッコボコに叩きのめしていく。三人が口々に何かほざいているが、知ったことか。こんなにムカついたのは、リンさんの頬の傷を見たとき以来だ。友情以上の気持ちを自覚したばかりの俺は、その憤りを秘めることなく、全力でぶちまけた。
簡単に三人は倒れ、床に伸びた。

片桐と鈴、その他のクラスメイト達の、困惑したような視線を感じる。
俺が片桐に説明していると、倒れているゴミ野郎が鈴の足首を掴んだ。鈴が慌てて俺の方に駆け寄ってくる。これ以上の接触をさせたくなくて、俺の背中に隠すと、鈴のほっと息をつく音が聞こえた。

鈴が、何故クラスの不良に絡まれるのか。何故時折連れ込まれそうになるのか。昼前に浮かんだ疑問が解消されていく。

「…なるほどな。片桐が言ってたのはこういうことか」

鈴を、自分の欲を満たすために狙う奴が居るんだ。
いくら男子校で相手が居ないからって、めちゃくちゃだ。

鈴を馬鹿にして大笑いする奴らの姿には、裏番や渡来より、ずっと、ずっと嫌な感情が湧く。

背に当たっている鈴の手が震え、苛立ちと復讐心でいっぱいになった俺は、倒れている三人組に追い打ちをかけた。体が怒りでじんじんと熱くなり、その熱も発散するようにして俺は体を動かす。

まだだ、気絶するまでいたぶってやる。

俺はドン引きするクラスメイトの視線には一切気付かず、三人組に思いつく限りの打撃を与えていた。



そんな俺を止めたのは、顔を覆って教室を出て行く、鈴の姿だった。


…俺は、やることを間違えていたんじゃないのか。
この三人組への罰ばかり考えていたが、今俺がやるべきことは、鈴が味わった恐怖を拭ってやることじゃないのか。

鈴の後を追いかけようと歩き出すと、誰かに肩を掴まれた。

「…何だ、片桐」
「お前、鈴の言ったこと聞こえてなかったのかよ。一人にしてやれ」

一人にする。
それは、まずい。一人で悩みや暗い感情を抱え込み、精神的に病んだ奴らを、俺は知っている。

それに俺は、鈴が悩みを押しつぶした姿を一度見ているんだ。
朝、渡来が教室に来た後。あの時、鈴は死にそうな顔をしていた。あれは悩みを抱えている顔だった。一人になって、あの顔で、一人で苦しむつもりか。

そんなことさせるか。
片桐と喧嘩したくらいで大泣きするアイツが、一人で苦しみに耐えられる訳が無い。誰かが支えてやらないと、本当に壊れてしまう。

「ちょっ、天野、待てって!」
「片桐。お前は幼馴染みのくせに、鈴のことを何も知らないんだな。アイツが悩み抱えてんのを、お前は」
「そんなの、知ってるに決まってるだろ」
「…は?」

片桐は苦々しい顔でそう言い放った。冗談、だろ?

「お前っ、知ってんならなんで放置してんだ!!あのままだと鈴はマジでぶっ壊れるぞ!!!」
「うるさいっ!!!会ってちょっとしか経ってないお前に、何が分かるんだよ。鈴はああなったらダメなんだ、あの状態の鈴は…その…」

言いよどむ片桐の顔には、焦りや気まずさが見えたが、一番は恐怖だった。コイツ、何に怯えてるんだ?

「お前が何を喋ろうが、俺は鈴のところに行く」
「………そうかよ」

片桐の手を振り払い、倒れている三人組の近くを通り過ぎようとした時。突然足首を掴まれた。蹴とばそうとすると、なあ、と声をかけられた。

「紫川に伝えろ。“熊”は黙っても、俺たちは黙ってねぇってな」
「…どういう意味だ?」
「紫川に聞け。絶対面白い顔するぞ?アイツビビりだからなァ…」

にやにやと笑うそいつは、気味が悪い。力を加減せずにそいつの顔面を蹴り飛ばし、俺は教室を出た。

熊は黙っても、俺たちは黙ってない。

この言葉は、どういう意味だろうか。
熊は誰かの比喩に違いない。熊という言葉からして、恐らく背が高く、ガタイのいい男だろう。だが、そんな奴なんていくらでもいる。

そして、この言葉を喋った後、アイツは、鈴はビビりだから面白い顔をする、と言った。ということは、熊は鈴に嫌がらせやそれに近しいことをしている、鈴に嫌がられている、ということが予想できる。
熊は黙った、ということは、今はそのナリを潜めているということ。

…そもそも、熊って誰だ?


鈴に会ったらどういう言葉をかけるか、どんな態度で寄り添うか、熊は誰なのか、俺は色々なことを考えながら、小さな鈴の背中を追った。
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