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黒の帳 『一つ目の帳』

+ 天野視点 ダチの恋バナ

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柵を背もたれにして、俺たち三人は座った。

裏番から一番遠いところを俺は選んだ。裏番、片桐、栗田、俺、の席順で…頼む!裏番の隣なんて絶対ゴメンだ。

片桐たちがビニール袋から昼飯を出している。俺も家の冷蔵庫から持ってきたコンビニのおにぎりを手に取る。裏番が取り出したのは意外にもメロンパンだった。

「お、天野はそっちか。じゃあ俺もそっち~」
「……」

裏番が俺の隣に座った。おい嘘だろ。
俺は悪感情を隠すことなく顔に出してしまった。

「やだなァそんな顔すんなって。俺のコト嫌い?」
「……あー、どっちかって言うなら、怖ぇ……っす」
「敬語は無しだ。昨日の威勢はどうしたよ、ん?」
「いや、あれは…」

昨日のあれは、リンさんを守るため、リンさんにいい所を見せたいためにやったことだ。言ってしまえば、今噛み付く必要は無い。そもそも俺みたいな一年が裏番に噛み付くこと自体有り得ない。

裏番は缶ジュースを口にしている。缶には、『とろける甘さ ストロベリーピーチ』とある。嘘だろ、このガタイと強さで甘党かよ。

俺の顔を覗き込んでくる裏番から顔を逸らすと、隣から声が上がった。

「紅陵先輩!天野君をいじめないでください!!」
「バカにしてんのか!!」
「そうそうそれだよ。そのノリで来いって」
「…断る」

君付けで呼ばれ、反射的に叫んでしまっただけだ。君付けなんて鈴くらいしか使わない。片桐に呼ばれるなんて、明らかに馬鹿にされてるだろ。

この態度で話しかけてぶっ飛ばされるなんて絶対嫌だ。昨日みたいに手首をへし折られそうになりたくない。リンさんを守るとか、絶対に逆らわなきゃならないとか、そういう時は別だが、自分の態度で相手を怒らせるのは避けたい。

ふと裏番の方を振り向いて見えたのは、裏番がにこっと微笑んで、持っていた空の缶を捻り潰していたところだった。
道端などでよく見る、真ん中だけ凹んでいる形ではなく、缶の口も底も裏番のデカい手でぺしゃんこになっている。

何故、缶を潰したんだ。
…まさか俺の断るという言葉に苛ついたのか。

裏番は俺の驚愕の表情を気にすることなく、二つ目のパン…クロワッサンを取り出した。

「すっげー。クリミツ見ろよ、空き缶ってあそこまで潰れるんだな」

片桐、片桐、どうしてお前はそこまで呑気になれるんだ。渡来の時といい、コイツ鈍感すぎるだろ。いや、アホすぎるのか?

栗田だけはマトモらしく、片桐の言葉に苦笑いしている。

「俺が怖いのかなぁ…」
「…あ、当たり前だろ。あの扉ぶっ飛ばしたのもアンタだって聞いたぞ」
「あれは扉がボロかったからだって。みーんな大袈裟すぎるんだよ。映画とかドラマで扉を破るシーンあるだろ?あれと一緒だ」
「金具があそこまでひしゃげるのは紅陵先輩だけだと思うんすけど」

片桐が時折横から口を挟んでくる。通常であれば鬱陶しいと文句を言うだろうが、今の話し相手は裏番だ。俺の失言をカバーする勢いで話してくれるのはありがたい。

片桐が口を挟むと、裏番は目を丸くした。
驚いているのか?

「やだぁ男子~♡アタシが怪力ゴリラみたいな言い方止めてよ~♡」
「「「きっしょ」」」
「仲良いね、お前ら」

裏番は肩をくねらせて自分を抱きしめるようにして裏声を出した。間違いなく鳥肌が立つだろうその姿に、俺たちの思いは揃ったらしい。

裏番はそんな俺たちを見て愉快そうにくすくすと笑った。裏番は、傍に置いたビニール袋から三つ目のパンを取り出している。メロンパン、クロワッサンときて次はなんだ…?おいおいクリームパンかよ。どんだけ甘党なんだ。

「早くクロちゃんに会いてぇ…」
「は?クロちゃん?」

クロちゃん。それは昨日聞いたことがある。
裏番がリンさんに付けているあだ名だ。
裏番はぴたりと止まったが、すぐに咀嚼を始め、もごもごと喋りだした。

「…く、黒髪の子はそうやって呼んでんの。紫川もリンもクロちゃん」
「どっちがどっちか分かんなくねぇか?」
「人の名前覚えらんねぇから、仕方ないだろ。二人とも賢いから大丈夫」

コイツ、何かムカつく。
リンさんのことも鈴のことも知ったような口ぶりだ。俺は、リンさんの名前も、鈴の悩みも知らねぇってのに。

胸の中に渦巻くこの変なもやもやは、何だろう。

俺はそれを押し込むように、おにぎりを口に入れた。

こんなの、知らねぇ。喧嘩ばっかして暴れてた中学じゃ、味わうことのない、そんな感情。


分かってはいる。俺は精神的に未熟なんだろう。
だから、この感情が悪いものなのかさえ分からないし、落ち込んでいる奴の慰め方も分からない。

なーんか、ムカつくんだよなぁ…。

「…なあ片桐、栗田」
「何ー?」
「お前らはリンさんのこと知ってるか?」
「知らね」
「天野の片思い相手だろ?知らねぇけど」
「だよなぁ…」

コイツらは恋愛に興味が無さそうだ。
…いや、栗田には好きなやつがいるんだっけか?裏番がさっき、それっぽいことを言っていた。今聞いてみようか。

「栗田」
「おん?」
「好きな奴って誰だ。お前誰が好きなんだ」
「…こんな昼間から恋バナは勘弁してくれ」
「え!クリミツ好きな奴いんの!?誰っ、誰だよ!」

片桐が物凄い反応を見せている。ダチなのに知らなかったのか。片桐は栗田に擦り寄り、ゆさゆさと揺さぶっている。

栗田は顔を俺たちの方に逸らして…、

あ、分かったぞ。


コイツ、片桐が好きなのか。


逸らした顔は、真っ赤で汗まで垂らしている。目も口も恥ずかしそうに歪められている。この顔を見たらそれ以外考えられない。
そうか…栗田は片桐のことが…成程なぁ…。

「な~あ~~、クリミツ教えてくれよっ!」
「……むり、むりだ、お前にゃおしえねぇ」
「えーーーー!!!クリミツの意地悪!」

そりゃ、断るわな。
片桐は栗田の返答に納得いかず、栗田に猛抗議している。傍から見れば健全な男子高校生どうしの戯れだが、栗田からすれば訳が違う。段々と密着する部分が増え、耳元で喋りかけられている。

見る見るうちに栗田の顔が茹でダコのようになっていった。
面白いけど、若干可哀想だな。これでバレたら流石に同情する。

「片桐、その辺で止めてやれ。栗田の首が絞まってる」
「マジか!ごめんなクリミツ」
「……ぉ、う、気を…つけてくれ」
「んで、好きな奴誰!?教えてくれっ!」

マズイ、片桐の照準をズラすべきだ。
栗田なんかを助けてやる義理も恩も無いが、これは見ていられない。

「やーい片桐のバーカ」
「んだと天野!!!」
「あははははっ!何で栗田が怒ってんだよ…。面白すぎんだけど、お前らさっきからピーピー騒いじゃってさぁ」

パンを食べ終えた裏番が、けたけたと笑いだした。

確かに今のやり取りはカオスだ。俺は栗田を助けてやろうと、適当な罵倒で片桐の気を逸らした。それなのに、その罵倒に何故か栗田が食いついた。
…ああ、片桐が好きだから悪口が許せないのか。

「ま、片桐も好きな奴居るっしょ?あんまりからかわない方がいいんじゃねぇかな」
「………まぁ………そうっすけど…」

今度は片桐が顔を赤くした。
何だよ、コイツら二人揃って恋してんのか。


…ん?

栗田は片桐が好きで、
片桐は…誰が好きなんだ?


片桐の好きな相手によっては修羅場になるんじゃないか?男同士の修羅場なんざ見たことないが、多分そうなる。

「…修羅場間違い無しだぜ、天野」
「え、えっ?」
「お前の考えてる事大当たり。因みにその修羅場には俺も居る~。場合によっちゃ天野も入るかも」
「裏番、天野に余計なこと言わないでください」

俺の考えていたことを裏番が当てた。すげぇ不気味だ。だが、それより気になることを言われた。

修羅場に俺も裏番も居る?
どういうことだ。
つーか修羅場になること決定なのかよ。


俺が好きなのはリンさんだ。リンさんのことを片桐と栗田は知らない。知ってるのは裏番だけで、裏番はリンさんを気に入っている。じゃあ片桐の好きな奴は裏番…?いや、いや違うだろ。それは違う。訳が分からん。

答えが欲しくて裏番を見たが、裏番はふるふると首を横に振った。

「栗田くんがねぇ、天野くんに余計なこと言うなって~ひどくな~い?」
「「「きっしょ」」」

俺たちの声はまたしても揃った。
裏番は俺たちのリアクションを見たいらしい。なよなよとした女々しい動きをしては笑っている。くだらないからかいに、俺たちは苦笑いした。

片桐や栗田が怖気付く様子もなく、裏番と話している。俺は黙ってその様子を眺めていた。
しばらくすると、栗田が突然立ち上がり、トイレに行くと言い残して屋上を去っていった。今日過ごした時間で、裏番に対する恐怖は少し薄れてきたが、俺より強いクリミツが居ないことが若干不安を煽る。少しソワソワしていたら片桐まで立ち上がった。

「…鈴が遅すぎる。俺見てくるわ」
「え、俺も行く」

確かに鈴が遅すぎる気がする。それは心配だ。

だが、それよりも、

裏番と二人きりなんて、堪えられない。

絶対殺される。ボコられなかったとしても、俺の心臓が持たない。

俺は片桐に着いていこうと立ち上がったが、勢いよく襟を引かれた。

「ゔぇっ!?」
「天野は留守番なー、片桐行ってこい」
「…じゃあな天野、ファイト!」

片桐は掌を下にして手を額に当て、海兵のような挨拶をして去っていった。何だよそれ、かっこいいとでも思ってんのか、グッドラックみたいな意味か。何だよ、何よファイトって、助けてくれよ、俺も連れて行ってくれよ。

「…さ、天野。話をしようか」

いや、マジで助けて。
俺の願いは誰にも届かなかった。

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