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黒の帳 『一つ目の帳』
+ 天野視点『狙われる幼馴染み』
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「あーあ、何で俺だけ別のクラスなんだか」
「ホントそうだよな。来年は同じクラスになろうぜ」
教室の前まで着いたところで、栗田がそうぼやいた。栗田はB組、残りの三人がC組だ。確かに、あれだけ楽しくわあわあと話した後なら、尚更これは疎外感を覚えるだろう。
片桐がにかっと笑って栗田の背をバシバシと叩いている。なろうぜ、じゃなくて、なれたらいいな、じゃないのか?俺はそのまま思ったことを片桐に言った。
「なろうと思ってなれるもんじゃねぇだろ馬鹿桐」
「馬鹿野は別のクラスでもいいな」
「二人とも馬鹿馬鹿言わないの。私から見たら両方おバカさんだよ」
「「鈴!?」」
クソ、片桐と被った。
そんな俺らを鈴はクスクスと笑って見ていた。やっぱり頭良い奴は癪に障る!
教室に入り、俺が離れようとすると、勢いよく片桐に腕を引かれた。驚いて片桐を見ると、片桐はきょとんとした顔で俺に話した。
「…?ダチだし、一緒に座ろうぜ?」
「……おう」
面と向かってハッキリ友達だと言われると、何だか気恥ずかしい。誤魔化すように勢いよく鞄を置き、椅子に座ると、鈴がとんとんと肩を叩いてきた。
「ねえねえ天野君」
「あ?」
「天野君って、好きな人いるの?」
急に何の話だ。
これはもう確定じゃないか…?
何の前触れもなく急に好きな人を聞いてくるなんて、余程俺のことが気になると見た。
だけど、俺はリンさんが好きだ。
鈴がいくら優しくても、鈴が俺をどう思っていようと、それは変わらない。
この際だ、キッパリ言っておこう。
「こ、この前言っただろ。リンさんだ」
「…そっか」
…いやいやいや、止めろ、止めろその顔。
口元しか見えないが、俺は釘付けになった。
何でそんな、納得いってなさそうな、悲しい顔してんだよ。誰かの恋が上手くいっていないような、そんな顔。
…ダメだ、好意を向けられているようにしか見えない。片思い相手に好きな人が居た、みたいな顔をされた。
鈴の顔を見ていられず、顔を背けた。別に俺は、真実を言っただけだ。何も悪いことはしていない。
だというのに、この感情はなんだろうか。
リンさんへの思いは、片思いに過ぎない。リンさんが応えてくれそうとはとても思えない。でも、隣のコイツは、明らかに俺に好意を向けている…気がする。
俺がもやもやと悩んでいると、知らない奴の声がした。
「…………す、鈴」
「おはよう新村君!」
「おっ、お、……ぉはよ……ぅ…」
見知らぬ金髪が鈴の前に立っている。
どうやら鈴の知り合いらしい。コイツ…同じクラスだっけ?鈴が明るい声で返すと、金髪はオドオドしながら返事をした。と、思えば、その手を鈴へ伸ばしてきた。いやいやいや、何しようとしてるんだ。やっぱりこのクラスの不良は鈴をいじめてるんだな。片桐と一緒に守ってやらねぇと。
金髪の手をぶっ叩き、俺は金髪に話しかけた。
「鈴に何か用あんなら俺が聞くぞ、金髪」
「俺も聞くぞー新村」
片桐も同じ思いらしい。鈴を庇うように手を出している。この金髪は新村って言うのか。まあ覚えられないだろうし気にしなくていいな。
二人でガンをとばしていると、鈴が俺たちを窘めた。
「こら、二人とも止めて」
「新村、鈴に話す時は俺を通せって約束だろ?」
「…ああ」
片桐は金髪にそう言うと、にやっと笑って俺の方に掌を向けた。俺は奴の意図することを察し、言葉を放った。
「俺たちを通せ、だな」
そのまま思いっきり手を合わせた。俗に言うハイタッチだ。コイツ面白いな。
鈴はそんな俺たちを見て羨ましそうな顔をしていた。そうか、知らない間にここまで仲良くなっているとは思わないだろうな。何せコイツとはぽけまると白亜紀戦隊を語ったんだ。しかも、あそこまで好きなことを話せたのは、生まれて初めてだったからな。そりゃあ仲良くもなるってもんだ。
「ねえ、新村く」
「出席を手伝って頂けませんか、紫川くん」
「わぁっ!?」
「ひぃっ!?」
何だ今の間抜けなやり取りは。鈴は突然後ろから話しかけられ、驚いた。しかし、話しかけた方もその鈴の反応に驚いている。二人でびっくりしてどうすんだよ。
間抜けなやり取りを見ていた片桐も笑っている。勿論俺も笑った。鈴が悔しそうな顔をしている。へっ、さっき馬鹿にした仕返しだ。
鈴に話しかけた奴は、身形を見る限り、先公だ。俺らの教室に居るってことは、こいつは担任か?俺は遅刻ばっかしてるし、ろくに教室に居ねぇから、こいつがどんな教師かは分からない。だけど、何となく分かる。ボッサボサの髪、極度の猫背、オドオドとした態度。コイツ、不良校に向いてないクソビビりだ。何でこんな高校に入れられたんだよ、可哀想だな。
つーか、さっきなんつった?出席を手伝う?どういう日本語だよ。俺は疑問に思ったが、鈴は分かっているようで、教室を見渡してから先公に話しかけた。
「…えっとですね。居ないのは、佐藤君と小嶋君と渡辺君ですよ」
「はい、佐藤くんと小嶋くんと……渡辺くんですね」
先公はそう言うと、手元の冊子に何やら書き込んでいく。その冊子には、出席簿、とある。
鈴が言ったのは、今教室に居ないクラスメイトか?嘘だろ、全員の名前覚えてんのかよ。そんなことすんの小学生だけだろ。つーか先公自分で分かんねぇのかよ。
先公の情けなさと鈴の記憶力に驚いていると、先公はまた鈴に話しかけた。
「…ありがとうございます、紫川くん。ああそれと、今日の昼休みは職員室へ来てください。大切な話があるんです、君じゃないと絶対任せられないんです、絶対来てください、お願いです、分かりましたか?いいで」
「分かりました、分かりましたから、大丈夫です!」
先公が必死に話している。相当大事な用らしい。昼休みか…、話が長引かなければいいんだが。昼飯は裏番と食う予定だが、昨日のことが恐ろしすぎる。
この能天気でお気楽な鈴と行った方が絶対気が楽だ。
この能天気…ん?
鈴は能天気とは程遠い、暗い顔をしていた。周りも気づいたらしく、金髪が勝ち誇ったように俺らに話しかけてきた。
「おい二人とも、鈴が暗い顔をしているじゃないか。お前らが不甲斐ないからだ、鈴、俺と…」
「いや、天野君と龍牙は、なんにもないの、私が…悪いだけだから」
そう言った鈴の顔は、どんよりと曇っている。何考えたらそうなるんだよ。まるで自分が罪人だとでも言わんばかりの顔だ。これは、あんまり良くないやつじゃないか?
金髪はそのことを分かっていないようで、しつこく鈴に話しかけた。
「だとしても、鈴」
「ごめん新村君ちょっと黙ってて」
「うっわ、鈴に黙れって言われるとか、新村お前相当だな」
金髪はどうしても鈴をいじめたいらしい。どうせなら宣言しておこう。
「…へっ、コイツをいじめようったって俺が許さねーかんな。テメェらもよく聞け、コイツ…いや、紫川鈴は俺のダチだからな。こいつの喧嘩は全部俺が買う」
周りの奴ら、面白い顔だな。血の気が引いて真っ青だ。俺はこのクラスでは最強だから仕方ねぇか!
周りの反応を見て俺が得意げになっていると、死ぬほど嫌いな聞き覚えのある声が聞こえた。
「そうか、俺の喧嘩も買うか?」
「…………えっ」
渡来…賢吾!?
何でだ、何の用だよ!?
教室の入口に、あの悪魔がいる…!!
クラスの奴らがビビりまくっているのは分かったが、きっとそれは俺の比じゃないだろう。渡来のヤバさは、この中で俺が一番知っている。
やべぇ、やっべー…。渡来は俺らのことをガン見している。やべぇ、退散願いたい。どうにか話だけで済ませないだろうか。
俺は、この前、鈴を追いかけ回したことを思い出した。渡来と一緒に、鈴をボコボコにしようと追いかけた。渡来がそれを覚えていたらマズイ。
鈴を守ってやんねぇと。
俺は恐る恐る鈴の前に出た。やべー、超怖ぇ。
「…何すか、ほ、ほら、一年には手出し禁止っすよね?」
「……天野君、違う、私じゃなくて龍牙を守って」
…?
俺が知る限り、片桐と渡来は面識が無いはずだ。でも、鈴の顔を見れば、それが冗談ではないと分かる。だが、俺には分からない。
渡来が片桐を狙うのか?何で?
「…どういうことだ?」
「そのままの意味」
「はァ?」
俺らがそんな会話をしていると、渡来がこちらに足を進めてきた。めっちゃ怖い。ところが、渡来は俺と鈴には目もくれず、隣に居る片桐を見ている。
その顔を見た瞬間、とんでもない鳥肌が俺の全身に立った。無理、生理的に無理だ、きっしょ。
にやついた口元、いやらしく細められた目。
片桐をじっくりと値踏みし、舐めまわすようにじっとりと見つめている。
…そういうことかよ。
この前まで付き合ってた真央、アイツの次は、片桐なのか。真央ってやつは満更でもないという感じだったが、片桐は間違いなくそういう類の男ではない。
だが、肝心の片桐は何が何だか分からないという顔をしている。なあに?って顔で渡来の顔を見ている。嘘だろ、このきっしょい性欲丸出しの顔で見られて分かんねぇのかよ。片桐の危機管理能力はゼロだな。
突然鈴が席を立ち、渡来の視線を遮るようにして片桐の前に立った。片桐は困惑しながら鈴に呼びかけている。
「鈴?どっ、どういうことだよ、何してんだお前」
いや、どう考えてもお前のためだろ。
何ッにも分かってない鈍感すぎる馬鹿桐のためだろ。
鈴は片桐の言葉に取り合わなかった。そして鈴は、渡来の前で、あまりにも男前すぎる宣言をした。
「この子は私の友達です。貴方みたいな人には絶ッ…対渡しません」
「………ほう?こんなチビには守れそうに見えないがな」
「…体を張ってでも守りますから、殴るならどうぞご自由に」
そう言うと、鈴はつんと顎を上げ、恐らく鈴より40cmは高いだろう渡来に顔を向けた。
か、かっこいい、かもしれない。
かもしれない、というのは、鈴は渡来の怖さを理解していないかもしれないからだ。
…でも、俺だったら絶対出来ない。
初めて会った時、片桐の前に立ち塞がった鈴を思い出した。俺が胸ぐらを掴みあげたにも関わらず、アイツは俺を睨みつけた。
鈴は、ダチのためだったら、何でも出来るのかもな。
……良い奴じゃん。
渡来がどう出るか分からない。俺は渡来が怖くて、どうしたらいいか分からない。そんな時、微かにカチっと音がしたかと思えば、校内放送が流れた。
『あー、あー、聞こえてる?多分聞こえてるかな、うん』
「氷川さん!?」
「何でアイツ……まさかっ!!」
氷川…氷川涼か?この高校の番長、氷川。
氷川なら、この渡来の真っ青な顔も納得がいく。何せ、一年に手を出すなと命令したのは、氷川だからな。
『えーえー、ただいま、1-Cの教室にて問題を起こしている、脳まで筋肉の3-Bの渡来賢吾くん。今すぐ僕のいる放送室へ来ること。繰り返しは面倒だからしないよ』
「……誰が行くかよ」
『因みに、三十秒以内に来なければ、全校生徒と教師たちが聞いているであろうこの放送で、〔ドキッ☆ケンちゃんのときめき初恋メモリー~ほろ苦い失恋の味編~〕を披露したいと思いまーす!』
「それだけは止めろっつっただろぉがあああああぁぁぁ!!!!!!」
渡来は叫び、教室をバタバタと出ていった。
…番長、恐ろしい男だ。今分かったのは、渡来の弱みを掴んでいる、ということ。
しかも、何故渡来の場所が分かったのだろう。
何故、渡来と俺たちが一触即発の状態だと、分かったのだろう。
だが、鈴は疑問に思っていないらしい。
そして片桐は信じ難い行動をした。クスクスと、笑っている。
嘘だろ、お前、嘘だろ。
何にも、本当に何にも分かってないのか?
渡来が狙ってたの、お前だからな!?
「今の聞きてぇな、渡来の初恋だって!渡来間に合わなきゃいいのにな~」
「………」
「鈴ー、天野ー、どうしたんだ?」
「…………そ、そうだね」
鈴の苦笑いにはめちゃめちゃ同意出来る。
片桐…マジで、アホだ。
「お前マジでアホすぎだろ…疲れるわ」
「どういう意味だ!」
「自分の胸に聞いてみな」
やれやれとため息をつくと、片桐は眉に皺を寄せ、怪訝な顔をした。まあ…お前のケツを渡来が狙ってる、なんて、俺も言いたくない。知らぬが…神様?だっけ?忘れたが、まあ、そういうやつだ。知らない方がいい。
鈴がふらふらしたかと思うと、机にもたれかかった。…やっぱり怖かったのか。
「鈴っ!」
「新村は触るな」
「遠藤に同じく」
「何でだお前ら!!!」
キャンキャンとさっきの金髪が…あ!
あれか、思い出した。あの三人組、クラスメイトだった気がする。空気すぎて思い出せなかった。
ピアスとピンク頭と金髪。鈴を泣き止ませ、パシリ認定した後に文句を言ってきた奴らだ。
奴らの騒ぎに鈴はため息をついた。その顔には酷い苦悩の色が見える。コイツ、何に悩まされてんだ?
「…あ、はは、……私ねー…」
「……立てるか?ダチのためだからって気ぃ張りすぎだ。俺が喧嘩買うっつったろ」
「………うん、ちょっと、怖かった」
前髪で見えないが、口元でもある程度の表情が分かる。
怖かった、そう言う鈴の顔には、恐怖ではなく煩悶の表情が浮かんでいる。これは…悩み事は一つじゃなさそうだ。一つでも多く、俺が取り除いてやれないだろうか。
苦しそうな顔を見ていられなくて、俺は鈴に手を差し出した。鈴は俺の手をとって立ち上がると、目を押さえた。何を考えているんだ?聞こうとしたら、鈴は手を退けた。
…?
先程の苦しそうな様子が一切見られない。悩み事が全部消えたかのような明るい顔だ。さっき俺が見た顔が、嘘のように。いや、嘘なんかじゃない。さっきの鈴はとんでもなく暗い顔をしていた。
……まさか。
こいつ、自分の苦しいこと、悩み事を、全部一人で抱えるつもりか。誰にも話さず、零れそうになったら、今のように全て押し殺して、なんてことの無い顔をして、全部全部、一人で抱えるのか。
恐らく、今の鈴の行動を見たのは俺だけだ。もしかしたら、この鈴の行動は、片桐も栗田も知らないかもしれない。
…俺が、助けてやらないと。
そう俺が決心した時、再び校内放送が流れた。
〔んー来ないね、じゃあ話そうか。あれは…桜が綺麗な、新学年の話だった。まだ中学二年生だった彼は、桜の木の下で美しい女の子に会った。まだ不良でなかったケンちゃん、勿論その女の子にアピールしたさ。でも頻度が中々のものでね、毎〕
〔バンッッッ〕
〔氷川アアアアァァァ!!!!〕
〔おっと、ケンちゃんメモリーはまた今度だね。それでは全校生徒の諸君、今日もいい一日を!〕
「えー終わりかよ、つまんねーの」
「渡来の奴、恋とかすんのか…?」
つまんねーの、じゃねーよ片桐。お前は呑気すぎる。栗田が気にかけるのもよく分かる。コイツは馬鹿な上に俺より弱いからな。渡来がその気になったら間違いなくコイツは助からない。
…渡来が男も女も物のように扱うのは、散々見てきた。恋なんて単語はアイツから程遠い。だからこそ、番長の話はめちゃめちゃ気になった。初恋?まさかそれで拗れて今のクズ野郎になったってわけじゃないよな?
まあ、渡来の話はどうでもいいか。
問題は、今俺の隣で何気無い風を装って勉強をしている、コイツ…鈴だ。
鈴は、どれだけの悩みを抱えてるんだ。並大抵の人間はあんな暗い顔しないぞ。
俺のことについても、悩んでんのかな。
…多分、多分だけど、鈴は俺のことを好き、…かもしれない。
……だとしたら、俺は、どうしたらいいんだ。
あるかもしれない鈴からの好意に、微塵も嫌悪感を感じない。これは、一体どういうことなのか。
胸を渦巻く不思議なもやもやを抱えながら、俺はなんとなしに鈴を眺めた。
「ホントそうだよな。来年は同じクラスになろうぜ」
教室の前まで着いたところで、栗田がそうぼやいた。栗田はB組、残りの三人がC組だ。確かに、あれだけ楽しくわあわあと話した後なら、尚更これは疎外感を覚えるだろう。
片桐がにかっと笑って栗田の背をバシバシと叩いている。なろうぜ、じゃなくて、なれたらいいな、じゃないのか?俺はそのまま思ったことを片桐に言った。
「なろうと思ってなれるもんじゃねぇだろ馬鹿桐」
「馬鹿野は別のクラスでもいいな」
「二人とも馬鹿馬鹿言わないの。私から見たら両方おバカさんだよ」
「「鈴!?」」
クソ、片桐と被った。
そんな俺らを鈴はクスクスと笑って見ていた。やっぱり頭良い奴は癪に障る!
教室に入り、俺が離れようとすると、勢いよく片桐に腕を引かれた。驚いて片桐を見ると、片桐はきょとんとした顔で俺に話した。
「…?ダチだし、一緒に座ろうぜ?」
「……おう」
面と向かってハッキリ友達だと言われると、何だか気恥ずかしい。誤魔化すように勢いよく鞄を置き、椅子に座ると、鈴がとんとんと肩を叩いてきた。
「ねえねえ天野君」
「あ?」
「天野君って、好きな人いるの?」
急に何の話だ。
これはもう確定じゃないか…?
何の前触れもなく急に好きな人を聞いてくるなんて、余程俺のことが気になると見た。
だけど、俺はリンさんが好きだ。
鈴がいくら優しくても、鈴が俺をどう思っていようと、それは変わらない。
この際だ、キッパリ言っておこう。
「こ、この前言っただろ。リンさんだ」
「…そっか」
…いやいやいや、止めろ、止めろその顔。
口元しか見えないが、俺は釘付けになった。
何でそんな、納得いってなさそうな、悲しい顔してんだよ。誰かの恋が上手くいっていないような、そんな顔。
…ダメだ、好意を向けられているようにしか見えない。片思い相手に好きな人が居た、みたいな顔をされた。
鈴の顔を見ていられず、顔を背けた。別に俺は、真実を言っただけだ。何も悪いことはしていない。
だというのに、この感情はなんだろうか。
リンさんへの思いは、片思いに過ぎない。リンさんが応えてくれそうとはとても思えない。でも、隣のコイツは、明らかに俺に好意を向けている…気がする。
俺がもやもやと悩んでいると、知らない奴の声がした。
「…………す、鈴」
「おはよう新村君!」
「おっ、お、……ぉはよ……ぅ…」
見知らぬ金髪が鈴の前に立っている。
どうやら鈴の知り合いらしい。コイツ…同じクラスだっけ?鈴が明るい声で返すと、金髪はオドオドしながら返事をした。と、思えば、その手を鈴へ伸ばしてきた。いやいやいや、何しようとしてるんだ。やっぱりこのクラスの不良は鈴をいじめてるんだな。片桐と一緒に守ってやらねぇと。
金髪の手をぶっ叩き、俺は金髪に話しかけた。
「鈴に何か用あんなら俺が聞くぞ、金髪」
「俺も聞くぞー新村」
片桐も同じ思いらしい。鈴を庇うように手を出している。この金髪は新村って言うのか。まあ覚えられないだろうし気にしなくていいな。
二人でガンをとばしていると、鈴が俺たちを窘めた。
「こら、二人とも止めて」
「新村、鈴に話す時は俺を通せって約束だろ?」
「…ああ」
片桐は金髪にそう言うと、にやっと笑って俺の方に掌を向けた。俺は奴の意図することを察し、言葉を放った。
「俺たちを通せ、だな」
そのまま思いっきり手を合わせた。俗に言うハイタッチだ。コイツ面白いな。
鈴はそんな俺たちを見て羨ましそうな顔をしていた。そうか、知らない間にここまで仲良くなっているとは思わないだろうな。何せコイツとはぽけまると白亜紀戦隊を語ったんだ。しかも、あそこまで好きなことを話せたのは、生まれて初めてだったからな。そりゃあ仲良くもなるってもんだ。
「ねえ、新村く」
「出席を手伝って頂けませんか、紫川くん」
「わぁっ!?」
「ひぃっ!?」
何だ今の間抜けなやり取りは。鈴は突然後ろから話しかけられ、驚いた。しかし、話しかけた方もその鈴の反応に驚いている。二人でびっくりしてどうすんだよ。
間抜けなやり取りを見ていた片桐も笑っている。勿論俺も笑った。鈴が悔しそうな顔をしている。へっ、さっき馬鹿にした仕返しだ。
鈴に話しかけた奴は、身形を見る限り、先公だ。俺らの教室に居るってことは、こいつは担任か?俺は遅刻ばっかしてるし、ろくに教室に居ねぇから、こいつがどんな教師かは分からない。だけど、何となく分かる。ボッサボサの髪、極度の猫背、オドオドとした態度。コイツ、不良校に向いてないクソビビりだ。何でこんな高校に入れられたんだよ、可哀想だな。
つーか、さっきなんつった?出席を手伝う?どういう日本語だよ。俺は疑問に思ったが、鈴は分かっているようで、教室を見渡してから先公に話しかけた。
「…えっとですね。居ないのは、佐藤君と小嶋君と渡辺君ですよ」
「はい、佐藤くんと小嶋くんと……渡辺くんですね」
先公はそう言うと、手元の冊子に何やら書き込んでいく。その冊子には、出席簿、とある。
鈴が言ったのは、今教室に居ないクラスメイトか?嘘だろ、全員の名前覚えてんのかよ。そんなことすんの小学生だけだろ。つーか先公自分で分かんねぇのかよ。
先公の情けなさと鈴の記憶力に驚いていると、先公はまた鈴に話しかけた。
「…ありがとうございます、紫川くん。ああそれと、今日の昼休みは職員室へ来てください。大切な話があるんです、君じゃないと絶対任せられないんです、絶対来てください、お願いです、分かりましたか?いいで」
「分かりました、分かりましたから、大丈夫です!」
先公が必死に話している。相当大事な用らしい。昼休みか…、話が長引かなければいいんだが。昼飯は裏番と食う予定だが、昨日のことが恐ろしすぎる。
この能天気でお気楽な鈴と行った方が絶対気が楽だ。
この能天気…ん?
鈴は能天気とは程遠い、暗い顔をしていた。周りも気づいたらしく、金髪が勝ち誇ったように俺らに話しかけてきた。
「おい二人とも、鈴が暗い顔をしているじゃないか。お前らが不甲斐ないからだ、鈴、俺と…」
「いや、天野君と龍牙は、なんにもないの、私が…悪いだけだから」
そう言った鈴の顔は、どんよりと曇っている。何考えたらそうなるんだよ。まるで自分が罪人だとでも言わんばかりの顔だ。これは、あんまり良くないやつじゃないか?
金髪はそのことを分かっていないようで、しつこく鈴に話しかけた。
「だとしても、鈴」
「ごめん新村君ちょっと黙ってて」
「うっわ、鈴に黙れって言われるとか、新村お前相当だな」
金髪はどうしても鈴をいじめたいらしい。どうせなら宣言しておこう。
「…へっ、コイツをいじめようったって俺が許さねーかんな。テメェらもよく聞け、コイツ…いや、紫川鈴は俺のダチだからな。こいつの喧嘩は全部俺が買う」
周りの奴ら、面白い顔だな。血の気が引いて真っ青だ。俺はこのクラスでは最強だから仕方ねぇか!
周りの反応を見て俺が得意げになっていると、死ぬほど嫌いな聞き覚えのある声が聞こえた。
「そうか、俺の喧嘩も買うか?」
「…………えっ」
渡来…賢吾!?
何でだ、何の用だよ!?
教室の入口に、あの悪魔がいる…!!
クラスの奴らがビビりまくっているのは分かったが、きっとそれは俺の比じゃないだろう。渡来のヤバさは、この中で俺が一番知っている。
やべぇ、やっべー…。渡来は俺らのことをガン見している。やべぇ、退散願いたい。どうにか話だけで済ませないだろうか。
俺は、この前、鈴を追いかけ回したことを思い出した。渡来と一緒に、鈴をボコボコにしようと追いかけた。渡来がそれを覚えていたらマズイ。
鈴を守ってやんねぇと。
俺は恐る恐る鈴の前に出た。やべー、超怖ぇ。
「…何すか、ほ、ほら、一年には手出し禁止っすよね?」
「……天野君、違う、私じゃなくて龍牙を守って」
…?
俺が知る限り、片桐と渡来は面識が無いはずだ。でも、鈴の顔を見れば、それが冗談ではないと分かる。だが、俺には分からない。
渡来が片桐を狙うのか?何で?
「…どういうことだ?」
「そのままの意味」
「はァ?」
俺らがそんな会話をしていると、渡来がこちらに足を進めてきた。めっちゃ怖い。ところが、渡来は俺と鈴には目もくれず、隣に居る片桐を見ている。
その顔を見た瞬間、とんでもない鳥肌が俺の全身に立った。無理、生理的に無理だ、きっしょ。
にやついた口元、いやらしく細められた目。
片桐をじっくりと値踏みし、舐めまわすようにじっとりと見つめている。
…そういうことかよ。
この前まで付き合ってた真央、アイツの次は、片桐なのか。真央ってやつは満更でもないという感じだったが、片桐は間違いなくそういう類の男ではない。
だが、肝心の片桐は何が何だか分からないという顔をしている。なあに?って顔で渡来の顔を見ている。嘘だろ、このきっしょい性欲丸出しの顔で見られて分かんねぇのかよ。片桐の危機管理能力はゼロだな。
突然鈴が席を立ち、渡来の視線を遮るようにして片桐の前に立った。片桐は困惑しながら鈴に呼びかけている。
「鈴?どっ、どういうことだよ、何してんだお前」
いや、どう考えてもお前のためだろ。
何ッにも分かってない鈍感すぎる馬鹿桐のためだろ。
鈴は片桐の言葉に取り合わなかった。そして鈴は、渡来の前で、あまりにも男前すぎる宣言をした。
「この子は私の友達です。貴方みたいな人には絶ッ…対渡しません」
「………ほう?こんなチビには守れそうに見えないがな」
「…体を張ってでも守りますから、殴るならどうぞご自由に」
そう言うと、鈴はつんと顎を上げ、恐らく鈴より40cmは高いだろう渡来に顔を向けた。
か、かっこいい、かもしれない。
かもしれない、というのは、鈴は渡来の怖さを理解していないかもしれないからだ。
…でも、俺だったら絶対出来ない。
初めて会った時、片桐の前に立ち塞がった鈴を思い出した。俺が胸ぐらを掴みあげたにも関わらず、アイツは俺を睨みつけた。
鈴は、ダチのためだったら、何でも出来るのかもな。
……良い奴じゃん。
渡来がどう出るか分からない。俺は渡来が怖くて、どうしたらいいか分からない。そんな時、微かにカチっと音がしたかと思えば、校内放送が流れた。
『あー、あー、聞こえてる?多分聞こえてるかな、うん』
「氷川さん!?」
「何でアイツ……まさかっ!!」
氷川…氷川涼か?この高校の番長、氷川。
氷川なら、この渡来の真っ青な顔も納得がいく。何せ、一年に手を出すなと命令したのは、氷川だからな。
『えーえー、ただいま、1-Cの教室にて問題を起こしている、脳まで筋肉の3-Bの渡来賢吾くん。今すぐ僕のいる放送室へ来ること。繰り返しは面倒だからしないよ』
「……誰が行くかよ」
『因みに、三十秒以内に来なければ、全校生徒と教師たちが聞いているであろうこの放送で、〔ドキッ☆ケンちゃんのときめき初恋メモリー~ほろ苦い失恋の味編~〕を披露したいと思いまーす!』
「それだけは止めろっつっただろぉがあああああぁぁぁ!!!!!!」
渡来は叫び、教室をバタバタと出ていった。
…番長、恐ろしい男だ。今分かったのは、渡来の弱みを掴んでいる、ということ。
しかも、何故渡来の場所が分かったのだろう。
何故、渡来と俺たちが一触即発の状態だと、分かったのだろう。
だが、鈴は疑問に思っていないらしい。
そして片桐は信じ難い行動をした。クスクスと、笑っている。
嘘だろ、お前、嘘だろ。
何にも、本当に何にも分かってないのか?
渡来が狙ってたの、お前だからな!?
「今の聞きてぇな、渡来の初恋だって!渡来間に合わなきゃいいのにな~」
「………」
「鈴ー、天野ー、どうしたんだ?」
「…………そ、そうだね」
鈴の苦笑いにはめちゃめちゃ同意出来る。
片桐…マジで、アホだ。
「お前マジでアホすぎだろ…疲れるわ」
「どういう意味だ!」
「自分の胸に聞いてみな」
やれやれとため息をつくと、片桐は眉に皺を寄せ、怪訝な顔をした。まあ…お前のケツを渡来が狙ってる、なんて、俺も言いたくない。知らぬが…神様?だっけ?忘れたが、まあ、そういうやつだ。知らない方がいい。
鈴がふらふらしたかと思うと、机にもたれかかった。…やっぱり怖かったのか。
「鈴っ!」
「新村は触るな」
「遠藤に同じく」
「何でだお前ら!!!」
キャンキャンとさっきの金髪が…あ!
あれか、思い出した。あの三人組、クラスメイトだった気がする。空気すぎて思い出せなかった。
ピアスとピンク頭と金髪。鈴を泣き止ませ、パシリ認定した後に文句を言ってきた奴らだ。
奴らの騒ぎに鈴はため息をついた。その顔には酷い苦悩の色が見える。コイツ、何に悩まされてんだ?
「…あ、はは、……私ねー…」
「……立てるか?ダチのためだからって気ぃ張りすぎだ。俺が喧嘩買うっつったろ」
「………うん、ちょっと、怖かった」
前髪で見えないが、口元でもある程度の表情が分かる。
怖かった、そう言う鈴の顔には、恐怖ではなく煩悶の表情が浮かんでいる。これは…悩み事は一つじゃなさそうだ。一つでも多く、俺が取り除いてやれないだろうか。
苦しそうな顔を見ていられなくて、俺は鈴に手を差し出した。鈴は俺の手をとって立ち上がると、目を押さえた。何を考えているんだ?聞こうとしたら、鈴は手を退けた。
…?
先程の苦しそうな様子が一切見られない。悩み事が全部消えたかのような明るい顔だ。さっき俺が見た顔が、嘘のように。いや、嘘なんかじゃない。さっきの鈴はとんでもなく暗い顔をしていた。
……まさか。
こいつ、自分の苦しいこと、悩み事を、全部一人で抱えるつもりか。誰にも話さず、零れそうになったら、今のように全て押し殺して、なんてことの無い顔をして、全部全部、一人で抱えるのか。
恐らく、今の鈴の行動を見たのは俺だけだ。もしかしたら、この鈴の行動は、片桐も栗田も知らないかもしれない。
…俺が、助けてやらないと。
そう俺が決心した時、再び校内放送が流れた。
〔んー来ないね、じゃあ話そうか。あれは…桜が綺麗な、新学年の話だった。まだ中学二年生だった彼は、桜の木の下で美しい女の子に会った。まだ不良でなかったケンちゃん、勿論その女の子にアピールしたさ。でも頻度が中々のものでね、毎〕
〔バンッッッ〕
〔氷川アアアアァァァ!!!!〕
〔おっと、ケンちゃんメモリーはまた今度だね。それでは全校生徒の諸君、今日もいい一日を!〕
「えー終わりかよ、つまんねーの」
「渡来の奴、恋とかすんのか…?」
つまんねーの、じゃねーよ片桐。お前は呑気すぎる。栗田が気にかけるのもよく分かる。コイツは馬鹿な上に俺より弱いからな。渡来がその気になったら間違いなくコイツは助からない。
…渡来が男も女も物のように扱うのは、散々見てきた。恋なんて単語はアイツから程遠い。だからこそ、番長の話はめちゃめちゃ気になった。初恋?まさかそれで拗れて今のクズ野郎になったってわけじゃないよな?
まあ、渡来の話はどうでもいいか。
問題は、今俺の隣で何気無い風を装って勉強をしている、コイツ…鈴だ。
鈴は、どれだけの悩みを抱えてるんだ。並大抵の人間はあんな暗い顔しないぞ。
俺のことについても、悩んでんのかな。
…多分、多分だけど、鈴は俺のことを好き、…かもしれない。
……だとしたら、俺は、どうしたらいいんだ。
あるかもしれない鈴からの好意に、微塵も嫌悪感を感じない。これは、一体どういうことなのか。
胸を渦巻く不思議なもやもやを抱えながら、俺はなんとなしに鈴を眺めた。
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