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黒の帳 『一つ目の帳』
苦手な三人組
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「おい先公、黙れ。鈴はちゃんと連れてきてやったぞ」
「ひっ…」
「天野君、先生のこと脅かさないで」
私は、何故かイライラしている天野君と何故か不機嫌な龍牙を連れて教室に着いた。
二人とも、どうして機嫌が悪いんだ。龍牙はサボっていたところを連れ出されたから分かるけれど、天野君は?
訳が分からないけれど、その苛立ちを如月先生にぶつけるのはよしてほしい。
私が止めると、天野君は龍牙と一緒に渋々席へ向かった。
「…し、紫川くん、どこへ行っていたんですか」
「すみません。お昼を食べていたら時間を忘れてしまって…」
「ちゃ、ちゃ…チャイムが鳴るでしょう?」
「友達との話に夢中になってしまって、聞こえてませんでした。…遅刻してすみません」
「……ま、まあ、はい、無事ならいいんですよ。貴方が無事でないと私の身が…ぁぁ…」
「はい?」
「あ、ああいえいえ、私の言うことは気にせずに。ささ、席についてください」
先生が何か呟いたが、その言葉ははっきり聞けずに着席を促された。釈然としなかったが、遅刻をした私はどうこう言える立場ではない。
「…ダルい」
「俺ぜってー分かんねぇもん。なあなあ天野、今度はトランプしようぜ!俺ババ抜きめっちゃ強いぞ」
「ババ抜きって運ゲーだろ」
「ばーか、高度な心理戦だよ」
「俺たちにゃ一生無理だ」
「天野は無理だけど俺は出来る!」
「んだとコラ…貸せ、ババ抜きするぞ」
両隣の二人は昼前と変わらない自由人だ。朝の数時間は勉強しなきゃダメだよと言っていたが、無駄だった。彼らに授業を受ける気は全くない。私は大人しく黒板を見つめた。
龍牙は遊んでもらえると分かり、にこにこしながら天野君の前の席に移動した。向かい合ってトランプを広げている。
他の先生は逃げてしまうけれど、如月先生はきちんと授業をしてくれる。授業をすると言っても、私とのマンツーマン授業になってしまっているけれど。
「…ここの公式ですが、紫川くんはどうしてこうなるか分かります?」
「……うーん、多分なんですけど、そこはその式を二倍して~」
とうとう如月先生は、クラスの授業という建前を投げ捨てた。私の名を呼び、私だけを見ている。
「素晴らしいです、紫川くん。その見解はよく読み解けている証拠ですよ。例題は飛ばして応用問題にいってみましょうか!」
先生が活き活きしている。私に教えるのが楽しいのだろうか、それは自意識過剰だろうか。まあでも…周りの不良さんは授業を聞く気はなさそうだし、眼鏡をかけている五人組…黒宮君たちもスマホを囲んで、教卓には見向きもしない。
あれ、もしかして私しか勉強してない?
この空間で授業をする。
それは先生たちからしたら地獄だろうな。
何しろ、誰一人として自分の授業を聞いてくれないのだから。
寝ている生徒が一人居れば注意されるような、そんな授業が一般的だ。でもこの教室はどうだろうか。不真面目な態度の生徒が一人、ではなく、勉強する道具を机に出しているのが一人、になっている。
まあ、不良校だからなあ…。
先生に言われたページを開け、問題を解いていると、右隣から物音がした。あれ、龍牙は左の方で天野君と遊んでいるのに、誰だろう。
「…よっ、紫川」
「……中西君?」
隣に座り、声をかけてきたのは、あまりいい思い出のないクラスメイトだった。昨日の朝、私についての性的な話題で盛り上がっていた三人組の、一人。
彼は新品同然の教科書と真っ白なノートを広げ、私に話しかけている。
「俺に教えてくんね?気になんだわ」
「何を教えて欲しいの?」
「んー、じゃあ黒板のあれ。①ってついてるやつ」
「不等式?不等式はね…」
皆は全く勉強しようとしていないのに、どうしてだろう。でも、勉強は学生の本分だから、気にしなくてもいいか。
中西君が尋ねてきた問題を説明しようと、ノートを捲った時、ああ、そういうこと、と、思った。
中西君はにやにやと笑い、私にくっついてきた。膝に置かれていた手が、私の足に伸びる。
「…止めて」
「え~いいじゃん。ケチ」
「……だから、ここの式…っ…」
私に嫌がらせをしたいのか、自分の欲望を満たしたいのかは分からない。分かりたくもない。私の言うことを聞かず、中西君は自由に手を動かしている。
「ここの式が、何?」
「………」
「案外ね、だーれも見てないんだよ。人気者とあれば尚更そう。隣のお友達だってトランプに夢中だろ?」
「止めてって、言ってるでしょ…」
手首を掴んで動きを止めようとするが、不良さんの腕力に私が適うわけがなかった。中西君は小馬鹿にするようにニコニコ笑って私を見ている。
助けを求めたくて龍牙たちの方を見ると、いつの間にか、間に入っていたクラスメイトのせいで見えなかった。
昨日の朝、中西君と同じく噂話をしていた、東君だ。
「へえ、お前勉強教えてもらってんだね」
「いいだろ~、お前も椅子持ってきて隣座れば?」
「それいいね。ちょい待ってて」
これは、ダメだ。くすくすと笑う東君は、中西君のやっていることを分かっている。この人たちとこれ以上一緒に居るのは良くない。
そう思って立ち上がろうとしたら、中西君に強く足を押さえられた。座った状態でのこれは、立ち上がれない。
龍牙たちに声をかければいいだろうか。でも、でも、男のくせに足を触られたくらいで、なんて言われそうだ。龍牙ならまだしも、天野君なら、絶対変だと思われる。折角出来た友達なのに、距離を置かれるかもしれない。
前に居る如月先生は鼻歌を歌いながら、上機嫌に問題集を捲っている。私にどれを教えようか選んでいるのだろうか。
どうしよう、どうしよう。
仕打ちに堪えられなくて中西君を睨むと、中西君はまた笑った。何、何なの、人の体をベタベタ触って笑うなんて、セクハラ親父にも程がある。
「鈴ちゃん、俺にも教えてよ」
「触るの止めて。ちょっ、東君まで…」
椅子を持ってきた東君が隣に座った。かと思えば、東君も手を伸ばしてきた。二人とも、机の下だからって気づかれないと思ってるのか。両手を使って彼らの手を止めようとするけれど、やはり力では敵わない。
「…止めて、止めてってば……」
ふと前を見ると、もう一人、居た。三人組の残りの一人、下崎君。彼まで、にっこり笑って手を伸ばしてくる。
無理、もう無理。
「りゅ……、え?」
天野君に変に思われようともうどうでもいい。龍牙に助けを求めようと、左を見て名前を呼ぼうとした。
そこで見えたのは、東君の後ろに立って恐ろしい形相で手を振り上げる天野君だった。
「鈴に何してんだお前らッッ!!!!」
「い"って!!!」
「天野!?何なんだよ、紫川に興味無かったんじゃ…うおっ!!」
天野君が三人を殴り倒していく。力の差は圧倒的らしく、あっという間に三人は地に倒れ伏せた。
とても助かったし、嬉しいけれど、
どうして天野君が?
龍牙は何が何だか分からないという驚いた顔で天野君と私を見ている。
「え、え?天野どうしたんだ?つーか…何でお前ら殴られたの?」
「コイツら鈴にベタベタ触ってやがった。嫌がってんのに…コイツら…、よし、もっぺん殴らせろ」
「待って待って天野君、た、助けてくれて嬉しいけど、そこまでしなくても…」
「そうだそうだ!いくら何でも急に殴るのは無いだろ!」
「暴力反対!」
「鈴ちゃん助けて~!」
「テメェらは黙ってろ!!!」
急な暴力沙汰に教室は大騒ぎだ。如月先生は音もなく居なくなっていた。
…三人組の図々しさには呆れる。どうして私に助けを求めるんだ。自業自得じゃないか。
私は椅子に座ったままこの騒ぎを見ていたが、倒れている中西君に足を掴まれ、慌てて立ち上がった。逃げる私を天野君が背に庇ってくれる。
「…なるほどな。片桐が言ってたのはこういうことか」
「なあなあ、何があったんだよ、なあ」
「鈍感馬鹿桐は黙ってろ」
まだ、触られていた感覚が残っている。気味が悪くてぱたぱたと足を払うと、東君の笑い声が聞こえた。馬鹿に、されている。
「………最低」
「あはははっ!見かけだけじゃなくて文句まで女子じゃん!」
「サイテーって、な!」
「本当遊びがいがある…う"っ!!」
たった三人だ。中学の時はもっと大勢の人にコソコソと文句を言われたんだ。だから、こんなの、どうってことない。
それなのに、何でこんなムカムカするんだろう。
言葉の意図の性的な要素が濃く、力ずくで押さえつけられた後だからだろうか。
どうして、こんなに悔しいんだ。
どうして、天野君は私の思いを晴らすように動いてくれるんだ。
天野君がケタケタと笑う三人組を順番に蹴っ飛ばして黙らせている。
暴力も、既に負けている人たちに追い打ちをかけるのも、良くない。龍牙に追い打ちをかけようとした時だって、そう思ったから止めたんだ。
どうして今の私は黙って見ているんだろう。
先週の木曜日、紅陵さんに助けられた時みたいだ。あの時、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえていたにも関わらず、私は止めずに、泣きながら蹲っていた。
悔しいから、なのかな。
代わりに晴らしてもらえている気がして、それで私は黙っているのかな。
…性格悪いなあ、私。
「…鈴、何があったか言わなくていい。気づけなくて、ごめん、怖かったな」
龍牙が私の頭をぽんぽんと叩き、落ち着かせてくれる。
「…いい、いいの、龍牙も、誰も、悪くないから」
全部、私の運が悪いだけ。
こんな顔なのも、非力なのも、全部、そうだ。まあ、運のせいにして努力しない私のせいでもあるか。
…あ、ダメだ。
何で、何でなんだ。
何で私、泣きそうになってるんだ。
メンタルが弱いにも程がある。クラスメイトに面白半分で触られて泣き出すなんて、恥さらしにも程がある。
「………ごめん、ちょっと、一人に、なりたい」
私は誰にともなくそう呟き、教室を出た。
情けない、本当に、情けない。
一旦、一人にさせてもらおう。
女々しくて弱々しい自分を、どうにかして殺してやる。
…私の精神状態がおかしいのはよく分かっている。でも、紅陵さんのこと、クリミツのこと、この二人のことで、もう、頭がどうにかなりそうなんだ。
紅陵さんに会うのが後ろめたい。
クリミツに会いたくない。
でも、紅陵さんの隣に居たい。
クリミツと龍牙と一緒に、小学生の時みたいに、仲良くしたい。
開き直ってしまえば楽になれるんだろう。
でも、それだけはしちゃいけない。
その選択は、きっと、周りを傷つけることになるから。自分だけ楽になるなんて、そんな卑怯なことは出来ない。
解決方法は簡単だ。紅陵さんを諦めれば、クリミツとのことを割り切れば、いいんだ。
どうして私は、みっともなく恋心に縋り付いているんだろう。
どうして私は、イジメの恐怖心を拭えないんだろう。
元から自分のことは好きになれないけれど、こんなに嫌いだと思うのは、久しぶりだ。心を蝕まれる、この嫌悪感。
キツく両手を握りしめながら、私は一人になれる場所へ足を進めた。
「ひっ…」
「天野君、先生のこと脅かさないで」
私は、何故かイライラしている天野君と何故か不機嫌な龍牙を連れて教室に着いた。
二人とも、どうして機嫌が悪いんだ。龍牙はサボっていたところを連れ出されたから分かるけれど、天野君は?
訳が分からないけれど、その苛立ちを如月先生にぶつけるのはよしてほしい。
私が止めると、天野君は龍牙と一緒に渋々席へ向かった。
「…し、紫川くん、どこへ行っていたんですか」
「すみません。お昼を食べていたら時間を忘れてしまって…」
「ちゃ、ちゃ…チャイムが鳴るでしょう?」
「友達との話に夢中になってしまって、聞こえてませんでした。…遅刻してすみません」
「……ま、まあ、はい、無事ならいいんですよ。貴方が無事でないと私の身が…ぁぁ…」
「はい?」
「あ、ああいえいえ、私の言うことは気にせずに。ささ、席についてください」
先生が何か呟いたが、その言葉ははっきり聞けずに着席を促された。釈然としなかったが、遅刻をした私はどうこう言える立場ではない。
「…ダルい」
「俺ぜってー分かんねぇもん。なあなあ天野、今度はトランプしようぜ!俺ババ抜きめっちゃ強いぞ」
「ババ抜きって運ゲーだろ」
「ばーか、高度な心理戦だよ」
「俺たちにゃ一生無理だ」
「天野は無理だけど俺は出来る!」
「んだとコラ…貸せ、ババ抜きするぞ」
両隣の二人は昼前と変わらない自由人だ。朝の数時間は勉強しなきゃダメだよと言っていたが、無駄だった。彼らに授業を受ける気は全くない。私は大人しく黒板を見つめた。
龍牙は遊んでもらえると分かり、にこにこしながら天野君の前の席に移動した。向かい合ってトランプを広げている。
他の先生は逃げてしまうけれど、如月先生はきちんと授業をしてくれる。授業をすると言っても、私とのマンツーマン授業になってしまっているけれど。
「…ここの公式ですが、紫川くんはどうしてこうなるか分かります?」
「……うーん、多分なんですけど、そこはその式を二倍して~」
とうとう如月先生は、クラスの授業という建前を投げ捨てた。私の名を呼び、私だけを見ている。
「素晴らしいです、紫川くん。その見解はよく読み解けている証拠ですよ。例題は飛ばして応用問題にいってみましょうか!」
先生が活き活きしている。私に教えるのが楽しいのだろうか、それは自意識過剰だろうか。まあでも…周りの不良さんは授業を聞く気はなさそうだし、眼鏡をかけている五人組…黒宮君たちもスマホを囲んで、教卓には見向きもしない。
あれ、もしかして私しか勉強してない?
この空間で授業をする。
それは先生たちからしたら地獄だろうな。
何しろ、誰一人として自分の授業を聞いてくれないのだから。
寝ている生徒が一人居れば注意されるような、そんな授業が一般的だ。でもこの教室はどうだろうか。不真面目な態度の生徒が一人、ではなく、勉強する道具を机に出しているのが一人、になっている。
まあ、不良校だからなあ…。
先生に言われたページを開け、問題を解いていると、右隣から物音がした。あれ、龍牙は左の方で天野君と遊んでいるのに、誰だろう。
「…よっ、紫川」
「……中西君?」
隣に座り、声をかけてきたのは、あまりいい思い出のないクラスメイトだった。昨日の朝、私についての性的な話題で盛り上がっていた三人組の、一人。
彼は新品同然の教科書と真っ白なノートを広げ、私に話しかけている。
「俺に教えてくんね?気になんだわ」
「何を教えて欲しいの?」
「んー、じゃあ黒板のあれ。①ってついてるやつ」
「不等式?不等式はね…」
皆は全く勉強しようとしていないのに、どうしてだろう。でも、勉強は学生の本分だから、気にしなくてもいいか。
中西君が尋ねてきた問題を説明しようと、ノートを捲った時、ああ、そういうこと、と、思った。
中西君はにやにやと笑い、私にくっついてきた。膝に置かれていた手が、私の足に伸びる。
「…止めて」
「え~いいじゃん。ケチ」
「……だから、ここの式…っ…」
私に嫌がらせをしたいのか、自分の欲望を満たしたいのかは分からない。分かりたくもない。私の言うことを聞かず、中西君は自由に手を動かしている。
「ここの式が、何?」
「………」
「案外ね、だーれも見てないんだよ。人気者とあれば尚更そう。隣のお友達だってトランプに夢中だろ?」
「止めてって、言ってるでしょ…」
手首を掴んで動きを止めようとするが、不良さんの腕力に私が適うわけがなかった。中西君は小馬鹿にするようにニコニコ笑って私を見ている。
助けを求めたくて龍牙たちの方を見ると、いつの間にか、間に入っていたクラスメイトのせいで見えなかった。
昨日の朝、中西君と同じく噂話をしていた、東君だ。
「へえ、お前勉強教えてもらってんだね」
「いいだろ~、お前も椅子持ってきて隣座れば?」
「それいいね。ちょい待ってて」
これは、ダメだ。くすくすと笑う東君は、中西君のやっていることを分かっている。この人たちとこれ以上一緒に居るのは良くない。
そう思って立ち上がろうとしたら、中西君に強く足を押さえられた。座った状態でのこれは、立ち上がれない。
龍牙たちに声をかければいいだろうか。でも、でも、男のくせに足を触られたくらいで、なんて言われそうだ。龍牙ならまだしも、天野君なら、絶対変だと思われる。折角出来た友達なのに、距離を置かれるかもしれない。
前に居る如月先生は鼻歌を歌いながら、上機嫌に問題集を捲っている。私にどれを教えようか選んでいるのだろうか。
どうしよう、どうしよう。
仕打ちに堪えられなくて中西君を睨むと、中西君はまた笑った。何、何なの、人の体をベタベタ触って笑うなんて、セクハラ親父にも程がある。
「鈴ちゃん、俺にも教えてよ」
「触るの止めて。ちょっ、東君まで…」
椅子を持ってきた東君が隣に座った。かと思えば、東君も手を伸ばしてきた。二人とも、机の下だからって気づかれないと思ってるのか。両手を使って彼らの手を止めようとするけれど、やはり力では敵わない。
「…止めて、止めてってば……」
ふと前を見ると、もう一人、居た。三人組の残りの一人、下崎君。彼まで、にっこり笑って手を伸ばしてくる。
無理、もう無理。
「りゅ……、え?」
天野君に変に思われようともうどうでもいい。龍牙に助けを求めようと、左を見て名前を呼ぼうとした。
そこで見えたのは、東君の後ろに立って恐ろしい形相で手を振り上げる天野君だった。
「鈴に何してんだお前らッッ!!!!」
「い"って!!!」
「天野!?何なんだよ、紫川に興味無かったんじゃ…うおっ!!」
天野君が三人を殴り倒していく。力の差は圧倒的らしく、あっという間に三人は地に倒れ伏せた。
とても助かったし、嬉しいけれど、
どうして天野君が?
龍牙は何が何だか分からないという驚いた顔で天野君と私を見ている。
「え、え?天野どうしたんだ?つーか…何でお前ら殴られたの?」
「コイツら鈴にベタベタ触ってやがった。嫌がってんのに…コイツら…、よし、もっぺん殴らせろ」
「待って待って天野君、た、助けてくれて嬉しいけど、そこまでしなくても…」
「そうだそうだ!いくら何でも急に殴るのは無いだろ!」
「暴力反対!」
「鈴ちゃん助けて~!」
「テメェらは黙ってろ!!!」
急な暴力沙汰に教室は大騒ぎだ。如月先生は音もなく居なくなっていた。
…三人組の図々しさには呆れる。どうして私に助けを求めるんだ。自業自得じゃないか。
私は椅子に座ったままこの騒ぎを見ていたが、倒れている中西君に足を掴まれ、慌てて立ち上がった。逃げる私を天野君が背に庇ってくれる。
「…なるほどな。片桐が言ってたのはこういうことか」
「なあなあ、何があったんだよ、なあ」
「鈍感馬鹿桐は黙ってろ」
まだ、触られていた感覚が残っている。気味が悪くてぱたぱたと足を払うと、東君の笑い声が聞こえた。馬鹿に、されている。
「………最低」
「あはははっ!見かけだけじゃなくて文句まで女子じゃん!」
「サイテーって、な!」
「本当遊びがいがある…う"っ!!」
たった三人だ。中学の時はもっと大勢の人にコソコソと文句を言われたんだ。だから、こんなの、どうってことない。
それなのに、何でこんなムカムカするんだろう。
言葉の意図の性的な要素が濃く、力ずくで押さえつけられた後だからだろうか。
どうして、こんなに悔しいんだ。
どうして、天野君は私の思いを晴らすように動いてくれるんだ。
天野君がケタケタと笑う三人組を順番に蹴っ飛ばして黙らせている。
暴力も、既に負けている人たちに追い打ちをかけるのも、良くない。龍牙に追い打ちをかけようとした時だって、そう思ったから止めたんだ。
どうして今の私は黙って見ているんだろう。
先週の木曜日、紅陵さんに助けられた時みたいだ。あの時、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえていたにも関わらず、私は止めずに、泣きながら蹲っていた。
悔しいから、なのかな。
代わりに晴らしてもらえている気がして、それで私は黙っているのかな。
…性格悪いなあ、私。
「…鈴、何があったか言わなくていい。気づけなくて、ごめん、怖かったな」
龍牙が私の頭をぽんぽんと叩き、落ち着かせてくれる。
「…いい、いいの、龍牙も、誰も、悪くないから」
全部、私の運が悪いだけ。
こんな顔なのも、非力なのも、全部、そうだ。まあ、運のせいにして努力しない私のせいでもあるか。
…あ、ダメだ。
何で、何でなんだ。
何で私、泣きそうになってるんだ。
メンタルが弱いにも程がある。クラスメイトに面白半分で触られて泣き出すなんて、恥さらしにも程がある。
「………ごめん、ちょっと、一人に、なりたい」
私は誰にともなくそう呟き、教室を出た。
情けない、本当に、情けない。
一旦、一人にさせてもらおう。
女々しくて弱々しい自分を、どうにかして殺してやる。
…私の精神状態がおかしいのはよく分かっている。でも、紅陵さんのこと、クリミツのこと、この二人のことで、もう、頭がどうにかなりそうなんだ。
紅陵さんに会うのが後ろめたい。
クリミツに会いたくない。
でも、紅陵さんの隣に居たい。
クリミツと龍牙と一緒に、小学生の時みたいに、仲良くしたい。
開き直ってしまえば楽になれるんだろう。
でも、それだけはしちゃいけない。
その選択は、きっと、周りを傷つけることになるから。自分だけ楽になるなんて、そんな卑怯なことは出来ない。
解決方法は簡単だ。紅陵さんを諦めれば、クリミツとのことを割り切れば、いいんだ。
どうして私は、みっともなく恋心に縋り付いているんだろう。
どうして私は、イジメの恐怖心を拭えないんだろう。
元から自分のことは好きになれないけれど、こんなに嫌いだと思うのは、久しぶりだ。心を蝕まれる、この嫌悪感。
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