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黒の帳 『一つ目の帳』
個性的な上級生
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私と龍牙以外、誰も居ない教室。
二年生は出ていったし、クリミツは教室へ戻った。
小学生の時と何も変わらない龍牙を見ていると、時間を遡ったような気持ちになる。仲が良くて、毎日遊んでいた、三人組。
小学校での日々を思い出し、また私は笑った。
龍牙は私の顔を見て、泣きそうになっている。どうして?さっきだってそうだ。体調が悪いのではないかと心配していたから、もう大丈夫、良くなったと伝えたのに。
「私、龍牙と居ると楽しいよ?」
「………俺も。鈴と居ると、胸が、きゅってなる」
そう言うと、龍牙は私を抱きしめた。ふわふわとした良い香りがする。柔軟剤かな、シャンプーかな。
「なあ、あの二年生に何かされたんだろ?アイツら覚えてるぞ、氷川と紅陵が大好きな奴らだ。鈴のこと嫌ってただろ。…何か、されたんだろ?」
短い間に二度も問いかけられたが、私は答えに迷った。
龍牙の様子は、まるで、私に何かしたのは二年生であってほしい、そう願っているようだったからだ。
違和感を覚えたが、二年生に何をされたかを隠す必要は無い。憤った龍牙が暴走するかもしれないが、それは私が止めれば問題ない。
「ちょっと踏まれちゃってさ。でもクリミツが助けてくれたから大丈夫だよ」
「…遠藤たちは?」
「屋上行くって言ったら嫌がってたんだ。それで、私一人で行ったら、あの人たちに捕まっちゃった。……でも、遠藤君たちは何も悪くないからね?」
龍牙が、お前らが日和ったからだ!とかで遠藤君たちに文句を言ってしまったら、遠藤君たちに申し訳ない。彼らには職員室まで連れて行ってもらった恩がある。
「じゃあ、誰が悪いんだ」
「私だよ。もっと早く行けば良かったし、そもそも私、とっても弱いでしょ?力がもっとあれば良いんだけどね~」
「………鈴の馬鹿。どう、考えても、逆恨みの二年生が悪ィだろ」
「仕方ないよ。誰だって苛つくのは仕方ないからね。私はそういう人じゃないって信じてもらうまでの我慢だと思えばぐえッッ」
龍牙に突然抱きしめられ、カエルのような声が出た。息苦しいけれど、目の前に居るのは龍牙だということが、私を安心させる。龍牙はすぐに力を緩めたが、私を抱きしめて離さない。
「龍牙?」
「…………何で、俺のこと頼ってくれないんだ」
「頼ってるよ?」
「頼ってないだろ、だってお前……………」
龍牙はそこで黙り込んでしまった。私が、どうしたのだろう?
「私が、何?」
「……………ごめん、鈴、俺のせいだ、俺の…せいだ」
「何が?ねえ、どういうこと、ねえ…龍牙」
カシャッ。
突然、シャッター音がした。
聞きなれた、携帯の写真アプリの音だ。
咄嗟に振り向くと、教室の入口に、スマホを構えた男子生徒が居た。盗撮?かなり失礼な人だ。私は構わないが、龍牙を撮るのは許せない。注意をしようとしたら、私より先に龍牙が駆け出した。
「見ーちゃった、見ーちゃった!片紫?いや、この場合片紫片かな…」
「悟先輩!?ちょっ、何撮ってんすかっ!!」
龍牙とその男子生徒は知り合いのようだ。クスクスと嬉しそうに笑う男子生徒をよく見てみると、襟に三年生の学年章を付けている。クリミツに負けず劣らずの天然パーマ、そして茶色の髪の毛だ。眼鏡をかけているが、目が髪の毛で隠れていて意味があるのかどうかは分からない。
龍牙は顔を真っ赤にして、悟と呼んだ三年生から携帯を奪取すべく奮闘している。いくら幼馴染みとはいえ、抱きしめるなんて気恥ずかしい。そんな写真を撮られては、必死になるのも理解出来る。
「ふっふっふ、これは僕の資料として丁重に保管させてもらう。未だに仲間内で片紫か紫片が決まらないのでね。今のは片紫寄りだから、中々有力な証拠になるよ~!」
「その右固定とか左固定とか訳わかんないっすよ!カタシでもシカタでもどっちでもいいんで写真消してください!!!」
「僕らにとっては大事なのー、お、いい顔!」
カシャッ。
「悟先輩!!!!」
悟さんから写真を取り戻そうとする、真っ赤な龍牙。悟さんが、今度はその龍牙の顔を写真に撮った。悪びれた様子もなく、必死な龍牙のことはそっちのけで携帯のアルバムを確認している。
「うーん、これは紫片かなあ…」
「二枚とも消してください!!!」
「ダメ~」
全く進展しない二人のやり取り。それを聞いていられなくなった私は立ち上がり、悟さんに話しかけた。
「あの、写真を消してください。盗撮は良くないですし、相手に消して欲しいって言われたなら、尚更消さないとダメだと思うんです」
「あー、君に言われちゃ適わないなあ…」
悟さんは私のことを知っているらしい。悟さんは何者だ?龍牙と親しい様子だ。それに、龍牙が手に筋が浮き出る程の力で悟さんから携帯を取り上げようとしているにも関わらず、悟さんは汗一つかかずに龍牙の猛攻を防いでいる。
身なりと喋りからして、黒宮君たちのような大人しい人かと思ったが、違うようだ。かなり力が強い。天野君やクリミツ、それ以上かもしれない。少なくとも、龍牙より圧倒的に強い。
この人、態度は温和だけど、それに気を抜いてはいけない。
この人からは、不気味なものを感じる。
悟さんはヘラヘラと笑い、携帯を操作して写真を削除したことを龍牙に示した。龍牙がほっと息をつき、悟さんに掴みかかるのを止める。
「ねえ龍牙、この人は?」
「ああ、俺、昨日部活見学行ったじゃん?その部活の部長。自分の名字が大っ嫌いで、悟って名前で呼んで欲しいんだって」
「そうだよ。因みに言っておくけど、紫川くんの入部は認めない!僕、厄介事はごめんなんだ」
何故か、出会っていきなり頼んでもない入部を拒否されてしまった。入りたいか入りたくないかさえ考えていないのに、突然断られるなんて少し悲しい。
その言い方だとまるで私が爆弾みたいじゃないか?
「あの、私が厄介事なんですか?」
「うんうん。君は裏番のお気に入りだからね。ああ因みに、僕は紅紫推してないんだよ。君が余りにも……可哀想だから」
「…コウシ?私が可哀想って、どういうことですか?」
「悟先輩、俺も初耳なんすけど」
悟さんは愉快そうに微笑み、ぽつりと呟いた。
「彼が君に向ける感情について、一つ教えてあげよう。恋情は無きに等しく、君の望まないものが沢山詰まっている」
「…望まないものって何ですか?」
「僕の口から言えるのはここまでだ。真相を話すことは僕にとっても望ましくない。ああそうだ片桐くん、放課後の部活動は毎日やってるから、暇な時に来てくれたらいいよ!それじゃあ僕はこれでーー!!」
一瞬廊下を覗き見た悟さんは、逃げるように去っていった。どうしてだろう、廊下に何か良くないものでもあったのかな。
悟さんの残した言葉が、気になる。
今の言葉は何だろう。
紅陵さんが私に向ける感情に、恋情は無きに等しい?そんなわけない、と思う。
最初は軽薄な態度だったけど、一昨日も昨日も…その、色々と、してもらった。思い出すだけで恥ずかしくなるけれど、それはそれは愛を囁かれた。
全部私を引っ掛けるための嘘だった、といえばそうなってしまうかもしれないけれど、私には、とても、嘘には思えなかった。
「………アイツ…」
「あっ、紅陵先輩!!」
悟さんと入れ替わるようにして、ある人が教室に来た。今の行動からして、悟さんはこの人のことが苦手なのかもしれない。
紅陵さんだ。
紅陵さんはビニール袋を引っ提げており、悟さんが去っていった向きを忌々しげな目で見ていた。悟さんと紅陵さん、仲が悪いのかな。
龍牙は不満げに紅陵さんに歩いていく。何か言うことがあるんだろうか。
「紅陵先輩の取り巻きが」
「わあああああ龍牙ストップ!!!」
紅陵さんの取り巻き。その言葉の続きは喋らせてはならない。きっと、龍牙は紅陵さんの親衛隊が私をいじめていた、と伝えたいんだ。
親衛隊の皆さんにとって、それは都合が悪いだろう。紅陵さんには知られないようにしながら信頼を築いていくべきだと思う。零王くんに泣きついたな!?などと詰られては堪らない。
私は大声を上げて龍牙の言葉を遮ったが、紅陵さんは取り巻きという言葉だけで勘づいてしまったらしい。目を細め、私に無表情で問いかけてきた。
「…アイツら、クロちゃんに何した?」
「いいえ、何もされてないです。少し話しただけです」
「制服が汚れてる。腹がそこまで汚れてるってことは、床に押し付けられたか?それに、前髪もボサボサで、涙の跡も残ってる。乱れた制服に、机の上のこれ、このハサミ。これ…あー、名前なんだっけ、忘れたけど、取り巻きの奴の持ち物だろ。零王くんかっこいいかっこいいってしょっちゅう言ってるめちゃめちゃうるせぇ奴」
紅陵さんは、マナトさんが忘れていったハサミを持って話を区切った。ハサミを見るためか、顔は俯いていて、表情は窺えない。
龍牙は私より紅陵さんに近いから、顔が見えるはず。そう思っていたら、龍牙が少しずつ後ずさりしていった。怯えるように、たじろぐように。
紅陵さんは俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「何された、クロちゃん」
「…私は何もされてな」
私は、返事をしようとした。
私は何もされてないですよ。
そう答えようとした。
その声は、打撃音にかき消された。
紅陵さんが、机にハサミを突き立てた音だ。かなり勢いが強かったらしく、ハサミは机に深々と突き刺さってしまっている。
…ハサミって、机に刺さるの?
どっと汗が吹き出してきた。
紅陵さんが、かなり、かなーり怒っている。その怒気を肌で感じた私は、頭の中が真っ白になった。隣に居る龍牙も完全に固まっている。
紅陵さんは俯いたまま話し始めた。その間もずっと手に力が込められており、ミシミシと木の軋む音と共に、ハサミが机に沈みこんでいくのが見えた。
「俺ァ、まどろっこしいのが大ッ嫌いなんだ。隠す意味が無いのは分かってるだろ?賢い賢い俺のクロちゃん、なあ…クロちゃん?」
「………」
「…何されたか、言ってみ?」
「…え、えっと、羽交い締めにされ、て…それから…」
私は、先程あったことを全て話した。
紅陵さんはハサミから手を離したものの、俯いたまま話を聞いていた。
「…それ、で、クリミツが助けてくれました」
「………」
「これで、話は…おしまい、です」
「………」
「紅陵さん…?」
紅陵さんは俯いて黙り込んでいる。私が恐る恐る声をかけると、紅陵さんはぱっと顔を上げた。その顔はいつもの無表情だ。目は、私を見つめている。何を思っているのか、さっぱり分からない。怒っていないと、いいのだけど…。
「…俺、用事思い出したわ。屋上使っていいからな、クロちゃん」
「え、あのっ、紅陵さん、紅陵さん?」
紅陵さんはそう言い残すと、私たちには目もくれずすぐさま教室を出ていってしまった。
紅陵さんは、この後何をするつもりだろう。用事とは一体何なんだろう。
机に刺さったハサミは、紅陵さんの秘めている力をよく表している。
紅陵さんは、もういきすぎた暴力を止めると言っていた。私は、その言葉を信じている。
「…とりま飯食うぞ」
「うん…そうだね……」
親衛隊の皆さんの無事を祈りながら、私は龍牙と一緒に屋上へ向かった。
二年生は出ていったし、クリミツは教室へ戻った。
小学生の時と何も変わらない龍牙を見ていると、時間を遡ったような気持ちになる。仲が良くて、毎日遊んでいた、三人組。
小学校での日々を思い出し、また私は笑った。
龍牙は私の顔を見て、泣きそうになっている。どうして?さっきだってそうだ。体調が悪いのではないかと心配していたから、もう大丈夫、良くなったと伝えたのに。
「私、龍牙と居ると楽しいよ?」
「………俺も。鈴と居ると、胸が、きゅってなる」
そう言うと、龍牙は私を抱きしめた。ふわふわとした良い香りがする。柔軟剤かな、シャンプーかな。
「なあ、あの二年生に何かされたんだろ?アイツら覚えてるぞ、氷川と紅陵が大好きな奴らだ。鈴のこと嫌ってただろ。…何か、されたんだろ?」
短い間に二度も問いかけられたが、私は答えに迷った。
龍牙の様子は、まるで、私に何かしたのは二年生であってほしい、そう願っているようだったからだ。
違和感を覚えたが、二年生に何をされたかを隠す必要は無い。憤った龍牙が暴走するかもしれないが、それは私が止めれば問題ない。
「ちょっと踏まれちゃってさ。でもクリミツが助けてくれたから大丈夫だよ」
「…遠藤たちは?」
「屋上行くって言ったら嫌がってたんだ。それで、私一人で行ったら、あの人たちに捕まっちゃった。……でも、遠藤君たちは何も悪くないからね?」
龍牙が、お前らが日和ったからだ!とかで遠藤君たちに文句を言ってしまったら、遠藤君たちに申し訳ない。彼らには職員室まで連れて行ってもらった恩がある。
「じゃあ、誰が悪いんだ」
「私だよ。もっと早く行けば良かったし、そもそも私、とっても弱いでしょ?力がもっとあれば良いんだけどね~」
「………鈴の馬鹿。どう、考えても、逆恨みの二年生が悪ィだろ」
「仕方ないよ。誰だって苛つくのは仕方ないからね。私はそういう人じゃないって信じてもらうまでの我慢だと思えばぐえッッ」
龍牙に突然抱きしめられ、カエルのような声が出た。息苦しいけれど、目の前に居るのは龍牙だということが、私を安心させる。龍牙はすぐに力を緩めたが、私を抱きしめて離さない。
「龍牙?」
「…………何で、俺のこと頼ってくれないんだ」
「頼ってるよ?」
「頼ってないだろ、だってお前……………」
龍牙はそこで黙り込んでしまった。私が、どうしたのだろう?
「私が、何?」
「……………ごめん、鈴、俺のせいだ、俺の…せいだ」
「何が?ねえ、どういうこと、ねえ…龍牙」
カシャッ。
突然、シャッター音がした。
聞きなれた、携帯の写真アプリの音だ。
咄嗟に振り向くと、教室の入口に、スマホを構えた男子生徒が居た。盗撮?かなり失礼な人だ。私は構わないが、龍牙を撮るのは許せない。注意をしようとしたら、私より先に龍牙が駆け出した。
「見ーちゃった、見ーちゃった!片紫?いや、この場合片紫片かな…」
「悟先輩!?ちょっ、何撮ってんすかっ!!」
龍牙とその男子生徒は知り合いのようだ。クスクスと嬉しそうに笑う男子生徒をよく見てみると、襟に三年生の学年章を付けている。クリミツに負けず劣らずの天然パーマ、そして茶色の髪の毛だ。眼鏡をかけているが、目が髪の毛で隠れていて意味があるのかどうかは分からない。
龍牙は顔を真っ赤にして、悟と呼んだ三年生から携帯を奪取すべく奮闘している。いくら幼馴染みとはいえ、抱きしめるなんて気恥ずかしい。そんな写真を撮られては、必死になるのも理解出来る。
「ふっふっふ、これは僕の資料として丁重に保管させてもらう。未だに仲間内で片紫か紫片が決まらないのでね。今のは片紫寄りだから、中々有力な証拠になるよ~!」
「その右固定とか左固定とか訳わかんないっすよ!カタシでもシカタでもどっちでもいいんで写真消してください!!!」
「僕らにとっては大事なのー、お、いい顔!」
カシャッ。
「悟先輩!!!!」
悟さんから写真を取り戻そうとする、真っ赤な龍牙。悟さんが、今度はその龍牙の顔を写真に撮った。悪びれた様子もなく、必死な龍牙のことはそっちのけで携帯のアルバムを確認している。
「うーん、これは紫片かなあ…」
「二枚とも消してください!!!」
「ダメ~」
全く進展しない二人のやり取り。それを聞いていられなくなった私は立ち上がり、悟さんに話しかけた。
「あの、写真を消してください。盗撮は良くないですし、相手に消して欲しいって言われたなら、尚更消さないとダメだと思うんです」
「あー、君に言われちゃ適わないなあ…」
悟さんは私のことを知っているらしい。悟さんは何者だ?龍牙と親しい様子だ。それに、龍牙が手に筋が浮き出る程の力で悟さんから携帯を取り上げようとしているにも関わらず、悟さんは汗一つかかずに龍牙の猛攻を防いでいる。
身なりと喋りからして、黒宮君たちのような大人しい人かと思ったが、違うようだ。かなり力が強い。天野君やクリミツ、それ以上かもしれない。少なくとも、龍牙より圧倒的に強い。
この人、態度は温和だけど、それに気を抜いてはいけない。
この人からは、不気味なものを感じる。
悟さんはヘラヘラと笑い、携帯を操作して写真を削除したことを龍牙に示した。龍牙がほっと息をつき、悟さんに掴みかかるのを止める。
「ねえ龍牙、この人は?」
「ああ、俺、昨日部活見学行ったじゃん?その部活の部長。自分の名字が大っ嫌いで、悟って名前で呼んで欲しいんだって」
「そうだよ。因みに言っておくけど、紫川くんの入部は認めない!僕、厄介事はごめんなんだ」
何故か、出会っていきなり頼んでもない入部を拒否されてしまった。入りたいか入りたくないかさえ考えていないのに、突然断られるなんて少し悲しい。
その言い方だとまるで私が爆弾みたいじゃないか?
「あの、私が厄介事なんですか?」
「うんうん。君は裏番のお気に入りだからね。ああ因みに、僕は紅紫推してないんだよ。君が余りにも……可哀想だから」
「…コウシ?私が可哀想って、どういうことですか?」
「悟先輩、俺も初耳なんすけど」
悟さんは愉快そうに微笑み、ぽつりと呟いた。
「彼が君に向ける感情について、一つ教えてあげよう。恋情は無きに等しく、君の望まないものが沢山詰まっている」
「…望まないものって何ですか?」
「僕の口から言えるのはここまでだ。真相を話すことは僕にとっても望ましくない。ああそうだ片桐くん、放課後の部活動は毎日やってるから、暇な時に来てくれたらいいよ!それじゃあ僕はこれでーー!!」
一瞬廊下を覗き見た悟さんは、逃げるように去っていった。どうしてだろう、廊下に何か良くないものでもあったのかな。
悟さんの残した言葉が、気になる。
今の言葉は何だろう。
紅陵さんが私に向ける感情に、恋情は無きに等しい?そんなわけない、と思う。
最初は軽薄な態度だったけど、一昨日も昨日も…その、色々と、してもらった。思い出すだけで恥ずかしくなるけれど、それはそれは愛を囁かれた。
全部私を引っ掛けるための嘘だった、といえばそうなってしまうかもしれないけれど、私には、とても、嘘には思えなかった。
「………アイツ…」
「あっ、紅陵先輩!!」
悟さんと入れ替わるようにして、ある人が教室に来た。今の行動からして、悟さんはこの人のことが苦手なのかもしれない。
紅陵さんだ。
紅陵さんはビニール袋を引っ提げており、悟さんが去っていった向きを忌々しげな目で見ていた。悟さんと紅陵さん、仲が悪いのかな。
龍牙は不満げに紅陵さんに歩いていく。何か言うことがあるんだろうか。
「紅陵先輩の取り巻きが」
「わあああああ龍牙ストップ!!!」
紅陵さんの取り巻き。その言葉の続きは喋らせてはならない。きっと、龍牙は紅陵さんの親衛隊が私をいじめていた、と伝えたいんだ。
親衛隊の皆さんにとって、それは都合が悪いだろう。紅陵さんには知られないようにしながら信頼を築いていくべきだと思う。零王くんに泣きついたな!?などと詰られては堪らない。
私は大声を上げて龍牙の言葉を遮ったが、紅陵さんは取り巻きという言葉だけで勘づいてしまったらしい。目を細め、私に無表情で問いかけてきた。
「…アイツら、クロちゃんに何した?」
「いいえ、何もされてないです。少し話しただけです」
「制服が汚れてる。腹がそこまで汚れてるってことは、床に押し付けられたか?それに、前髪もボサボサで、涙の跡も残ってる。乱れた制服に、机の上のこれ、このハサミ。これ…あー、名前なんだっけ、忘れたけど、取り巻きの奴の持ち物だろ。零王くんかっこいいかっこいいってしょっちゅう言ってるめちゃめちゃうるせぇ奴」
紅陵さんは、マナトさんが忘れていったハサミを持って話を区切った。ハサミを見るためか、顔は俯いていて、表情は窺えない。
龍牙は私より紅陵さんに近いから、顔が見えるはず。そう思っていたら、龍牙が少しずつ後ずさりしていった。怯えるように、たじろぐように。
紅陵さんは俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「何された、クロちゃん」
「…私は何もされてな」
私は、返事をしようとした。
私は何もされてないですよ。
そう答えようとした。
その声は、打撃音にかき消された。
紅陵さんが、机にハサミを突き立てた音だ。かなり勢いが強かったらしく、ハサミは机に深々と突き刺さってしまっている。
…ハサミって、机に刺さるの?
どっと汗が吹き出してきた。
紅陵さんが、かなり、かなーり怒っている。その怒気を肌で感じた私は、頭の中が真っ白になった。隣に居る龍牙も完全に固まっている。
紅陵さんは俯いたまま話し始めた。その間もずっと手に力が込められており、ミシミシと木の軋む音と共に、ハサミが机に沈みこんでいくのが見えた。
「俺ァ、まどろっこしいのが大ッ嫌いなんだ。隠す意味が無いのは分かってるだろ?賢い賢い俺のクロちゃん、なあ…クロちゃん?」
「………」
「…何されたか、言ってみ?」
「…え、えっと、羽交い締めにされ、て…それから…」
私は、先程あったことを全て話した。
紅陵さんはハサミから手を離したものの、俯いたまま話を聞いていた。
「…それ、で、クリミツが助けてくれました」
「………」
「これで、話は…おしまい、です」
「………」
「紅陵さん…?」
紅陵さんは俯いて黙り込んでいる。私が恐る恐る声をかけると、紅陵さんはぱっと顔を上げた。その顔はいつもの無表情だ。目は、私を見つめている。何を思っているのか、さっぱり分からない。怒っていないと、いいのだけど…。
「…俺、用事思い出したわ。屋上使っていいからな、クロちゃん」
「え、あのっ、紅陵さん、紅陵さん?」
紅陵さんはそう言い残すと、私たちには目もくれずすぐさま教室を出ていってしまった。
紅陵さんは、この後何をするつもりだろう。用事とは一体何なんだろう。
机に刺さったハサミは、紅陵さんの秘めている力をよく表している。
紅陵さんは、もういきすぎた暴力を止めると言っていた。私は、その言葉を信じている。
「…とりま飯食うぞ」
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