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黒の帳 『一つ目の帳』

紅陵さん&氷川さん 大好き組

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私は、遠藤君たちに教室まで送ってもらった。先生との話が終わったから、お昼を食べよう。屋上で紅陵さんたちが待っている。

弁当箱を取り出し、屋上へ一人で向かう。

遠藤君たちが着いてこようとしたが、行き先が屋上と知るなり苦笑いして離れていった。紅陵さん、やっぱり怖がられてるんだな。裏番としての威厳があるということだ。かっこいい。

…でも私、そんな人に嘘ついてるんだよなあ。

しかし約束を破るわけにはいかない。そう思って屋上のすぐ前の階段を上った時。

「…おい、そこのクソチビ待て」

………誰のことかな~。

後ろの声を聞かなかったことにして歩き出そうとした途端、襟を後ろから思い切り引っ張られた。

「待てっつってんだろ!!」
「うわっ!」

渋々振り向くと、十数人の生徒が居た。彼らの襟には二年生の学年章がある。

この人たち、紅陵さんと氷川さんが大好きすぎる人たちだ。一昨日、二年生の教室で、私に突っかかってきた人、昨日、渡来さんと真央さんの騒ぎを見ていた人、見覚えのある人たちが沢山いる。昨日渡来さんに差し出されそうになった二年生は、後ろの方で気まずい顔をしている。

「調子乗ってんなよ、テメェ」
「そーそー、屋上は君ごときが入っちゃダメな場所なの!」

お昼をご一緒したいだけなんだけどなあ。中学の時のマイちゃんの親衛隊を思い出し、自分を奮い立たせる。彼らに認めてもらわなくちゃ。

「大体さ、君みたいなクソチビ陰キャが、王子様みたいにキラキラしてる零王くんと喋っていいと思ってんの?」
「は!?零王くんは王子様じゃなくて、気だるいアウトロー系だろ!」
「違う違う!!喧嘩が強くて男気のある俺様タイプだ!」
「お前の目は腐ってんのか!零王はな?」

突然言い争いが始まってしまった。紅陵さんは何タイプかで論争が巻き起こっている。

…今のうちに、屋上に入れないかな。

こっそり足を踏み出した瞬間、勢いよくその場の全員の顔が私に向いた。
あっ、怒られる!

「そこのお前!!」
「はいっ!」
「零王くんは何タイプだ!答えろ!!!」

場が静まり返り、私の解答を待つ雰囲気になった。あ、怒るんじゃなくて、私の意見を聞きたいんだ。

「…紅陵さんは、かっこよくて、優しくて」
「ほら、王子様タイプだって」
「でも、少し投げやりだったりして」
「いーや、アウトロー系だね」
「喧嘩が強くて、色々な人を打ち負かす力があります」
「強くてかっこいいんだってば」
「でも、一番は…」
「「「一番は?」」」

「手が出る早さじゃないですか?」

その場が、別の意味で静まり返った。はっきり言いすぎたか。でも私は初対面で手を出されたんだ。合ってると思ったんだけど…。
二年生たちは気まずそうな顔をしながらぼそぼそと喋りだした。

「いやさ、そういうのじゃないじゃん?分かってるけどさあ…」
「事実だよ?事実だけど…ほら、見ないふりってあるじゃんか」
「……でもなあ」
「「「言っちゃえばそうなんだよなあ………」」」

皆が渋い顔で、揃って呟いた。そこは妥協点ということか。…実は私も遊ばれていたりして。

「…いや、こんなこと話してる場合じゃない!!そこのチビを連れて行くんだろ!?」
「ハッ、そうだった!!」
「コラ行くぞクソチビ!」

腕を掴まれ、引っ張られる。私の弱すぎる力では踏ん張ることも出来ない。ずるずると引きずられ、私は空き教室に放り込まれた。

二年生たちに囲まれ、真ん中に立たされる。私は今から何をされるんだろうか。

「…マジでムカつくんだけど。君が来るまでは、零王くんは皆に平等だったんだよ?」
「どうせその隠してる顔だって、しょうもない顔なんだろ?」
「あのもっさい髪切っちゃおーよ。ほらミサト、これあげる」

ミサトと呼ばれた二年生は、ハサミを受け取ったらしい。ミサトさんが、私の顔に手を伸ばしてくる。

…マズイ。
髪は、特に前髪は、ダメだ。

何とか逃れようと暴れたが、後ろの二年生に羽交い締めにされた。やはり力では敵わない。
切るために前髪を呆気なく退けられ、二年生と目が合う。

「うわああああああっ!!!!」
「ミサトっ!?」
「おい、どうした!」

ミサトと呼ばれた、私の顔を見た目の前の二年生が、顔を押さえて倒れ込む。彼は床にゴロゴロと転がり、大声で叫んだ。

「むりいいい!!!むり、むり、メスになっちゃうぅ…マジでかっこいい、むりぃ……、抱いて、もうむり…ネコになっちゃう…零王くんよりしゅごい……」
「…アイツ、そんなイケメンなわけ?」
「俺に聞くな」

勿論だが、私は何もしていない。何故、何故倒れるんだ。
ミサトさんの奇行は見慣れているのか、ミサトさんを無視して、私の顔面について二年生が話し始めた。

…私の顔は中性的、女性的だから、私を女性として扱ってどうこうしたい人たちばかりだと思っていた。けれど、今のミサトさんの言葉を聞く限り、違うのだろうか。まさか、私の顔が紅陵さんよりかっこいいとでもいうのだろうか。冗談は止して欲しい。

「ねーねー、零王くんみたいにかっこいいイケメンなんだったら、ナユタに確認させたら?ナユタが好きなのは可愛い子だから、大丈夫でしょ」
「よし、任せろ」

ナユタと呼ばれた体格の良い二年生が、前に進み出る。流石に、大丈夫じゃないかな。いくら私の顔がどうこう人に評価されると言っても、そんなの大袈裟だ。この人なら大丈夫。

「うおおおおぉぉぉっっ!!!!」
「ナユターーーーッッ!!!」

大丈夫じゃなかった。
ナユタさんは目を押さえ、地に倒れ伏せる。私が目潰ししたみたいなリアクションをしないで欲しい。私が悪いことをしたみたいだ。

「なんだっ、なんなんだあのかお、ぅぐう……、かわいすぎ。天使、はい天使。…零王なんかに渡せるかよ………」
「おいおいナユタまで…、マナト、どうすんだ」
「ナユタがこんな反応したの、零王くんに初めて会った時以来…ってことは、こ、コイツ、零王くんみたいに完璧な顔面してるってこと?」

昨日、渡来さんに差し出されそうになった、マナトと呼ばれた二年生が、キラキラした目で私を見ている。ミサトさんが落としたハサミを拾い上げ、私の方へ歩いてきた。私を羽交い締めにしている二年生からため息が聞こえる。
紅陵さんと氷川さんの親衛隊、協調性はあまり無いんだな。

「こーんな地味男に、あの零王くんが惚れる顔が潜んでるわけ?ねえ、どうなの」
「私に聞かれても…。ご自分で確かめたらどうです?」
「…確かにね」

そう言うと、マナトさんは私に近づいてきた。もう羽交い締めに抵抗するのは諦めた。この怪力に適う気がしないし、体力の無駄に思えたからだ。マナトさんが、私の髪に手をかける。

「………ふっ」
「マナトッ!?」

マナトさんは膝を折って倒れ込んだ。皆揃って何なんだ。マナトさんはすぐに立ち上がると、何やらブツブツと呟き出した。

「いや、いや、や、やるんだ、僕がやるんだ。どんな雌猫でも躾けるって…、零王くんに近づく躾のなってない野良猫は、徹底的に、僕が…」

マナトさんは床に落としたハサミを拾い上げ、私に向けて宣言した。

「…お前の、そ、その情けない髪、は……」

マナトさんは私に向けたハサミをスっとスライドさせ、近くの二年生に渡した。受け取った二年生は目を白黒させている。

「コイツが切る!」
「…マナト?」
「お、おま、お前がやれ。僕がやる価値は無いからな」
「おいおい人任せかよ…、言い出しっぺはお前、その上俺は反対した側の人間なんだけど?分かってる?」
「いいから早く行け!」

二年生はぽりぽりと頭をかき、えーだとか んー?だとか不満を言っていたが、渋々歩き出した。ハサミを持って、私に、近づいてくる。
その二年生は、私の髪を退けた。

「……ほ、ほお……、ふーん……、ふんふん」
「や、止めてください、切らないで…」
「うん、止めるわ」
「えっ」

私の顔を物珍しそうに見ると、二年生は髪を切らずに踵を返した。呆然とするマナトさんの手に、ハサミを押し付けている。

「ちょっ、お前、何で…」
「俺パース。こんなこと出来るわけないだろ。ぜってー天罰下る。今日中に不慮の事故で死にそう。ロクな死に方しなさそう。寿命縮みそう。ってことで失礼しまーす」

二年生はへらりと笑うと、颯爽と教室を出て行った。…出て行く時に私にウインクをしたのは、見なかったことにしよう。

「おいマナト、早くやれ」
「はあ!?」
「どんな奴だろうと雌猫は躾ける。そう言ったのはお前だろ」
「……そう、だけど…」
「だったら早くやれ!!」

私の頭の上から怒鳴り声が聞こえる。その声にびくりと体を揺らしたマナトさんは、渋々ハサミを持つと、再び、私に近づいてきた。

「や、……やめてください」
「………」

マナトさんは、私の言葉を無表情で流した。冷たい金属が、顔のすぐ近くまで迫っている。暴れたらこのハサミが危ないし、そもそも羽交い締めにされていて動けない。
マナトさんが、私の横髪を掴む。

………どれだけ切られちゃうのかなあ。
雅弘さんにはバレないようにしなくちゃなあ。

耳元で鳴るシャキンという音を聞きながら、そんなことを考えた。
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