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黒の帳 『一つ目の帳』
+ 天野視点『仲間…?』
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「見事に止まなかったね~」
「とっとと傘出せ」
「はいはい」
根暗野郎に傘を差してもらい、俺もそこに入れてもらった。
「…あのね、天野君」
「あ?」
「私、実は傘取り上げられるって思ってた」
そう言って根暗野郎はえへへと笑った。
いや、お前の中の俺の印象凶悪すぎるだろ。失礼だな。流石にそこまでヤバい奴ではない。だって、傘を取られたら困るだろう。
苛立ちから軽く頭を小突いた。
「痛っ」
「テメェのこと守るっつったろ。風邪なんか引かれちゃ夢見が悪ぃ」
「ああそういうこと」
根暗野郎は納得し、歩き出した。その様子を見て、俺はあることに気づいた。それを指摘するべく、俺は指をさして尋ねた。
「……おい、何でテメェ濡れてやがる」
そう、根暗野郎が濡れてやがる。濡れているといっても肩だけだが、肩が濡れているということは、俺に傘を傾けているということだ。
だが、根暗野郎はそれを聞かれても、特に弁解することなく答えた。
「一本の傘に男二人はキツイから、仕方ないよ」
「…俺のためとか、キモイから止めろよ?」
「うん」
止めろと言ったのに、止めない。いや、段々照れくさくなってくるから止めて欲しい。気遣いを受けることなんて滅多に無いからだろうか、気遣われると不思議な気持ちになってくる。
「止めろっつったろ」
「癖だから」
「はァ?」
「別に、天野君のためってわけじゃないよ。私がやりたいようにやったら、こうなっただけ」
「…そうかよ」
この発言はどういう意味だろう。俺に気を遣わせないように、癖だと答えたのだろうか。
…だめだ、恥ずかしい。気遣われたせいで、背中の辺りがモゾモゾしてくる。これくらいで意識している俺がおかしいのだろうか。
だって、傘を忘れても、貸してくれたり入れてくれたりするダチなんて居なかった。中学の時に出来たダチだって、軽く雑談する程度だったし、傘が無いと言ったら「どんまーい!」なんて叫び、俺を置いて走って帰って行った奴らだ。
「さっさと歩けノロマ」
「はいはい」
ありがとう、は言えなかった。
だって、乱暴なことばかりしている俺がそんなことを言ったら、変な目で見られる。根暗野郎に馬鹿にされたら堪えられない、絶対手が出る。
「…天野君の家はどこ?」
「何で聞くんだ」
「送ってくよ」
「いい。お前の傘で帰る。だから先にお前ん家行くぞ」
俺の家は、知られたくない。母親ともし鉢合わせになったらと考えると、ゾッとする。
送ってくれる、その気遣いも恥ずかしい。
あー、ダチってこんな感じだっけ?
…多分違う。コイツが甘ったれなだけだ。コイツ、絶対幸せな家庭で育っただろ。
羨ましい。どんな育て方をしたらこんな高校生が生まれるんだよ。だが、甘やかされていると考えるには、しっかりしている。一体どういう家庭だ?
家庭といえば、だ。
俺は昼前に浮かんだ考えを思い出した。根暗野郎の背格好は、リンさんに似ている。だから、リンさんの親戚か何かかと思ったんだ。しかし、仮にそうだとしても、リンさんを探していると知っている俺には言わないだろう。少しずつ情報を聞き出していこう。
「……なあ、根暗」
「何?」
「お前、名前なんだっけ」
「私の名前は紫川鈴。好きな物は卵料理!血液型は」
「黙れそこまで聞いてねぇ」
コイツポジティブすぎるだろ。俺がダチになりたくて聞いたとでも思ったのだろうか。
紫川鈴。その名前を意識したのは、リンという名前を探してクラス割りの表を見た時だ。
鈴の別の読みはリン。
「……紫川、鈴か」
「私の名前がどうかした?」
そもそもだ、リンさんに会ったのが俺だけとは限らない。
そんな奴らに、リンさんが俺にしたものと同じ対応をしたとしたら?リンという偽名を他の奴らにも教えていたら?俺のように、リンさんを紫川鈴だと思う奴が居たら?
…コイツにカマかけてみるか。
「お前、あだ名がリンだったりしねぇか?」
「…そんな女の子みたいなあだ名、私につけられるわけないでしょ」
「だよなァ…」
…根暗野郎に怪しい動きは無かった。
根暗野郎は呆れたように話しただけだ。
チッ、何も知らねぇのか。
まあ可能性は低い話だ。そこまで気にする事はない。それに、元番長の渡来も知らないのなら、リンさんに出会える確率は非常に低いと言える。渡来はムカつくが、周りの人間が優秀なおかげで、情報力だけは信用できる男だからな。
「あ、あとお前、美人の知り合いとか、背格好めっちゃ似てる人とか居ないか?兄弟とか、親戚とか…」
「いないよ。…いたとしても、分からないから言えない」
「は?どういうことだ」
親戚とは仲が悪いということか?てっきり幸せな家庭だと思っていたが、予想は外れていたのだろうか。
次の瞬間、根暗野郎から発せられた言葉は、俺にとって衝撃的なものだった。
「私、親も親戚も知らないから分からないんだ。捨てられて施設で育ったから。生まれてから、ずっと。だから分からない」
は?
捨て子、なのか?
今のご時世、ネグレクトや毒親がいるといっても、昔よりは裕福なはずだ。それなのに、今目の前にいるコイツは親に捨てられたと言っている。そんなの、スラム街とか、遠い外国の話だと思っていた。流石に、日本には一人も居ないとまでは言わないが、まあ俺の近くに居るわけがないだろうと思っていた。
でも、ここに居たんだ。
生まれてから、ずっと?
コイツ、親戚どころか、親の顔さえ知らずに今まで生きてきたのか?
自分が誰かも分からず、ずっと、一人で?
甘ったれなのはコイツじゃない、俺だ。
…俺がどれだけ馬鹿なのかがよく分かった。
俺の家庭は、父親一人が居なくなっただけで崩壊した。クソババアの代わりに、小学五年生まで俺の面倒を見てくれた姉ちゃんがいてくれたのに、俺はここまで捻くれ、グレた。
でも、こいつには、一人も居ない。自分に文句を言ってくる家族さえ居ない。
…友達を欲しがるのは、そういうことだったのか。
「わ、悪ぃ、そこまで話させるつもりじゃ…」
「いいよ、気にしないで」
食い気味に言われ、俺は黙るしかなかった。恐らく一番隠したかったことだろうに、俺が暴いてしまった。だって、こんなこと、知られたくないだろ。俺がクソ親のことを知られたくないのと、同じくらい。
根暗野郎、根暗、野郎…。どうして俺はコイツを根暗野郎と呼んでいたんだっけ?ああそうだ、髪が長くてビビリだからだ。
自分を守ってくれる奴が友達しか居ないのなら、ビビリでも仕方ないか。
そう考えた俺は、不器用なのは重々承知していたが、コイツのことを、必死に励まそうとした。
「…ほら、お前が根暗なのって、それが原因だから、あんま気にすんな」
「あのさ、天野君…根暗根暗って言うけど、私言うほど根暗じゃないと思うよ?」
確かに、言う通りだ。性格は明るいし、暗いのは見た目だけだ。根っこから暗いというのは言い過ぎだろう。
だが、今更呼び名を考えるのも面倒だ。
名字か名前で呼ぶという選択肢がすっぽり抜け落ちた俺は、根暗野郎に反論した。
「弱いだろ」
「うん」
「すぐ絡まれるだろ」
「うん」
「だから根暗だ」
「うーん…、根暗の意味調べておいで」
「バカにしてんのか!」
「うん」
「あ!?」
やべ、結構怒鳴った。ビビってないか?大丈夫か?
だが、すぐに楽しそうな、それでいて優雅な笑い声が聞こえた。
「うそうそ、うそだって、ふふっ」
この笑い声、似ている。
俺を助けてくれた時の、リンさんの笑い声。
聖母のように微笑んだ、あの時の声。
…いや、考えすぎだ。
あの時の俺は寝起きで耳がボーってなってたからな。それに、根暗野郎とリンさんを重ねることは失礼だ。確かに根暗野郎は可哀想だ。だが、それまでだ。
俺はリンさんが好きなんだ。
ダチと好きな人は違う。
…ダチじゃねぇ!俺今何考えてたんだ!?
まあ、根暗野郎が笑ってくれたんだ。よかった。なんたってさっきまでの雰囲気は最悪だったからな!
「…俺も」
「んー?」
「……俺もさ、親は…居ないようなモンなんだよ」
「…そうなの?」
俺は、自分の家庭についてざっくり話した。なんだか、俺だけ話していないのは卑怯な気がしたからだ。…でも、根暗野郎の境遇を聞いて、自分の方がマシだ、と思ってしまったのかもしれない。これなら話してもいい、これなら俺は惨めに見えない、俺はそう思ったんだろうか。
…最低だ、俺。
捻くれ者で、卑怯な俺は、嫌いだ。
でも、根暗野郎はそんな俺の話を黙って聞いてくれた。同情してるの?とか、私よりマシだから話したんでしょ、みたいなことは、一切言わなかった。優しすぎないか?だって、不良が突然身の上話をしたら、誰だって笑い飛ばすか苦笑いするだろう。しかも、自分をパシリ扱いする不良だ。何か、姉ちゃんみた……いや!姉ちゃんと重ねるのもダメだ。
姉ちゃんもリンさんも、めっちゃ優しい。
根暗野郎も優しいが、重ねるべきじゃない。
だって、根暗野郎は、一人しかいないからな。
誰かを自分に重ねられていい気分になるやつなんて居ないだろう。これからは重ねないように気をつけないとな。
俺がそう心に決めた時、根暗野郎が突然足を止めた。何か落としたりしたか?
「天野君、もう家着いちゃった」
「あ、マジか」
なるほど、家に着いたんだな。ここが根暗野郎の家ってわけだ。少し頭を下げ、傘の下から家を覗き見た。
…いや、何で高級マンション?
しかもここ、極道がオーナーで有名の、超ヤベェ場所じゃねぇかよ!?
あ、分かった。俺が今見たのは間違いだな。根暗野郎の家は道の向かい側にあるに違いない。
そう思って反対側を見たが、そこにはコンビニしかなかった。
ここのマンションはマジでヤバい。噂によると、極道の息子や極道の関係者は大体ここに住んでいるらしい。そんな物騒なところに根暗野郎が泊まっているとは信じ難い。
ヤバいマンションの前にいる焦りから、口がひきつりそうになる。だがそれを抑え、俺は根暗野郎に、何気ない感じで話しかけた。
「ん?もうちょい先じゃねぇの?ここはマンションだろ」
「いや、ここでいいの。ここのマンションに住んでるの」
「は?お前一人暮らしって…」
嘘、嘘だ。
つーかここに住んでたとして、家賃はどうしてるんだ。バカ高ぇぞ。親戚も家族も居ないコイツがどうやったらこんなとこで暮らせるんだよ。
「まあ色々事情があってさ」
「いやいやいや」
そんなフワッとした情報で納得出来るかーーッ!!
「ここのマンションそんな簡単に住めるところじゃ…、つーかここの管理人って確かヤ」
「まーまーまー、ね!暖かくなってきたって言ってもまだ寒いし、ほら、早く帰りなよ」
言葉をさえぎられてしまった。話したくないってことだな。しかもさっき生い立ちを話した時と全然違う。大声で喚いている。
絶対知られたくないやつだな、コレ。
俺は大人しく返事をし、その場を去った。
借りた傘を持ち、一人きりの帰路につく。…くそ、ちょっと寂しいじゃねえかよ。ダチじゃねえのに。…誰かと帰るのなんて、久しぶりだったから、心が勘違いしてるだけだ。
「……天野くーん!!」
何だ?俺は何か忘れただろうか。
足を止め、続きの言葉を待った。
「また明日ねーーー!」
…えっ、俺、明日も、いいのか?
驚きで一瞬振り返ってしまった。ちょちょちょダセェダセェ。正気を取り戻し、すぐさま前を向く。お友達が初めてできた幼稚園児か、俺は。ダッセーにも程がある。
…少し時間をあけて、手を振った。
多分今なら根暗野郎も見ていない。だって、何か恥ずかしいだろ、手ぇ振るとかガキじゃあるまいし。
見えてないのなら意味は無いかもしれないが、反応を返さずにはいられなかった。
だって、少ーしだけ、マジでほんの少しだけ、
ダチみたいで、嬉しかったから。
帰ってみると、家には誰も居なかった。よっしゃ!ウキウキで、根暗野郎のおかげで濡れなかった制服を脱ぎ、私服に変えて急いで外に出た。クソババアが居ないうちに家を出なきゃな。今日はどこで夜を明かそうか。池柳のダチに電話をかけ、駅前で落ち合うことにした。
よし、今日は遊ぶぞ!!
「とっとと傘出せ」
「はいはい」
根暗野郎に傘を差してもらい、俺もそこに入れてもらった。
「…あのね、天野君」
「あ?」
「私、実は傘取り上げられるって思ってた」
そう言って根暗野郎はえへへと笑った。
いや、お前の中の俺の印象凶悪すぎるだろ。失礼だな。流石にそこまでヤバい奴ではない。だって、傘を取られたら困るだろう。
苛立ちから軽く頭を小突いた。
「痛っ」
「テメェのこと守るっつったろ。風邪なんか引かれちゃ夢見が悪ぃ」
「ああそういうこと」
根暗野郎は納得し、歩き出した。その様子を見て、俺はあることに気づいた。それを指摘するべく、俺は指をさして尋ねた。
「……おい、何でテメェ濡れてやがる」
そう、根暗野郎が濡れてやがる。濡れているといっても肩だけだが、肩が濡れているということは、俺に傘を傾けているということだ。
だが、根暗野郎はそれを聞かれても、特に弁解することなく答えた。
「一本の傘に男二人はキツイから、仕方ないよ」
「…俺のためとか、キモイから止めろよ?」
「うん」
止めろと言ったのに、止めない。いや、段々照れくさくなってくるから止めて欲しい。気遣いを受けることなんて滅多に無いからだろうか、気遣われると不思議な気持ちになってくる。
「止めろっつったろ」
「癖だから」
「はァ?」
「別に、天野君のためってわけじゃないよ。私がやりたいようにやったら、こうなっただけ」
「…そうかよ」
この発言はどういう意味だろう。俺に気を遣わせないように、癖だと答えたのだろうか。
…だめだ、恥ずかしい。気遣われたせいで、背中の辺りがモゾモゾしてくる。これくらいで意識している俺がおかしいのだろうか。
だって、傘を忘れても、貸してくれたり入れてくれたりするダチなんて居なかった。中学の時に出来たダチだって、軽く雑談する程度だったし、傘が無いと言ったら「どんまーい!」なんて叫び、俺を置いて走って帰って行った奴らだ。
「さっさと歩けノロマ」
「はいはい」
ありがとう、は言えなかった。
だって、乱暴なことばかりしている俺がそんなことを言ったら、変な目で見られる。根暗野郎に馬鹿にされたら堪えられない、絶対手が出る。
「…天野君の家はどこ?」
「何で聞くんだ」
「送ってくよ」
「いい。お前の傘で帰る。だから先にお前ん家行くぞ」
俺の家は、知られたくない。母親ともし鉢合わせになったらと考えると、ゾッとする。
送ってくれる、その気遣いも恥ずかしい。
あー、ダチってこんな感じだっけ?
…多分違う。コイツが甘ったれなだけだ。コイツ、絶対幸せな家庭で育っただろ。
羨ましい。どんな育て方をしたらこんな高校生が生まれるんだよ。だが、甘やかされていると考えるには、しっかりしている。一体どういう家庭だ?
家庭といえば、だ。
俺は昼前に浮かんだ考えを思い出した。根暗野郎の背格好は、リンさんに似ている。だから、リンさんの親戚か何かかと思ったんだ。しかし、仮にそうだとしても、リンさんを探していると知っている俺には言わないだろう。少しずつ情報を聞き出していこう。
「……なあ、根暗」
「何?」
「お前、名前なんだっけ」
「私の名前は紫川鈴。好きな物は卵料理!血液型は」
「黙れそこまで聞いてねぇ」
コイツポジティブすぎるだろ。俺がダチになりたくて聞いたとでも思ったのだろうか。
紫川鈴。その名前を意識したのは、リンという名前を探してクラス割りの表を見た時だ。
鈴の別の読みはリン。
「……紫川、鈴か」
「私の名前がどうかした?」
そもそもだ、リンさんに会ったのが俺だけとは限らない。
そんな奴らに、リンさんが俺にしたものと同じ対応をしたとしたら?リンという偽名を他の奴らにも教えていたら?俺のように、リンさんを紫川鈴だと思う奴が居たら?
…コイツにカマかけてみるか。
「お前、あだ名がリンだったりしねぇか?」
「…そんな女の子みたいなあだ名、私につけられるわけないでしょ」
「だよなァ…」
…根暗野郎に怪しい動きは無かった。
根暗野郎は呆れたように話しただけだ。
チッ、何も知らねぇのか。
まあ可能性は低い話だ。そこまで気にする事はない。それに、元番長の渡来も知らないのなら、リンさんに出会える確率は非常に低いと言える。渡来はムカつくが、周りの人間が優秀なおかげで、情報力だけは信用できる男だからな。
「あ、あとお前、美人の知り合いとか、背格好めっちゃ似てる人とか居ないか?兄弟とか、親戚とか…」
「いないよ。…いたとしても、分からないから言えない」
「は?どういうことだ」
親戚とは仲が悪いということか?てっきり幸せな家庭だと思っていたが、予想は外れていたのだろうか。
次の瞬間、根暗野郎から発せられた言葉は、俺にとって衝撃的なものだった。
「私、親も親戚も知らないから分からないんだ。捨てられて施設で育ったから。生まれてから、ずっと。だから分からない」
は?
捨て子、なのか?
今のご時世、ネグレクトや毒親がいるといっても、昔よりは裕福なはずだ。それなのに、今目の前にいるコイツは親に捨てられたと言っている。そんなの、スラム街とか、遠い外国の話だと思っていた。流石に、日本には一人も居ないとまでは言わないが、まあ俺の近くに居るわけがないだろうと思っていた。
でも、ここに居たんだ。
生まれてから、ずっと?
コイツ、親戚どころか、親の顔さえ知らずに今まで生きてきたのか?
自分が誰かも分からず、ずっと、一人で?
甘ったれなのはコイツじゃない、俺だ。
…俺がどれだけ馬鹿なのかがよく分かった。
俺の家庭は、父親一人が居なくなっただけで崩壊した。クソババアの代わりに、小学五年生まで俺の面倒を見てくれた姉ちゃんがいてくれたのに、俺はここまで捻くれ、グレた。
でも、こいつには、一人も居ない。自分に文句を言ってくる家族さえ居ない。
…友達を欲しがるのは、そういうことだったのか。
「わ、悪ぃ、そこまで話させるつもりじゃ…」
「いいよ、気にしないで」
食い気味に言われ、俺は黙るしかなかった。恐らく一番隠したかったことだろうに、俺が暴いてしまった。だって、こんなこと、知られたくないだろ。俺がクソ親のことを知られたくないのと、同じくらい。
根暗野郎、根暗、野郎…。どうして俺はコイツを根暗野郎と呼んでいたんだっけ?ああそうだ、髪が長くてビビリだからだ。
自分を守ってくれる奴が友達しか居ないのなら、ビビリでも仕方ないか。
そう考えた俺は、不器用なのは重々承知していたが、コイツのことを、必死に励まそうとした。
「…ほら、お前が根暗なのって、それが原因だから、あんま気にすんな」
「あのさ、天野君…根暗根暗って言うけど、私言うほど根暗じゃないと思うよ?」
確かに、言う通りだ。性格は明るいし、暗いのは見た目だけだ。根っこから暗いというのは言い過ぎだろう。
だが、今更呼び名を考えるのも面倒だ。
名字か名前で呼ぶという選択肢がすっぽり抜け落ちた俺は、根暗野郎に反論した。
「弱いだろ」
「うん」
「すぐ絡まれるだろ」
「うん」
「だから根暗だ」
「うーん…、根暗の意味調べておいで」
「バカにしてんのか!」
「うん」
「あ!?」
やべ、結構怒鳴った。ビビってないか?大丈夫か?
だが、すぐに楽しそうな、それでいて優雅な笑い声が聞こえた。
「うそうそ、うそだって、ふふっ」
この笑い声、似ている。
俺を助けてくれた時の、リンさんの笑い声。
聖母のように微笑んだ、あの時の声。
…いや、考えすぎだ。
あの時の俺は寝起きで耳がボーってなってたからな。それに、根暗野郎とリンさんを重ねることは失礼だ。確かに根暗野郎は可哀想だ。だが、それまでだ。
俺はリンさんが好きなんだ。
ダチと好きな人は違う。
…ダチじゃねぇ!俺今何考えてたんだ!?
まあ、根暗野郎が笑ってくれたんだ。よかった。なんたってさっきまでの雰囲気は最悪だったからな!
「…俺も」
「んー?」
「……俺もさ、親は…居ないようなモンなんだよ」
「…そうなの?」
俺は、自分の家庭についてざっくり話した。なんだか、俺だけ話していないのは卑怯な気がしたからだ。…でも、根暗野郎の境遇を聞いて、自分の方がマシだ、と思ってしまったのかもしれない。これなら話してもいい、これなら俺は惨めに見えない、俺はそう思ったんだろうか。
…最低だ、俺。
捻くれ者で、卑怯な俺は、嫌いだ。
でも、根暗野郎はそんな俺の話を黙って聞いてくれた。同情してるの?とか、私よりマシだから話したんでしょ、みたいなことは、一切言わなかった。優しすぎないか?だって、不良が突然身の上話をしたら、誰だって笑い飛ばすか苦笑いするだろう。しかも、自分をパシリ扱いする不良だ。何か、姉ちゃんみた……いや!姉ちゃんと重ねるのもダメだ。
姉ちゃんもリンさんも、めっちゃ優しい。
根暗野郎も優しいが、重ねるべきじゃない。
だって、根暗野郎は、一人しかいないからな。
誰かを自分に重ねられていい気分になるやつなんて居ないだろう。これからは重ねないように気をつけないとな。
俺がそう心に決めた時、根暗野郎が突然足を止めた。何か落としたりしたか?
「天野君、もう家着いちゃった」
「あ、マジか」
なるほど、家に着いたんだな。ここが根暗野郎の家ってわけだ。少し頭を下げ、傘の下から家を覗き見た。
…いや、何で高級マンション?
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あ、分かった。俺が今見たのは間違いだな。根暗野郎の家は道の向かい側にあるに違いない。
そう思って反対側を見たが、そこにはコンビニしかなかった。
ここのマンションはマジでヤバい。噂によると、極道の息子や極道の関係者は大体ここに住んでいるらしい。そんな物騒なところに根暗野郎が泊まっているとは信じ難い。
ヤバいマンションの前にいる焦りから、口がひきつりそうになる。だがそれを抑え、俺は根暗野郎に、何気ない感じで話しかけた。
「ん?もうちょい先じゃねぇの?ここはマンションだろ」
「いや、ここでいいの。ここのマンションに住んでるの」
「は?お前一人暮らしって…」
嘘、嘘だ。
つーかここに住んでたとして、家賃はどうしてるんだ。バカ高ぇぞ。親戚も家族も居ないコイツがどうやったらこんなとこで暮らせるんだよ。
「まあ色々事情があってさ」
「いやいやいや」
そんなフワッとした情報で納得出来るかーーッ!!
「ここのマンションそんな簡単に住めるところじゃ…、つーかここの管理人って確かヤ」
「まーまーまー、ね!暖かくなってきたって言ってもまだ寒いし、ほら、早く帰りなよ」
言葉をさえぎられてしまった。話したくないってことだな。しかもさっき生い立ちを話した時と全然違う。大声で喚いている。
絶対知られたくないやつだな、コレ。
俺は大人しく返事をし、その場を去った。
借りた傘を持ち、一人きりの帰路につく。…くそ、ちょっと寂しいじゃねえかよ。ダチじゃねえのに。…誰かと帰るのなんて、久しぶりだったから、心が勘違いしてるだけだ。
「……天野くーん!!」
何だ?俺は何か忘れただろうか。
足を止め、続きの言葉を待った。
「また明日ねーーー!」
…えっ、俺、明日も、いいのか?
驚きで一瞬振り返ってしまった。ちょちょちょダセェダセェ。正気を取り戻し、すぐさま前を向く。お友達が初めてできた幼稚園児か、俺は。ダッセーにも程がある。
…少し時間をあけて、手を振った。
多分今なら根暗野郎も見ていない。だって、何か恥ずかしいだろ、手ぇ振るとかガキじゃあるまいし。
見えてないのなら意味は無いかもしれないが、反応を返さずにはいられなかった。
だって、少ーしだけ、マジでほんの少しだけ、
ダチみたいで、嬉しかったから。
帰ってみると、家には誰も居なかった。よっしゃ!ウキウキで、根暗野郎のおかげで濡れなかった制服を脱ぎ、私服に変えて急いで外に出た。クソババアが居ないうちに家を出なきゃな。今日はどこで夜を明かそうか。池柳のダチに電話をかけ、駅前で落ち合うことにした。
よし、今日は遊ぶぞ!!
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