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黒の帳 『一つ目の帳』
気が抜けないお昼
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私と目が合った天野君は、数秒固まった。
その後、口をぽかんと開け、何度も瞬きをしていた。私がここに居ることが信じられないのだろう。
何故天野君が外に、しかも保健室の前に居るのか。
少し疑問に思ったが、今の危機的状況に対応するのが先だ。どうしよう、どうしよう。
だが、私は一つ思いついている。
一階にあるこの保健室への最短ルートは、保健室を出てすぐ横の廊下、そこから入る、という道だ。その廊下は渡り廊下のようになっており、外からも入れる。
そこを歩いてくる僅かな時間でどうにかしよう。
走って逃げるのは足の速さと体力からして諦めた方が良さそうだ。ならば、隠れよう。まだ希望はある。諦めてはいけない!
と、決心したが、その希望は天野君の行動に、粉々に打ち砕かれた。
なんと天野君は窓を開け、そこから入ってきた。
不良さんにとっての最短ルートはそこだね、うん。
床が汚れないように靴を脱いだみたいだけど、窓から入ってくる時点であまり変わらないと思う。
窓から入ってきた天野君は、その場に降り立つと、距離を詰めることはせずにそこから話しかけてきた。
「…こ、こんにちは」
「…」
「あの、えっと、俺のこと覚えてますか?」
はい、観念しました。声を出さないようにして、天野君と交流しよう。こくんと頷くか、ふるふると首を振ればいいだろう。『はい』か『いいえ』くらいの意思表示しか出来ないが、声を出せばバレてしまうので仕方ない。
天野君に向かって頷くと、天野君は嬉しそうにはにかんだ。こういった顔は可愛らしい。私にもこんな顔で笑いかけてくれたらいいのになあ。
「…これからお昼ですか?もしよかったら、一緒に食べません?」
へへっと笑った天野君は、昼ご飯が入っているであろうビニール袋を揺らした。私の脇にある弁当箱を見て、そう判断したんだろう。
頭の中を、天野と二人きりになるなという龍牙の忠告が横切ったが、あれは前髪を下ろした状態のことだろう。気にしなくていい。パシリにされる心配をしているだけだ。
そして、私は彼の執念を知っている。ここまで相手にされていないにも関わらず、何度も近づいてくる。一言も喋らない私のことを、ちっとも厭わない。
顔に惚れているといっても限度がある。
誰だって、どれだけの美人だろうと素っ気なくされれば苛立つだろう。
それなのに、天野君はこうして近づいてくる。
だとすると、だ。
昼ご飯を断ったとしても、彼はここに居座るだろう。きっと、天野君の目的は少しでも私の手がかりを得ることだろう。それなら断っても意味が無い。
そう判断した私は、また頷いた。天野君は顔を輝かせ、私の隣に座ろうとした。…中々座らない。
場所に悩んでいるんだろう。恐らくは、距離感。悩む時間があまりにも長かったため、仕方なく隣をぽんぽんと叩いてみせた。
天野君が耳を赤くし、そろそろとそこに座る。肘がぶつかるかもしれない距離だが、食べるには支障ないだろう。
私は弁当箱を開け、天野君はビニール袋からおにぎりを出した。
「……俺、リンさんを探したんです。そしたら見つかりました、リンって名前の人。でもソイツ、リンさんじゃありませんでした。横山凛って名前なんです。一年生でリンなんて名前、アイツしか居ませんでした」
「貴方は……誰なんですか?」
それは、答えられない。
天野君には悪いが、もう少し準備をする時間が欲しい。根暗と呼ばれる私と天野君の関係をもっと良い友人関係にしたい。それから打ち明けさせて欲しい。
答えられない、という意で首を振った。
天野君は寂しそうな顔をしたが、それ以上追求する気は無いらしく、名前とは別の質問を投げかけられた。
「あの、聞いていいですか」
「…(こくん)」
「その頬の傷、どうしたんですか。…誰かにやられたんですか」
うん、君にやられたよ。
と、言うことは出来ないのでどう答えようか。しかし、人為的なものであることは変わらない。とにかくここは頷いておこう。
「誰がそんな酷いことを…」
君だよ、君。
「俺、ソイツのことボッコボコにしますよ。教えてください」
「…(ふるふる)」
「……へへ」
ん?どこに微笑む要素があったんだ。
相手が天野君だと言えるわけが無い。だから断っただけだ。
「優しいんですね。俺を助けてくれた時と、一緒だ」
なるほど、やり返すような性格ではない、と受けとったらしい。事実だが、それを優しいというのは言い過ぎじゃないだろうか。
…あの時は天野君を助けたわけじゃない。だってあれは、起こしただけだろう。ふるふると首を振ったが、天野君は取り合わず、微笑んでいるだけだった。
「あの、リンさん」
「?」
「卵、好きなんですか?」
何で分かったの!?
驚きが顔に現れていたらしく、そんな私の顔を見て天野君は得意げに話し始めた。
「へへ、卵焼きを見る目が可愛…えっと、真剣、あー、真面目?だったんで。あと、食べた時の顔が嬉しそうでした」
「……」
天野君の観察眼、ここまでくると恐ろしくなってくる。『りん』の前だからかもしれないが、集中力が凄い。
それにしても、卵が好きとバレたのは少し恥ずかしい。そんなに分かりやすかっただろうか。表情筋が緩いとよく言われるが、天野君の前で満面の笑みを浮かべてしまっていただろうか。
恥ずかしくて顔に熱が集まってきた。天野君も、そんな私を見て顔を赤くした。やめて欲しい、天野君まで照れてどうするんだ、恥ずかしい。
「あっ、ああ、そうだ。卵が好きなら、これどうぞ」
天野君はビニール袋から、包装されたたまごサンドを取り出した。だが、これをもらってしまうのは申し訳ない。天野君のお昼が減ってしまう。首を振ったが、天野君は無視して私の膝にたまごサンドを乗せてきた。
それなら、何かお返しをしなくては。
私の弁当には、おかずがまだ沢山残っている。弁当箱を持ち上げて天野君に見せた。意図が伝わるといいんだけど。
「…ん、何ですか?」
ダメだ、伝わらない。
たまごサンドに手を向け、私に向ける。そして、弁当箱にも手を向け、天野君に向けた。
これで伝わるかな。
「……え、えっ、俺に?」
「…(こくん)」
「じゃあ…、この、コロッケが欲しいです」
コロッケではなく、メンチカツだ。まあ見かけで判断は出来ないので仕方ない。龍牙にあげるときのように、箸でメンチカツを掴み、天野君に差し出した。
「へっ、え?……あ、あー…」
天野君は固まっている。
…あ、いつもの癖で失念していた。
これは恋人同士でよく見られる「あーん」というやつだ。龍牙にはよくやっていたが、今の天野君にやるとなると意味合いが違ってくるだろう。そう気づいたが、差し出した箸を引っ込める訳にもいかない。
天野君は照れながらも、食べ物を口にしてくれた。咀嚼するうちに、どんどん天野君の顔が輝いてくる。
「……ん、うまッ!?…ぃ……です、へへ。手作り…ですか?」
「…(こくん)」
「マジすかー!……俺、マジで幸せ者です、マジですよ。…リンさん、ありがとうございます」
何だか不思議な気持ちになってきた。
私は、天野君は私の顔だけを見て好きになるような人達と余り変わらない、そう思っていた。
でも、何だろう。天野君とは、私の気持ちをちゃんと推し量ってくれるような、そんな距離感がある。
照れたからといって黙り続けることもなければ、少しでも気を持ってもらおうと迫ってくるわけでもない。ショッピングモールでは迫られたけど、逃げられたことで反省しているのか、今は絶妙な距離感を保ってくれている。
C組の皆も、こういう距離感で居てくれたらいいのにな。
天野君と私はお昼ご飯を食べ終えた。弁当箱を片付ける私を眺めていた天野君が、呟くように話を切り出す。
「…俺、こんなに落ち着いた感じで誰かとメシ食ったの、久しぶりなんです。家で食う時は誰も居ないし、こんな俺には…メシを一緒に食うダチもいませんし。だから、俺、今めっちゃ嬉しいです!」
あれ、横山君とは落ち着いて食べられなかったのかな。今日といい昨日といい、天野君と横山君の関係が気になる。
それと、天野君の自虐も気になる。不良であることを強調し、自分のことをやたらと卑下している。
そんなことを言わないで欲しい。
不良である自分が嫌なのだったら、変わればいい。家に居るのが嫌なら、『りん』ではないけど、私と一緒に遊べばいい。私でなくとも、他の不良さん…龍牙やクリミツもいいだろう。変わりたくないのなら、天野君が自分のことを少しでも好きになれるように、手伝いたい。
喋ったら、声でバレてしまう。
だから、何も言えない。
でも、天野君に何かを伝えたい。
私は首を振り、天野君の手を励ますように強く握った。
「…励まして、くれてるんですか?」
「…(こくん)」
「はは、本当……マジで、優しいっすね。……なんか泣きそうです」
天野君に足りないのは、周りの人間、彼らと交わす会話じゃないだろうか。誰に対しても突き放すような態度をとるせいで、悪循環を生み出してしまったのかもしれない。
よし、明日から、少しずつ周りの人を天野君に寄せていこう。お節介かもしれないが、本当に嫌な時は多分私をぶん殴ってくるだろうから、そうしたら止めよう。天野君、嫌なことは嫌と言える人だと思うから。
理由無く暴力を振るう人なんていないんだ。
皆、心に何かを抱えているだけ。
天野君は、龍牙と仲直りしたらパシリ扱いを止めると言っていたから、明日からは友達として接することが出来たらいいな。
天野君の、泣きそう、という言葉は大袈裟ではなかったのだろう。涙目になって上を見上げている。涙を必死に堪えようとする姿を見ていられなくて、天野君の頭に手を伸ばした。
泣きたい時は、泣いていいんだよ?
そんな思いを込めて、天野君の頭を撫でた。
…いくら『りん』だからって、調子に乗りすぎだ。惚れられているからって、やっていいこととダメなことがある。これではビッチ呼ばわりされても仕方ない。
でも、私は止めない。
だって、『りん』の前では、天野君は素直になってくれるんだ。
養護施設に居た時、私が皆の親代わり、兄代わりになれたように、天野君にとっての私が、何か…誰かの代わりになればいいな。もし代わりまでとはいけずとも、心が安らぐ程度の場所を提供出来たらいいな。
天野君の頭を撫でていたら、
廊下から誰かの足音が聞こえてきた。
先生?それとも生徒?
保健室に用事がある人だろうか。
その答えはすぐに出た。
がらりと扉が開き、足音の主の間延びした声が保健室に響く。
「包帯おなしゃーっす…あれ?クロちゃん。何してんのこんなとこで」
…まずい
紅陵さんだ!
その後、口をぽかんと開け、何度も瞬きをしていた。私がここに居ることが信じられないのだろう。
何故天野君が外に、しかも保健室の前に居るのか。
少し疑問に思ったが、今の危機的状況に対応するのが先だ。どうしよう、どうしよう。
だが、私は一つ思いついている。
一階にあるこの保健室への最短ルートは、保健室を出てすぐ横の廊下、そこから入る、という道だ。その廊下は渡り廊下のようになっており、外からも入れる。
そこを歩いてくる僅かな時間でどうにかしよう。
走って逃げるのは足の速さと体力からして諦めた方が良さそうだ。ならば、隠れよう。まだ希望はある。諦めてはいけない!
と、決心したが、その希望は天野君の行動に、粉々に打ち砕かれた。
なんと天野君は窓を開け、そこから入ってきた。
不良さんにとっての最短ルートはそこだね、うん。
床が汚れないように靴を脱いだみたいだけど、窓から入ってくる時点であまり変わらないと思う。
窓から入ってきた天野君は、その場に降り立つと、距離を詰めることはせずにそこから話しかけてきた。
「…こ、こんにちは」
「…」
「あの、えっと、俺のこと覚えてますか?」
はい、観念しました。声を出さないようにして、天野君と交流しよう。こくんと頷くか、ふるふると首を振ればいいだろう。『はい』か『いいえ』くらいの意思表示しか出来ないが、声を出せばバレてしまうので仕方ない。
天野君に向かって頷くと、天野君は嬉しそうにはにかんだ。こういった顔は可愛らしい。私にもこんな顔で笑いかけてくれたらいいのになあ。
「…これからお昼ですか?もしよかったら、一緒に食べません?」
へへっと笑った天野君は、昼ご飯が入っているであろうビニール袋を揺らした。私の脇にある弁当箱を見て、そう判断したんだろう。
頭の中を、天野と二人きりになるなという龍牙の忠告が横切ったが、あれは前髪を下ろした状態のことだろう。気にしなくていい。パシリにされる心配をしているだけだ。
そして、私は彼の執念を知っている。ここまで相手にされていないにも関わらず、何度も近づいてくる。一言も喋らない私のことを、ちっとも厭わない。
顔に惚れているといっても限度がある。
誰だって、どれだけの美人だろうと素っ気なくされれば苛立つだろう。
それなのに、天野君はこうして近づいてくる。
だとすると、だ。
昼ご飯を断ったとしても、彼はここに居座るだろう。きっと、天野君の目的は少しでも私の手がかりを得ることだろう。それなら断っても意味が無い。
そう判断した私は、また頷いた。天野君は顔を輝かせ、私の隣に座ろうとした。…中々座らない。
場所に悩んでいるんだろう。恐らくは、距離感。悩む時間があまりにも長かったため、仕方なく隣をぽんぽんと叩いてみせた。
天野君が耳を赤くし、そろそろとそこに座る。肘がぶつかるかもしれない距離だが、食べるには支障ないだろう。
私は弁当箱を開け、天野君はビニール袋からおにぎりを出した。
「……俺、リンさんを探したんです。そしたら見つかりました、リンって名前の人。でもソイツ、リンさんじゃありませんでした。横山凛って名前なんです。一年生でリンなんて名前、アイツしか居ませんでした」
「貴方は……誰なんですか?」
それは、答えられない。
天野君には悪いが、もう少し準備をする時間が欲しい。根暗と呼ばれる私と天野君の関係をもっと良い友人関係にしたい。それから打ち明けさせて欲しい。
答えられない、という意で首を振った。
天野君は寂しそうな顔をしたが、それ以上追求する気は無いらしく、名前とは別の質問を投げかけられた。
「あの、聞いていいですか」
「…(こくん)」
「その頬の傷、どうしたんですか。…誰かにやられたんですか」
うん、君にやられたよ。
と、言うことは出来ないのでどう答えようか。しかし、人為的なものであることは変わらない。とにかくここは頷いておこう。
「誰がそんな酷いことを…」
君だよ、君。
「俺、ソイツのことボッコボコにしますよ。教えてください」
「…(ふるふる)」
「……へへ」
ん?どこに微笑む要素があったんだ。
相手が天野君だと言えるわけが無い。だから断っただけだ。
「優しいんですね。俺を助けてくれた時と、一緒だ」
なるほど、やり返すような性格ではない、と受けとったらしい。事実だが、それを優しいというのは言い過ぎじゃないだろうか。
…あの時は天野君を助けたわけじゃない。だってあれは、起こしただけだろう。ふるふると首を振ったが、天野君は取り合わず、微笑んでいるだけだった。
「あの、リンさん」
「?」
「卵、好きなんですか?」
何で分かったの!?
驚きが顔に現れていたらしく、そんな私の顔を見て天野君は得意げに話し始めた。
「へへ、卵焼きを見る目が可愛…えっと、真剣、あー、真面目?だったんで。あと、食べた時の顔が嬉しそうでした」
「……」
天野君の観察眼、ここまでくると恐ろしくなってくる。『りん』の前だからかもしれないが、集中力が凄い。
それにしても、卵が好きとバレたのは少し恥ずかしい。そんなに分かりやすかっただろうか。表情筋が緩いとよく言われるが、天野君の前で満面の笑みを浮かべてしまっていただろうか。
恥ずかしくて顔に熱が集まってきた。天野君も、そんな私を見て顔を赤くした。やめて欲しい、天野君まで照れてどうするんだ、恥ずかしい。
「あっ、ああ、そうだ。卵が好きなら、これどうぞ」
天野君はビニール袋から、包装されたたまごサンドを取り出した。だが、これをもらってしまうのは申し訳ない。天野君のお昼が減ってしまう。首を振ったが、天野君は無視して私の膝にたまごサンドを乗せてきた。
それなら、何かお返しをしなくては。
私の弁当には、おかずがまだ沢山残っている。弁当箱を持ち上げて天野君に見せた。意図が伝わるといいんだけど。
「…ん、何ですか?」
ダメだ、伝わらない。
たまごサンドに手を向け、私に向ける。そして、弁当箱にも手を向け、天野君に向けた。
これで伝わるかな。
「……え、えっ、俺に?」
「…(こくん)」
「じゃあ…、この、コロッケが欲しいです」
コロッケではなく、メンチカツだ。まあ見かけで判断は出来ないので仕方ない。龍牙にあげるときのように、箸でメンチカツを掴み、天野君に差し出した。
「へっ、え?……あ、あー…」
天野君は固まっている。
…あ、いつもの癖で失念していた。
これは恋人同士でよく見られる「あーん」というやつだ。龍牙にはよくやっていたが、今の天野君にやるとなると意味合いが違ってくるだろう。そう気づいたが、差し出した箸を引っ込める訳にもいかない。
天野君は照れながらも、食べ物を口にしてくれた。咀嚼するうちに、どんどん天野君の顔が輝いてくる。
「……ん、うまッ!?…ぃ……です、へへ。手作り…ですか?」
「…(こくん)」
「マジすかー!……俺、マジで幸せ者です、マジですよ。…リンさん、ありがとうございます」
何だか不思議な気持ちになってきた。
私は、天野君は私の顔だけを見て好きになるような人達と余り変わらない、そう思っていた。
でも、何だろう。天野君とは、私の気持ちをちゃんと推し量ってくれるような、そんな距離感がある。
照れたからといって黙り続けることもなければ、少しでも気を持ってもらおうと迫ってくるわけでもない。ショッピングモールでは迫られたけど、逃げられたことで反省しているのか、今は絶妙な距離感を保ってくれている。
C組の皆も、こういう距離感で居てくれたらいいのにな。
天野君と私はお昼ご飯を食べ終えた。弁当箱を片付ける私を眺めていた天野君が、呟くように話を切り出す。
「…俺、こんなに落ち着いた感じで誰かとメシ食ったの、久しぶりなんです。家で食う時は誰も居ないし、こんな俺には…メシを一緒に食うダチもいませんし。だから、俺、今めっちゃ嬉しいです!」
あれ、横山君とは落ち着いて食べられなかったのかな。今日といい昨日といい、天野君と横山君の関係が気になる。
それと、天野君の自虐も気になる。不良であることを強調し、自分のことをやたらと卑下している。
そんなことを言わないで欲しい。
不良である自分が嫌なのだったら、変わればいい。家に居るのが嫌なら、『りん』ではないけど、私と一緒に遊べばいい。私でなくとも、他の不良さん…龍牙やクリミツもいいだろう。変わりたくないのなら、天野君が自分のことを少しでも好きになれるように、手伝いたい。
喋ったら、声でバレてしまう。
だから、何も言えない。
でも、天野君に何かを伝えたい。
私は首を振り、天野君の手を励ますように強く握った。
「…励まして、くれてるんですか?」
「…(こくん)」
「はは、本当……マジで、優しいっすね。……なんか泣きそうです」
天野君に足りないのは、周りの人間、彼らと交わす会話じゃないだろうか。誰に対しても突き放すような態度をとるせいで、悪循環を生み出してしまったのかもしれない。
よし、明日から、少しずつ周りの人を天野君に寄せていこう。お節介かもしれないが、本当に嫌な時は多分私をぶん殴ってくるだろうから、そうしたら止めよう。天野君、嫌なことは嫌と言える人だと思うから。
理由無く暴力を振るう人なんていないんだ。
皆、心に何かを抱えているだけ。
天野君は、龍牙と仲直りしたらパシリ扱いを止めると言っていたから、明日からは友達として接することが出来たらいいな。
天野君の、泣きそう、という言葉は大袈裟ではなかったのだろう。涙目になって上を見上げている。涙を必死に堪えようとする姿を見ていられなくて、天野君の頭に手を伸ばした。
泣きたい時は、泣いていいんだよ?
そんな思いを込めて、天野君の頭を撫でた。
…いくら『りん』だからって、調子に乗りすぎだ。惚れられているからって、やっていいこととダメなことがある。これではビッチ呼ばわりされても仕方ない。
でも、私は止めない。
だって、『りん』の前では、天野君は素直になってくれるんだ。
養護施設に居た時、私が皆の親代わり、兄代わりになれたように、天野君にとっての私が、何か…誰かの代わりになればいいな。もし代わりまでとはいけずとも、心が安らぐ程度の場所を提供出来たらいいな。
天野君の頭を撫でていたら、
廊下から誰かの足音が聞こえてきた。
先生?それとも生徒?
保健室に用事がある人だろうか。
その答えはすぐに出た。
がらりと扉が開き、足音の主の間延びした声が保健室に響く。
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…まずい
紅陵さんだ!
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