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黒の帳 『一つ目の帳』

保健室

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保健室までたどり着くと、保健室には相応しくない騒ぎが聞こえてきた。

「オラァ!痛てぇ痛てぇってピーピー喚くなぁぁ!!男だろうが!!!」
「ひっ、ひィ、ああああああ!!!」

うん、怖い。
男性教師らしき声と、男子生徒のものらしき甲高い悲鳴が聞こえてくる。怪我の手当だろうな。結構ワイルドだな。
私だったら、絶対嫌だけどね。
クリミツはすっかり怯え、ぷるぷる震えながら龍牙の腕を握っている。

「俺むり、あの先生むり」
「行くぞ~」
「龍牙ぁ…」
「私が手当てしてあげるから、ね?」
「いや、鈴がやるくらいなら俺がやる」

先に扉についた私は、ノックをしようと手を上げた。だけどそんな私を待たずに龍牙が勢いよく扉を開けてしまう。
保健室の光景は中々なもの…ではなく、普通に手当てをする先生と生徒がいるだけだった。迫真の会話からして、てっきり大怪我を治療しているのかと思ったが、違った。転んで出来たらしい、小さな小さな擦り傷に、先生が消毒液をかけていただけだ。
その生徒には見覚えがある。

「お、また怪我人か?」
「こっちが足蹴られて、こっちが顔殴られたんすけど」
「とりあえずそこ座っとけ。おい沼津、お前も男だろ?これくらい我慢出来るようになれ」
「せっ先生無茶言わないでください」

先生はそう言ってぺちんと絆創膏を貼った。言動に少々問題はあるが、手付きは優しい。その生徒が大袈裟に騒いでいただけだったみたいだ。

そして、生徒の名字を聞いて先程の勘は確信に変わった。あの生徒は、眼鏡をかけている黒宮君たち五人の内の一人、沼津君だ。
クラスメイトを見た私は、沼津君に駆け寄って話しかけた。

「沼津君!」
「し、紫川氏?」
「その怪我大丈夫?」
「ああ転んだんだけどその転んだ理由ってのがすごくムカついててどれくらいムカついたかっていうとピックアップ当てようとして意気込んで課金したのに全部出なくて最後の演出も空回りだった時くらいムカついたというか」

沼津君はそこまで一息で喋ると、急に言葉を切った。私の顔を見て不思議そうな表情をしている。

「…その顔」
「ああこれ?まあちょっと色々あってさ。それで転んだ理由って」
「いやいやいやいやいや僕の話はどうでもいいんだ君のような美少年の頬に傷をつけるような輩が現れたのかというのを僕は聞きたいのであって今ここで話すべきは僕ではなくて君だという話をしたくて」

すごい肺活量だ。少しの間も作らずに喋りきるその姿には感銘さえ受ける。
しかし、傷のことはあまり話したくない、というか後ろから三白眼の物凄い睨みを感じるので話さないでおこう。
だから、私は会話を沼津君の怪我の話に戻した。

「沼津君、それ痛そうだね。さっきの悲鳴もすごかったし…」
「……そ、その、お願いしてみたいことがあるんだけど」
「何?」
「い、い、痛いの痛いの飛んで行けーっ、て、
…へっ、ふへへっ」

沼津君は照れくさそうに言うと、頭をかいた。

う、んん?

言ってしまえば、消毒液如きであそこまで叫ぶ子だ。痛みや怪我について幼いのかもしれない。

と思ったが、真っ赤になった顔を見て考え直した。
どうしようか。お母さんみたいなことを言うのは嫌だ。人の目もある。私は君の母親じゃないんだぞ。でもさっきの様子を見る限り痛そうだしな。
うーん。

悩んでいたら、先程手当てしていた先生が勢いよく沼津君の膝を叩いた。

「痛いの痛いの飛んで行けェ!!」
「あ"た"ーーーッ!!」
「甘ったれんな沼津!お前それでも剣道部か!!」
「それっ…中学の時の話です……!!!」

どうやら先生と沼津君は知り合いらしい。この先生…体格や性格、ジャージ姿からするに、体育の先生だろうか。これくらい溌剌しているのなら不良さんの指導も得意そう、とか思ってしまう。

「沼津君剣道部だったんだ、かっこいいね」
「ゆ、幽霊部員だったけどね、あーでも、そう?かっ、か、かっこいい?」
「道着が暑くて重いのに頑張ってるし、カッコイイよ!」
「…ふへっ」

沼津君は、抑えきれなかったかのように笑った。そんなに嬉しいのか。

「お前じゃなくて剣道部についてだぞ沼津ッ」
「あ"っ!!……た、体罰教師め訴えてやる」
「それで俺がいなくなったら誰が不良からお前ら守るんだ、ん?」
「くっ、八方塞がり…」

二人は何だかんだ仲が良さそうだ。私も担任の如月先生とあんな風に仲良く出来るかな。怪我をしている箇所を叩かれるところは羨ましくないけど。
沼津君は、先生と何度か言葉を交わし、教室を出て行った。

そういえば、今クリミツと龍牙は何をしているんだろう。手当てだろうけど、どれくらい進んだかな。振り向いたら悲鳴とちょっと面白い光景が飛び込んできた。

「やっ、やめ、待ってくれって!」
「何でだ、脱げ。手当て出来ないだろ」
「違っ、そういうことじゃなくて、そのッ」
「女子かお前。恥ずかしいも何もねぇだろ」

龍牙がクリミツのズボンを脱がそうとしているが、クリミツは全力で抵抗している。そっか、好きな人に脱がされるなんて恥ずかしいもんね。

龍牙は眉間に皺を寄せ、何故脱がないんだと言いながら引っ張っている。対するクリミツは出来うる限りの力で抑えている。これでクリミツが照れていたらあまりよろしくない光景になっていたが、クリミツは赤くなるどころか冷や汗を垂らしている。
相当焦っているみたいだ。

あれでは埒が明かないな。
私はクリミツに気づかれないように後ろへ回り、思いっきり脇腹に手を突っ込んだ。ごめんクリミツ!

「うひぇッ!?」
「鈴ナイス~」

クリミツの手が緩み、その隙に龍牙が思いきりスラックスを引き抜いた。そう、クリミツは擽りが大の苦手だ。擽るとどんな行動もすぐに止めてしまう。
…なんか虐めてるみたいだ。ごめんねクリミツ、後で大好きなカリャムーチョあげるからね。

「…大丈夫だ、クリミツ」
「何が」

龍牙は、スラックスを抜かれて絶望しているクリミツに、安心させるように言った。何が大丈夫なんだろう。もう手遅れだと思うんだけど。

「パンツダサくないぞ」

「そういうわけじゃねぇっつーか見るな!!」
「パンツダサいから恥ずかしがってんのかと思った」
「うるせぇ!!!」
「足見るぞー」
「勝手にしろよ……くそお…」

…ダメだ、笑うな。笑うんじゃない私。
クリミツは至って真剣なんだ、
真剣に困っているんだ。
私が笑っちゃいけない。

顔を背け、目の前の光景を直視しないように意識する。だがそんな私の努力も虚しく、龍牙が話しかけてきた。無視するわけにはいかない。

「鈴」
「…何」
「鈴はこのパンツどう思う」
「ふ、ふふっ」
「鈴だけは笑ってくれんなよぉ…」
「ごめんごめん、ふふっ」

クリミツと龍牙のやり取りに笑っていたが、クリミツの怪我を見て笑みが引いた。右足にローキックをくらったらしく、濃い赤紫になっている。範囲も大きい。これは…確かに痛い。
言い過ぎかもしれないが、骨も心配だ。素手でコンクリートをかち割る人を知っているので、余計にそう思う。キレた雅弘さんは怖い。

「とりあえず湿布だな」
「ねえ、普通の打撲と違う痛みは感じる?もしそうだったら病院に行かなきゃ駄目だよ」
「いや、そこまでは。湿布で充分だな」
「何言ってんだよ鈴~、蹴りなんかで人間の骨がどうこうなるわけないだろ」

二人に笑われてしまった。その湿布への信頼感はなんなんだ。怪我したらとりあえず絆創膏か湿布で済ませるタイプだな?

雅弘さんの予備動作無しでの粉砕を見れば二人だって意見が変わるだろう。まあそれをお見せすることは出来ないので、私が見たことのある光景を言葉で伝えよう。

「私、雅弘さんが素手でコンクリート割るの見たことがあるんだ。そういうの見た身としては心配なんだけど…」
「俺病院行く」
「絶対行け」

途端に二人が深刻そうな顔になる。分かってくれたのならよかった。
龍牙は、先生が出してくれた湿布を受け取り、クリミツの手当てをした。

こう言ってはなんだが、この先生、保健室の先生じゃない気がする。だって、どこからどう見たって体育の先生だ。

先生は私の頬の傷に湿布を貼ろうとしたが、私の前髪が邪魔なことに気づき、苦笑いした。先生が机の引き出しから、髪留めを取り出す。

「はっはっは、もっと自分の顔に自信を持て!ほら、先生が留めてやるからな。これじゃ湿布にくっ付くぞ」
「ありがとうございます」

私の前髪をピンで留め、湿布を張ってくれた。心地よい清涼感が熱を持った箇所を冷やしてくれる。龍牙に触られるまで気づかない程の傷だったが、やはり痛いものは痛いのである。

「………ちょっといいかな?」
「何ですか?」
「紫川鈴さん…で合ってる?」
「はい、そうですけど…」

先生は私の顔を見て、まじまじと確認するようにそう聞いた。私も先生の顔を見たが、その瞬間、何か、漠然とした違和感を感じた。その違和感の正体を確かめるため、先生の顔をよく見ようとしたが、視線に気づいた先生はすぐさま背を向けてしまった。

…怪しい。
この先生のことを調べよう。顔は覚えたぞ。

「先生」
「…」
「名前を、教えてもらえますか?」
「…あ!先生用事思い出しちゃったな!保健に誰もいないのはマズイから、お前ら!誰か残っといてくれよ!じゃあ!!」

先生は口早にそう叫ぶと、保健室を慌ただしく出て行った。
怪しい。怪しすぎる。これは後を付けてもいいのでは?
そう思い、歩き出そうとしたところで誰かに肩を掴まれた。

「…龍牙?」
「鈴、お前話さなきゃいけないことあるよな」
「そんなのあったっけ?」

龍牙は私の返答を聞くと、笑顔で手を振りかぶった。

ん?ついさっき同じ光景を見たような…

「これだァ!」
「痛あッ!!」

わ、忘れていたーっ!!

咎める程度の威力だが、怪我にはそれでも響く。

保健室に、私の悲鳴が響いた。
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