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黒の帳 『一つ目の帳』
可愛い男の子
しおりを挟む黙々と自習を続けた。
特に何かが起こることも無く、今日の分の問題集が終わる頃には昼休みを知らせるチャイムが鳴っていた。
お昼ご飯を取る場所も、相手も決まっている。屋上で紅陵さんと食べるんだ。
昨日は隣町に行っていたらしいけど、今日は居るかな。紅陵さんが学校に来る頻度を知らないから何とも言えない。学生なら毎日来るのが当たり前だが、この不良校でそれは通じないだろう。
鞄から弁当箱を取り出す。潰れてしまったお菓子は家に置いてきたから、紅陵さんに渡す物が無い。また今度買いに行かないとな。
屋上へ行くべく席を立つと、案の定隣から咎める声が聞こえた。
「おい、どこ行くんだ」
「屋上だよ」
「屋上ッ!?何でだ、裏番に用事あんのか」
「うん、一緒にお昼食べるんだ」
あんぐりと天野君が口を開ける。
多分、嘘だろ…とか思ってるな。
「まあ居ないかもしれないけどね」
「なんだよそれ」
「天野君はお昼どうするの?」
「…裏番か…、いや、俺も屋上に」
「失礼しまーす!!」
天野君が答えようとしたところで、とても元気で可愛らしい声が聞こえた。男子校だよね?ここ。
誰だろうと思って振り向くと、教室の入口に目を見張る美少女…じゃない、美少年が居た。その装いを見れば、同じ高校の一年生であることが分かる。顔立ちが酷く女性的で、身長も小さく、第一印象は"可愛い"以外の何物でもない。男の子でこんなに可愛い子が居るのか、初めて見た。
じっと観察していたら、その子は此方へとことこと歩いてきた。身長故の歩幅か、少し遅いが、それさえも可愛い。一体何の用だろうか、まさか私ではあるまいし。
「ね、優人くん。僕と一緒にお昼食べない?」
「えっ、天野君!?」
優人、確か天野君の下の名前だ。
こんな可愛らしい子が、天野君をお昼に誘っている!?
信じられなくて天野君を振り返ると、当の本人である天野君はあまり嬉しそうじゃなかった。こんな可愛い子に誘われたら誰だって舞い上がりそうなものだが。というか、今の声掛けを聞く限り、まさか知り合い?
「…横山か。悪いけど、昼メシはコイツと」
「あーあーあー是非行きたいって!ね、天野君!!」
「あ!?何テメェ勝手なこと言って」
「やった~!優人くん、体育館のベンチね、あそこ日当たりいいんだよ!」
悪いけど、と言われた時の横山君の顔を見れば、誰だって全力で天野君を止めるだろう。潤んだ瞳、下がる口角、その破壊力。
嫌がることを強制するのは良くないが、このお昼の案件は私にも関わってくる。紅陵さんと二人きりになりたいわけではないし、寧ろ紅陵さんのことを思うとそれはマズイのではないかと思うけれど、屋上に天野君を連れていくのはどうも気が進まない。私をパシリ扱いする天野君を見て、紅陵さんが何を思うか分からないからだ。
横山君が喜んでくれて、私も助かる、ウィンウィンだ。天野君には申し訳ないけれど。
「ちょ、待て、俺はな」
「天野君、ちょっとこっち。横山君、ちょっと待っててね、すぐ終わるからね」
「分かった!」
横山君が鈴の鳴るような可愛らしい声で返事をする。うーん可愛い!
天野君を横山君から離れた所へ引っ張って行き、耳打ちをする。
「ちょっと、あんなに可愛い子の誘い、何で断るの。私なんかと居ないでさ、あの可愛い子とお昼食べなよ、絶対楽しいよ?」
「あのな、リンさんはアイツより可愛いんだ。アイツと飯食うくらいならリンさんへの手がかりになる裏番と話をだな…」
「えっどこが?横山君の方が断然可愛いでしょ?いくら騒がれる顔面だからってあの子に比べれば………………あっ」
反射的に口から否定の言葉が出た。
私が横山君より可愛い?冗談はよしなさい。そう思っての言葉だったが、一つ抜けていることがあった。
私は顔を隠しているから、
天野君の言うリンさんではない。
要するに、今の発言は彼からすると、
「お前、何様のつもりでリンさんを侮辱してんだ、あ?」
見下している根暗が自分の大好きな美人を貶したことになる。失言だった。どうしようか。
「ごめんっ、ごめん!今のは言葉の綾っていうか、ほら、あるじゃん」
「何があるってんだよ、あぁ?舐めてんのかオイ」
「いや、個人の感想っていうか、ね、ね!ほら、人それぞれ好みがあるじゃん、だから今のは許してほしッ」
胸倉を掴み上げられ、鋭い目で睨まれる。く、首が絞まる。天野君を見ればもう片方の手を握りしめている。あ、これ殴られる?
次からは気をつけないとな、なんて他人事のように考えていると、可愛らしい声が響いた。
「ちょっと、優人くん何してるの?」
「横山は黙ってろ」
「ダーメ、凛の怖いことしないで?」
「えっ、君が横山凛君!?」
今の言葉、恐らく一人称として自分の名を呼んだのだろう。ということは、横山凛。
紅陵さんによれば、一年生でたった一人、リン、と読む名前を持っているという生徒だ。私が天野君にリンと名乗ったせいで迷惑をかけてしまったんじゃないのかな。
「そうだけど?」
「何だ、お前知ってんのか」
でも、でも、確か横山君って、
「…A組の、頭?」
「頭?横山が?」
「あはは、何言ってんの?ねえねえ優人くん、僕もこの子とお話したいな」
紅陵さんは確かこう言っていた。
『一年に一人居るぞ、横山凛。A組の頭張ってるやつだな。番長から連絡があったんだ。Aが横山、BCが栗田、DEが…、まあ、変わるかもしれんが、渡来だな』
この不良校のクラスの頭に立つくらいだから、相当喧嘩が強くて怖い人かと思ったけど、目の前の横山君はあまりにも可愛い。何だか聞いたことが信じられなかった。
というか、あの時、渡来君のことを変わるかもしれないと言ったのは既に病院送りにしたからだったんだな。
天野君は殴ることなく私を下ろしてくれた。横山君に感謝だ。さっきは私が天野君を連れて行ったけれど、今度は横山君が私を連れて行く。内緒話なのか、顔を近づけられる。可愛いな、本当。近くにくるといい香りもする。可愛い子ってどうしてこうも完璧なんだろう。
「……僕が頭ってこと、どこから知ったの」
「裏番さんだよ」
「…え?まさかとは思うけど、直接じゃないよね?」
「ううん、直接教えてもらった」
「君、裏番とどういう関係?こーんなもっさい頭してるし、裏番に気に入られたわけじゃないでしょ?そもそもなんで優人くんといるわけ?」
「裏番さんとは友達。天野君は…成り行き、みたいな?」
この質問の数々はどういうことだろう。それに、天野君に対してと私に対してとで、少し態度が違う気がする。天野君とのことを説明するのは時間がかかるし、ややこしいので省いたのだが、私の答えを聞いて横山君の目が細くなる。
「…何それ、嘘っぽい」
「いや、別に嘘じゃ」
「あーあー、君についてはどうでもいいの。絶対優人くんに僕が頭ってこと言わないでね。言いたいのはそれだけ」
「どうしてか、聞いていい?」
「…あのねえ、こんな可愛い僕がそんな乱暴者って知られたくないことくらい、分かるでしょ?ぼさっとした頭にならって頭の中もボーッとしてるわけ?」
な、なんて毒舌だ。目も冷たく、天野君に向ける目とは全く違う。私には乱暴者と思われても構わないということだろうか。そこまで天野君によく見られたいのか?
「…もしかしてさ」
「何」
「好きなの?」
「…………は…ぁ…?」
図星だったのか、自覚していなかったのか。
そのどちらかは分からないけれど、指摘した途端、横山君の顔がみるみるうちに赤くなっていく。可愛い。だけど、学園のマドンナや美少女のような可愛らしさではない。もっと幼い印象だ。例えるなら、妹。龍牙の妹の彩ちゃんを思い出すなあ。
そう思うと、憎らしい態度も愛らしく見えるというのもの。好きな人の前では可愛く性格良くいたいものだから、当然だろう。
「やっぱりか…」
「なっ、なに、何言ってんの!?僕の可愛さに何とも思わない優人くんがムカついてるだけだけど!?あー本当リンさんって誰なんだか、ね!!あーもういい、もうお前には話しかけない、ほらっ優人くん行こ!!」
横山君は捲し立てると、天野君の腕を掴んで教室を出て行った。天野君はその勢いに圧倒され、抵抗することなく引きずられていった。
よし、これで私は一人で屋上に行ける。
横山君、ありがとう!
天野君とのこと、応援してるよ!
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