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黒の帳 『一つ目の帳』

この教室居づらい…

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天野君が一度目と同じように、乱暴に扉を蹴り開ける。
轟音に少し驚いてしまった。もう少し丁寧に開けてもいいんじゃないかな。どうしてこうも勢いよく開けるんだろう。もしかしたら、障子をスパーンと開けるあの快感に似ているのかもしれない。綺麗に開くと楽しいんだよね。

天野君が教室に入って行ったので、私もその後を着いて行く。気づかれないように離れようとすれば腕を乱暴に引かれた。後ろに目でもついてるみたいだ。
教室に入ると、少し前まで騒がしかっただろう人達が話を止めた。緊張した面持ちで私達を見ている。天野君も皆の様子に気づいたのか、教室の入口あたりで足を止め、教室を見渡した。私もきょろきょろと見渡す。
龍牙がいつもの場所に座っていた。足を机の上に乗せ、周りを一切気にせずスマホを弄っている。絶対気づいているはずなのに私の方に少しも目線を寄越さないのを見ると、余程私と関わりたくないのが分かる。

そんな龍牙の姿に落ち込んでいると、目の前に三人のクラスメイトが進み出てきた。遠藤君と菊池君と新村君の三人組だ。今の私たちは彼らの目にどう写っているのだろう。

「…あ?」
「天野。さ、さきちゃ…、あー、し…紫川に何の用があったんだ?」
「ああ、コイツは俺んだ。さっき決まった。コイツもちゃあんとオッケー出したからな。テメェら俺のモンに手ぇ出すんじゃねぇぞ、いいか?」

皆が凍りついてしまった。
天野君、その言い方は語弊があると思う。

「あの、天野君。その言い方だとまるで私が」
「お前は黙ってろ。コイツは片桐のおかげでかろうじてこの教室で過ごしてるようなもんだろ?それを俺がやるだけだ。ま、色々パシられてもらうけどなァ」

そう言って天野君はちらりと龍牙を見た。龍牙は一向にこちらに目を向けない。無干渉を貫くということだろうか。

「………天野、パシるって、そのままの意味だよね?その、他のことはしないよね?」
「他のこと?他に何があんだよ」
「や、ほら、な…殴るとか?」
「ストレス発散なんかでコイツ殴ったら死にそうだろ。やらねぇよ」

彼らの心配事が一つ分かったかもしれない。
きっと、私の素顔が天野君にバレてないか心配なんだ。菊池君が目を逸らしながら言っている。他のこと、とは…きっと性的なことについて聞いているんだろうな…。

「……紫川、何にもされてないか」
「うん、私は大じょ」
「手ぇ出すなっつったろーが!!」
「……………話しかけただ」

新村君は私自身の心配もしてくれているみたいだ。天野君に私を独占されることばかりを気にしているわけではないのだろうか。
天野君は多分威嚇したんだろう。私は天野君の後ろに居るので表情は分からなかった。でも、天野君の顔を見て遠藤君達がたじろいだ。そりゃあ喧嘩は天野君の方が強いもんなあ。

三人、いや、見渡せば教室に居る龍牙以外の全員が私を心配そうに見てくれている。私は殴られてもいないし素顔だって見られていない。心配をかけないように口角を上げて手を小さく振った。何人かは安堵の表情になったけれど、逆にさらに不安そうになってしまった人も居た。私が強がっているように見えたんだろうか。喋ると天野君に邪魔されるから、天野君がトイレに行った時にでも話しておこう。

あと、天野君は悪い人ではない。それどころか物凄く気を使ってくれた。それだけは忘れちゃいけない。

「テメェらクソ雑魚だからな。口でイジメそうだ」
「なっ、バカにすんな!!」
「へいへい、分かったから退け。俺の話は終わり。テメェらの質問に答える気はねぇよ。…そうだな、窓際…一番前だ、譲れ。俺らそこ座るからよ」

窓際に座っていた黒宮君達が光の速さで退いた。速すぎる。言われるのが分かっていたんじゃないかと思わせる速さだ。
え、ええ、あそこ座るの?黒宮君達を退かしてまで?初日で龍牙も狙っていたけど、窓際ってそんなにいい席かなあ。
躊躇っていると頭に向かって天野君の腕が伸びてきた。あっ、これ髪の毛掴まれる!瞬時に察した私は腕を避けて窓際へ向かった。後ろから天野君の舌打ちが聞こえるが、気にしてはいけない!黒宮君達への罪悪感を感じながら席についた。

「…おい、何でテメェがそこ座ってんだ」
「え?」

窓際を態々選ぶくらいだから、窓に一番近い方がいいと思い、私は二番目の所へ座った。隣に座られてはやはり気分が悪いだろうか。

「お前が窓際だ。ちょっかいかけられるかもしれないだろ。ほら、そっち座れ」
「…ああ、そういうこと。ありがとう、天野君優しいね」
「馬鹿かお前。約束守ってるだけだろ」

天野君に言われた通りに退いて、窓際の席へ移る。天野君は素っ気ない態度で窓から二番目の席に座った。
ここで私はあることを思い出した。
それを成すべく座ったばかりの席を立つと、天野君に咎められた。当然の反応だ。

「どうした」
「鞄取りに行こうと思って。後ろの方にあるんだよ」

私の今の持ち物はポケットティッシュとハンカチ、それから天野君にもらった飲みかけのフェンタだ。いくらこの不良校の授業が酷いからといって、この持ち物で授業を受けるわけにはいかない。

「行ってこい」
「はーい」

向かおうと足を踏み出したが、少し体が強ばる。天野君に連れて行かれるまで私が座っていたのは、いつもの席。そして、龍牙もいつもの自分の席についている。私達の席は隣合っている。だから、私の鞄は龍牙のすぐ隣にあるということだ。
ほんの少しの動悸を感じながら、龍牙の隣まで行った。何気なく屈んで鞄を手に取る。龍牙が気にする様子はまるで無いし、こちらに目を向けることも無い。他人のような距離感にまた涙が出そうになるけど、こんな所で泣いては皆が困惑する。

苦しくなってくる胸を誤魔化すように、鞄の持ち手を思い切り握りしめた。大丈夫。話す機会はまだある。

小さな喧嘩なら、したことはある。いつも龍牙が拗ねてしまって、その度に私が謝りに行く形だった。私が悪かったの、ごめんね。そう言うと龍牙は決まって、俺の方こそごめん、ありがとう鈴、なんて言って、二人で仲直りした。

もしかしたら、龍牙はそれを望んでる?
私が謝りに来るのを待っている?

いや、いやいやいや、ありえないだろう。もう小学生じゃないんだ。龍牙だってそれくらい分かるだろう。
それに、先程の龍牙のあの態度。あんな態度をとられては、底抜けに明るいと言われる私でも接近を躊躇ってしまう。

どうしたものか。
そもそも、対話の場を設けたとしても、あの氷点下の態度に私が耐えられるかどうかが怪しい。

ああでもない、こうでもないと考えながら名ばかりの授業を受けた。隣の天野君が私を注視しているのは気にしないでおこう。声をかけたらまた怒られそうだ。
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