上 下
51 / 153
黒の帳 『一つ目の帳』

考えすぎかな…

しおりを挟む
昼の後も楽しかった。

二年生の授業にしれっと混ざって、二年生に教えてもらった。そもそもの話、欠席が多いし、先生はマトモに生徒の方を見ていないので、私が居ることに全く気づかれなかった。不良校って何でもありなの?
帰りは氷川さんが着いてきてくれた。同じマンションに住んでいるし、天野君や渡来さんのことを考えるととてもありがたかった。


何だか、今日の一日はあっという間だったな。

そりゃあ、C組の教室には戻れなかったし、屋上で紅陵さんに会うことも出来なかった。今日はずっと二年生の教室に居て、氷川さんのナルシシズムに苦笑いをしていた。

龍牙と、クリミツは、そこに居なかった。

楽しい時間はあっという間というけれど、変化のない大人の時間もあっという間だという。だとしたら、私は二人がいないとつまらない、そんな日常を送っている、ということになる。

私を虐めたクリミツと、
私を売女呼ばわりした龍牙。

私を守ってくれたクリミツと、
私を励ましてくれた龍牙。

家に帰って真っ先に目に入る写真が辛かった。自分を嬉しい気持ちにさせ、元気をくれるはずの写真が、今の私には辛かった。
三人が笑顔で写っている写真。
見ているのが嫌で、写真立てを伏せた。何かをする気になれず、制服のまま寝台へ倒れ込む。

龍牙は私が変わってしまったと言っていた。男を誑かし、弄ぶ、尻軽だと。そんなこと一度もしていない。同性と恋人になったことさえない。でも龍牙の目にそういうことをしそうだと映ったんだろう。

小学生の時とは何もかも違うんだろうか。思春期を迎え、性に対する知識を得ていく中高生。中性的かつ周りに持て囃される顔に出来上がってしまった私は、必然的にそういう視線に晒される。でも晒されたからといって、私が変わるわけじゃない。今まで通り友達は増やしたいし、皆と仲良くしたい。

でもそれが龍牙には、誑かして弄ぶという風に捉えられるんだろう。クリミツはどう思っているのかな。龍牙のことが好きなんだから、賛同するだろうか。アイツなんか気に入らないよな、俺と一緒に居ようぜ、なんて言っているのかな。


ああ何だ、中学生の続きかな。クリミツは私に冷たくして、戻ってきた龍牙は私を軽蔑する。私は一人ぼっちが嫌で色々な人と仲良くしようとする。
小学生に戻ったみたいだ、なんて浮かれていたバカはきっと私だけなのだろう。頼ってくれ、なんて、嘘だったんだ。私を心配してくれたのも、きっと、雅弘さんが怖いからだ。

どうしようか。雅弘さんにあんな大見得を切っておいて、こんなことになってしまった。友達が居るから、学校を離れたら後悔する?はは、友達だと思っているのは、私だけだった。
挫けそうだ。クリミツの時は理由が分からなくて呆然としていた。でも龍牙は、ハッキリと言った。そして、そんな龍牙にクリミツは着いて行った。何故かなんて、分かっている。私が後押ししたからだ、龍牙のことが好きだからだ。

分かっているのに、涙が止まらない。

幼なじみで、私を何度も守ってくれて、励ましてくれて、兄弟のように親しい二人。
捨て子と呼ばれて泣いていた私の涙を拭って、一人じゃないと教えてくれた龍牙。心無い言葉をぶつける周りの人と何度も話し合って、偏見を取り払ってくれたクリミツ。
他にも友達は居たけれど、あそこまで深く踏み込んで付き合ってくれたのはその二人だけだ。
龍牙が騒ぎを起こして、クリミツと私が怒ることがあった。クリミツが部屋から出て来なくて、龍牙と私で外へ引っ張り出すことがあった。私が非社交的で臆病な子に無理やり接しようとして殴られて、クリミツと龍牙にお説教されたことがあった。
誰かがやらかす度に、後の二人で怒ったり助けたりした。その関係性が好きだった。何にも代えがたい宝物だった。
中学のクリミツのイジメは信じられなかった。でもクリミツは高校で元に戻ってくれたから、やっぱり私達三人は変わらないんだと確信を持った。

「…うーちゃん…、みぃくん…」

ふと、小学生でのあだ名を思い出した。
もうあの頃には戻れないのだろうか。あの楽しい時間は、思い出にしてしまうしかないのだろうか。
たった二人の友達にここまで縋る私は異常者だろうか。
止まらない涙を拭うことを諦め、無造作に顔をシーツに押し付ける。目を閉じると、楽しかった頃と、今の辛い状況が浮かんでくる。




暫く泣き、段々と頭が冷えてきた。
戻れないの?ではなく、戻さないといけない。いつまで泣き言を言っているんだ。私の悪い所だな。すぐ女々しくすすり泣き、どうしてどうしてと答えの出ない問いかけを一人でしてしまう。

状況を整理しよう。
龍牙は、私が誰とでも仲良くする姿を、誑かしていると捉え、嫌った。
私は色々な人と仲良くなりたい。
ん?開始から詰んでいる。どうしたものか。

…本当にどうしたらいいんだ。

友達と喧嘩なんてあまりしないし、大親友との喧嘩なんかはまさにそうだ。それに、大体は行動が原因だったが、今は私の性格自体に言及がなされている。
私が変わるしかないのか?
紅陵さんやC組の皆と仲良くなるのは諦めるしかないのか?
それは嫌だ。
全員と仲良くなりたいと思うのは我儘だろうか。

顔だけで判断されたくない。大親友の二人は、そんなことをしないと信じたい。
きっと、顔だけで判断しない、顔をステータスとして見ない、そんな人なんて探せば簡単に見つかるだろう。浮世離れした人や、色恋沙汰に興味が無い人。きっといくらでもいる。でも、それではダメだ。
龍牙に、分かってもらわないといけないんだ。

私は変わっていない。龍牙の思う小学生の時の私のままだ。そのまま成長していない。寂しがり屋の捨て子は、まだここに居る。

兄のように励まし、助けてくれて、弟のように私を困らせ、心配させた龍牙。兄弟が居たら、きっとこんな感じなんだろうな、何度そう思ったことだろう。彼の両親は優しく、溢れるほどの愛に満ちていた。妹も愛らしく、庇護欲をくすぐられた。愛に溢れた幼年期を過ごさせてもらえた。

まだ、許されるのなら。

あの暖かい愛情に、一度でいいから囲まれたい。
もう子供でいてはいけない。
それでも、愛情が欲しい。
龍牙とクリミツと一緒に居たい。
龍牙が私を分かってくれたら、クリミツも戻って来てくれるだろう。

このままだと、私は一人になる。
家族同然の彼らを失ってしまう。

クリミツに虐められた時の絶望と喪失感を思い出して、身が凍りそうになった。あんな思いはもう二度としたくない。

今日、龍牙達と別れた後二年生の教室で過ごしていた。それで分かったことがある。
この胸の穴は、苦しみは、龍牙とクリミツが居ない限り決して無くならない。彼らじゃないと駄目なんだ。どれだけ繕って笑顔を振りまいても、駄目だ。
寂しくて、寒くて、仕方がなかった。

何としてでも彼らを取り戻さないと。
彼らが居ないと、私は、生きていけない。

何て自分本位な思考回路だろう、一人になっても仕方ないな。
ひとりぼっちはいやだ。

私はもう子供じゃない、愛されなくても大丈夫。
だれかわたしをあいして。


相反する思惑に頭が痛くなってきた。
どこかで大人になりきれない自分が居る。
氷川さんや雅弘さんにはそれを見抜かれている。まだまだ子供だ、と思われている。…心配をかけたくない一方で、心配してもらえることで愛まではいかなくとも、気を向けてもらえる、と喜んでいる。そんなの駄々っ子じゃないか。我儘だ。

だから、高校で完全に大人になるんだ。誰にも頼らない、愛を過剰に求めない、立派な大人…雅弘さんのようになるんだ。

立派な大人になれば、いつか、捨ててごめんなさい、なんて、名も知らないあの人が。…ああ、駄目駄目駄目。夢物語。小学生に入るずっと前に諦めたことだ。顔も名前も安否も分からないんだ、彼らに会えるわけが無い。

ともかく、あと少しだけ、少しだけ龍牙達と一緒に居たい。その後は縁を切られても構わない。突き放されても耐えられるくらい強くなるから。あと少しだけ、友達のふりでいいから、ままごとのような、わたしのくだらない欲求に付き合って欲しい。

でも、それは分かってもらうことを端から諦めているんじゃないか?
どうしよう。
どう言えば、どう謝れば、正解なんだろう。



悩みは尽きることなく私の頭を巡って行く。

いつもより後ろ向きな考え方になっていることに気づかず、私は考え続けた。


その途方もなく長い思考を延々と繰り返していく内に、いつの間にか、私は眠りについていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

真冬の痛悔

白鳩 唯斗
BL
 闇を抱えた王道学園の生徒会長、東雲真冬は、完璧王子と呼ばれ、真面目に日々を送っていた。  ある日、王道転校生が訪れ、真冬の生活は狂っていく。  主人公嫌われでも無ければ、生徒会に裏切られる様な話でもありません。  むしろその逆と言いますか·····逆王道?的な感じです。

BlueRose

雨衣
BL
学園の人気者が集まる生徒会 しかし、その会計である直紘は前髪が長くメガネをかけており、あまり目立つとは言えない容姿をしていた。 その直紘には色々なウワサがあり…? アンチ王道気味です。 加筆&修正しました。 話思いついたら追加します。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

アリスの苦難

浅葱 花
BL
主人公、有栖川 紘(アリスガワ ヒロ) 彼は生徒会の庶務だった。 突然壊れた日常。 全校生徒からの繰り返される”制裁” それでも彼はその事実を受け入れた。 …自分は受けるべき人間だからと。

処理中です...