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黒の帳 『一つ目の帳』

二年生たち

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氷川さんに連れられ、私は2-Eの教室へ入った。
扉を開けた途端、学びの場にはふさわしくない電子音と歓声が聞こえた。

「いよっしゃあああああ!!」
「だーっ先輩全員強いとかどうなってんスか!?」
「しかしギリギリでありましたな千田氏」
「次は私と栗田君で組んでみないか」

机を退け、椅子を円形に並べて皆でスマホをやっている。クリミツもその中に混じっていた。
ゲーム大会、確かにやっている。

オタクオタクと氷川さんが言うので、失礼ながら黒宮君達みたいな人かなと思えば全く違った。
不良さんみたいな格好の人も、筋肉の盛り上がりが凄いアウトドア系の人も居る。それと、一クラス20人のはずなのに、その円形には30人は居るように見えた。
まさか他のクラスからも来ているのか。
自由すぎないか。

「あっ番長!」
「涼君おかえりー」
「その子が栗田の友達?」

教室に来た私達を見て何人かがこちらに近づいてくる。その瞬間、教室に入った時から薄ら感じていたものが、はっきりと確信に変わった。

皆、私より背が高い。
囲まれ、見下ろされた。隣の氷川さんにもだ。

「どうしたの?黒猫ちゃん」
「……」
「小さくて可愛いね~」
「僕らみたいなモヤシとはまた違うなあ」
「…小さくないです。四捨五入したら160cmいきます」
「あ、ごめん、俺四捨五入したら180だわ」
「僕もだな」
「私も170かなあ」
「………まだ伸びますし」

く、悔しい。
皆さん、体格に恵まれすぎではありませんか?

ちょっと拗ねた私を、二年生の人達がクスクス笑いながら、円形の中に連れていってくれた。そこでようやく、クリミツは私が居ることに気がついた。
熱中すると周りが見えなくなるのは変わっていないな。

「あ、鈴。何でお前がここ居んの?」
「…朝の二人に追いかけられて、氷川さんに助けてもらったんだ。教室には帰りたくなくてさ」
「はァ!?番長はちょっと鈴に呼ばれただけって…」
「はは、僕は穏便に済ませたくてね。彼らはまだ泳がせておきたいんだ。こちらにも色々事情がある。マロンくんでは確実にその反対を行くからね」
「嘘ついたんスか」
「嘘ではないよ。あ、それ僕も混ぜてくれないかい?最近ガチャで良い物を引いてね…」

クリミツと私は顔を見合せ、苦笑いした。氷川さん、自由人すぎる。
しかし私は助けてもらった立場だ。あのまま鬼ごっこを続けて捕まっていれば、想像に難くない恐ろしいことになっていただろう。それを考えると氷川さんには感謝の念しかない。

「氷川さん」
「んー?文句は受け付けないよ」
「ありがとうございます。氷川さんが居なかったら、今頃目も当てられない事態になっていました」

着席を勧められていたが、それを断り、立ち上がってお辞儀する。お礼はきちんとしなくては。

「…お爺様の教育の賜物かな?」
「氷川さん?」
「ああ、いやいや。ううん、感謝されるのは心地良いね、うん。やはり僕は賞賛に値する人間だ」
「出た出た番長のナルシシズム」
「そんなところも好きだよ涼くん!」
「奇遇だね、僕も僕が好きさ」
「三角関係?」
「そうなるね。僕からの愛を頑張って勝ち取るといいよ。僕より優秀な人間になることが近道さ」

「…どういう会話?」
「俺にも分かんねえ。…親衛隊らしいけど」

かなり異次元を突っ走っている気がする。いや、気がするじゃない、そうなんだ。

その証拠に、周りの二年生は会話に入ろうとしない。目も向けない。
氷川さんと会話しているのは四、五人の二年生だけだ。全員うっとりとした瞳で氷川さんを見つめている。氷川さんはいつもの事だとでもいうように彼らのことを気にしていない。

確かに氷川さんはとても格好いい。顔面、所作、声、口調、表情、どれをとっても格好いい。それに番長で、極道の息子だから、それなりのスリルを求める人にとっては堪らないのだろうな。
氷川さんに人望がある、と紅陵さんが言っていたことを思い出した。氷川さんの性格はかなり癖があるけど、そこさえ目を瞑れば凄く良い人だ。ある程度距離を置いてくれるし、愛想が良くて口数も程よい。
番長番長と慕われているのは、彼自身の魅力もあるんだろうな。

じゃあ紅陵さんは?
氷川さんは、紅陵さんには人望が無いということを話していたけれど、果たしてそうなのだろうか。私が感じた印象では全くそんなこと無さそうに見えるのだが。寧ろ彼を囲む人達が居ないのが不思議だ。

気になった私は、隣に座っていた二年生に話しかけた。クリミツは既に円形のメンバー入りをしている。楽しそうなので放っておこう。

「あの、質問していいですか?」
「何だ?」
「紅陵さんって、どんな人ですか?あの裏番の…」
「んー、悪いヤツ…ではなさそうだけどな。俺もよく知らねえ。知ってるのは、キレると手が付けられん、それと、沸点が分からんってこと。近寄らない方が身のためだな。まあそれでも慕ってる舎弟は居るし…あそこにいる番長の親衛隊みたいな奴らだって居るよ」
「あ、はいはい。私一時期紅陵さんの親衛隊居たよ。あのねぇ…ここだけの話なんだけど、あの人平気で三人とか四人とか一晩で持ってくの。毎日抱き潰すとか平気であってさ、ちょっと私はついていけなくて抜けたんだよ。絶倫にも程があるよね~。それで……、あれ、君大丈夫?」

ちょっと軽い目眩がしてきた。眉間を押さえて俯く私を、二年生が心配してくれる。

うーん、うーん。

本人から聞いた話以外、本気で信用しないと決めているけど、こう…実際に会いましたって人に実体験を話されるとかなりの衝撃がくる。
さん?よん?何ですか、その人数。しかも毎日?

「…もしかして、君ももう手ェ出されちゃった感じ?惚れてないよね?惚れたら負けだよ?あんなヤリチンに惚れたらもう毎晩泣く羽目になるよ?」
「特定の相手は作らないらしいからな。バリタチもノンケも堕とすのに…罪深いイケメンだよ、本当」
「……えっと…」

手を出される、か。
キスはされたけれど、それ以上は無い。
惚れたら負け?いやいや、惚れていない。ちょっと格好いいなあとは思う。ただ仲良くしたいだけだ。
だから今日だって、話のきっかけになればと思ってお菓子を持ってきたんだ。お菓子、…確か、鞄に入れていたはずだ。

私が俯き続けていると、教室の扉が開く音がした。
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