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黒の帳 『一つ目の帳』

巨人さん 〔月曜日Ⅱ〕

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月曜日、やっと学校だ!

金曜日は休んでしまったから、三日ぶりだ。学校があることではしゃぐなんて小学生みたいだけど、それだけ高校は楽しいんだ。忘れずに買ったお菓子を鞄に入れる。ペッキーとトッペ、紅陵さん喜んでくれるかなあ。


家を出て龍牙達と合流し、登校する。校門に近づくにつれて、また誰か立っているのが見えてきた。


中央柳高校の制服を着ている、褐色で坊主の人だ。頬に刃物で切られたような傷痕があり、目が怖い。御屋敷の人達には到底及ばないけど、睨まれたら大体の人が逃げ出してしまうような目だ。そんな目が誰かを探すように爛爛と光っているので、木曜日の朝に天野君が居た時より、多くの人がたじろいでいる。
ガタイもかなりのものだ。私の隣にいるクリミツは熊のような身長と筋肉量だけど、あの人はもっと凄そうだ。遠くてあまり見えないけど、学ランの上からでも分かるほど腕の筋肉の盛り上がりが凄い。喧嘩なんかになったら誰だって無事では済まないだろう。
…でも、紅陵さんよりは背が小さいように見える。紅陵さんとあそこを通った時、紅陵さんの頭はもう少し高い位置にあった気がするからだ。紅陵さん本当に2mあるんだなあ。

大丈夫かな、通っても絡まれないかな。

「誰かあの坊主知ってるか?」
「ううん、初めて見たよ」
「俺も知らねぇなあ…」

龍牙もクリミツも、あの巨人さんのことを知らないみたいだ。だとしたら大丈夫じゃないかな。誰かを探しているようだし、私達には関係ないだろう。三人で顔を見合わせ、歩きだそうとした時、後ろから強い力で誰かに引っ張られた。
振り返ってみると、天野君が居た。だがその顔色はあまり良くない。何かに怯えているように見える。

「おはよう天野く」
「シーーーーッ!!!」

挨拶を遮られてしまった。静かにするようジェスチャーで示され、校門から離れた所へ連れて行かれる。クリミツと龍牙も着いてきてくれた。

「何だよ阿賀野」
「天野だっ…な、なあ天パ。俺があの校門の前に居る人に…見えないように歩けないか?」
「どういうことだ?」

天野君はあの巨人さんと知り合いのようだ。そして居るということを知られたくないみたいだ。ということは、巨人さんが探しているのは天野君だろうか。
天野君は巨人さんが苦手みたいだ。私の学ランをまだ握っているが、手がぷるぷる震えている。

「…あ、あの人、俺の事探してんだよ…。俺さ、リンさん探してるっつったじゃん。アレ、聞かれちまって…、俺と探そうじゃねぇかなんて言ってんだよ」
「リンさんって…もしかして…」
「ああ根暗野郎は知らねえか。美人さんの名前、リンさんってことが分かったんだよ」

ま、まだ探しているのか!当然といえば当然かもしれないけれど、その執念は恐ろしい。

「あんな人に見つかったら…考えたくもねえよ。なあ、天パ野ろ」
「栗田光彦、栗田って呼べ。天パじゃねえ」
「栗田、頼むよっ!」
「…龍牙に謝れ。そうしたらやってやるよ」

クリミツが天野君を鋭く睨みつける。ああ、クリミツは龍牙が大好きなんだなあ。
でも肝心の龍牙は、キョトンとしている。もしかして、殴られたこともう忘れたの?

「…悪かった、片桐」
「は?アレは俺が喧嘩売って負けただけだろ。お前が強かっただけだって。んなことよりさ、あの坊主何モンなわけ?」

龍牙…格好いいな。喧嘩で負かされた後さらに殴られそうになったことを忘れているのかもしれないけど。

「…あ、後で話すから」
「そもそも、ここで回避しても校内で探されたら終わるだろ」
「……!」

そうか!という顔で天野君が青ざめる。ちょっと可愛いなあ、気づかなかったのか。少し考えれば分かるだろうに。

「どっ…どうしたらいいんだ……、リンさんを危険に曝すわけにはいかねえんだよ!でも、でもあの人は…」
「だから、あの坊主は誰なんだよ」

天野君の顔には相当な苦悩の色が見える。あの人はそこまで怖いのだろうか。見た目通りの人、というわけなんだろうか。ああいう人ほど、本当は寂しがり屋だったり、意外な趣味があったりするんじゃないだろうか。

雅弘さんのお屋敷にいる熊谷くまたにさんはそうだった。両手の小指が無い大きな男の人で、お屋敷の人達の中で唯一私を『鈴くん』と呼んでくれる。他の人は雅弘さんを怖がって鈴様とかお坊ちゃんとか、よそよそしい名でしか呼んでくれない。
仕方ないかと諦めていたけど、熊谷さんは違ったんだ。小学生、中学生の時、雅弘さんが三者懇談へ出られない時にいつも代わりに来てくれた人でもある。今だって、私の一人暮らしを心配して、毎週私の代わりに買い物をしてくれる。

そして一番大事なこと、
熊谷さんは、私と同じくサンミオ男子なんだ!

あの校門にいる巨人さんも…仲良くなれないかなあ。

「…三年の渡来わたらい賢吾けんごさんだ。一年の渡来慎吾しんごの兄貴。とんでもなく強えし、ケッコー乱暴。人使い荒いし…でも、俺は一回ボッコボコに負かされてっからさ、逆らえねーんだ。ダチだって、根性焼きされたり、パシられたり…」

天野君が渡来さんの事を話しだし、龍牙とクリミツはふんふんと聞き入っている。だが、私はその内容が頭に入ってこない。

渡来、慎吾…!?

木曜日の帰り道、氷川さんの話を思い出した。

『渡来慎吾、明石翔、佐野健…、全員、入院一ヶ月は固いって!』

あの日、私を空き教室に連れ込んだ、不良さんたちの内の一人だ。褐色の黒髪で短髪の人。確かに、似ている。渡来君のお兄さんなのか、校門の前の人。

ということは、あの人は、紅陵さんに自分の弟を病院送りにされた…となっているわけで。それって、少し、いや、かなりまずくないか。紅陵さんは私を助けてくれたけど、やりすぎてしまった。渡来さんは弟がやられて黙ってはいないだろう。お兄さんとはそういうものだろうから。
大変だ、私のせいで紅陵さんが復讐されたりしたらどうしよう。ああ、あの時登る階段をもう片方にしていれば…!

「んで、もう裏番を殺すとか言って殺気立っちまって…」
「嘘っ!?」
「ああ、弟の事可愛がってるからなあ…。弟にはそんな素振り見せねぇから余計にタチ悪ぃんだ。…つーかお前話聞いてたのか、ぼーっとしてたのに」

もうそんなことになっているのか。どうしよう、どうしよう!

「…何で鈴が焦ってんだ?裏番なら大丈夫だろ」
「あれだろ、…紅陵先輩が、心配なんだろ。どーせ今日だってお菓子渡しに行ってさ?一緒に昼飯食ってさ?唐揚げとか卵焼きとかあーんってして、それから…あームカついてきた。俺先行くわ、じゃあな」

龍牙はそうまくしたてると、一人で走り去ってしまった。まただ。紅陵さんのこと、嫌いなんだな。龍牙の前で紅陵さんの話をするのは止めた方が良さそうだ。
クリミツは龍牙に着いていかずに私を待ってくれている。これはチャンスだ。龍牙とクリミツを二人きりにさせるチャンス!

「ねえクリミツ、先行ったら?気になるんだったら、渡来さんの話は私が聞いておくからさ」
「…?」
「私は大丈夫だから。龍牙のこと、よろしく!」

そう言って笑顔を浮かべると、クリミツは少し顔を赤くして龍牙を追いかけた。やった!可愛いなあ、素敵だなあ。クリミツは上手くやれるかな。あの二人の距離をもっと縮ませるにはどうしたらいいのかな。
よし、天野君からもっと渡来さんについて聞いておこう。そう思って天野君に向き直ると、天野君は何故か私に訝しげな視線を向けていた。

「…おい根暗野郎、お前裏番と仲良いのか?」
「ん、ええ?」

どうして天野君が龍牙の言ったことに食いつくんだ?
私自身、紅陵さんと何故仲良くなれたかよく分からない。仲が良いと言うよりは狙われている気がする。
どう答えたらいいか分からず、私は聞き返した。すると天野君がただでさえ怖い目を睨むように細めた。

「裏番と喋ってるリンさんを見かけた日、お前、裏番が怖くて話しかけられなかったって…、お前、やっぱガセ掴ましたな?」
「ちがっ、違うよ!?その、あの後仲良くなったっていうか、ほらっ、木曜日助けてもらったんだ、えーっと」
「その焦りよう…、お前、俺に隠し事か。根暗野郎の分際で…」

はっ、そういえばそんな嘘をついていた!
天野君が眉間にシワを寄せ、拳をパキパキといわせる。こ、これ、まずいんじゃ。
天野君がにじり寄ってくる。少しずつ後ずさりすると、何かにどん、とぶつかった。壁ではない硬さ、だが壁のように高い。
ふと、目の前の天野君の顔がどんどん青ざめていっていることに気づいた。もしかして私がぶつかったのは人かな?だったら謝らないと。

「ぶつかってすみません!」
「天野、お前…俺からコソコソ隠れて何してやがる」
「……お、おはよー、ご、ございまー…す」

天野君が引きつった笑顔で挨拶している。振り返ってみると、そこには渡来さんが居た。傍にあった電柱の影から出てきたらしい。校門の前からいつの間にここまで来ていたのだろう。私には気づいていないのか、無視しているのか分からないが、私を全く眼中に入れず天野君に話しかけている。
近くで見ると、殊更大きく見える。190…あるかな。見上げなければ顔が見えない。
どうして会う人会う人皆背が高いんだ。私は確かに、157、小さい。だが、だが!余りにも体格に恵まれている人が多すぎないか。番長の氷川さんは170くらい、クリミツは180くらい、渡来さんはそんなクリミツより大きい、紅陵さんはさらに大きい。何、2mって。反則じゃないか。
紅陵さんに至っては筋肉量もそうだけど、目を見張るほどの美丈夫だ。そういえば、左目の謎は明かされていない。気になる…、今日見せてくれないかな。

「リンってのは確かに見当たらなかった。校舎ん中探すぞ、着いてこい」
「…うす」

天野君がこれでもかという速度で歩いて行く。足取りが余りにも重い。連行される囚人のようだ。すれ違う時に思いっきり肩をぶつけられ、おまけに舌打ちをされた。うう、仲良くなれそうに…ない?この前階段裏で話した時の笑顔は素敵だったのになあ。
でも、肩をガックリと落として歩く姿は同情を誘われる。可哀想だな、逆らえないからって苦手な先輩に嫌々着いていくなんて。
二人が探しているのは私だ。天野君だけならいつか話そうと思っていたが、人が増えたなら話は別だ。しかも天野君から聞いた話では…いや、話だけで判断するのは良くない。でも、渡来さんはちょっと怖そうだ。
『鈴様は初対面の人でもすぐ懐く』
という御屋敷の人の言葉を思い出した。うん、ちゃんと自分で調べよう。それに天野君の様子じゃ、天野君だけに明かしたとしてもすぐにバレてしまいそうだ。

だから、今私に出来ることは一つだ。
天野君の肩をとんとんと叩き、声をかけた。

「…頑張ってね、天野君。何か困ったことがあったら、力になるよ」
「ぶっ殺すぞ」

ううん、難しいな。
励ますように口角を上げたのだが、煽っているように思われてしまったらしい。少し俯いた状態で睨みつけてくるので、顔に影がかかってより一層怖さが増している。

「天野ォ!!」
「サーセン!はいっ、すぐ行きます!!チッ、テメェ覚えてやがれ、ガセの礼はきっっちりしてやるからな!」

勢いよく右手でサムズダウンすると、天野君は駆け出して行った。渡来さんに追いつき、何か話している。陰鬱な表情で、渡来さんの大きな歩幅に必死に着いて行っている。大変そうだ。どうにかしてあげられないかな。

肩をぶつけられたのも、舌打ちも、罵倒も頭に残っているけれど、そんな行為は御屋敷の人に比べれば挨拶みたいなものだ。御屋敷に住むうちに大体の脅しには怯まなくなった。

それより、天野君が困っているんだ。放っておけない。

歩いて行く二人を何となく立ち止まって見送っていたら、機械的なチャイムが響き渡った。しまった、すっかり忘れていた。


遅刻だ!!
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