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黒の帳 『一つ目の帳』
+ 天野視点『探し人』
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放課後、どこに行こうか迷った俺はとりあえずショッピングモールへ向かった。あそこは色々なヤツらが居るし、ダチもよく遊んでいる。情報収集には丁度いい。もしかしたら、あの人にも会えるかもしれない。
二階のゲーセンに行くと、思った通りの人だかりだ。誰か良い奴居るかな。C組のキモイメガネ共がふひふひ言いながらUFOキャッチャーに張り付いている。オタクか、やっぱキモいな。中々ダチが見つからねえ。中央柳の奴らばかりだから、池柳のダチは来づらいのかもしれない。だとしたら、もう片方のゲーセンか?
次の行く先は決まった。ひとまずトイレに行こう。早めに行っとくのが大事だ。
たまたま、偶然だが、俺は少し遠い方、奥の方のトイレに行った。
本当に何となくだった。
ここでも俺の判断を褒めてやりたい。
トイレに、足を踏み入れた。
先客は学ランを着た高校生が一人。手を洗っていたようだ。
鏡に、彼の顔が、写っている。
この世のものとは到底思えない、その美貌。
あの人だ。
探して探して、探し求めたあの人が、目の前にいる。
「…え、あ、…あのっ、そこの人!」
「……」
うわ、俺ダセェ。驚きすぎて声が完全に裏返った。恥ずかしい。
でもこんなんで引いてちゃダメだ。勇気を出して恥を捨て、話しかけた。
「………お、俺っ…天野です、覚えてますかっ?」
返事はない。無言でハンカチを使って手を拭いている。ハンカチ可愛いなあ、何かのキャラクターのアップリケが付いている。ちゃんと覚えておこう、このキャラが好きなのかもしれない。
「あの、俺、…ずっと、貴方のこと、探してたんです。あの時のお礼が…言いたくて」
ヤバい、どんどん顔が熱くなってくる。ずっと探してたとかキモイかな、でも、本当に会いたかったんだ。
一向に返事は返ってこない。俺とは話す気がない、ということだろうか。でもまだそう言われたわけじゃない。諦めないぞ。やっと、やっと会えたんだから。
昨日が初対面だというのに、俺は数ヶ月ぶりに会えたかのように必死だった。それ程までに、この人は神出鬼没だ。一年の教室中を探し回ったが、会える気配は微塵も無かった。
えーっと、えっと、何を話したらいいんだろう。
はっ、こんな時こそ先輩のアドバイスを思い出そう。柳ヶ丘高校に行った、女を口説くのが上手い東雲先輩のお言葉。確か、褒めればいいんだっけ?
「こんな不良の俺を助けてくれるなんて、…なんて、優しい人なんだって、そう、思ったんです。見た目で判断しない人って、その、とても、素敵、です」
ダメだ、俺、語彙力無さすぎる!素敵だなんて言葉で表せるわけないだろ。でも語彙力がありすぎてもキモイかもしれない。だとしたら今の言葉はベストなのか?いや、無難すぎないか?
だが、言ってしまった言葉を反省するより、もっと大事なことがある。会話…いや、呼び掛けを続けなければ。
東雲先輩も言っていた、話し続けろって。クソ…中学の時の俺は色恋沙汰に全く興味がなかったせいで、東雲先輩の言葉を聞き流していた。今それが悔やまれるとは。ちゃんと聞いておけば良かった。
「あの、名前を教えてもらえませんか。俺は天野優人と言います。…貴方は俺の事、知ってましたよね。その、俺と貴方って、どこかで会ったこと、ありますか?」
ナンパみたいな言葉になってしまった。でも、俺を起こしてくれた時、名前を呼んでいた、それは確かだ。だから、俺とこの人は知り合いか、俺を一方的に知っているか、どちらかだ。
名前を知りたかったらまず自分から名乗る。例え俺の事を知っていたとしても、自分できちんと名乗るべきだ。果たして、この人は名前を教えてくれるだろうか。
ドキドキしながら返事を待つけど、彼は困ったような表情をして黙り込んでいる。
もしかして、怯えている?
俺は怯えさせてしまったんだろうか。相手の返事を聞くことなく喋り続けてしまった。質問攻めにした、ということだ。あれ、俺、やらかした?
だとしたらこの人はもう俺に口を聞いてくれないのか。今だって、ずっと黙っている。いや、喋るような価値が俺に無いのかもしれない。
黙り続ける彼を前に、どうしたらいいか分からなくなってきて、俯いてしまった。
「……すみません、やっぱり、俺みたいな奴は怖いですよね。きゅ、急に質問攻めとか、キモイ事してすみま…」
でも、折角彼に会えたのに、少しでも目を離すのは勿体ない。なるべく目に焼き付けておかなくては。そう思って顔を上げると、彼は必死に首を横に振っていた。
「え?お、俺の事、怖くないんですか?」
彼はうんうんと頷いた。良かった!怯えさせてしまったわけではないようだ。怖がってもいない。本当に良かった。
それなら、教えてくれないだろうか。
「じゃあ、何で…名前を教えてくれないんですか?」
そう尋ねると、また彼は黙り込み、動かなくなってしまう。俺に知られたくないのか。でもここで引いちゃダメだ。ここで引いたら昨日と何も変わらない。少しでも情報を得て、どこのクラスだとか、名前とか、一つでも知って、まずは学校で会うんだ。少しでも会話を交わしたい。
先程の様子を見る限り、やはり優しい性格をしている。俺がしおらしくなった途端、否定してくれた。そんなことないよ、と言うかのように。だとしたら、情に訴えかけてやればいける。少し卑怯な気もするが、今から語る気持ちに嘘偽りは無いから、許して欲しい。
「ねえ、お願いします…、俺、貴方に会いたくて、学校中探し回って、そ、それでも見つからなくて…。貴方からしたら、気味が悪いかもしれないけど、…や、やっと、見つけたんです、お願いしますっ…」
引いたはずの顔の熱が一気に戻ってくる。俺、必死すぎる。童貞かよ。熱すぎて汗まで出てきた。俺マジでダッサイ。というかさっきと言ってること同じじゃねぇか!どうしよう、変かな。情に訴えかけるどころか、引かれていないだろうか。大丈夫かな。
お願いしますという言葉と共に頭を下げる。
…やはり返事はない。ダメなんだろうか。
諦めの気持ちを抱えて顔を上げると、目の前にスマホの画面を突き出された。そこには、スマホのメモアプリで二文字が記されている。
『りん』
一瞬何のことか分からなかったが、先程の俺の質問を思い出した。
「な、名前…ですか?」
こくりと彼が頷く。
な、何て、何て可愛らしい名前だ。
リン、リンちゃん…、リンさん。
漢字は何だろう。凛?淋?鈴?
とにかく、大きな手がかりだ。
一年生のクラス割りの写真は撮ってある。後はあの表から、リンという人を探し出せばいい。ここまで知れたならもう学校で会える!
一番最初の目標は達成した。でも、俺は拒否されなかったことで更に欲が湧いた。
連絡先、欲しいな。
気づかれないように少しずつ歩を進め、話しかける。これも東雲先輩に頂いたアドバイスだ。さり気なく近寄り、あ、Mineやってる?と聞くんだ。
「……素敵な名前ですね、リンさん。俺、リンさんにお礼がしたいんです。あの、都合のいい日を教えてもらえませんか?…あ、Mineってやってますか、友達登録してもらえば…」
お礼をしたいのは本当だ。お食事とか、買い物とか、誘いたい。貢がせて欲しい。あの時の、可愛いと笑ったあの笑顔を、もう一度見たい。
今時スマホを持っていてMineをやっていないなんて有り得ない。高校生ともなれば当然だ、絶対やってる。
この時の俺をぶん殴りたい。
名前を教えてと言われて、喋ることなく、平仮名で無機質な二文字を伝える人が、連絡先を教えてくれるわけがないだろう。
俺はそれに気づかなかった。
拒否されなかった喜びで頭が回らなかった。
「…リンさん?あっ」
リンさんは近寄った俺を見ると、スマホを鞄に仕舞って突然走り出した。いや、俺から逃げた。
勿論向かう先はトイレの出入口だ。出入口に居た俺がリンさんに近寄ったことで、そこが空いたんだ。
そこを狙ったのか。
…待て、それを窺っていたとしたら、
俺のことが怖かったのかもしれない。
抵抗したら、何か口答えしたら、殴られたり力づくで何かされてしまうかもなんて、思わせたのかもしれない。怖くて怖くて、今すぐ逃げたかったのかもしれない。それなのに、俺が出入口に居るから、逃げたくても逃げられなかったんだろう。
でも、俺自身のことは怖がっていない、と信じたい。俺自身を怖がっていたら、昨日、あんな風に助けてくれないだろう。
きっと、俺の行動が怖かったに違いない。
俺はなんて馬鹿なんだ。自分の行動でリンさんを怖がらせるなんて。あったかもしれないチャンスを自分で潰すなんて。
「待って!!」
不意を突かれたせいで、走り出すのが僅かに遅れた。
必死に何度も呼び止める。
怖がらせて、ごめんなさい。
追い詰めるような真似をして、ごめんなさい。
無理に名前を聞いたりして、ごめんなさい。
謝るから、心の底から謝罪するから、俺にもう一度チャンスを下さい。
そんな願いを込めて、必死に俺から離れようとする小さなその背に呼びかける。
「リンさんっ、待って!お願いリンさん、ごめんなさい!怖がらせたなら…謝りますから!!」
「……ぁ……はっ…」
リンさんはゲーセンに駆け込んだ。人だかりをその小さな体でするりするりと抜けていく。俺にそんな器用なことが出来るわけもなく、何度も人とぶつかった。
でも俺も必死だ。だから、俺とリンさんの距離は中々縮まらないし、遠くもならない。
「まって、おねがい、まってリンさんっ…」
「ひっ……は、…ぅ…」
やばい、ちょっと泣きそうになってきた。こうやって追いかけているのも、彼の恐怖を煽っているのかもしれない。だとしたら俺は何て碌でなしなんだ。
でも、ここで逃がしてしまえば、俺は後悔する。今すぐにでも訂正したいんだ。
怖がらせるつもりは無かった、
無理やり何かをするつもりは無かった、
ただ、貴方と話がしたかっただけなんだ。
そう、伝えたい。
何回目かのゲーム機の角を曲がった時だった。急にリンさんの姿が見えなくなった。いや、角を曲がっただけだろう。そう思って走り続けるが、おかしい。どこにもリンさんが居ない。結構距離が縮まっていたのに、撒かれてしまった。
どこに行ってしまったんだ。
息を切らしながら、今度は歩いてゲーセンを探し回る。ゲーセンで派手な追いかけっこをした俺は、周りのヤツにこれでもかというほどジロジロと見られたが、気にしている余裕はない。
…探しても、どこにも居ない。
もしかしたらもうゲーセンを出たかもしれない。そう思って俺はゲーセンから出る。そうして辺りを見渡した。やはり、居ない。
完全に見失った、撒かれた。
今からこの広すぎるショッピングモールを探すのは無謀だろう。今日は諦めるしかない。とぼとぼと外へ向かう。
俺、最低だ。
あんな風に本気で逃げられるなんて。
相当怖い思いをさせたんだろう。
ちょっとだけ、ちょっとだけだが、
泣きそうになった。
二階のゲーセンに行くと、思った通りの人だかりだ。誰か良い奴居るかな。C組のキモイメガネ共がふひふひ言いながらUFOキャッチャーに張り付いている。オタクか、やっぱキモいな。中々ダチが見つからねえ。中央柳の奴らばかりだから、池柳のダチは来づらいのかもしれない。だとしたら、もう片方のゲーセンか?
次の行く先は決まった。ひとまずトイレに行こう。早めに行っとくのが大事だ。
たまたま、偶然だが、俺は少し遠い方、奥の方のトイレに行った。
本当に何となくだった。
ここでも俺の判断を褒めてやりたい。
トイレに、足を踏み入れた。
先客は学ランを着た高校生が一人。手を洗っていたようだ。
鏡に、彼の顔が、写っている。
この世のものとは到底思えない、その美貌。
あの人だ。
探して探して、探し求めたあの人が、目の前にいる。
「…え、あ、…あのっ、そこの人!」
「……」
うわ、俺ダセェ。驚きすぎて声が完全に裏返った。恥ずかしい。
でもこんなんで引いてちゃダメだ。勇気を出して恥を捨て、話しかけた。
「………お、俺っ…天野です、覚えてますかっ?」
返事はない。無言でハンカチを使って手を拭いている。ハンカチ可愛いなあ、何かのキャラクターのアップリケが付いている。ちゃんと覚えておこう、このキャラが好きなのかもしれない。
「あの、俺、…ずっと、貴方のこと、探してたんです。あの時のお礼が…言いたくて」
ヤバい、どんどん顔が熱くなってくる。ずっと探してたとかキモイかな、でも、本当に会いたかったんだ。
一向に返事は返ってこない。俺とは話す気がない、ということだろうか。でもまだそう言われたわけじゃない。諦めないぞ。やっと、やっと会えたんだから。
昨日が初対面だというのに、俺は数ヶ月ぶりに会えたかのように必死だった。それ程までに、この人は神出鬼没だ。一年の教室中を探し回ったが、会える気配は微塵も無かった。
えーっと、えっと、何を話したらいいんだろう。
はっ、こんな時こそ先輩のアドバイスを思い出そう。柳ヶ丘高校に行った、女を口説くのが上手い東雲先輩のお言葉。確か、褒めればいいんだっけ?
「こんな不良の俺を助けてくれるなんて、…なんて、優しい人なんだって、そう、思ったんです。見た目で判断しない人って、その、とても、素敵、です」
ダメだ、俺、語彙力無さすぎる!素敵だなんて言葉で表せるわけないだろ。でも語彙力がありすぎてもキモイかもしれない。だとしたら今の言葉はベストなのか?いや、無難すぎないか?
だが、言ってしまった言葉を反省するより、もっと大事なことがある。会話…いや、呼び掛けを続けなければ。
東雲先輩も言っていた、話し続けろって。クソ…中学の時の俺は色恋沙汰に全く興味がなかったせいで、東雲先輩の言葉を聞き流していた。今それが悔やまれるとは。ちゃんと聞いておけば良かった。
「あの、名前を教えてもらえませんか。俺は天野優人と言います。…貴方は俺の事、知ってましたよね。その、俺と貴方って、どこかで会ったこと、ありますか?」
ナンパみたいな言葉になってしまった。でも、俺を起こしてくれた時、名前を呼んでいた、それは確かだ。だから、俺とこの人は知り合いか、俺を一方的に知っているか、どちらかだ。
名前を知りたかったらまず自分から名乗る。例え俺の事を知っていたとしても、自分できちんと名乗るべきだ。果たして、この人は名前を教えてくれるだろうか。
ドキドキしながら返事を待つけど、彼は困ったような表情をして黙り込んでいる。
もしかして、怯えている?
俺は怯えさせてしまったんだろうか。相手の返事を聞くことなく喋り続けてしまった。質問攻めにした、ということだ。あれ、俺、やらかした?
だとしたらこの人はもう俺に口を聞いてくれないのか。今だって、ずっと黙っている。いや、喋るような価値が俺に無いのかもしれない。
黙り続ける彼を前に、どうしたらいいか分からなくなってきて、俯いてしまった。
「……すみません、やっぱり、俺みたいな奴は怖いですよね。きゅ、急に質問攻めとか、キモイ事してすみま…」
でも、折角彼に会えたのに、少しでも目を離すのは勿体ない。なるべく目に焼き付けておかなくては。そう思って顔を上げると、彼は必死に首を横に振っていた。
「え?お、俺の事、怖くないんですか?」
彼はうんうんと頷いた。良かった!怯えさせてしまったわけではないようだ。怖がってもいない。本当に良かった。
それなら、教えてくれないだろうか。
「じゃあ、何で…名前を教えてくれないんですか?」
そう尋ねると、また彼は黙り込み、動かなくなってしまう。俺に知られたくないのか。でもここで引いちゃダメだ。ここで引いたら昨日と何も変わらない。少しでも情報を得て、どこのクラスだとか、名前とか、一つでも知って、まずは学校で会うんだ。少しでも会話を交わしたい。
先程の様子を見る限り、やはり優しい性格をしている。俺がしおらしくなった途端、否定してくれた。そんなことないよ、と言うかのように。だとしたら、情に訴えかけてやればいける。少し卑怯な気もするが、今から語る気持ちに嘘偽りは無いから、許して欲しい。
「ねえ、お願いします…、俺、貴方に会いたくて、学校中探し回って、そ、それでも見つからなくて…。貴方からしたら、気味が悪いかもしれないけど、…や、やっと、見つけたんです、お願いしますっ…」
引いたはずの顔の熱が一気に戻ってくる。俺、必死すぎる。童貞かよ。熱すぎて汗まで出てきた。俺マジでダッサイ。というかさっきと言ってること同じじゃねぇか!どうしよう、変かな。情に訴えかけるどころか、引かれていないだろうか。大丈夫かな。
お願いしますという言葉と共に頭を下げる。
…やはり返事はない。ダメなんだろうか。
諦めの気持ちを抱えて顔を上げると、目の前にスマホの画面を突き出された。そこには、スマホのメモアプリで二文字が記されている。
『りん』
一瞬何のことか分からなかったが、先程の俺の質問を思い出した。
「な、名前…ですか?」
こくりと彼が頷く。
な、何て、何て可愛らしい名前だ。
リン、リンちゃん…、リンさん。
漢字は何だろう。凛?淋?鈴?
とにかく、大きな手がかりだ。
一年生のクラス割りの写真は撮ってある。後はあの表から、リンという人を探し出せばいい。ここまで知れたならもう学校で会える!
一番最初の目標は達成した。でも、俺は拒否されなかったことで更に欲が湧いた。
連絡先、欲しいな。
気づかれないように少しずつ歩を進め、話しかける。これも東雲先輩に頂いたアドバイスだ。さり気なく近寄り、あ、Mineやってる?と聞くんだ。
「……素敵な名前ですね、リンさん。俺、リンさんにお礼がしたいんです。あの、都合のいい日を教えてもらえませんか?…あ、Mineってやってますか、友達登録してもらえば…」
お礼をしたいのは本当だ。お食事とか、買い物とか、誘いたい。貢がせて欲しい。あの時の、可愛いと笑ったあの笑顔を、もう一度見たい。
今時スマホを持っていてMineをやっていないなんて有り得ない。高校生ともなれば当然だ、絶対やってる。
この時の俺をぶん殴りたい。
名前を教えてと言われて、喋ることなく、平仮名で無機質な二文字を伝える人が、連絡先を教えてくれるわけがないだろう。
俺はそれに気づかなかった。
拒否されなかった喜びで頭が回らなかった。
「…リンさん?あっ」
リンさんは近寄った俺を見ると、スマホを鞄に仕舞って突然走り出した。いや、俺から逃げた。
勿論向かう先はトイレの出入口だ。出入口に居た俺がリンさんに近寄ったことで、そこが空いたんだ。
そこを狙ったのか。
…待て、それを窺っていたとしたら、
俺のことが怖かったのかもしれない。
抵抗したら、何か口答えしたら、殴られたり力づくで何かされてしまうかもなんて、思わせたのかもしれない。怖くて怖くて、今すぐ逃げたかったのかもしれない。それなのに、俺が出入口に居るから、逃げたくても逃げられなかったんだろう。
でも、俺自身のことは怖がっていない、と信じたい。俺自身を怖がっていたら、昨日、あんな風に助けてくれないだろう。
きっと、俺の行動が怖かったに違いない。
俺はなんて馬鹿なんだ。自分の行動でリンさんを怖がらせるなんて。あったかもしれないチャンスを自分で潰すなんて。
「待って!!」
不意を突かれたせいで、走り出すのが僅かに遅れた。
必死に何度も呼び止める。
怖がらせて、ごめんなさい。
追い詰めるような真似をして、ごめんなさい。
無理に名前を聞いたりして、ごめんなさい。
謝るから、心の底から謝罪するから、俺にもう一度チャンスを下さい。
そんな願いを込めて、必死に俺から離れようとする小さなその背に呼びかける。
「リンさんっ、待って!お願いリンさん、ごめんなさい!怖がらせたなら…謝りますから!!」
「……ぁ……はっ…」
リンさんはゲーセンに駆け込んだ。人だかりをその小さな体でするりするりと抜けていく。俺にそんな器用なことが出来るわけもなく、何度も人とぶつかった。
でも俺も必死だ。だから、俺とリンさんの距離は中々縮まらないし、遠くもならない。
「まって、おねがい、まってリンさんっ…」
「ひっ……は、…ぅ…」
やばい、ちょっと泣きそうになってきた。こうやって追いかけているのも、彼の恐怖を煽っているのかもしれない。だとしたら俺は何て碌でなしなんだ。
でも、ここで逃がしてしまえば、俺は後悔する。今すぐにでも訂正したいんだ。
怖がらせるつもりは無かった、
無理やり何かをするつもりは無かった、
ただ、貴方と話がしたかっただけなんだ。
そう、伝えたい。
何回目かのゲーム機の角を曲がった時だった。急にリンさんの姿が見えなくなった。いや、角を曲がっただけだろう。そう思って走り続けるが、おかしい。どこにもリンさんが居ない。結構距離が縮まっていたのに、撒かれてしまった。
どこに行ってしまったんだ。
息を切らしながら、今度は歩いてゲーセンを探し回る。ゲーセンで派手な追いかけっこをした俺は、周りのヤツにこれでもかというほどジロジロと見られたが、気にしている余裕はない。
…探しても、どこにも居ない。
もしかしたらもうゲーセンを出たかもしれない。そう思って俺はゲーセンから出る。そうして辺りを見渡した。やはり、居ない。
完全に見失った、撒かれた。
今からこの広すぎるショッピングモールを探すのは無謀だろう。今日は諦めるしかない。とぼとぼと外へ向かう。
俺、最低だ。
あんな風に本気で逃げられるなんて。
相当怖い思いをさせたんだろう。
ちょっとだけ、ちょっとだけだが、
泣きそうになった。
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