上 下
33 / 153
黒の帳 『一つ目の帳』

+ 天野視点『探し人』

しおりを挟む
放課後、どこに行こうか迷った俺はとりあえずショッピングモールへ向かった。あそこは色々なヤツらが居るし、ダチもよく遊んでいる。情報収集には丁度いい。もしかしたら、あの人にも会えるかもしれない。

二階のゲーセンに行くと、思った通りの人だかりだ。誰か良い奴居るかな。C組のキモイメガネ共がふひふひ言いながらUFOキャッチャーに張り付いている。オタクか、やっぱキモいな。中々ダチが見つからねえ。中央柳の奴らばかりだから、池柳のダチは来づらいのかもしれない。だとしたら、もう片方のゲーセンか?

次の行く先は決まった。ひとまずトイレに行こう。早めに行っとくのが大事だ。
たまたま、偶然だが、俺は少し遠い方、奥の方のトイレに行った。

本当に何となくだった。


ここでも俺の判断を褒めてやりたい。


トイレに、足を踏み入れた。
先客は学ランを着た高校生が一人。手を洗っていたようだ。


鏡に、彼の顔が、写っている。
この世のものとは到底思えない、その美貌。



あの人だ。



探して探して、探し求めたあの人が、目の前にいる。


「…え、あ、…あのっ、そこの人!」
「……」

うわ、俺ダセェ。驚きすぎて声が完全に裏返った。恥ずかしい。
でもこんなんで引いてちゃダメだ。勇気を出して恥を捨て、話しかけた。

「………お、俺っ…天野です、覚えてますかっ?」

返事はない。無言でハンカチを使って手を拭いている。ハンカチ可愛いなあ、何かのキャラクターのアップリケが付いている。ちゃんと覚えておこう、このキャラが好きなのかもしれない。

「あの、俺、…ずっと、貴方のこと、探してたんです。あの時のお礼が…言いたくて」

ヤバい、どんどん顔が熱くなってくる。ずっと探してたとかキモイかな、でも、本当に会いたかったんだ。
一向に返事は返ってこない。俺とは話す気がない、ということだろうか。でもまだそう言われたわけじゃない。諦めないぞ。やっと、やっと会えたんだから。
昨日が初対面だというのに、俺は数ヶ月ぶりに会えたかのように必死だった。それ程までに、この人は神出鬼没だ。一年の教室中を探し回ったが、会える気配は微塵も無かった。

えーっと、えっと、何を話したらいいんだろう。
はっ、こんな時こそ先輩のアドバイスを思い出そう。柳ヶ丘やなぎがおか高校に行った、女を口説くのが上手い東雲しののめ先輩のお言葉。確か、褒めればいいんだっけ?

「こんな不良の俺を助けてくれるなんて、…なんて、優しい人なんだって、そう、思ったんです。見た目で判断しない人って、その、とても、素敵、です」

ダメだ、俺、語彙力無さすぎる!素敵だなんて言葉で表せるわけないだろ。でも語彙力がありすぎてもキモイかもしれない。だとしたら今の言葉はベストなのか?いや、無難すぎないか?

だが、言ってしまった言葉を反省するより、もっと大事なことがある。会話…いや、呼び掛けを続けなければ。
東雲先輩も言っていた、話し続けろって。クソ…中学の時の俺は色恋沙汰に全く興味がなかったせいで、東雲先輩の言葉を聞き流していた。今それが悔やまれるとは。ちゃんと聞いておけば良かった。

「あの、名前を教えてもらえませんか。俺は天野優人と言います。…貴方は俺の事、知ってましたよね。その、俺と貴方って、どこかで会ったこと、ありますか?」

ナンパみたいな言葉になってしまった。でも、俺を起こしてくれた時、名前を呼んでいた、それは確かだ。だから、俺とこの人は知り合いか、俺を一方的に知っているか、どちらかだ。
名前を知りたかったらまず自分から名乗る。例え俺の事を知っていたとしても、自分できちんと名乗るべきだ。果たして、この人は名前を教えてくれるだろうか。
ドキドキしながら返事を待つけど、彼は困ったような表情をして黙り込んでいる。

もしかして、怯えている?

俺は怯えさせてしまったんだろうか。相手の返事を聞くことなく喋り続けてしまった。質問攻めにした、ということだ。あれ、俺、やらかした?
だとしたらこの人はもう俺に口を聞いてくれないのか。今だって、ずっと黙っている。いや、喋るような価値が俺に無いのかもしれない。

黙り続ける彼を前に、どうしたらいいか分からなくなってきて、俯いてしまった。

「……すみません、やっぱり、俺みたいな奴は怖いですよね。きゅ、急に質問攻めとか、キモイ事してすみま…」

でも、折角彼に会えたのに、少しでも目を離すのは勿体ない。なるべく目に焼き付けておかなくては。そう思って顔を上げると、彼は必死に首を横に振っていた。

「え?お、俺の事、怖くないんですか?」

彼はうんうんと頷いた。良かった!怯えさせてしまったわけではないようだ。怖がってもいない。本当に良かった。
それなら、教えてくれないだろうか。

「じゃあ、何で…名前を教えてくれないんですか?」

そう尋ねると、また彼は黙り込み、動かなくなってしまう。俺に知られたくないのか。でもここで引いちゃダメだ。ここで引いたら昨日と何も変わらない。少しでも情報を得て、どこのクラスだとか、名前とか、一つでも知って、まずは学校で会うんだ。少しでも会話を交わしたい。
先程の様子を見る限り、やはり優しい性格をしている。俺がしおらしくなった途端、否定してくれた。そんなことないよ、と言うかのように。だとしたら、情に訴えかけてやればいける。少し卑怯な気もするが、今から語る気持ちに嘘偽りは無いから、許して欲しい。

「ねえ、お願いします…、俺、貴方に会いたくて、学校中探し回って、そ、それでも見つからなくて…。貴方からしたら、気味が悪いかもしれないけど、…や、やっと、見つけたんです、お願いしますっ…」

引いたはずの顔の熱が一気に戻ってくる。俺、必死すぎる。童貞かよ。熱すぎて汗まで出てきた。俺マジでダッサイ。というかさっきと言ってること同じじゃねぇか!どうしよう、変かな。情に訴えかけるどころか、引かれていないだろうか。大丈夫かな。

お願いしますという言葉と共に頭を下げる。
…やはり返事はない。ダメなんだろうか。

諦めの気持ちを抱えて顔を上げると、目の前にスマホの画面を突き出された。そこには、スマホのメモアプリで二文字が記されている。


『りん』


一瞬何のことか分からなかったが、先程の俺の質問を思い出した。

「な、名前…ですか?」

こくりと彼が頷く。
な、何て、何て可愛らしい名前だ。
リン、リンちゃん…、リンさん。
漢字は何だろう。凛?淋?鈴?
とにかく、大きな手がかりだ。

一年生のクラス割りの写真は撮ってある。後はあの表から、リンという人を探し出せばいい。ここまで知れたならもう学校で会える!
一番最初の目標は達成した。でも、俺は拒否されなかったことで更に欲が湧いた。

連絡先、欲しいな。

気づかれないように少しずつ歩を進め、話しかける。これも東雲先輩に頂いたアドバイスだ。さり気なく近寄り、あ、Mineやってる?と聞くんだ。

「……素敵な名前ですね、リンさん。俺、リンさんにお礼がしたいんです。あの、都合のいい日を教えてもらえませんか?…あ、Mineってやってますか、友達登録してもらえば…」

お礼をしたいのは本当だ。お食事とか、買い物とか、誘いたい。貢がせて欲しい。あの時の、可愛いと笑ったあの笑顔を、もう一度見たい。
今時スマホを持っていてMineをやっていないなんて有り得ない。高校生ともなれば当然だ、絶対やってる。




この時の俺をぶん殴りたい。




名前を教えてと言われて、喋ることなく、平仮名で無機質な二文字を伝える人が、連絡先を教えてくれるわけがないだろう。

俺はそれに気づかなかった。
拒否されなかった喜びで頭が回らなかった。


「…リンさん?あっ」

リンさんは近寄った俺を見ると、スマホを鞄に仕舞って突然走り出した。いや、俺から逃げた。
勿論向かう先はトイレの出入口だ。出入口に居た俺がリンさんに近寄ったことで、そこが空いたんだ。
そこを狙ったのか。

…待て、それを窺っていたとしたら、
俺のことが怖かったのかもしれない。

抵抗したら、何か口答えしたら、殴られたり力づくで何かされてしまうかもなんて、思わせたのかもしれない。怖くて怖くて、今すぐ逃げたかったのかもしれない。それなのに、俺が出入口に居るから、逃げたくても逃げられなかったんだろう。

でも、俺自身のことは怖がっていない、と信じたい。俺自身を怖がっていたら、昨日、あんな風に助けてくれないだろう。

きっと、俺の行動が怖かったに違いない。

俺はなんて馬鹿なんだ。自分の行動でリンさんを怖がらせるなんて。あったかもしれないチャンスを自分で潰すなんて。

「待って!!」

不意を突かれたせいで、走り出すのが僅かに遅れた。
必死に何度も呼び止める。

怖がらせて、ごめんなさい。
追い詰めるような真似をして、ごめんなさい。
無理に名前を聞いたりして、ごめんなさい。

謝るから、心の底から謝罪するから、俺にもう一度チャンスを下さい。

そんな願いを込めて、必死に俺から離れようとする小さなその背に呼びかける。

「リンさんっ、待って!お願いリンさん、ごめんなさい!怖がらせたなら…謝りますから!!」
「……ぁ……はっ…」

リンさんはゲーセンに駆け込んだ。人だかりをその小さな体でするりするりと抜けていく。俺にそんな器用なことが出来るわけもなく、何度も人とぶつかった。
でも俺も必死だ。だから、俺とリンさんの距離は中々縮まらないし、遠くもならない。

「まって、おねがい、まってリンさんっ…」
「ひっ……は、…ぅ…」

やばい、ちょっと泣きそうになってきた。こうやって追いかけているのも、彼の恐怖を煽っているのかもしれない。だとしたら俺は何て碌でなしなんだ。
でも、ここで逃がしてしまえば、俺は後悔する。今すぐにでも訂正したいんだ。

怖がらせるつもりは無かった、
無理やり何かをするつもりは無かった、
ただ、貴方と話がしたかっただけなんだ。

そう、伝えたい。





何回目かのゲーム機の角を曲がった時だった。急にリンさんの姿が見えなくなった。いや、角を曲がっただけだろう。そう思って走り続けるが、おかしい。どこにもリンさんが居ない。結構距離が縮まっていたのに、撒かれてしまった。

どこに行ってしまったんだ。

息を切らしながら、今度は歩いてゲーセンを探し回る。ゲーセンで派手な追いかけっこをした俺は、周りのヤツにこれでもかというほどジロジロと見られたが、気にしている余裕はない。

…探しても、どこにも居ない。

もしかしたらもうゲーセンを出たかもしれない。そう思って俺はゲーセンから出る。そうして辺りを見渡した。やはり、居ない。
完全に見失った、撒かれた。
今からこの広すぎるショッピングモールを探すのは無謀だろう。今日は諦めるしかない。とぼとぼと外へ向かう。

俺、最低だ。
あんな風に本気で逃げられるなんて。
相当怖い思いをさせたんだろう。


ちょっとだけ、ちょっとだけだが、
泣きそうになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

嫌われものの僕について…

相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。 だか、ある日事態は急変する 主人公が暗いです

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

百色学園高等部

shine
BL
やっほー 俺、唯利。 フランス語と英語と日本語が話せる、 チャラ男だよっ。 ま、演技に近いんだけどね~ だってさ、皆と仲良くしたいじゃん。元気に振る舞った方が、印象良いじゃん?いじめられるのとか怖くてやだしー そんでもって、ユイリーンって何故か女の子っぽい名前でよばれちゃってるけどぉ~ 俺はいじられてるの?ま、いっか。あだ名つけてもらったってことにしよ。 うんうん。あだ名つけるのは仲良くなった証拠だっていうしねー 俺は実は病気なの?? 変なこというと皆に避けられそうだから、隠しとこー ってな感じで~ 物語スタート~!! 更新は不定期まじごめ。ストーリーのストックがなくなっちゃって…………涙。暫く書きだめたら、公開するね。これは質のいいストーリーを皆に提供するためなんよ!!ゆるしてぇ~R15は保険だ。 病弱、無自覚、トリリンガル、美少年が、総受けって話にしたかったんだけど、キャラが暴走しだしたから……どうやら、……うん。切ない系とかがはいりそうだなぁ……

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

処理中です...