上 下
23 / 153
黒の帳 『一つ目の帳』

ランチタイム

しおりを挟む
「……ぁ…!!」
「っだと………ぅ…」


誰かが話している。
その話し声は穏やかではない。双方とも、随分気が立っているみたいだ。


「…けんか……だめぇ………」
「お、鈴。起きたか」

ゆったりと目を開けると、クリミツの顔が見えた。クリミツの後ろは空色でいっぱいだ。
私は、上を見ている?
屋上で龍牙に抱きしめられて、宥められているうちに、そのまま寝てしまったのか。周りを少し確認する。どうやら私はクリミツの膝に頭を預けていたらしい。
クリミツの膝から起き上がり、思い切り伸びをした。

「…ごめんね…くりみつぅ…」
「全然?お前軽いからな」

「だからっ、今日は真っ直ぐ家に帰る!俺らが送って行くっすよ!」
「気分転換は大事だ、だからゲーセン。本屋でもいい。どっか行くぞ。あんなんで家に帰せるかよ」

先程から言い争いが聞こえる。声の聞こえる方に目をやれば、龍牙と紅陵さんが張り合っていた。

「鈴は今日疲れてるんすよ!?今だってすやすや…あれ?」
「お、クロちゃんおはよう」

起きた私に二人が気づき、言い争いを止める。
先程の話は放課後のことだろうか。ゲーセンか。黒宮君も行くって言ってたな。いいなあ。

「なあなあ鈴、お前もう疲れたから家に帰るよな。無理しなくていいぞ?今から送って行くから」
「いやいやクロちゃん、あんなことがあったら、家で一人は嫌だよな。深夜まで遊び尽くす勢いでゲーセン行こうぜ。晩メシも上手いとこ知ってるし、な?」
「えっとね…」

でも、私にはそれより大事なことがある。

私の体の一部が、いや、全身が、それを渇望しているんだ。今すぐやらなければ。

「…お弁当食べたい」

「「……」」


「……ほらよ。裏番が持ってた。あ、あとスリッパな」

空腹には耐えられないからね。腕時計を見れば、六時間目が終わっていた。そりゃあお腹も空く…待って、完璧に不良だ、私。
クリミツが笑いを堪えながら、私の弁当箱と、常備されている学校のスリッパを差し出してくれた。笑うでない。私、そういえばクロッケスを置いてきたんだった。紅陵さんはあの空き教室で会った時に、クロッケスを持ってきてくれたのかな。
もしそうならお礼を言わなくては、と紅陵さんを見ると、言い合う気を削がれたのか、のそのそと私の左隣へ座りに来た。それを見た龍牙が私の右へ座る。そんな二人を見たクリミツはとうとう失笑し、龍牙の右へ移った。
睨み合う二人を余所に、私はちょっと遅い昼食をとり始めた。三人とも先にお昼は済ませたみたいで、私が食べ終わるのを待っていてくれる。

「こ、答えは?」
「結局どっちだ…」
「ゲームセンターがいいなあ、あんまり行ったことないから」
「はぁい俺の勝ちです片桐ちゃん」
「うっさいです。あ、鈴、唐揚げちょうだい」
「いいよ。はい、あーん」

小学生の時もよくこうしていたな。龍牙は唐揚げが大好きだったから、給食に唐揚げが出た時はいつも一つあげていた。宝物を見つけたかのように目を輝かせ、美味しそうに咀嚼する小動物らしいその姿は、何度見ても飽きないし、すごく可愛い。龍牙は美味しい物が大好きなんだ、特にお肉!

だけど、私が箸を差し出すと、龍牙は固まってしまった。

唐揚げに虫でもついてたかな。でも唐揚げは何ともない。
あ、そうだ。揚げ物は苦手だけど、今日は調子が良かったのか衣が美しい黄金色だ。味見もちゃんとした。本当に美味しかったから、是非食べて欲しいなあ。
期待を込めて龍牙を見つめると、固まっていた龍牙がおずおずと口を開ける。口を開けて待つその姿はまるで雛鳥のようだ。
私が唐揚げをその口に入れると、龍牙はゆっくりと咀嚼し始める。何か似たような草食動物が居た気がする。何だったかな。

「ふふ、変な龍牙」
「……うんま」
「へっ、冷凍唐揚げ如きで何を…」

紅陵さんがそっぽを向き、ブツブツと文句を言っている。龍牙は得意げにその背中を見ていた。
そんな二人を見て、クリミツが私に質問した。

「なあ鈴、もしかしてだけど、手作り?」
「え、そうだよ、クリミツは知ってるでしょ?早起きして作るんだ。今日はね、昨日仕込んだ鶏肉を揚げ」
「まじかよっクロちゃん俺にも唐揚げっ!!」

私の弁当は手作りの物でいっぱいだ。冷凍のものを使うのは楽だけど、やっぱり自分で作るのも楽しい。後片付けに時間がかかるから早起きしなきゃいけないけど、料理は楽しい。時間が無ければ前日の晩御飯の残りを使ってもいい。自分の好みの物ばかり詰めたお弁当は、食べていて幸せになれる。ちゃんと栄養バランスも考えているので完璧だ!
唐揚げが私の手作りだと聞いた途端、紅陵さんが弾かれたように顔をこちらに向け、唐揚げを催促してくる。しかしもう唐揚げは無い。お弁当には二つしか唐揚げを入れていなかった。一つは私が、一つは龍牙が食べたから、もう無い。

「…すみません、もう無いんですよ」
「そんな……ぁ、くっそ、マジ片桐羨ま…」
「はぁい俺の勝ちです紅陵先輩」
「ムカつくわァ、そもそも片桐…ん?」

「…ひっ、ひひっ……はァ…っ…」

再び始まった二人の言い合いに耐えきれなかったのか、クリミツが引き笑いを始めた。

クリミツは余程面白いことがない限り、この笑い方はしない。何故なら周りにドン引きされるからだ。この笑いが出るということは、周りを気にしていられないほど面白かったということ。
本人はこの声を気にしているが、私は嫌いじゃない。まあ、確かに声は変だけど、顔はすごく楽しそうだから。普段は無表情でいることが多いから、感情を表に出しているのを見られるのは嬉しい。

クリミツは顔が真っ赤だ。呼吸はちゃんとできているだろうか?
紅陵さんを見ると、苦い顔でクリミツを見ていた。龍牙は、またかよ、と呆れている。
紅陵さんの、これでもかというしかめっ面に、クリミツはトドメを刺されたみたいだ。クリミツの笑いが度を超え、噎せ出した。慌てた私はクリミツの背中をさすりにいった。

「ヒィーッ、はっ、ひひっ、ひ!へっ、ゲほっ、ゲホッ、うぇっ」
「クリミツっ、クリミツ落ち着いて!そんなに面白くないよ!」
「笑いすぎだ。お前のツボやっぱり変だよなあ」
「笑い声キモ…いや個性的すぎるだろ」

さすっても、トントン叩いても、クリミツの笑いは収まらない。どうしよう、何か死にそうなんだけど。首まで赤くしてゲラゲラと笑っている。
どうしようどうしようと心配していたら、龍牙の悲鳴が聞こえた。どうしたんだろうと振り向くと、紅陵さんが口をもぐもぐとさせている。口いっぱいに入れる龍牙とは違って、お行儀がいいなあ。

…じゃなくて!
もしかして、食べてるのって、

「紅陵先輩っ、どこまで食ったんすか!?」
「えっ、私のお弁当…」
「ワリぃな。美味しそうだったから」
「ひっひぃ…、あれ、裏番、全部食ったんすか」
「おう」

へへ、と紅陵さんが申し訳なさそうに笑った。その手にある弁当箱は空っぽになっている。
私、最後の卵焼き二つ食べたかったのに、何たる暴挙だ!
食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ…。

恨みを込めて睨んでも、紅陵さんは悠々としていて全く相手にしてくれない。それどころか、嬉しそうにスマホをスイスイと操作し始める。

人の、人の楽しみにしていた、大きめの、美味しい卵焼きを略奪して、何て態度だろうか…!!

「…紅陵さん、今、私怒って」
「小腹空くよね、空いたよね。…これ、行かない?」

憤慨する私を遮り、目の前にスマホの画面を見せてくる。

『柳駅前ミオンショッピングモール
Cafe・Fmesh 期間限定!サンミオコラボ♡
シナノンパフェ
マイメモショートケーキetc…
ご来店頂いた方には全員にコースターのプレゼント!』

…成程、私を物で釣ろうと言うわけか。


「行きます」


是非、行かせてください。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

親衛隊総隊長殿は今日も大忙しっ!

BL
人は山の奥深くに存在する閉鎖的な彼の学園を――‥ 『‡Arcanalia‡-ア ル カ ナ リ ア-』と呼ぶ。 人里からも離れ、街からも遠く離れた閉鎖的全寮制の男子校。その一部のノーマルを除いたほとんどの者が教師も生徒も関係なく、同性愛者。バイなどが多い。 そんな学園だが、幼等部から大学部まであるこの学園を卒業すれば安定した未来が約束されている――。そう、この学園は大企業の御曹司や金持ちの坊ちゃんを教育する学園である。しかし、それが仇となり‥ 権力を振りかざす者もまた多い。生徒や教師から崇拝されている美形集団、生徒会。しかし、今回の主人公は――‥ 彼らの親衛隊である親衛隊総隊長、小柳 千春(コヤナギ チハル)。彼の話である。 ――…さてさて、本題はここからである。‡Arcanalia‡学園には他校にはない珍しい校則がいくつかある。その中でも重要な三大原則の一つが、 『耳鳴りすれば来た道引き返せ』

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

処理中です...