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黒の帳 『一つ目の帳』

勝手な外野

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昨日と同じく、チャイムから10分程して先生がやってきた。昨日よりオドオドしている。昨日みたいにまた何か投げられるんじゃないかと怯えているんだろうか。

「…皆さん、…ぉ、おはようございます」
「おはようございますっ!」

思い切って挨拶を返す。教室がしんとなるけど、誰も文句を言わない。昨日と違って教室には人が多い。だが、それにも関わらず誰も私に突っかかってこない。一瞬不思議に思ったがチラチラと私を窺う視線に気づき、納得する。ああそうだった、素顔を知っているんだっけ。

「お、おはようございます紫川くん。元気ですね…、そ、その、出欠を…」
「先生、出欠より先に、自己紹介をして欲しいです」

先生のやることを邪魔してしまうのは申し訳ないけど、どうしても名前が気になる。二日目こそ自己紹介をして欲しい。

「…あ、ああ、わ、私は如月昴です。す、数学を担当しています…ええ…。い、いいですかね、大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます!」

教壇の上に居る如月先生と椅子に座る私では目線に差がある。だけど、猫背の如月先生は俯いて視線だけをこちらに寄越すからか、見上げられているような錯覚を覚えた。
如月先生が震える声で出欠をとる。恐る恐る名前を呼びあげていく。不良さん達は答えてくれないだろうなあと思っていると、意外な事が起こった。

「…あ、ああっ、あ、天野くん」
「天野は居ないっすよー」
「そっ、そうなんですね…、今市くん」
「…はい」
「…宇野くん」
「はっ、はい」
「え、遠藤くん」
「うぃー」
「お、オカザキくん…」
「岡崎(オカサキ)っす」

皆が、不良さんが、答えている!!!如月先生が呼び間違えても怒らない、それどころか○○ですよ、というふうに教えている。隣の龍牙も一人UNOをしながら返事を返す。
…待って、一人UNO?どうやってやってるの?

「紫川くん、紫川くん?」
「はっ、はい…」

いつの間にか私が呼ばれていた。驚いて声が裏返ってしまう。その途端、どこかから「可愛い…」と呟きが聞こえた。うるさいよそこ。からかわないで欲しい。恥ずかしさで少し熱い顔をパタパタと扇ぐ。

「渡辺くん」
「うっす」
「…は、はい、ではありがとうございました…」
「センコー」

不良さん達が返事をしたとはいえ、恐怖から逃げるように扉へ向かう如月先生。しかしその前に、昨日龍牙に倒された遠藤君達三人が立ち塞がる。

「今日だけだからな、調子乗んなよ?」
「俺らさ、出欠真面目にとるとかダリーの、分かるっしょ。次からは自分でやってね」
「……」

遠藤君が脅し、菊池君が要件を伝え、新村君は黙って睨んでいる。如月先生が可哀想だ。助けに行きたくて立ち上がろうとすると、龍牙に腕を掴まれ阻止された。どうして?

「わっ、分かりました、分かりましたからっ……」
「基本話しかけんなよ。顔覚えたから大丈夫だろ?」
「センコー俺らにとっちゃァうっざいからさ、お願いしま~す」
「……さっさと行け」
「はいっ、はい…」

凄い勢いで如月先生が駆け出す。皆の態度はよく分からないな。
真面目に学校生活を送ることは不良さんの中ではダサい、と言われる。だってそうじゃないのが不良さんだからだ。でも今出欠は比較的真面目に受けていた。かと思えば如月先生を脅し、生徒の確認は今日限りだという。

「…変なの。如月先生かわいそう…」
「鈴、俺が思うにはな。…お前のために先生と仲良くしようとはするけど、やっぱり真面目にしてるのは不良として格好悪い、って感じだろ。意見が割れたんだろうな」
「……意味分かんない」

龍牙は声を潜め、私に推測を話してくれた。
私のために先生と仲良くする?何を言っているのやら。私によく思われたい故にやるんだ、と龍牙は力説してくるが、そんなの嫌だし、間違ってる。自分が仲良くしたい人と仲良くすればいい。無理して仲良くしようとしたり、相手を脅したりと一貫性の無い行動をするのは、逆に気味が悪い。それを私が好むと思ったら大間違いだ。

「それが本当だとしたら、最低だし気持ち悪い」
「お、おう、言うなあ……」

少しイラッとして強い言葉が出る。だって如月先生は本当に怖がっていた。
私が呟いた途端、右の方で騒めきが聞こえた。そちらを見ると、10人程の不良さん達が輪になって話し込んでいた。一クラスの人数は20人。私達と、黒宮君達、それから天野君を除くと、クラスメイトは12人。となれば、全員がそこに集まっていることになる。

「いっ、今の聞いただろっ、やっぱ変だったって!」
「でも真面目とかマジで気持ち悪ぃよ」
「俺らみたいなワルイ男の魅力を伝えていかないと。子猫に優しいタイプの不良的なさ」
「照れてたのマジ可愛かった」
「………………口説く」
「聞こえてるよー!」

コソコソと話しているが、声の大きい人が何人かいるせいで会話が一部聞こえてくる。その内容に我慢出来ず、流石に止めてもらえないかという意志を込めて、大声で話しかける。顔が熱い気がする。気にしない気にしない!

「…マジ?」
「マジだよ!そういう話は本人の聞こえないところでしてくれると助かるんだけどな」
「え、猥談も可とか心広すぎ」
「そっ、そんなこと言ってないでしょっ!?」

猥談。余りにも直接的な言葉で、一気に顔が赤くなる。赤くなってるのは前髪で見えないから良かったけど、不意打ちのような話に必死な声が出てしまい、不良さん達の騒めきに拍手をかけてしまった。

「今の聞いたか」
「マジ可愛い」
「あの顔で下ネタ恥ずかしがるタイプとかマジでドツボなんだけど」
「もっ、もう…好き勝手…っ…」
「おいお前ら」

背後でがた、と椅子を立つ音がした。何も言えなくなってしまった私を見かねた龍牙が、私の前に立ってくれる。

「鈴に変なことばっか言うんじゃねえ。鈴が嫌がってんだろ」
「…あのさ、片桐って鈴ちゃんの何?」
「幼馴染み。マブダチだから」
「それだったらさ、恋路応援してあげてもいいんじゃねーの」
「お前らのは性欲だろ」
「ちゃんとガチ恋勢も居るから安心して?」
「出来るか!!」

嫌な事実が耳に入ってきた。"も"ということは性欲も恋心も向けられていることになる。もうやだ。ああ、不良さん達がキラキラした視線を向けてくる。私をアイドルか何かと勘違いしてないか。君達と同じ男子高校生だぞ。顔面だけでここまで態度が変えられると、もう笑えてくる。
この顔じゃなきゃ、ただのパシリくらいにしか思わないくせに。

「さきちゃんっ、後で話しよーぜっ!」
「抜け駆け禁止だろうがっ!!」
「皆の鈴ちゃんでしょ」
「お前らの鈴とか勝手に決めんな!」

ちやほやされるのは百歩譲って許そう。私だって…まあ色々な感情が向けられているが、友達が出来るのは、嬉しい。楽しく話せる同級生が増えるのはいいことだ。

「えー俺さきちゃんの顔真っ先に発見したのに」
「それを言うなら俺が一番だっ!!!」
「うおっ、新村急に叫ぶなよ…」
「鈴っ、俺と話そう、コイツらはうるさい、お…俺なら落ち着いて話ができるぞ」
「紫川気をつけろ、新村は下心見え見えだぞ」
「…………」

だが、これは余りにも、勝手すぎないか。

「あのね、皆」
「何さきちゃん」

「そういうの、本当に止めて。迷惑だから」

真剣な声色で伝える。この人達は、私のことを一切考えていない。私の気持ちが伝わってくれたのか、不良さん達の騒めきが水を打ったようになる。
一瞬、脳裏にブチギレる不良さん達の図が浮かんだけど、もう後戻りは出来ない。

「…全く。分かってくれたなら良」

「ツンツンするさきちゃんもかっわいい~!」
「優しいだけじゃない紫川…、やべ、違う、俺はガチ恋じゃねえぞ、落ち着け俺」
「鈴、大丈夫だ。俺はお前の本心を分かっているからな。照れなくてもいいぞ」
「鈴ちゃんツンデレ要素も兼ね揃えてるとかマジでヤバいね」


……
………
もう、いいです。

目の前から、呆れたような龍牙のため息が聞こえた。
うん、龍牙。私も多分同じ気持ちだよ。
ため息から続けて、龍牙が独り言を呟く。ただ、その一言は小さく、私には聞き取れなかった。

「…俺も、アイツらに混ざれたらなぁ」
「何か言った?龍牙」
「何にも?」
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