皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

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黒の帳 『一つ目の帳』

過保護なお爺様

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「おかえり。帰ってすぐですまないが、鈴、話がある。此方へ来なさい」

いつものように家の玄関に入ると、珍しい声がした。居間を覗けば、ワックスで整えられ、薄ら青みがかかった白髪が見える。多忙でいないことが多い、私の育ての親の雅弘まさひろさん。いつもは甚平だが、仕立てのいいスーツを見る限り、仕事帰りか仕事中に抜けてきたかのどちらかだろう。初老にさしかかったにも関わらず、この人はいつも時間に追われている。
氷のようだと揶揄される、冷たく暗い紺の瞳が私を見つめる。優しいこの人はどうしてこうも無愛想なんだろう。中身と外見の格差にはどうも納得がいかない。

「分かりました」
「今日は遅かったな。楽しんできたか?」
「はい、雅弘さん」

そんな雅弘さんが嫌がるであろう、私の趣味の物が入った袋を後ろ手にして答える。少し遠出をして、知り合いのいない場所でわざわざ買った、サンミオのシナノンちゃんのぬいぐるみ。これから高校生になるのだから、1度くらい遠くまで出かけてみたいという口実でわざわざ出かけた。幾ら優しいとはいえ、堅実な仕事人間の雅弘さんが女の子のような趣味を受け入れてくれるとは到底思えない。バレて面白いものではないだろう。焦りで少し冷や汗をかく。
ソファに座っている雅弘さんの向かいに腰掛けるよう促され、荷物の中身を雅弘さんから見えないようにして座る。
私が顔を上げると、雅弘さんが口髭に隠された口をもごもごと動かして話し始める。

「…鈴、お前は中央柳高校に入学する。あの高校がどういう場か、お前も分かっているはずだ」
「はい、…不良さんが大勢居て、その、……他の組の息子さん、とかが、居るんですよね?」
「そうだ、お前もその1人だ。何せ根谷ねや組の一人息子だからな」

中央柳高校。
初代理事長がその座を退いた途端、学校の治安は劣悪なものと化した。
暴行事件や盗難事件は日常茶飯事。大きな組の息子に至っては入院させる程の大怪我でもお咎めなしだったりする。不良が好き勝手できる場所。ここらでは随一の不良高校で有名だ。他にも不良校は存在しているが、この高校はそれらの頂点に君臨している状況だ。
最初にこの話を聞いた時は、たかが高校で何を言っているのかと思った。だが、裏の人達が絡んでいる以上、ただの子供の遊びでは終わらないだろう。
だが、そんな不良校の話より、今雅弘さんが言った言葉の方が大切だった。息子。養護施設から引き取った私を、そこまでの存在として認めてくれている。雅弘さんは話す機会が中々無いから、喜びも一入だ。
だが、喜びを隠しながら話を促す。高校生にもなって、息子と呼ばれたくらいで舞い上がってはいけない。

「それで、話というのは?」
「今日来たのは、その高校についてもう少し説明しておこうと思ってな。…たかが子供の遊び、と言いたいところだが、地方の族に加入している者も多く在籍し、事件も起こしている高校だ。それでな、そこのトップ…彼らの言葉で言うならば番長だな。それを教えておく。今年で2年生になる、紅陵こうりょう零王れお。2m前後の長身に、赤い髪で緑の目だ」
「…どこの組の人ですか?」

紅陵、なんて名字の組は聞いたことがない。あの高校には、ここら一体を縄張りにしている、雅弘さんが率いる根谷組と、その子分の氷川ひかわ組が絡んでいる。確か同じく2年生に氷川組の息子が居たはずだ。彼を差し置いて番長になったということだろうか。

「氷川のお気に入りらしい。何でも、ただのチンピラにしては頭が良すぎるもんだから、将来は氷川に入ってもらうらしいぞ」
「就職しない前提なんですね」
「本人は何も言わないらしいがな。恐らくだが、氷川を相手にしてないんだろう」

極道の家にいる私が言うのもおかしいが、そっちの筋の人は本当に怖い。まだ小学生だった私は、雅弘さんの屋敷に引き取られた時、数日部屋から出られなかった。顔も言葉も怖い。そういう態度に慣れたと思えば今度は行動が怖い。人の命を奪えてしまうんだから。
そんな怖い人たちを相手にしないなんて、そんなの

「き、肝が据わってますね、紅陵さんって」
「ただの馬鹿かもしれんがな。だが、頭で勝負する氷川が言うんだ、頭の良さは間違いない。まあお前は性格が穏やかで優しいからな。自分から喧嘩を売るようなことはないだろうが、絡まれたら逃げろ」
「でも、仲良くなれるかもしれないじゃないですか。話さないのは勿体ないです!」

言い切った私を見て、雅弘さんが深くため息をつく。

そう、雅弘さんはいつも私に、関わる価値のない者とは関わるな、という。といっても別に、頭が良いだとか家が偉いだとかそういうことじゃない。よりいい友情を築くことは、唯一無二の絆を産むことに繋がるそうだ。
要するに、仲良くなれる人とは仲良くしなさい、ということだ。価値がない者というのは、私自身以外を目当てに近づいてくる人らしい。どういうことかは未だによく分からない。雅弘さんが言うには、体目的だとか、私の家柄だとか、損得だけで測るような人らしいけれど。

中学では虐められていた私を、雅弘さんが心配するのは当然なのかもしれない。でも、周りの努力のおかげもあって、イジメは無くなった。元々交流は得意、というより、好きだ。知らない人を、危ないかもしれないからといって話もしないのは勿体ない。もしかしたらその人が唯一無二の親友になるかもしれない!そう考えると雅弘さんの言うことに賛成はできない。でも雅弘さんは頑なだ。

「仲良くなれるわけないだろう。考えてもみなさい。虫も殺せないお前と、暴力で人を従わせる番長、どう気が合うっていうんだ、ん?」
「それは…、でも、雅弘さんだって、…その…」
「私は頭脳派なんだよ、鈴」
「だったら紅陵さんだって頭いいですー」

言い返す私に、雅弘さんの眉間の皺がどんどん深くなる。でもここで怖気付く私じゃない。

「…鈴、どうしてお前は会ったこともない人間を庇えるんだ」
「会ったことないからです。雅弘さんだって、どうして会ったことない人の事を悪く言うんですか?」

雅弘さんが使った言葉で言い返すと、流石に言葉に詰まったらしい。唸りながら俯いてしまう。暫くそうしたことで落ち着いたらしく、再び見えた顔には心配だけが残っていた。

「…お前が心配だ、鈴」
「……」
「優しくて、可愛くて、明るくて、それでいて少し抜けているところがあって、可愛くて、お前に会った男は絶対惚れてしまう!!だから」
「前髪は切らない、ですよね?分かってますよ」

可愛いと二回言われた気がする。
こんなに私を心配しているのに、何故私は不良校へ行くのか。雅弘さんなら私立のいい高校へ通わせるのではないか。
理由は簡単、私が金銭面で雅弘さんに迷惑をかけたくないからだ。実の息子でもなく、家を継ぐわけでもない。そんな私を育ててもらっているのだから、それなりに身を弁えなければならない、その自覚はある。
お金なんか気にしなくていいと言う雅弘さんを私が押し切った結果がこれ。

前髪は切らず、顔を隠して欲しいと言われた。

自分で言うのもアレだが、私は顔が整っている。私には、何度も、何人にも告白された経験がある。…異性だけではない。所謂カワイイ系らしく、同性であるにも関わらず、同年代の男子からは可愛い可愛いと言われている。性行為を迫られたこともある。同性愛は何とも思わないが、勿論断った。愛の形は色々だけれど、童貞卒業させて、なんてお断りです。

そんな私が男子校でもある不良校に行けばどうなるか。雅弘さんはもう気が気でないらしい。彼いわく、男子校は獣の巣窟らしいから。
とはいえ、前髪を伸ばしっぱなしにしてしまうと、暗い印象になる。今度は根暗でカツアゲに丁度いいとか思われてしまいそうなものだが、それは黙っておいた。私だって男の子だ。自分で自分の身は守れる。性欲からくる暴力より、標的が変わりやすい金銭、憂さ晴らしの暴力の方がまだ避けやすい。だから、逃げられれば何とかなるだろう。

さあ察しの良い方はもうお気づきだろう。

そう、私の判断は、
甘かった。
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