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不死王の館
しおりを挟むゴゴ。
地下道の出口を開く。
「これは……書棚……か……」
隠し通路の入り口は重たい書棚で隠されていたらしい。
降り積もった埃が舞う。
長らく誰も、掃除してない。どころか触りもしていないのかもしれない。
「むぅ。敵、におい……ない……?」
ベルラが鼻をひくつかせ、ピクピクと毛むくじゃらの三角耳を動かしている。その声も表情も怪訝そうにしている。
「どういうこと、ベル?」
「ワカラン……敵、いない……?」
なおもくんくんと鼻をひくつかせるベルラ。
まさか不死王の屋敷が、全くの無人ということがあるというのか?
「なにか、罠を仕掛けているかもしれないわ。ラーナの時、うまくベルの鼻を誤魔化されたしね」
「どちらにしても……警戒しながら行きましょう。ここまで来たら、行くしかないんですから」
勇者が、剣に手を触れながら言った。
決意と、緊張を孕んだ声。
我々もそれに頷き、ベルラを先頭に部屋を出た。
マレフィアの生み出す魔法の光が照らし出すのは長い廊下だった。
見える範囲で、アンデッドや眷属らしき者の姿はない。ベルラが言った通り、敵が、いないのだ。
ただぼんやりと、長く暗い廊下が伸びている。マレフィアの魔法の光ですら照らしきれないその暗闇は。
ゾクリ、と……寒気にも似た恐怖を感じさせた。
「……不気味ね」
マレフィアがぽつりとこぼす。
「そう、ですね……。なにもないのが、余計に」
勇者が頷く。
よかった……怖いのは私だけではなかった!
と、喜んでいる状況でもないのだが。
果たして。
どれだけ歩いたのだろうか。
長い廊下だ。
マレフィアの生み出す魔法の光が先を、しかし、照らしきれずに。暗い。
柔らかな絨毯。進む足を優しく包み込んでくれる。
アンデッドも眷属の姿もない。
「……不気味ね」
とマレフィアがこぼす。
「なにもないのが、余計に……」
と勇者が頷く。
よかった。怖いのは私だけでは――
ん?
皆が一瞬、首を傾げた。
長い廊下が続いている。
マレフィアの魔法の光が――
アンデッドも眷属の姿もなく――
我々はその廊下を進み――
「不気味ね……」
と、マレフィア。
「なにもないのが、余計に……」
と、勇者。
よかった、と私は思う。
怖いのが私だけではなかったと少しの安堵。
奇妙な、既視感。
なにかが、おかしい……。
「がぅ……」
ベルラが振り返る。
金色の獣の眼が光って、やや怖い!
「ヘンだぞ。ちょっとおかしい」
「き、奇遇だな……! 私も……」
「どうやら、私たち……“囚われた”みたいね。既に、不死王の術中に」
マレフィアが少し悔しそうに言った。
魔導師としての矜持だろうか。
「それで……つまり、どういうことなんだ。マレフィア」
今の我々の状況は。
マレフィアは、眉をひそめながら溜息を吐いた。
「ループの魔法よ。同じ時間、空間を、ずっと繰り返してしまう魔法空間。かなり高度で、そして古い魔法だわ。古典的だけれど、囚われた者はなかなかその状況に気付けない」
なるほど。
わかったようでよくわからない!
しかしそういうのなら書庫の膨大な書物の中に似たような現象を綴ったものを見たことはある。無限回廊に囚われし老騎士物語……
「フィア。どうにかできる?」
「えぇ、違和感に気付けさえすればね。幸いよ、ベルラが居て」
五感に優れたベルラだからこそ、繰り返される現象の違和感にも気付きやすかったということだろうか。
ベルラはなにをどこまで理解しているのか、しかしふふんと誇らしげに鼻を鳴らした。
勇者も安堵したように表情を和らげる。
「良かった。ベル、ありがとう。……それじゃフィア。お願いするよ」
「えぇ、任せてちょうだい」
マレフィアがいつもの、マナに呼びかける詠唱を紡ぐ。
実のところ必要ないのでは? と私は疑っているが、魔導師のことはよくわからないので黙って見守っている。
聖印を握りしめ、私も神に祈った。
我々を、かの邪悪の権化たる不死王のもとに導いてくださるよう――
「ちょっと衝撃あるわよ、構えて!」
マレフィアの声が鋭く飛ぶ。
ほぼ同時に。
――――!
グワァン――
と、視界が揺れた。
頭が揺さぶられる。
床がぐねぐねとうねり、粘土のように柔らかくなり、凄まじい目眩に襲われて――
「ほう……存外、早いお出ましでしたねぇ――」
男とも女ともつかない、ぞわりと鼓膜を直接撫でていくような、悍ましくも蠱惑的な声がした。
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