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激突!湯煙熱闘編完結
しおりを挟む「もったいないけど仕方ないわ。私の秘蔵の岩塩、めいっぱい味わせてあげるわよ。……遊び踊るマナよ……!」
マレフィアがポーチから拳大の岩塩を取り出し、いつもの如く詠唱を行う。
岩塩が淡く光り出し、ふわりと浮かび上がって蛙の方に飛んでいった。
「ゲケロロロロン? なんだぁ!?」
蛙がその光る岩塩に気を取られている隙に、私はこそこそと別の岩陰に隠れる。
「贈り物よ、大きな蛙の魔物さん。嫁入り道具とでも思ってちょうだい」
「ウヒョ~ン!? 積極的な美女~!」
蛙が興奮したようにピョンピョンと跳ねる。
それは多少の地揺れを起こした。
「勇者、ベルラ……準備して」
「フィア……? どうするつもりなんだい?」
「いいから、やるわよ! “ブレイク”!」
マレフィアの力ある言霊。
岩塩がパァンと弾け粉々になり、蛙の頭上からその頭に雨のように降り注ぐ。
「ゲケ? グケ……ケ……ケロロぉ?」
降り注ぐ塩の雨。
それが蛙の体表を保護する粘液に浸透し、急激に乾かしていく。
「いまよ、勇者! ベルラ!」
マレフィアの合図のもと。
「よくわからないけどわかった! よくもレリジオさんを……許さない……! ルクスフルーグ……“光破斬”!」
「カエル……肉……オンセンタマゴ……! がうう! “めったぎり”!」
勇者の宝剣が光り輝き、衝撃波と共に蛙に斬撃を繰り出した。
ベルラの食べ物の恨みと肉への渇望が爪に宿ったかのように、蛙の体を切り裂いていく。
「ゲケロロロロ――!? グケっ!?」
蛙の薄い皮膚が切り裂かれ、血が噴き出る。
蛙の口から漏れたのは、驚きの声だった。
粘液に守られた自分の体が、傷付けられるとは思ってもいなかったのだろう。
「ゲケロロロロン!! ひぎゃぁあ!? 死ぬぅ~! 死んじゃう~!」
蛙は混乱し、ゴロゴロと転がりまわり、呼吸も苦しそうにもがいていた。
「……、よ、よくも、……うぅ」
勇者の剣はそこで鈍った。
いつもの魔物と違い、知恵があり言葉を交わした相手である。おそらく情が、沸いている!
「勇者よ……! 早く、トドメを」
「で、でも、……レリジオさん」
「ゆーしゃ、やらないなら……ベル、やってやる!」
ベルラが爪を振り上げ、蛙にトドメの一撃をくだそうとする。
「ゲケロロロロン……た、たすけてェ~!」
「ベルラ……待って!」
ベルラの爪が、蛙の寸前でピタッと止まった。
「勇者……? どうするつもり。倒さないと、村がまた困ることになるわ」
「……そう、わかってる、よ」
「ケロロ……」
地に伏して、息も絶え絶えの様子の蛙の前に勇者は立った。
純白のケープのせいなのか、その姿は妙に神秘的で慈愛に満ちた、女神かなにかのようですらある。
「もう、村に迷惑をかけないと約束できますか? 温泉を堰き止めたり、生贄を求めたり……酷いことをしたり言ったり……」
「ケロロ! します! 約束しますしますぅだから助けて~!!」
マレフィアが顔を顰めている。とうてい信用できんという顔だろう。私もだが。
「もし、約束を……破ったら……」
「ケロッ……!」
「殺します。次は。……だから」
蛙は、ケロケロと必死に鳴いて頷いていた。
勇者が私を振り返る。
その瞳が、言っていた。
レリジオさん、お願いします。治癒を。と……。
私は渋面になっていた、と思う。
しかし、岩陰から出て蛙のもとに向かった。
幸い、今回の件では死者は出ていないのだ。
長引けばどうなったかはしれないし、私はめちゃくちゃ命を狙われたが、驚くべきことにほんの擦り傷程度しか負っていない。
ならば、この魔物に、命で贖わせるのは不当ではあるのかもしれない。
私は溜息を吐いて、表情を引き締める。
努めて厳かに、低い声音で蛙に告げた。
「蛙よ……光の神ルクスの名の下に誓うが良い。村の者に手を出さない、温泉を独り占めしない。誓えば、命は助けよう。それが勇者の望みだからな」
「ケロ……治癒~できれば~あっちの美女の魔導師さんがいいケロ~」
「なっ……!」
この蛙、死の淵にありながらなんと欲望に忠実! いっそあっぱれ! だが。
「マレフィアの治癒は、死ぬほど痛いぞ」
「ケロ~!」
***
その日、村は久しぶりの温かい湯煙に包まれた。
「ほ、ほんとうに倒してしまわれたのですか、あの化け物を!」
村に戻った我々は村人たちに迎えられた。
皆一様に驚き、そして喜び、涙すら流した。
ようやくまた平和な村の営みが戻る。恐ろしい魔物に若い娘が怯えることもない。
それどころか。
「皆に、折り入って話が……」
重々しく口を開いた私に、村人たちが畏まった。
あの後、蛙の魔物と私たちは、古の方法に則り盟約を交わしたのであった。
あの蛙は、今後も源泉の辺りに暮らし、その代わりに。
「この村と温泉を守る、守護聖獣となる」
ざわざわと村人たちのどよめき。
無理もない。いきなりそんなことを言われてもな。私だってナンジャソリャと思う。思っている。だがしかし。
「互いにとって、悪い話ではないだろう。今後、この村の温泉を求めて魔族や、そうでなくともよからぬ輩が押し寄せる可能性はある。昨今、軍を維持しきれなくなった領主らが兵を解雇したりなどという話も増えている。そうしたあぶれ者たちが賊に転身するのもまた珍しからぬこと……」
「で、では……あの化け物が、そうしたものから我々の村と温泉を守ってくれる、と? 本当に信じて良いのですか」
「うむ……心配は尤もなこと。ではあるが。これを見よ!」
と言って私は村人たちに聖印を見せつけた。
ピカ~ッと眩い光! ちょうど篝火が照らし出してくれたのだ。皆がははぁとまた畏まる。
「偉大なる光の神ルクスの名の下に聖なる盟約を交わした。約定を破れば、たちまちに神罰が下り、かの者は怒りの雷槌によって引き裂かれるだろう」
オオッとまたどよめき。
「わ、我々は、新たな守護聖獣さまを、どう扱えば……? まさか……」
「たまに、酒や果物でも捧げてやれ。村の者に害をなすことはない。なせばたちまちに引き裂かれるのだからな」
「では……本当に……今後は安泰、と?」
「然様。安泰だ」
どよどよ。ざわざわ。ひそひそ。こそこそ。
村人たちは、半信半疑という風情でいた。
それもまた無理からぬことだろう。いきなりバケガエルが今後は村の守り神ですと言われたらなぁ。
「わかりました……。神官様の仰ることでございますから。あぁ、本当に……本当にありがとうございます……ありがとうございます」
長老がしみじみとした声で言った。
それを受けて、ほかの村人たちも。
その様子に、私もひとまずはホッとした。
「勇者様……お仲間様がた……本当に、本当にありがとうございます……」
「え、あ、い、いえ……!」
「どういたしまして。誰も犠牲にならなくてよかったわね」
「はなし、ながい! ベル、もう……オンセンタマゴ……」
「さて、それでは……そろそろ村の温泉も元に戻っている頃だろう。我々を、宿に案内してくれますかな」
勇者は、村人たちの注目が自分に向かうとは思っていなかったらしく、おろおろと狼狽えた。マレフィアもベルラも、村人たちからの感謝に対して特に思うことはないらしい。なんともドライな女たちだった。
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