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衝動※
しおりを挟むバンッと扉を壊しそうな勢いで開かれて、燕白はギョッとしたように中腰だった。
ちょうどそろそろ寝ようと寝台に腰を下ろしたところだったのだろう。
「燕白……!」
さながら矢のように飛び込んできたシュシュリに、燕白が反応できようはずもなかった。
ドッと鳩尾辺りに埋まるシュシュリの頭に燕白がウッと呻く。
「燕白!」
そんなこともお構いなしに、シュシュリは燕白をその勢いのまま寝台に押し倒して乗り上げた。
燕白は細い目を瞬き、目を白黒させてシュシュリを見上げる。
「なな、なに……なにごとだ!?」
燕白がようやく絞り出した声だった。
キィ、キィ、と扉が風に揺れながらゆっくりと戻り、パタンと閉じる。
シュシュリは、その音と燕白の声に、ふいに冷静さを取り戻したようにハッとして飛び退いた。
顔が熱い。
「……さっき、別れたばかりのはずだが。どうした。シュシュリ」
敵襲ということもないだろうことは察してか、燕白の声音は平常通りののんびりしたものに戻っている。つい先ほどの慌てたそぶりすら嘘のように。
シュシュリは、燕白のその切り替えの早さにやや面白くないものを感じた。
「どう、も……しない。ただ」
ヨエに言われたことがぐるぐると脳裏を渦巻いていた。
じ、とシュシュリは燕白を見つめる。
燕白は、その眼差しに軽く首を傾げていた。
細い目、へらへらと緊張感のない締まらない表情。円華の高官らしく口元と顎に髭をたたえ、姿勢は猫背気味。どこをどうとってもお世辞にも良い男だとはいえないのは、色恋や男女の中に疎いシュシュリにもわかる。
正確なことは知らないが、歳もシュシュリよりずっと上だろう。へたをしたら親子ほどに。
「いくら薄暗い月明かりしかないとはいえ、わしのような男をそうまじまじと見るものではないぞ……シュシュリよ」
さすがに居心地悪そうに燕白がみじろぎして苦々しく言った。
「ごめん……」
「シュシュリ……? どうした。いつもと様子が違うなぁ。いや、いつも、といえるほど長い付き合いでもないが」
燕白が立ち上がり、シュシュリに近づく。
気まずく目を逸らしたシュシュリの手を燕白が取った。
「困っていることがあるのなら、ためしに言ってみるといい。わしはそなたよりは経験もいろいろある。知識もある」
「……私は、おまえにたぶらかされたのか、燕白。体を売って御珠を手に入れたのか? 戦士の誇りを捨てて」
シュシュリは言ってから、後悔した。
こんなことを、燕白当人に問いただしてどうなるというのか。
燕白は、微かに目を見開き、ははと乾いた声で笑った。
「はたから見ればそうかもしれんな。わしはただでさえ嫌われ者の円華人で、その上そなたは若い。いい歳の男が若いおなごを良いようにすれば、それはたぶらかしたと言われるのもまずまず仕方のないことだろう」
燕白は、わずかに眉を寄せた。
「そなたが誇り高いテン族の戦士だったからこそ、わしはそれを利用した。……わしの方が一枚うわてだった、というのが……戦士の誇りにどの程度翳りをさすかはわからんが、な」
「……それは、たぶらかしたということじゃないか!?」
シュシュリは思わず燕白の腕を捻り上げた。
「いだだだだだっ!! そ、その答えを得てなにか良いことが……!?」
燕白は痛みに青い顔で脂汗を滲ませながらシュシュリを見た。
シュシュリは、パッと燕白を開放する。
「仮に、たぶらかされたのだとしても……選んだのは私だ。私が、自分で決めた。おまえに抱かれることを」
シュシュリはまた、カァと顔が熱くなるのを自覚した。
一度目は確かにたぶらかされたのかもしれない。それでも自分で決めた。
二度目と三度目は、むしろ自分から求めた。
そしていま。シュシュリは。
「燕白……」
その手を取り、ぐいと引き寄せ、熱を持って疼く下腹へと誘った。
燕白の手が一瞬強張る。
「したい……服越しに触れただけじゃ足りない。私は……どこかおかしいのか? おまえに、触って欲しいと思ってしまう」
燕白の、困ったように寄った眉と、深く吐き出される息。
シュシュリは、竦んだ。
魔獣に対しても、龍と対峙したときすらも竦むことのなかった心が、震えている。
「わしは、小悪党なんだよ……。シュシュリ。情けない小人だ。……そのように誘われたら、正しくないとわかっていても突っぱねられん。わしも、そなたを……もっと、味わいたいと思わずにはいられんのだから」
諦観を滲ませた燕白の声音が、シュシュリの鼓膜を震わせて沁み込む。
なにが正しくないのか、シュシュリにはわからなかった。
ただ、燕白が、自分を欲していることだけがわかった。
なら、それで十分ではないか。と、シュシュリはその衝動に身を任せることにした。
***
しゅるしゅると帯が解かれる音が、やけに耳に響く。
背中に回された手のひらの感触が、じわりとした熱を広げていく。
寝台に押し倒され、のしかかる微かな重みに安堵を覚える。すり、と頬を撫でてくすぐる、髭の感触がくすぐったい。
「シュシュリ……よいのか、本当に」
燕白の手が、シュシュリの衣の内側に入り込み素肌を撫でる。そうしながらこの期に及んでのその言葉に、シュシュリは己の耳と男を両方疑った。
「遠慮なく触りながら聞くようなことか!?」
「んん……いや、それとこれとはやや別といおうか。いやと言われればいつでもやめることはできる、という……ぐぁっ!」
ゴ、という鈍い音と共に、燕白から呻き声が漏れた。
這い回る手が離れ、よろけながら額を抑え込む。
シュシュリの渾身の頭突きが炸裂したのだ。
床に膝をつく燕白に、シュシュリは寝台に腰掛けたまま視線を向けた。苛立ちは隠しようもない。
「私はいいって言った。……おまえよりずっと若くて、長い付き合いもある、男より。……おまえがよかった。こんなこといちいち言わせるな軟弱者!」
燕白が、ゆっくりと顔を上げシュシュリを見た。
「ヨエといったか。なるほど……なかなかの男振りだ。あれを振ったのか? それこそ、気の迷いか、意地を張りすぎなのではないかなぁ」
困ったような、呆れたような口振りの燕白に、シュシュリはますます腹が立つ。
ぐり、と編み上げブーツの爪先で顎を押し上げ、ギラつく瞳で燕白を見下ろした。
「おまえがどうなんだ。エンハク様エンハク様と慕われて、今生最期の女をほかに移したか?」
「……はは。わしが、いまさら……テン族のほかのおなごに、言い寄る、と? ……まさか。そんなこと、せんとも。シュシュリ。……シュシュリよ。いや、そんな目で見るな。視線だけで殺されそうだ。わしはな、そなたほどには意気地が無い。知っておろう? 軟弱だと」
その上卑怯なのだ、と。
燕白は、シュシュリの編み上げブーツの紐を解いて脱がせていく。
言ってることとやってることの乖離に、随分と器用な男でもあるな、とシュシュリは妙な感心を覚えた。
「そなたのように若く美しく、未来あるおなごに。わしのようなもはや未来もへったくれもない男がな……それは、あまりにも……罪深いことよ」
そう言いながら、燕白は裸足にしたシュシュリの爪先に口付ける。
その感触に、シュシュリの足がぴくんと震えた。
「ぐじぐじと、面倒な男だ。……んっ」
燕白は微かに笑って、シュシュリの爪先の指の間に舌を這わせた。
ぬるりと湿って熱いそれが触れる感触に、シュシュリは息を詰める。
指の間を伝い、指先をしゃぶり、丹念に舐りながら足を持ち上げられて裏に、くるぶしに、踵にと、舌が這うとともにちゅっと唇が触れていく。
さわさわと髭も擦れ、足先からぞわぞわとなにかがシュシュリの中心にせりあがり背筋を駆け抜けていった。
「っ、は……な、……それ、おまえは、いいのか!?」
いつまでも床に膝をついたままで、足を愛撫する燕白に、シュシュリは堪らず声を振り絞る。するすると燕白の手が、シュシュリの爪先から伝い上って内腿を撫でていく。
「よいとも。そなたの全身、隅から隅まで……どこをとっても、甘露なことよ。引き締まったこの脚も、大地を強く踏み締める爪先も……そなたの足で踏み躙られたらどんなにか堪らんだろうなぁと思うほどに」
燕白はなにを言っているのだろう。と、シュシュリはやや困惑した。
おそらく圧倒的に知識が足りないのだということはわかる。
燕白にされるがままに、そして自分がねだるばかりなことを薄々自覚した。
「ふ、踏んだらいいのか?」
「……はは。……未来あるおなごに、妙なことを覚えさせるわけにはいかん」
燕白の体が起き上がり、シュシュリにのしかかる。手を取られる。しようと思えば簡単に振り払える程度の力。
それが、燕白の全力なのか、ただ抑えているのか、シュシュリは迷った。燕白といえど腐っても男である。シュシュリよりずっと背も高い。本気を出した男の力に、力で敵うのかどうか、シュシュリにはわからなかった。
シュシュリの首筋に、燕白の顔が近づいて、唇が触れる。髭が触れてこしょこしょとくすぐったい。
手が回り込んで衣をはだけさせ、小振りの乳房を包み込んでいく。
「んっ……ぁっ」
火照った体に冷たい夜気が触れ、ひくりとシュシュリの体が震えた。
燕白の乾いた手の平は温かく、包んだ乳房をやわやわと揉みしだく。
もう一方の手がシュシュリの脇腹を撫で、帯の緩められた下穿きの中に入り込んでいく。
シュシュリの体が、ざわりと、期待に波打った。
「シュシュリ……腰を、少し上げてくれ」
「っ……ん、ぅ、わ、かっ……」
耳元で囁く声と吐息が、ぞくりとさせる。
シュシュリは言われた通り少し腰を上げると、燕白の手が素早くシュシュリの履き物を全て引き下ろしていった。
一気に晒される下腹部に、シュシュリの喉がひくりと引き攣る。
燕白の指が、晒されたシュシュリの中心に伸びて、触れた。
「ひっ、ゃ、あ……!」
ビリッと電流でも走ったように跳ねる体と漏れる声。
燕白の指が開いていく花弁の中は、すでにトロトロと蜜があふれ、触れられることをいまかいまかと待ち侘びてひくついている。
くちゅ、と淫靡な湿った音と、そこからピリピリと走り抜ける快感とに、シュシュリの背中がびくりと弓形に反った。
「あっ、ふ……んぅっ……ぁあっ」
燕白の指が、クチュクチュと音立てながら執拗なまでにシュシュリの秘所を撫でていく。次から次へとあふれる蜜を絡め取っては、花芯を愛撫する。
もう片手が、乳房を揉みほぐし硬く芯を持ってツンと立つ先端を転がし、潰してぴんと弾いていく。
胸と下腹のそれぞれ敏感なところを執拗に責められて、シュシュリはただ翻弄された。
漏れるのは甘ったるい嬌声ばかりで、そこに意味はない。
「あっぁ、ん……ぁうっ……ぁ、ゃ、……ぇん……は、っ、ぅ」
与えられる刺激は思考を刈り取り、意識を白く染めていく。
気持ちよさに溺れながら、一押し足りないようなもどかしさがじくじくと身体の奥を燻らせもした。
鎖骨に、胸に、肩にと辿る男の口付けと髭の撫でていく微かな刺激すら、ピリピリと熱を生む。
「シュシュリ……どうされるのがよい」
「っ、ぁ……、い、いわせ……な」
「言わせたいのだ。言わぬとずっとこのまま……これはこれでよい。そなたをずっと堪能できる」
その言葉通り、燕白は胸を揉みしだきながらシュシュリの肌を堪能するように口付けしていく。
ヂリヂリとやけつくようなもどかしさに、シュシュリはぐっと眉を寄せた。
「この……軟弱な卑怯者! その上性悪! ばかっ、……もうっ、はやく、おまえがこい!」
なにをどう言えばいいのか、シュシュリにわかるはずもない。ただこのもどかしさは、物足りなさは、燕白自身にしか埋められないの本能が叫ぶ。
燕白は、笑った。
「はは。……そなた、なんとも……格好良いことだなぁ」
触れるくすぐったい髭と口付けが、ことさらに優しく感じる。そんな声色だった。
そうして、シュシュリの熱に火照り濡れそぼつ蜜口に、ぐり、と硬いモノが触れる。
「ぁ……っ」
それだけで、シュシュリの全身が期待にわなないた。
熱く滾る怒張が、まだ狭いシュシュリの中をぐりぐりと割り広げ、中に、奥に、深くに、押し入ってくる。
「ぅくっ……んっ、は、っぁ……あっ。えんはくっ」
「し、シュシュリよ……そ、そう、いきなり締め付けるなっ」
キュウと下腹が切なく、ジンジンと熱を孕み、入ってきたモノを呑み込んで逃すまいと収縮する。
燕白の余裕の失せた声が、シュシュリには不思議と嬉しかった。
首に腕を回し、抱きしめて、ぎゅうと締め付ける。
「燕白……もっと」
「っ……つ、罪なおなごよ!」
燕白の動きが強く激しくなる。
シュシュリの中がグズグズに蕩け、打ち付けられる度に身体が揺れ、意識はパチンと弾けていく。
浮遊感に包まれる一瞬。
「あっ……んぅ、あっ!!」
ビリッと駆け抜けていく鋭い感覚に爪先がピンと伸びて、シュシュリは気をやった。
***
額にかかる髪を梳かす優しい指。
ふわふわと微睡にたゆたう意識がふわっと浮き上がって、シュシュリは目を開けた。
寝台の脇に腰掛け、燕白がシュシュリの髪を撫でている。
「燕白……」
「あぁ、起こしてしまったかな」
心地良い倦怠感に満たされながら、シュシュリはぼんやりと撫でるその指先に意識を向ける。ほっ、と息を吐く。
「燕白……円華は、また攻めてくるか」
「……はは。色気のない話題だなぁ」
燕白は乾いた笑いをこぼした。そのまま相変わらずの緊張感のない顔で、こともなげに首肯する。
「そうか」
シュシュリも頷いた。
目を閉じて、思考する。
めまぐるしく、とりとめもなく。
しかし、やがてその思考の渦に呑まれるように、再び微睡に沈んでいった。
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