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大空洞
しおりを挟むそれは、シュシュリたちが荒野の奥、竜の口を目指し旅立ってから七度目の朝を迎えた日のことだった。
「……」
「アヤリ? どうした?」
火の番をしながら薄らと明けていく空の気配に、シュシュリがホッと安堵の息をこぼした時だ。
張った天幕の下で毛布にくるまって寝ていたアヤリが、ムクリと身を起こしてふいに顔を上げた。
アヤリのその瞳が、ぼんやりと、どこともしれぬ虚空を映しているように見えて、シュシュリはゾクリとする。
「アヤリ……!」
「……シュシュリ、どうした? アヤリがどうかしたのか」
焚き火のそばで毛布にくるまり寝ていたヨエが、シュシュリの慌てた声に頭を振りながら身を起こす。
「ヨエ、わからない。アヤリの様子が……ちょっとおかしくて。捕まえておかないと、どこかに行っちゃう!」
アヤリは、昔から時折そうして、まるでなにかに誘われるようにふらりとどこかへ行きそうになる。
夢うつつで。
長老は、それを神懸かりだと言った。
巫女にはよくあること、とも。
シュシュリにはそれは恐ろしいことだった。
たったひとりの妹が、家族が、そうしてよくわからぬモノに奪われてしまいそうで。
「落ち着けよシュシュリ。見ろ、御珠が」
ヨエが指差す。
アヤリの胸元で袋に入れて提げられた珠が、ぼうと光を放っていた。
その光が広がり、アヤリを包み込む。
「アヤリ!」
シュシュリがアヤリの手を掴み、ヨエがシュシュリの腕を掴んだ。
その刹那。
広がった光はアヤリごとシュシュリたちをも飲み込んでいった。
***
ぐらりと強い眩暈のようなものに襲われて、それがゆっくりと和らいでいく。
目を開くと、そこは広く高い天井を持つ大空洞のようなところだとわかった。
シュシュリは、自分がまだしっかりとアヤリを掴んでいることを確認しホッと息を吐く。
「っ……ぅ、ん……? え、ここ、どこ。シュシュリ……?」
「アヤリ……意識が戻ったのか」
ぼんやりとまだ夢うつつのようなアヤリの、寝ぼけたようなふにゃふにゃとした声。
シュシュリはそのことにもまた安堵を覚える。いつものアヤリだ。
「アヤリは元に戻ったみたいだな。……で、ここはどこってのは、俺たちが聞きたい。アヤリ、その珠が突然光って俺たちは気付いたらここに居たんだぞ」
ヨエの言葉に、アヤリは驚いたように目を丸くしてシュシュリを見た。その目が本当? と問うている。シュシュリも頷いた。
「そんな……でも」
「とにかく、いまは私から離れるなよアヤリ。その珠が光ったということは……もしかしたら、竜の口に関係したことかもしれない」
アヤリは心細げな顔のまま頷いた。
シュシュリは改めてアヤリの手を握り、さっと辺りを見渡す。
もしここに燕白がいたら、もう少しなにかわかっただろうか、とふと思う。
シュシュリたちが荒野に旅立つと決まった時、長老は燕白の身を村全体の監視下に置くことを決めた。シュシュリたちに同行させることをヨエも長老も反対し、また燕白自身が遠慮した。曰く「足手纏いになりそうだから」ということだった。
それはシュシュリも納得した。
ただでさえアヤリというか弱い同行者が居るなか、もうひとりか弱いお荷物が増えるのは良いこととはいえなかった。
「魔獣の気配はないな。荒野の中を行く時の息苦しさも……」
ヨエが素早く辺りを偵察してきて戻った。
ひんやりした空気は、シュシュリたちが使う洞窟のそれと似てもいた。
しかし、ピリピリと肌を刺すような、奇妙な緊張感がある。
「油断は、できないな。……どうする、ヨエ、どこかに続く道のようなものはあったか?」
「いや……それっぽいのはなかった。でも、地底湖があったぜ」
地底湖、とアヤリが呟く。
シュシュリはその声にかすかに眉を寄せて、ぎゅっとアヤリの手を握りながらヨエに言った。
「行ってみよう」
***
大空洞の中は、真っ暗闇とは言えなかった。
天井や壁や床が、時折仄かに光を放つ。
それがどういう理屈や仕組みによるものなのかはシュシュリたちにはわからなかったが、おかげで暗闇に怯える必要も仲間を見失う心配もなかったのは幸運だった。
ヨエの案内で、微かな傾斜の地面を下っていきながら、シュシュリはちらちらと何度もアヤリを窺い見た。
奇妙な胸騒ぎがずっとおさまらないでいた。
アヤリは、シュシュリに手を引かれ、時に滑って転びそうになるのを支えられながら緩やかな傾斜をくだる。
その表情は、いつも通りにも見えたし、心ここに在らずとも見えた。
「アヤリ……足元気をつけるんだぞ、滑るからな」
「……し、シュシュリ! だ、だいじょうぶ、だから……い、いま、話しかけないで!」
「あ、すまん」
ぎゅうとシュシュリの腕にしがみつきながら歩みを進めるアヤリに、シュシュリは謝りながらもまた安堵する。
アヤリはいつものアヤリだ。
「ほら、地底湖だぞ。見えてきた」
少し先を行くヨエが指差した。
仄かな燐光を水面に反射させる湖が広がっていた。
ふいに。
「……っ、アヤリ、待て!」
アヤリが、シュシュリの手を振り解き突然駆け出していく。
首から提げた袋の中で、珠が煌々と明るみ、それがパンと飛び出して湖の上に浮かび上がった。
「ヨエ、アヤリを捕まえて!」
「チ、おいアヤリ、気を確かに……」
ヨエがアヤリの前に立ちはだかり行く手を阻もうと腕を広げる。その上を。アヤリがふわりと飛び越えていく。
「なっ……!?」
「アヤリ、待て……待つんだ!」
湖の上に浮かんだ珠がより一層強く光を放つ。アヤリがその珠に手を伸ばし、触れた。
カッ――!
眩い光が広がる。
シュシュリの視界が再び真っ白に包まれた。
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