気付いたらサキュバスになっていていきなり退魔師に払われかけるピンチだったけど逆転します!【R18】

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幕間のようなもの

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 獣魔を無事倒して司祭様と別れてからほどなく、東の空が白んできて夜が明けた。

 翼が消失する前に、私はハジノ村近くの街道の端になんとか降りたって人の姿へと再び転身した。
 
 ここからハジノ村まで、ゆっくり歩いたらどのくらいだろうか。空を飛ぶと思った以上に速く進んでしまうから徒歩による距離感の把握が難しかった。

 村の人たちの朝は早そうだし、朝一番でもそんなに迷惑にはならないかな?
 でも不審に思われるかもしれない?
 そんなことをつらつらと考えながらも私の足は村の方へと進んでいった。

 太陽の光が少しずつ強くなっていく。
遠くで鐘の音が聞こえて、朝の八時頃だとわかった。
 朝靄のぼんやりとしていた街道の景色もすっかり爽やかに鮮やかに浮き上がっている。
 やがてハジノ村のものだろう物見台が見えてきた。
 少し逸る気持ちで足を速めた時だった。

 ガサ、と街道脇の茂みを揺らす何者かの気配。思わず竦んで、警戒する。
 まさか獣魔を打ち損じた!?
 そう思って向き直る私の頭上にふと差す影。それはゆっくりと倒れ込んできた。

「うっ……」
「……っえ、し、司祭様っ……きゃあ!?」

 細身とはいえ上背のある男の人の体は、ただの人間の娘となった今の私には到底支えきれる重さではなかった。
 私は突如倒れ込んできた司祭様を支えきれず、下敷きになって潰される。

 いったいどうして!?
 身をよじって体の下から抜け出してみると、司祭様はすっかり気を失っているのがわかった。
 血の気の失せた青白い顔、あちこち破れて汚れたいつもの黒詰め襟の長衣。
 ただでさえ怪我をして血が不足気味なところに夢魔と交わって……正確には搾り取っただけだけれど……獣魔を倒した後の浄化だなんだという後始末をきっと今の今までひとりでしていたのだろう。   力尽きるのも無理はない。

「司祭様が村を目前に行き倒れなんて……もう、格好つかないひとね」

 呆れの溜息が思わず出てしまう。
 けれどこうしてはいられない。私は急いで村に向かい、人を呼び、司祭様を運んでもらうことにした。

―――

「すまないね、それじゃ司祭様のこと頼んだよ」
「はい、任せてください!」

 村長の家の客室に司祭様を運び込み、家畜や作物の世話をしなくてはならない村の人たちに代わって私は寝込む司祭様の世話を引き受けた。
 村長の奥さんが水差しやコップ、水桶にタオル、薬や包帯などの必要そうなものは用意してくれたので実のところあんまりやることがない。
 司祭様の眠るベッドの横に椅子を置いて、ひたすらその寝顔を眺める。時折浮いた汗を拭ってあげるくらい。
 平和で、少し退屈。

「お疲れ様、司祭様。いつもいつも大変ね……。せめて今だけは、ゆっくり休めればいいけれど」

 日中は教会で司祭として仕事をし、日が暮れれば退魔師として邪悪な魔性の者を探し歩いて討ったり返り討たれたり。
 いったいいつ休んでいるのか不思議になる。目の下の濃い隈からしてきっとほとんど寝ていないのだろうけれど。

 退屈にあかせて、私は眠る司祭様の顔をまじまじと見つめ。
 ほつれて額にかかる前髪を撫で、そっと彫りの深い顔に手を触れてみる。
 夜、夢魔の私はもっと大胆にあんなところやそんなところを触り倒してしまっているのに。不思議とこんなことで妙にドギマギした。
 寝込みを襲っているような背徳感のせい?
 高い鼻筋をすっと伝ってこけた頬をなぞる。秀でた額に浮かぶ汗をタオルで拭いた。ああ、意外と睫毛は長いのね、なんて新しい発見もする。
 
 穏やかに寝息を立てる司祭様の、深く刻まれた眉間のシワをほぐすように指で揉み。不意に、魔が差したのだと思う。額にそっと、口付けを……

「う、むぅ……」
「!!」

 危なかった!
 私はすんでのところで思いとどまり、代わりにうっすらと目を開いた司祭様の顔を覗き込んで目一杯の無害な娘の笑顔を浮かべた。

「……セレ、ミア? ……ぁ、ここは……?」
「おはようございます、司祭様。すみません、私のせいで起こしてしまったみたい。……ここはハジノ村の村長さんのおうちですよ、司祭様、覚えていませんか?……突然倒れ込んできて……」

 ことの顛末を伝えると、司祭様はぐっと眉を寄せて呻いた。

「あぁ、すまない……とんだ不覚を……随分と恥ずかしいところを、見られてしまったな……」

 頭痛でも堪えるようにこめかみに指を添え、俯いて言葉を絞り出す司祭様に、私はただできるかぎりの優しい笑みを心がけた。
 もっと恥ずかしいところはいっぱい見ているもの。ちっとも気にならないけれど。

「いいえ、よっぽどお疲れだったのでしょう。しかたありません。怪我も……しているみたいだって、村長さんが……それで、新しい包帯と消毒薬も用意してくださったんですよ。あ、喉が渇いていませんか? それにお腹も空いてません?汗にぬれた体お拭きしましょうか。なんでも言ってくださいね」
「あ、……あぁ、うむ……ありがとう……。……しかし、セレミア……街にいるはずの君が、なぜ、ここに?」
「え……!? あ、え、ええと……。ハジノ村は私の恩人のお爺さんの住む村だから、心配で……いてもたってもいられなくて!」

 うそではない。司祭様のことも村のことも心配だった。
 私の言葉に、司祭様は一瞬黙ったあと、納得したようにそうかと頷いた。ほのかに口角が持ち上がり、切れ長の目が細く窄められる。

「そうだったな。……君は義理堅く心優しい女性だ……、その上たいした行動力のようだ。……あぁ、水をもらっても?」

 司祭様の顔も声も優しいものだったけれど、その言葉にはどことなく呆れの響きも混じっているような気がする。
 水差しからコップに水を注いで差し出すと、よほど喉が渇いていたのか一気に飲み干していく。もう一杯注いでから私は立ち上がった。

「その様子なら大丈夫そうですね。スープとパンを用意してもらっているの、温めて持ってきますから、その間にどうぞ体をお拭きになって」

 清潔なタオルと水桶を示し、私はそそくさと部屋を出る。
 パタンと閉じた扉にもたれ、ほ、と漏れる吐息は安堵のものだった。

 思ったよりずっと元気そう。それに顔色も少しは良くなったようにも見える。
怪我の具合は心配だけど、動けないほどのものでもない。
 同時に。少しだけ残念なようにも思った。
 ずっと隣に侍って甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてあげたい。そんな気持ちが私の中に確かにある。
 本当なら今だって、水に濡らした綺麗なタオルで手足や体、ひとりでは届きにくい背中なんかを拭いてあげたくて仕方ない。
 これも私が夢魔なせい? それともただお節介なだけ?
 自分のこの気持ちがどうしてどこから湧き上がるのか、とにかく不思議で奇妙で、少しだけ居心地の悪さを感じる。

 ふるりと頭を振って考えを払い私は台所へと向かった。
 かまどの上の鍋の中には、熾火でことこと煮込まれたスープ。具は根菜と鶏肉のようなものが入ったシンプルなものだった。
 器によそってパンと一緒に部屋に持って行く。ノックをして中に入ると、司祭様はちょうど新しいシャツに着替えたところだった。
 村の人が貸してくれたそれは、上背の高く手足も長い司祭様には少々寸足らずでちょっと間抜けだ。

「スープとパンです、食べられますか?」
「あぁ、ありがとうセレミア。……君は、面倒見が良いな。ありがたく頂くこととしよう」

 司祭様が食事をとる間、私たちは無言だった。
 夢魔のときはあんなに気安く話せるのに。といっても一方的に私ばかり気安いだけのような気もするけど。
 人間の娘の私は、司祭様に気安く声をかけることはなんだか難しく感じた。
 司祭様は立場ある方で、たまたま私に優しくしてくれているだけ。そこにはどことなく明確な線が引かれているような気がする。

「さて。……少し休みすぎたな。村長に挨拶をして、そろそろ街に戻ることにしよう」
「そんな! もっと休んで行かれては?司祭様ったら、行き倒れになるほどお疲れなんですよ」
「行き倒れ……。んんっ、その件については……むぅ。……忘れてくれないか、セレミア。頼む……」
「司祭様……?」

 随分と無茶な要求だ。言ってる司祭様もわかっているはず。気まずい沈黙が落ちる。

「忘れるのは、その……えぇ、頑張ってみますけれど……あの、司祭様……もしかして。……そのことを気にして?」

 司祭様の顔が渋面を作る。青白い顔にほのかに朱が差しているようにも見えた。
 妙に気まずい沈黙は、もしかして情けないところを見られて恥ずかしいからということ!?

「忘れるのは、いいですけれど! ……司祭様。……もうあんまり無理をなさらないで。ちゃんと食べてちゃんと寝る。約束してくれますか?」
「む……。な、なんだね、その物言いは。無論、私はいつもそう……。……うむ。……留意しよう」

 不摂生の自覚はあるらしい。
 目を逸らされたまま渋々頷く司祭様は、拗ねた子どものようにも見えてなんだか可愛い気がする。

「これからも、お昼ご飯はできるかぎりご一緒しましょうね!」
「うむ……」
「また街を案内してくださいね」
「あぁ……」
「お昼寝の時間も設けましょうか。子守歌は必要? 膝枕しましょうか?」
「うん……んん!? ……か、からかっているのか!?」
「適当に聞き流すからですよ。司祭様。……ね、ちゃんと休んでくださいね。約束しましたからね」

 司祭様の視線の先に回り込み、じいっと見つめて。
 たじろいだような、うろたえたようなその顔に、にっこりと微笑みかける。
 司祭様は相変わらず困惑したように眉を寄せて視線を彷徨わせながら、呻くような声で絞り出すように言った。

「押しが、強いな……君は……」
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