若きギャングの悩み

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若きギャングの悩み

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 鮮烈にして衝撃極まるコーン族のツノによる荒療治、から一週間ほど経ったころ。

 ジェンユーの顔は泣く子も黙らんばかりに険しく荒みきっていた。
 
 青錆色の髪はいつもよりキッチリと神経質気味に整って後ろに流され、意志の強そうな眉の間には深い皺が何本も刻み込まれている。

 傲岸不遜の伊達男というよりは、冷酷無情の殺し屋めいた風情を漂わせていた。
 
 彼を慕う部下たちも、未だかつて見たこともないほどのジェンユーの顔付きに動揺し、焦燥と困惑と共に浮き足立つ。

「なにかヤバいことが起きちまったんだろか……」
「近々よそのシマの連中とドンパチが?」
「アニキのあんな顔見たことねぇ。相当ヤバいヤマに当たってんじゃ……」

 下っ端連中は鼻を突き合わせコソコソしながら、果たしてこのままジェンユーの下に付いたままでいいのかを思案するのも仕方のないことだろう。

 どれだけ日頃世話になり慕う兄貴分とはいえ、沈む船ならさっさと逃げたい。そういう本音が見え隠れする心配げな視線をちらちらと受けて、ジェンユーは苛々しながら煙草を咥えた。

(クソ、つまらねぇ心配ごとで不信感募らされちゃたまらねぇ。ボスからの心証が悪くなる……)

 ジェンユーは野心家であり、また打算的な男でもあり、そして理性的なたちでもある。と自分を認識している。

 苛立ち任せに部下たちを不安がらせるのがいかに愚かしいことかを理解していた。 

 火を付けた煙草を深く吸って、すぐにギュウと灰皿に押し付ける。

「おう、今日はもう店仕舞いだ。飲みに行くぞ」

 ジェンユーが部下たちに声を掛けると、コソコソと鼻を突き合わせ密談に興じていた男たちがバッと顔を上げ立ち上がった。

「ホ、ホントですかアニキ⁉︎」
「だ、大丈夫なんスか⁉︎」
「なんかヤベぇヤマとか、そういう……」

 不安を捲し立てる男たちに、ジェンユーは口角を片方だけ吊り上げて不敵な笑みを象った。

「つまらねぇことに無い頭使ってんじゃねぇ。万事つつがなく良好だ。……ちょっとプライベートで色々あっただけだ。心配いらねぇよ」

 薄い緋色の瞳が細められ、奇妙な光が妖しく揺らめく。
 ジェンユーの声音と瞳には、人の心を惹きつけ操る不思議な力があった。
 部下たちは落ち着いた穏やかな気持ちを、まるで植え付けられるように取り戻していく。

「じゃあ行きますかぁ!」

 すっかり不安感を取り除かれた男たちは、ジェンユーと共に夜の街へと繰り出していった。

 ——

 抑えた照明の中、皮張りの高級なソファで熱っぽい吐息が上がる。

「ぁ、んっ…! ね、……ジェンユー、ホントに、今日は大丈夫なの……?」

 しどけなくこぼれる吐息に混じり、不信と揶揄からかいのないまぜの女の声。

 細くしなやかな腰に手を這わせ、大きく張り出した胸を揉みしだきながらジェンユーは独特の掠れ気味の低い声で笑った。

「もう店仕舞いしたっつったろ……なんにも、心配は……」

 要らない、と女の耳元に囁き掛けながらゆっくりとソファの上に折り重なっていく男女の影。

 艶かしく漏れる女の声。

(胸はでかいし色っぽいし、そうだ、この女なら……今日こそ……!)

 ジェンユーは余裕あるそぶりで女の滑らかな素肌に手を這わせながら、内心は焦っていた。
 
 ニコラシカと奇妙な関係を持ったあの日から一週間。身の内に滾る衝動は日に日に高まるばかりだった。

 十年ぶりに放った欲望が呼び水となり、体は更なる欲に満たされた。

 そうでありながら、これまでと変わらず自力ではどうにもできなかったのだ。

 どれだけ心が高まっても、何を見ても、自分の手で刺激を与えても一向に勃ち上がることはなくただ悶々と燻るばかり。
 
 おかげで眠れず、寝付けたと思うと夢にうなされた。
 そのせいで目元には濃い隈が浮かび、心は荒み、部下たちにいらぬ心配をさせてしまった。

 しかし既に二度、別の女を連れ込んではコトに至りきれず適当な言い訳と共に追い返してもいる。

 期待する心と裏腹な体に気持ちは焦るばかりで、渦巻く欲は行き場のない熱となってジェンユーを蝕んでいた。

(いい雰囲気だ……今までで一番胸もでかいし……) 

 女の豊満な胸を揉み、谷間に口付け顔を埋めながら、自身の股間を確認するように手をやり。

「あぁ……!」
「きゃっ‼︎ な、なに⁉︎」

 突然嘆く声を上げるジェンユーに、女が驚いて目を丸くした。その顔を見下ろし、ジェンユーは険しい表情を作り。

「……悪いけど、やっぱり今日のところは帰ってくれ」
「はぁ⁉︎ 今日は大丈夫って言ったじゃない、またなの⁉︎」

 まなじりを吊り上げ詰問の口調の女に、苦々しげに口を曲げると、ジェンユーは立ち上がって上着を羽織った。

「仕方ないだろ、うちのボスは気紛れなのさ。幹部だってボスには逆らえん。……悪かったよ、この埋め合わせは後日必ず」
「あの噂って、もしかしてホントだった?」

 ジェンユーの言葉を途中で遮って、女も身支度をしながらポツリと零す。なんの話だと問うように振り向くジェンユーに、女は薄らとした笑みを張り付けて。

「いつも女の子を呼ぶだけ呼んで最後までいかずに帰すから、……不能か男好きかロリコンの変態野郎なんじゃないかって」

 絶句。ジェンユーは女のその言葉に、ただただ絶句し、ふらりとよろけた。

「別に、どれでもいいけど。カモフラージュのために使われるなんてムカつく! じゃあね、色男。バイバイ」

 女はさっさと身を翻し、長い髪を靡かせて部屋を出て行った。

 後に残されたジェンユーは、へなへなと床にへたり込むと、力なく両手を突いて突っ伏すしかできなかった。

 ——

 荒みきったギャングほど恐ろしいものはない。

 ジェンユーはますます険しい顔をして、冷酷に仕事に精を出した。部下は震え上がり、ボスは喜び、幹部仲間は危機感を抱くほど。

「アニキ、顔色が悪ぃスよ。ちょいとおやすみンなられた方がいんじゃねぇスか?」

 部下の一人がジェンユーの一層深まった濃い隈と眉間の皺、やややつれた顔を見て心配を口にする。
 事務所のデスクで帳簿を眺めていたジェンユーは、据わった目で部下を見返した。その眼差しに部下は震え上がったように後退り。

「こ、このままじゃ、ぶっ倒れちまいますよ……ね?」

 それでもなお、恐る恐る震える声で言い募る部下の様子に、寝不足の鈍る頭でジェンユーは考えた。

(ああ、ビビってんな。無理もねぇ……あんまり怖がられても、仕事がやりづれぇ……)

 自分から発されるピリピリとした険悪な気が、部下たちにまで伝播しては些細なことすらしくじりかねない。
 まだ冷静に物を考えられるうちに、と、ジェンユーは頷き。

「そうだな、今日はもう帰るわ。……なんかあったら呼べよ。じゃぁな」
「は、はい! ごゆっくり!」

 部下に見送られ、事務所を後にしてジェンユーは自宅へと戻ることにした。

 その道すがら、セントエートルユマン女学院の制服を身に纏う学生たちの姿をちらちらと見かけた。

 放課後に街に遊びに出てきた生徒たちなのだろう。ジェンユーは険しい顔で、制服姿が通り過ぎて行くたびに思わずそれを目で追いかけていることに気付いた。

 まるで誰かを探しているように。

(クソッ、何考えてんだ俺は⁉︎ 違う、違うぞ! もうあの女と関わるのなんか懲り懲りだッ)

 ぶんっと青錆色の頭を振って、思考を払う。
 連れ立って街歩きを楽しむ学生たちの楽しげな甲高い声が聞こえると、しかし、つい反射的に顔を向けてもいた。

 ジェンユーは再び苛立ちに震える。

(クソッ。なんなんだあの女! なんであれからまるきり音沙汰なしなんだ⁉︎ ちょっと連絡よこすくらいはできるだろ? いや、別にいらんけど⁉︎) 

 苛々はぐるぐると思考を迷路にいざなう。
 もう一度それを振り払うように頭を振り、更に腹立たしげに舌打ちして、ジェンユーは足早に帰路を辿った。

 ——

 部屋に戻り、シャワールームで頭から熱い湯を浴びる。
 香油で撫で付けた髪もすっかり降りて、長い前髪が顔を覆い隠した。

 ジェンユーは俯いたままシャワーに打たれ、心を無にすることを務める。

「……そうだ、こういうのは、心の問題もある。焦らず、落ち着いて」

 冷静に、自分に言い聞かせるようにジェンユーは呟いた。

 運動を欠かさず、程よく引き締まった体。常に体には気を遣い努力もしてきた。

 妖精の旋風つむじかぜによる呪いは長らく身を蝕んだが、コーン族の少女は確かに言ったのだ。

 〝貴方の呪いは解けましたよ〟と。

 嘘を吐かない妖精族、ましてや貞潔と誠実を是とするコーン族の言葉である。

 そこに嘘などあるはずがなかった。

「そうだ、確かにアイツは……」

 そう言った。なら、うまくいかないのは気持ちの問題だろう。

 ジェンユーは目を閉じて、心を落ち着かせる。そろりと股間に手を伸ばし、柔らかく握ってゆっくりと擦り刺激を与えた。

「……嗚呼、クソッ、なんで……!」

 ムズムズとむず痒い感覚が淡く昇る。だがそれで勃ち上がることはなかった。そう、何度も試しては同じ結果になるを繰り返し、ジェンユーはますます憔悴していくばかりだった。

 いっそ欲もなければ苦しむこともないのだが、生憎と欲だけは旺盛で失くなることはなく、それがジェンユーを尚一層苦しめ追い詰めていった。

「アイツが、したように、したら……」

 そ、と指を後ろに這わせ、尻を割り開いてみる。しかし。

「無理だッ……できるか! そんな、情けない真似‼︎」

 気の迷いを振り払うようにシャワーを冷水にして頭から浴び直す。

 冷たい水に身も心も冷え切って、ジェンユーはバスローブを纏っただけでふらふらとベッドに向かうとそのまま倒れ込んで目を閉じた。

 ——

「可愛い、ジェンユー様……ね、ほら、もうこんなに硬くなって。わかりますか? ここが気持ちいいの?」

 柔らかな優しい声が、ゾクゾクと背筋を這い上りジェンユーの心の中を撫でていく。

 クチュ、グチュ、とやらしい音を立てて、少女の細くしなやかな指が後ろをほじくりながらジェンユーの良いところを暴き立てていく。

 無様な恥ずかしい格好でなすがままにされながら、高められていく欲は苦しいほどに熱を持ち。

 中を蠢く細い指が、つぷりと更に増やされて、器用に刺激する。
 ドクドクと鼓動が早まり、息は荒くなって、腰がムズムズと物欲しげに揺れるのを抑えることもできない。

「ここが気持ちいいの? 可愛いジェンユー様」

 ──

「あっ、ぁあ……! ぁ、ちがっ、よくなんか……、……ぅわぁぁぁあっっっ⁉︎」

 バチッと目を開き、がばりと起き上がって、ジェンユーはハァハァと荒い呼吸を繰り返した。

「ゆ、夢……、ぁ、……う、うそだろ……」
 
 じっとりと体中に浮かぶ汗とは別に、股の間に感じるべとりとした不快感に、眉を寄せて呻く。

「た、勃たないくせに、夢で……イくとか……」

 しかもあんな夢で!

 屈辱と絶望感に打ちひしがれ、ジェンユーは枕に顔を埋めきつく目を閉じて、ただただ不貞寝に徹することにした。

 下半身にジワジワと疼くような熱に、気付かないふりをして。

 ——
 
 コン、コン、と、ノックの音が部屋の中に響く。

 夢うつつにその音を聞いて、ジェンユーはモゾモゾと身じろいだ。毛布を頭から被りなおも不貞寝を続行する。

 今日はもうなんにもしないという気持ちだった。

「ジェンユー様? いらっしゃらないの? ニコラシカです、開けてください」

 ノックの音とともに伸びやかなソプラノの声が聞こえて鼓膜を揺らす。

 その声にギョッと目を見開き、ジェンユーは慌てて毛布を払うと扉に駆け向かった。

「な、な、なんの用だ⁉︎」

 細くチェーンの分だけ扉を開いて隙間から覗けばそこには。

 セントエートルユマン女学院の制服をラフに着こなす虹色髪、額のツノが特徴的な少女が確かに立っていた。

 頬を薄桃色に染めて。

「まぁ、なんて薄情な仰りよう。なんの用だ、なんて。……ご用がなくては会いに来てはいけませんか?」

 頬を膨らませ拗ねたようなその物言いに、ジェンユーは呆気に取られ、そしてやや混乱した。

「でも、だって、お前……も、もう、一っ」

 一週間も、と言い掛けてはたと口を噤んだ。

 ほんの一週間だ。
 
 学生の本分を思えば平日は学業や友達付き合いに精を出していて当然である。
 
 たかたが一週間、大した期間ではない。と気付いたのだ。

「もうい? ……なにを言ってるの。ジェンユー様。入れてくれるのくれないの、……! まさか、よその女を連れ込んで⁉︎」

 一瞬、ニコラシカの纏う空気が一変し、パリパリとツノに静電気が迸った。不穏を察してジェンユーは。

「ち、違う! さっきまで寝てたんだよ、今開け……いや、待て、ちょっと待て! 着替えるから!」

 バタン! と強く扉を閉じて、ジェンユーは慌てて部屋を横切りバスローブを洗濯籠に放り込むとシャツとズボンに着替えた。

 ついでにザッとシャワーで汗を流し、更に鏡に映して乱れた髪を整える。 

 そうしてようやく、改めて扉を開けた。

「さ、どうぞニチカちゃん」

 体裁を整え、余裕のそぶりでニコラシカを部屋へと招き入れる。ジェンユーのその顔をじっとニコラシカが見上げた。

「……、あ、あの、なに? 見惚れるのはわかるけど、さっさと入ってからにしないか?」

 じっとまっすぐに注がれるニコラシカの視線に、ジェンユーはたじろいだ。
 じわりと汗が沸くような、身体の内側から炙られるようなジリジリした感覚を味わって。

 不意に伸びてきたニコラシカの手が、ジェンユーの目の下を撫でる。

「な、なにをッ……⁉︎」
「隈が、すごいから……。そんなに寝られないほど忙しかったの? なんだかやつれているし……」

 無邪気に、心から労わるように目の下の隈を撫でていく手が、頬を通って耳のそばの頬骨をくすぐる。

 心配そうに眉を下げて背伸びしながら覗き込んでくるニコラシカに、ジェンユーは硬直した。

 撫でられたところからジワジワと熱がともり、カァッと耳まで熱くなっていく。
 ずくん、と下腹が疼く。
 頬を撫でる細い指が、夢の中で自分の恥ずかしい所をぐちゃぐちゃに暴き立てたのを思い出す。

 それを振り払うように、ジェンユーはぱしりとニコラシカの手を払いのけた。

「だ、」

 誰のせいだと思ってるんだよ。

 喉元まで出掛かった言葉をグッと飲み込む。

「関係ないだろう。……何しに来たのか知らないが、会うってのが用件ならもう済んだな。さっさと帰れよ」

 その手をヒラヒラと揺らし、追い払う仕草で扉を指し示す。

「……。そう、そうですか。えぇ、だいぶお疲れのようだもの。わかりました。お顔を見られただけで嬉しいです。それではご機嫌よう、ジェンユー様」

 ニコラシカは一瞬顔を曇らせたが、すぐさま気を取り直したように微笑むと、制服の短いスカートの裾を摘んで挨拶しくるりと身を翻す。

 そのあまりのあっけなさに、ジェンユーは呆然として、そんな自分自身に憮然とした。

「さようなら、よく食べてゆっくりお休みくださいね」

 ニコラシカが扉を開き、外に出て行こうと半歩踏み出したその時。

「きゃっ⁉︎」

 ジェンユーの手がニコラシカの手首を掴み、小柄な体を引き寄せていた。
 バタン、とその後ろで扉が音を立てて閉まる。

 ニコラシカはジェンユーの腕の中にすっぽりと収まる格好で抱きすくめられ、カァッと顔が真っ赤になっていった。

「じ、ジェンユー様……⁉︎ ど、どう、どうなさったの……ぁ、ま、また、私をたぶらかそうというなら、そんなこと……ひゃっ⁉︎」

 狼狽えながらニコラシカが紡ぐ言葉は、思い切り突き放される力で遮られた。
 
 ニコラシカはよろりとふらついて、さすがになんの真似かとムッとしてジェンユーを睨み付ける。
 しかし、ニコラシカはすぐにきょとりとして目を丸くした。

「あ、……いや、違う。いまのは、手違い、無意識、気の迷い」

 そこにはニコラシカ以上に真っ赤になって狼狽える男の姿。

 ニコラシカはすっかり怒る気も削がれ、瞬いた。
 なおもゴニョゴニョと何事かまだ言い訳を呟くジェンユーにニコラシカは近付くと、シャツの裾をピッと摘んで引っ張った。

「な、なんだよ⁉︎ 帰れよ⁉︎」
「何を言ってるの、帰ろうとしたのを引き止めたのは貴方でしょう」
「だ、だから、それは気の迷い、手違い。あぁ、ちょっと驚かせただけ。ビックリドッキリイタズラ。はい、納得したね? じゃあ改めて、ご機嫌ようサヨウナラ!」

 早口で捲し立てて、ジェンユーが扉を開けニコラシカを再び外へ促した。

 その様子にニコラシカはまたもやムッとして眉を寄せる。
 扉を開けて待つジェンユーの耳をギュウと引っ張った。

「いだっだだだヤメッいたい!」
「今すぐ私を客人として丁重にもてなして! ちゃんとしてくれなきゃ絶対帰りませんから!」

 ニコラシカの強い眼差しと言葉に。
 その通りにする以外ない、とジェンユーは本能の深い部分で察した。

 扉を閉め、引っ張られた耳を手で押さえて顰めツラでニコラシカを睨み。

「どうぞ、お姫様。お茶を入れるのでお座りになってお待ちください」

 ジェンユーは恭しく言った。
 
 ——

 皮張りのソファの端と端に座る二人を、湯呑みから昇る湯気がそこはかとなく分断している。

 ジェンユーはソファの左端で足を組み肘掛けに頬杖をついてあらぬところを眺め、ニコラシカは膝を揃えて姿勢正しく座りながら湯呑みを手にした。

 剣呑な沈黙が広々とした室内に満ちていく。

「寝不足は人を短気にさせるといいますら、貴方も疲れているのなら休めば良いのよ。わざわざ私に喧嘩を売ったりせずに!」

 先に沈黙を破り口を開いたのはニコラシカだった。
 その言葉に、ジェンユーは視線だけをジロリと向ける。

「だから帰れって言ったろう」
「引き止めたじゃない!」
「魔が差したんだよ! でなきゃなんであんなこと俺がする⁉︎ だいたいなんだ、何しに来た。もう俺は、君と関わる気なんかないんだ、これっぽっちも。全く、全然、さっぱり」

 売り言葉に買い言葉のように返して、更に押し売りめいて言い募る。
 落ち着かないそぶりでジェンユーは爪をガリガリと噛みながら、苛立ちとも戸惑いとも取れる複雑な表情を浮かべていた。

「……。……そう。……でも、ちっともわかりません。そこまで言うほどの女に対して、いったいどうしたらそんな気の迷いが生じるというのかしら!」

 ニコラシカは心底理解できないという声音で、はぁ、とため息を吐いて湯呑みに口をつけた。甘い香りと味のするお茶だった。

「……」
「……」 

 再び沈黙が落ちる。今度は気まずい雰囲気のそれ。

 ニコラシカは、コト、と湯呑みをローテーブルに置くと立ち上がった。

「今度こそおいとましますね。お疲れのなか突然押しかけてごめんなさい……。ただ、貴方の顔を見たかっただけなの。用なんてなくても、口実なんてなくても、いつだってそうしたいわ」
「な、なら、なんで。……い、っ、……しゅう、かんも……音沙汰なしなわけ⁉︎」

 踏み出しかけたニコラシカの足が止まり、ジェンユーに振り返る。
 その顔は戸惑いと疑問に彩られ、言葉の意味がわからないと言いたげに首を傾げた。

「なんでって。ぇ、と……ほんの一週間でしょう? 学校があるし、寮生活だし、ジェンユー様もも忙しくしていたのではないの? ……どうしたの」

 ほんの一週間。
 たったの七日。 
 否、正確にはせいぜい平日の五日間。
 
 ニコラシカの言う通りだった。
 寮生が外の者と連絡を取るには、セントエートルユマン女学院では寮監の許可を得て寮監室にある電話機を使わなければならず、掛ける相手なども全て記入して提出する必要がある。

 手紙ならばそうした面倒はないが、書いて出したものがジェンユーの目に留まる頃にはとっくに一週間程度は経っているだろう。

「今日は休日だし。だからこうして直接お顔を見に来たの。貴方が言うように、それで用件は終わりだわ! だって、そうでしょう? 貴方は、私とは会いたくないのだもの」

 淡々と述べられるニコラシカの言葉に、ジェンユーは眉を寄せて口を曲げた。

「お前、……俺のこと好きなんじゃないの? 散々付き纏って振り回してきといて、なんでそんな、……変なとこで聞き分けがいいんだ!? 駆け引きのつもりか⁉︎ 俺を揺さぶって焦らしてオとそうとでも思ってるのか!?」

 ニコラシカは、またもや何を言われているのかわからないという顔になった。

「ジェンユー様、貴方が何を苛立っているのかちっともわからないわ。……もう少し、わかりやすく言ってくれませんか?」

 困惑気味のニコラシカのその言葉に、しかしジェンユーは言葉ではなく力で応えた。

 ジェンユーの力任せの手がニコラシカの腕を取り、強引に引き寄せる。
 ニコラシカはされるがままに引かれよろめき、倒れ込みそうになって男の肩に片手を置いた。顔が近付く。

「ジェ……んっ、ゅ、……!」

 問うように紡がれた声は唇によって塞がれ、腰に回された手に導かれてニコラシカはジェンユーの膝の上に跨るように座った。

「ん、ぅ……」

 何も言わないまま、ジェンユーの舌が唇を割り開きニコラシカの口の中に入ってくる。
 腰に回った手は短いスカートを捲り上げ、スリリと下着の上から尻と腰を撫でていった。

「っん、ぁ……じ、……んんっ!」

 ピクリと腰が震え、ニコラシカがもう一度何かを言おうと顔を離そうとして、それを後ろ頭を掴む手に制されてより深い口付けに呼吸を奪われる。

 チュ、クチュ、ぢぅ、と舌を吸い付き絡ませながら繰り返される口付け。
 その音が部屋の中に響いていく。

 ニコラシカの体から徐々に力が抜けて、元よりする気もなかった抵抗する力がすっかり萎えていった。

 ジェンユーの手が後ろ頭から離れ、制服のブラウスのボタンを器用に素早く外していく。
 ブラに守られた小ぶりながら張りのある胸も、これまた器用にホックが外され露わになった。

(て、手慣れてる……!)

 ニコラシカが照れて恥じらう隙すら与えない早業に、少々のショックを受けて体は強張った。
 はだけられた胸に、遠慮なく触れるジェンユーの骨ばった大きな手の平。ニコ ラシカはその感触にビクリと震え、ますます強張る。

 ジェンユーは少女の様子を察してか、舌に吸い付いていた深い口付けが緩み、はむ、と唇を食み、柔らかく啄むようなそれへと変わった。

 緊張するニコラシカを宥め、蕩けさせるには、十分すぎるほどにそれは優しい感触だった。

「ジェ、ジェンユー、様、……?」

 くたりと脱力したニコラシカを、ソファの座面に横たえ、ジェンユーは覆い被さるようにして見下ろした。
 薄い緋色の瞳が、常になく余裕を失い、ギラギラと劣情に揺れているのをニコラシカは見上げて。

 はぁ、と息を吐き、静かに目を閉じた。

 さながら、肉食獣に喰われることを受け入れたか弱い小動物のような。
 何かを飲み込み、ほっと力を抜いて、覚悟を決めたというようなニコラシカの、穏やかともいえる表情に。
 ジェンユーはほんの僅か動揺しのかニコラシカを抑え込む手が緩む。

「いいの、私……貴方になら、全部捧げて構わないって、そう、思っているから……」

 ニコラシカが、落ち着きの中に緊張を孕み、恥じらいながら震える声で告げる。

「……」

 ジェンユーは、何も言わなかった。 

 はだけたブラウスの隙間から手を忍ばせ、小ぶりな胸をやわやわと揉みながら、ニコラシカの額から突き出るツノの先に口付ける。

「っん……!」

 胸への刺激にか、ツノへの刺激にか、ニコラシカの体がぴくん、と震える。
 
 きゅ、と手を握りしめ、唇を噛んでその声を堪えた。

 その様子に微かに笑った気配を含ませたジェンユーの唇が、ツノの先端からその表面を撫でるようにゆっくりと辿っていき、付け根に至ってまた優しく触れるように口付けした。

 胸を包み込む手が、その平でくりくりとニコラシカの頂の小さな果実をこねる。それは少しずつ熱を帯び、芯を得て硬くなっていった。

「ぁ、……ん、くぅ……、は、ぁっ」 

 ニコラシカの華奢な体がぴくんぴくんと小さく震えて跳ねる。ぴくんと跳ねて身を捩って。

「んっ!」

 ぴん、と髪に引っ掛かるなにかに、ニコラシカは顔を顰めた。

「……?」

 髪に手をやり絡まったそれを外して見れば、その先のソファの隙間に、キラっと光るモノが見えた。

「おい、なんだ急に……?」

 つい一瞬前まですっかり身を委ねきっていたニコラシカの突然の挙動に、それまで無言を貫いていたジェンユーが思わずといった風に眉を寄せた。

 チャラ。

 その目の前に、キラキラと光を反射する、金細工にルビーの小さな煌めきを飾るイヤリングが突き出された。

「これ、なんですか?」
「へ……」

 虚を突かれ、ジェンユーは言葉を失った。
 目の前でチャラチャラ揺れる耳飾りを、そうと認識するまでにいくばくかの時間を要して。

 やがて、それが何かを理解する。

 途端に背筋を冷たいものが流れていくような、おぞましい予感に身震いした。

「随分と綺麗なイヤリングですね。ジェンユー様のモノ、ではなさそう。……お友達の忘れ物でしょうか?」

 チャリ、と耳飾りをジェンユーの耳元に寄せてみながら、ニコラシカが淡く微笑んだ。
 その瞳が一向に笑っていないのを、ジェンユーは素早く察する。

「あ、そ、そう! た、多分うちで飲み会した時に来たヤツが酔っ払って落としてったんだろう。ハハハ、困ったちゃんだな~。そいつは俺から返しておくから!」

 慌てて伸ばされるジェンユーの手から、チャラっと揺れる耳飾りが遠ざけられた。 

 代わりにその股間にニコラシカの膝がぐりっと押し付けられ擦り動く。

「ウッ……!」

 本能的な恐怖にか、ジェンユーの腰が瞬間的に引けた。

「……ツノが、ピリピリする。……嘘吐きのジェンユー様、ちゃんと、本当のことを言ってくださってますか?」

 引けていく腰を堰き止めるように膝が股の間をぐりぐりと躙り、離れようとするジェンユーの手をニコラシカの手が掴んだ。
 コーン族の強い力でギリギリと指が食い込んでいく。
 それに伴い、ジェンユーの顔色が失われていった。

「や、やだな、当たり前だろ……俺のこと、なんだと思ってる?」

 努めて平静を装い、独特の揺らぎを発する掠れ気味の低い声で囁く。
 しかし食い込む指の痛みに、それが成功したのかどうか。

「嘘吐きの自惚れ屋よ!」

 ニコラシカはまっすぐ澱みなく答えた。
 
 ニコラシカの答えと同時に、グヮン! とジェンユーの視界が反転し、ドサッと床に背中から落ちた。
 その上にニコラシカが、位置を逆転して覆い被さる。

「ぅグッ……、な、なに、すん、だッ」

 ジェンユーは背中を打った衝撃に呻きながら、逆転したニコラシカを見上げて睨み付けた。
 チャラ、とその視界に耳飾りを揺らして、ニコラシカは相変わらず微笑んでいる。

「私、……貴方が、ほんの少しでも、私が一週間音沙汰なかったことに寂しさを感じてくれたのかしらって思ったの。あんな風に苛立っていたのは、寂しさの裏返しなのかしらって」

 ニコラシカの変わらない微笑が、ほんの少しだけ寂しげに眉を下げた。

「でも、違うのね。……。ね。ほかの女の人を何人くらい試したの? ジェンユー様」

 ジェンユーの頬を、隈の濃く浮かぶ目の下を、ニコラシカの細い指が撫でていく。

 ジェンユーの喉がゴクリと鳴った。 

「試して、うまくいかなくて、もうどうにかできるのは私だけ、……とそう思ってヤキモキしていたの?」

 ニコラシカの膝が、相変わらずジェンユーの股間をぐりぐりと踏み躙る。

「でも、ちっともどうにもならない。……今もそう。これだけしても勃たなくて。困りましたね、ジェンユー様?」
「……! な、なんでだよ。……呪いは、解けたって、言ったろう⁉︎ ウソだったのか⁉︎」

 ジェンユーは食って掛かるように更にきつくニコラシカを睨み上げる。

「コーン族がウソをつかないのは、貴方もご存知のはずでしょう。……でも、ジェンユー様。貴方は少しだけ、勘違いをしているんだわ」

 ニコラシカが、もう一度耳飾りを揺らしてみせる。

「何人、試したの? ……私、浮気はダメって言ったのに!」
 
 むぅ、と頬を膨らませ拗ねたような怒り顔を作るニコラシカ。

「な、にが、浮気だ! お前に、なにがわかるッ……若い十年をまるまる棒に振った俺の苦しみが! 女は向こうから寄ってくるし俺はハンサムでモテモテ。みんな俺に期待しまくってんの! ……なのにッ。……だいちさぁ! 溜まるんだよ勃たなくっても! 欲はあるんだよ! だってのになんにもできねーんだよ! やっと治ったんだぞ⁉︎ はいどーぞってされたご馳走なら喰うだろ、ひとりやふたりやさんにんくらい試しにヤってみるだろ!? 男なら……!」

 勢い余って捲し立て、ジェンユーは舌打ちした。

「なのに全然うまくいかない、どこが解けたんだよ。何も変わってないじゃねぇか。お前になら勃つのかと思った、のに、……貧乳とはいえ、……まさか、それもダメなんてこと……」

 飢えに飢えた身だ、女体ともなれば触れただけでどうにかなるのではとすら思っていたのが本音であった。
 なのに実態は、心とは裏腹に体はピクリとも反応しない。

「もう、どうにもならない。……コーン族のツノすら、俺を治せないんだ……」

 好き放題に言ってとうとう絶望に打ちひしがれて弱音を吐くジェンユーの言葉を、ニコラシカは黙って聞いていた。
 
 相当失礼なことを言うだけ言ってメソメソしだす男にのしかかったまま、ニコラシカは、はぁ、と深く重い溜め息を零す。

 そしてその胸倉を掴み、力任せに引き起こした。

「だから。貴方は考え違いをしている、といっているのですわ。……なにがご馳走なら食べるのが男だ、よ。都合のいいことばっかり言って! たったの一週間でひとりやふたりやさんにんも、よく連れ込んだものね! 呆れを通り越して感心すら覚えますけれど!」
「俺はモテるんだよぉ……。ていうかなんだよ、考え違いって!」
「もう! 賢い賢いジェンユー様はどこに行ったの? でもいいわ、教えてあげます、ジェンユー様。……貴方の心得違いを」

 引っ張り起こしたジェンユーの体を、ニコラシカは床に座った自身の膝の上にうつ伏せに引き倒し、そのズボンと下着を一気に引き下ろした。

「……! な、なに、ま、まさかまた……⁉︎」

 後ろを刺激しようというのか。

 ゾクリ、とジェンユーの体が戦慄きに粟立つ。またしてもあの屈辱と恥辱を味わうのかと震え、それでいながら微かに期待に浮き立つ心があった。

 心ならずも開かれ暴かれ貫かれたあの時の、突き抜けるような快感。
 夢の中で、蠢き刺激した細い指。
 ジクジクと下腹に蟠る欲の熾火が疼く。

「えぇ、そうね。……あれだって。……これからすることだって。ジェンユー様、私は……自惚れ屋で賢しらぶって自分本位で嘘吐きの最低な貴方が、……好き」

 ニコラシカのその言葉も、声も、温かな響きを持っていた。

 —— 
  
 パァン!

「ッ……! 痛っ、なッ……ン⁉︎」

 ひゅ、と風を切る鋭い音と共に、ニコラシカの手のひらが振り下ろされ強かにジェンユーの尻を打ち据えた。

 思いもよらぬ衝撃にジェンユーの体がびくりと跳ね上がる。
 ジンッと熱を孕んでじわりと広がる痛みに目から火花が散るような心地だった。
 その痛みに、微かに仄めく期待は打ち砕かれて、ジェンユーは大いに混乱した。

「きっと言ってもわからないものね、貴方は。……三人分の浮気のお仕置きは、三十発というところかしらね? もちろん、ちゃんと反省できたら、ですけれど」
「は? 三人でなんで三十⁉︎ ひとり一発だろ、だいたいなんにもしてないのに打たれる理由がない……じゃない⁉︎ そもそもこんなことお前にされるいわれがないッ‼︎」

 迂闊にも快楽への期待にされるがままになっていた体を起こそうと、ジェンユーはジタバタともがいた。

 しかし、コーン族の強い力に押さえ込まれては、そこから抜け出すのは決して容易なことではない。
 がっちりと腰を押さえ込まれ、膝の上で情けなく丸出しにされた尻に、パァン! と容赦のない平手が振り下ろされる。

「あぅッ……!」

 ジンッとまた痛み。
 熱を孕み、痺れて広がるそれに、ジェンユーの口から思わず苦痛の声が漏れた。

「私、言ったもの! 浮気はダメって。貴方がそんなつもりなかったって言っても、泣いても、喚いても、知らない! わからずやの貴方じゃ、せっかく呪いを解いても意味がないんだから!」

 ニコラシカの声はかすかに震えていた。感情に任せたような声音と共に、鋭くバチンバチン! と平手が降り注ぎ、ジェンユーの尻を赤々と染めていく。

 ジェンユーは尻を打たれるたびにビクリと腰が揺れ、跳ねて弾み、逃れようともがくように体をよじる。

「ひっ、ぐ……ァアっ! い、いた、や、やめろ、馬鹿力ッ……! だ、だいたい、ガキじゃあるまいし、尻なんか叩いたって」

 バチン!

「ひぁッ……!」

 強気な憎まれ口は、すぐさま振り下ろされる平手の痛みに封じられた。

「子供の方がずっと素直で賢いわ、自惚れ屋の貴方よりもね。ジェンユー様」

 バチン、バチン、と絶えず振り下ろされる平手に、ジェンユーの尻が紅葉のように赤くなっていく。

「ひっ、ぁ、っっぅぐっ……!」

 ヒリヒリと痺れる熱で、新しい痛みは少しずつ麻痺していくようだった。
 ひくり、びくり、と腰が跳ね、震える。
 何度も逃れようともがいては、グイッと引き戻されて、その度に叩き付けられる手のひらにジェンユーの尻がビリビリと戦慄わなないた。

 二十発を数える頃には、さすがのジェンユーからも強気な言葉も態度も失せきっていた。
 できるだけ背中を丸めて痛みを逃がす体勢を取るばかりだった。

 握りしめた拳と食い縛る口から、低い呻き声が時折漏れる。

「貴方が、私にはどうせわからないと言ったように。貴方も、私がどうして怒っているかなんてきっとわからないのでしょうね」

 断続的に降り注いだ肌を打つ音がようやく止むと、ジェンユーの尻はすっかり赤く染まっていた。
 そこにニコラシカの手のひらがそっと置かれる。
 容赦なく振るわれたその手が、ふいに優しく尻に添えられて、ジェンユーの腰がビクリとまた跳ねる。

「私が、あの日、どうして貴方の呪いを解くことにしたのかも」

 労るように、ジェンユーの赤く腫れた尻をニコラシカの手が撫でていく。

「どうして、解いたはずの呪いが、解けていないように見えるのかも。わからないのでしょうね、貴方には。賢くて聡明なジェンユー様」
「っ……なにがっ、言いたいんだよ⁉︎ わかるかよ、お前の考えてることなんて⁉︎ 妖精族と、人間は、違うんだよっ」

 振り向いて吐き出すようなジェンユーの言葉には、耐え難い痛みと屈辱を必死で堪えているかのような揺らぎが乗っていた。

「違わないわ、ジェンユー様。そんなの、貴方が勝手にそう決め付けているだけ」

 ニコラシカの腕がジェンユーの襟首を掴み、ぐいと引き起こす。ツノが突き刺さりそうな勢いで顔を近付ければ、緋色の瞳と金色の瞳が交わった。

「これは、愛するということ。大切で、大事で、心沸くような、温かくなるような、そういう気持ちを交わし合うということ。ただの、快楽ではないのよ。ジェンユー様」
「……な、に、くだらねぇ、こと。だから、それが、人間と妖精の違うとこだろうがよ……いちいち、愛だなんだと、考えてたら」
「けれど。心通わないただの刺激では、貴方の望みは叶わない。ジェンユー様。愛すること、愛されること、それだけが貴方の望みを叶えるたったひとつの方法なの」

 ニコラシカの強い眼差しが、ジェンユーの緋色の瞳を射抜き、逸らすことも許さないとばかりに両手が頬を包み込む。
 ジェンユーの頬を包んだその手のひらも、じんわりと熱を帯びていた。

 ニコラシカの瞳に映り込んだジェンユーの顔は、苦々しく歪んでいく。

「……っ」

 やがて、今まで持て余してきたそれとは違う、奇妙な熱がズクズクとジェンユーの体を蝕むように広がっていく。

 ピリピリと痛む尻から、全身へと。

 じんわりと包まれた頬から、頭の芯へと。

 ジェンユーは、むず痒いような不快感に苛まれ体を支えているのも苦しくなって、その手はとうとうニコラシカの両肩に縋るように伸びた。

「なん、で……、俺は、もっと巨乳で色っぽくて、それでもっと軽い女が好きなんだ。無駄に重いくせに胸はなくて、特攻爆雷機みたいなガキ、全然好みじゃねえ……。ケツ掘られて喜んだりバチバチ引っ叩かれて興奮するような変態でもない! ……ニチカ、ニコラシカ。……なのに……なんで……」

 ニコラシカの肩を掴むジェンユーの手に次第に力が込められていく。指が肩に食い込むほどに強く。

 絞り出すように吐き出されるジェンユーの言葉は、失礼極まるものではあったが、ニコラシカは穏やかに微笑んで俯く男の額に口付けした。

「私が、貴方を好きだから。……口が悪くて素直でなくて、嘘吐きで自惚れ屋でズルくて、でも努力家で頑張り屋。……努力の方向性は、ともかく。……貴方の、目的のためにはどんなこともしようとする強い心、好きよ。ジェンユー様」

 額から、意志の強そうな眉、皺を深く刻んだ眉間に、鼻先に。ニコラシカの口付けが次々と触れていく。

 その度に、ニコラシカの肩を掴んでいたジェンユーの指先がぴくりと震え、力が緩んでいった。
 その手がするすると背中に周り、華奢なニコラシカの体をぎゅうっと抱きしめる。

「ジェンユー様。ジェンユー。私、貴方になら、全てを捧げて構わないと思っているの。貴方がそれでも、と望むのなら、ツノだって命だってあげるわ。……一度そうと思ったら、もう取り返しがつかないの、私」

 スリ、と、ニコラシカのツノが柔らかくジェンユーの耳を擽り、互いの頬が擦り合わされる。
 何も言葉を発さないまま、ジェンユーの口からは熱く苦しげな吐息が漏れて、ニコラシカの細い体に回された腕にも力が篭った。

 ニコラシカの手が、ジェンユーの背中を撫でながらゆっくりと下へ向かい、それから前に回った。
 その股間で緩やかに立ち上がりかけているモノにそっと触れる。

「っあ、……! ……お、俺は!」
「叩かれて勃つ変態じゃない、でしょう、わかってます。……わかっているから、大丈夫。気持ち良くなって」

 ニコラシカの手が、ジェンユーの陰茎を握り、やわやわと上下に擦って刺激を与えた。

 それに応えるように、ジワジワと熱を孕み芯を得て硬くそそり立っていく。

「アッ……ァ、っ、うぅッ!」

 ジェンユーの体がひくりと震え、ニコラシカを抱きしめる力が一層縋るように強まった。

 ニコラシカの細い指が、立ち上がったジェンユーの昂り全体を包み込んで撫でていく。
 裏側をなぞるようにスリスリと何度か往復して、ヒクリヒクリと微かに震える先端をクリクリとあやすと、じわりと透明な汁が滲み出てニコラシカの手を濡らしていった。

 漏れる声を必死に堪えて、縋るように背を丸めるジェンユーの頭を、ニコラシカはもう片方の手で撫でた。

「はっ、ぁ……!」
「どんどん、硬く、大きく、なって……。ね、ジェンユー様。可愛い貴方。好きよ、大好きよ」
「ぅっ……ぁあ!」 

 ニコラシカがジェンユーの耳元で囁く。
 何度も好きよと囁いて、耳に、頬に、首筋に、ニコラシカは口付けをしていく。
 柔らかい唇が肌に触れるたび、ジェンユーの体は内から熱を孕んでますます高まった。
 
 ニコラシカの華奢な細い指が、優しく慈しむようにジェンユーの昂りをなおも撫でて擦り上げる。
 
 トロトロと滲み出し溢れた先走りが潤滑剤の役を果たして、一層滑りは良く、グチュグチュと淫靡な音をさせた。
 
「はっ、ぁ、っっ、ぅ、っ、!」

 熱を帯びた吐息と漏れる声は、もう意味を成さない。低い掠れた途切れ途切れのそれが、ニコラシカの鼓膜を擽る。

「もっと、いっぱい……好きなだけ、私の前ではありのままのジェンユー様を見せてほしいの。大好き。ジェンユー様……」

 ニコラシカの指が、手が、早められる。
 嘘偽りのないその言葉が、声が、ジェンユーのプライドを打ち砕く。
 
 夢の中のそれとは違う、しかし確かに同じニコラシカの細い指が、ジェンユーを追い詰めていく。

 その手に打たれ、撫でられ、頭も体もすっかり惑乱していた。
 
 ニコラシカの手の中で、ジェンユーの昂りは一層硬く熱を持ち、ドクンドクンと脈打って。
 細い指がきゅっと握り込み、グチュグチュと上下に扱いて擦り上げる。絶え間なく与えられる刺激。ジェンユーの腰がピリピリと戦慄いて、ガクガクと揺れるのすら、ニコラシカは受け止めた。

「ぁっ……ニ……、ッ、……カ」

 ジェンユーの眉がぎゅっと寄って眉間に深い皺を刻む。
 切なげな吐息は、もう堪えきれないことを如実に示して。

「ジェンユー様、可愛い。好き、貴方のためなら……なんでもしてあげる」

 ニコラシカはうっとりと囁いて、ジェンユーの頬に口付けた。

「っ、あっっ……! 二コ……っ、っっ!!」

 ジェンユーは、ニコラシカの手の中で、ビクッビクン……! と痙攣したように震えたかと思うと、ビュビュッ! と勢いよく白いものを吐き出した。

「ジェンユー様。すごくいっぱい……。なのに……、まだ?」

 吐き出してなお、ジェンユーの陰茎は萎えることなくその手の中で硬くそそり立つ。

「ぁ、っ、は、ぁ、……っ」
「いままでずっとできなくて、苦しかったのですものね。……全然我慢はしていなかったみたいだけど、それはもう許してあげる。……代わりに、いっぱいしてあげるから、もう浮気はしないでくださいね」

 釘をさしながら許しを与え、ニコラシカは手を汚した白濁をそのまま潤滑剤代わりにして、再びジェンユーの昂りを握り込み、扱いていく。
 グチュグチュと湿った、淫靡な音。

 ジェンユーが何かを答える間もなく再開されるニコラシカの手淫に、ジェンユーのかけらほど残るわずかな理性も粉砕される。

「アッ、ぁ、う、っ……に、ニチカ、ニコラシカっ、ァッあっ、んっ、ぁぅ!」

 一層敏感になったそこを扱かれる抗い難い快楽にすっかり呑まれて、ジェンユーの快感に掠れた声が静かな室内を満たしていった。

 ——

 ふと気付くと、視界に映るのはいつものベッドの天蓋だった。

 ジェンユーはしばらく気だるい心地よさに体を任せていたが、はっと思い出したように身を起こそうとして。

「う、……あ?」

 痺れるような重み。
 目だけを動かして横を見ればそこに、ジェンユーの片腕を枕にして寝息を立てるニコラシカがいた。

 僅かに混乱する脳内は、やがて眠気が完全に覚めていくとともに整い、状況を理解する。

「……ッ‼︎」

 理解と同時にカァッと顔が熱くなる。

 ジェンユーはそろそろと腕を抜き、ベッドからゆっくりと降りた。

 ニコラシカはすやすやと健やかな寝息を立てている。
 まるで何もなかったように無邪気な寝顔で。
 
 ではあれは夢かと一瞬錯覚して。

「あっ、い、いッて……!」

 ベッドに擦った尻がヒリッと痛むことに、情けなさと同時にやはり現実の出来事だと強く思わされた。

「クソ、なんなんだ……好き勝手しやがって……」

 ニコラシカの言動の全てに、思えばジェンユーはずっと振り回されていた。
 すやすやと呑気に寝息を立てる顔を見て腹が立ってくる。

(呑気にすやすや寝こけやがって……)

 ジェンユーはそっとベッドサイドの引き出しからナイフを取り出すと、フンと鼻を鳴らし僅かに口角を吊り上げて笑った。

 鈍く輝く刃には特殊な呪紋が刻まれ、コーン族のツノを綺麗に切り落とすことができる。
 ナイフを仕立てるのにも結構な出費をしたものだ。
 十年大事に持ち続け、漸く使う機会が訪れた。
 一度は失敗したツノ切りも、すっかり眠る今なら容易だろう。

 美学だの矜持だの考えず、最初からこうしておけばよかった、とジェンユーは自身に呆れながらベッドに向き直った。

 特別製のナイフを手に、そろ、と寝息を立てるニコラシカの枕元に膝を突く。

「……今度こそ、このツノで、俺は……」

 ツノに片手を添え、ナイフを添える。

「んっ……、ふふ」

 ツノにジェンユーの手が触れた刺激にか、ニコラシカが微かな吐息のような声を漏らした。
 それからふにゃふにゃと蕩けたように笑って、またすやすやと寝息を立て始める。緩みきったその顔は、年よりも幼く見えた。

「……」

 ジェンユーは苦々しく目元を歪めながらその顔を眺め、もう一度スリリ、とツノを撫でて。

 ベッドを降り、ナイフをベッドサイドに投げ置いてシャワールームに消えて行った。

 ——

「ふ、ぁあ、……ぁ、あら? ここ……」

 ぼんやりと目を覚ましたニコラシカは、自分がどこに居るのかをすぐには理解できずに困惑した。

 天蓋つきの広々としたベッド。室内に薄らと漂う香。
 ベッドサイドに無造作に置かれたナイフ。
 パチパチと瞬きし、つい自分のツノを触れてみる。

 特に新しい傷などもない。

 耳を澄ませば、微かに聞こえるのはシャワーの音。

「ジェンユー様のバカ。それじゃあ期待しちゃうじゃない」

 目を覚ましたら、ツノは綺麗に削ぎ落とされている、とニコラシカは八割がた思っていた。
 けれど、それでもいい、と思って無防備に寝てしまったのだ。

 ニコラシカは、ジェンユーになら本気で命すら捧げていいと思っていたのだ。

 だというのに。

 ニコラシカはもう一度目を閉じ毛布に包まった。
 ジェンユーがシャワーから上がってきたら驚かせてあげよう、とイタズラ心を隠して。

 心にともる温かな気持ちを抱き締めるように。
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