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56話 聖女候補のクララ

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「お久しぶりですね! ヴィクトリアさん。」

「ええ、お久しぶりです、クララさん。」

無邪気な笑顔を振りまいて駆け寄ってくるクララに少し顔を引きつらせながらもなんとか微笑み返した。

学園の頃から私はクララが苦手だった。天真爛漫さは評価するところなのだろうけど貴族の令嬢とはだいぶかけ離れていた。
誰でも声をかけその笑顔を振りまいていた。例え婚約者がいる令息達にでもお構いなしにだ。簡単に手や腕に触れスキンシップをとったりしたものだから、それを見かねたマーガレットが苦言を呈したのだが次の日からはまるでマーガレットがクララをイジメたように噂が広まって行った。
私も同じく、少し注意をしただけでジェフリーから親の仇のような目で睨まれて『クララをイジメるな!』と言ってきたものだから馬鹿らしくなってそれからはあまり関わらないようにしていた。


そして卒業式にあったことを忘れてしまったかのようにフレンドリーに話しかけられて正直、彼女が何を考えているのかわからなくて怖い。

「…やっぱり、ヴィクトリアさんは私のこと、お嫌いなのですね。そんな嫌な目で見られると傷つきますわ…。」

えーっと? たしかにすこし引いたけどそれを態度に表すことはしなかったはずだ。
前からうすうす思っていたけど彼女は少し被害妄想気味なのではないだろうか。

「クララさん、私はそのような目で見ていないわよ。久しぶりに会えて嬉しいですわ。ところで、クララさんはどうしてこちらに?」

クララに会ったのは想定外だし、なぜ彼女が王宮にいるのかが気になった。そんな話、アレクからも聞いていなかったし。

「クララ、いきなりいなくなるから驚いてしまったよ。……おお! これはこれはお久しぶりですね、アレックス殿下。」

クララの後ろから現れたのは超美形の長髪の男の人だった。
この人は見た事ある――。

乙女ゲームの闇堕ちルートの攻略者だ。

「お久しぶりです。ザカリー大公。」

アレクの体が少しこわばったような気がしたが何事もないように挨拶をした。
しかし、本当にお父様とそんなに年は変わらないはずなのに若々しくて美しい方だわ。
ただ、ザカリーを見ていると何か得体のしれない恐怖がこみ上げてきて、アレクの腕に絡ませている手に力が入った。

「まあ! あなたが第一王子のアレックス殿下なのですね、そういえばアルフレッドと少し似ている気がします。さすが兄弟ですわね!」

不躾にアレクをまじまじと見つめる姿に私は内心穏やかではない。アルフレッド殿下も呼び捨てにしていたし、ちゃんとそういった教育をまだされていないのかしら、ちらっと現在の保護者であるという大公に視線を向けると大公も私を見ていたらしくにっこりと微笑まれた。

「アレックス殿下がマッキンレイ公爵のヴィクトリア嬢と婚約されるというのは本当の事らしいですね。」

「はい、実は本日、陛下より私達の婚約の許可を頂きました。」

「おお! それはめでたい事ですね、心よりお祝い申し上げます。」

「ありがとうございます。」

ザカリー大公のお祝いの言葉にアレクが返したが心なしか声に緊張感があって、気になってアレクを見上げるとアレクがそれに気づいて私を見て優しく微笑み返した。

うぅわああああ!! それ反則!!
顔に熱が集まってくる感じがして慌てて目を逸らした。


「ええ!? ヴィクトリアさんとアレックス王子が結婚するんですか?」

クララさんが驚いたように声を上げた。

「そうですよ。ヴィクトリアは今日から私の婚約者となりました。」

アレクがクララに話す。

「……そうなんですか。あ、じゃあ私からヴィクトリアさんに友人としてアドバイスしますね! ちょっと機嫌が悪いからっていきなりアレックス王子のお腹にパンチしないでくださいねっ。」

グサッ

うわあ…、思い出したくない黒歴史をわざわざアレクの前で言うなんて!
この子、やるわね。

「ははは! クララ嬢。彼女は機嫌が悪いだけで人を傷つけるような人ではないですよ。彼女がそうせざるを得なかったのは相手が悪かったのでしょう。それにこの話はすでに両家の間で解決済みの事です。部外者であるあなたがそういうことを言うのは風評被害になりますので、気を付けてください。私は、ヴィクトリアに害が及ぶことをよしとしません。この意味おわかりですよね?」

怖い怖い!
今度は暗黒王子の顔になっているよ、本当にアレクはどうしちゃったの?
庇ってもらえて嬉しいけどさ。

「わ、私はそういうつもりで言ったのではないんですぅ~。」

クララが涙目で訴えている。

「ははは、これは珍しいものが見られました。アレックス王子はとてもヴィクトリア嬢の事が大事に思っておられるのですね。クララには私から言って聞かせますので今日の所は大目に見てもらえないでしょうか、ヴィクトリア嬢。」

ザカリー大公が間に割って入ってきた。

「いえ、もとより大事にするつもりはございませんわ。」

なんとか収まるようで一安心だわ。

「ところで、ザカリー大公はなぜ本日はこちらに?」

「ああ! そうそう、実は教会がクララを聖女候補としたのです。」

「聖女候補?」

「私は本来ならすぐにクララを聖女とするべきだと思うのですがね、国王陛下がお認めにならないので、教会と協議した結果、現状は『聖女候補』という事になりました。陛下にはこれから彼女の力を見ていただいて聖女とお認め頂くことにします。」

「なるほど…。」

これは考えたわね。聖女と認められないなら聖女候補という肩書であくまでも聖女に近い存在ということをアピールできる。そこで彼女の光の魔法で聖女らしい力を国民や貴族に見せつければ陛下も頷くしかない。

「そこで、陛下とアレックス殿下にご相談したいことがありまして本日、参ったのです。」


ザカリー大公の相談事が発端で国を揺るがす大きな事件へと進んでいることに、この時の私達は知る由もなかった。


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